88.女の敵は女Ⅴ
──『炎の龍痣の能力は<炎熱同化>と<思考昇華>の二つ』
──『<炎熱同化>はその名の通り、炎なんかの高温のエネルギーを吸収してその身に同化する。要するに、高温を介する攻撃はヤツにダメージを与えることが出来ず、逆に回復させちゃうの』
──『<思考昇華>の方は説明が難しいけど、自分に使えばすっごく頭が良くなる。そして他者に使えば、一種の洗脳技術と化す。キミはさっきまでヤツの話を聞く必要すらないほど怒ってたのに、いつの間にか話を聞かなきゃいけないような気になってたでしょ? それがこの能力の恐ろしいところ』
──『相手の動作や話し方、雰囲気、目線、あらゆる情報から相手の心理状態を読み取って、自分の都合の良いように誘導してしまえる。つまり、相手が何を考えてるかが手に取る様に分かるってコト』
──『これらの能力に対抗する方法は色々とあるけれど、今のジェーンちゃんに一番向いてる対策は──』
***
相手の目に留まらないほどすっごく速く動いて、物理で殴る。
うん、シンプルで分かりやすい!
「下ががら空きっ!」
「がっ!?」
屈んだまま滑空して迫り、膝蹴りを太腿に喰らわせる。
「まだまだっ!」
「ぐっ! うっ!」
勢いを殺さずにそのまま飛び上がってスピニングエルボーだ!
続けてラッシュを叩き込んでいく!
「だあああぁっ!!」
「があああぁっ!!」
ガラ空きのボディに締めの回し蹴りを炸裂させて吹っ飛ばす!
……なんで私は魔術師なのにこんな肉体言語で戦わなきゃいけないんだろうな!?
『ジェーンちゃんマジつえー!! パない! どっかで格闘技でも習ってたの!?』
習ってない! 見よう見まねだよっ!
「ッ!」
緊急離脱して高速で周囲を飛び回る。
「ぜーっ、はーっ! はーーーっ!」
……クソ、これはこれでめちゃくちゃしんどいぞ!
いくら魔力は無尽蔵だからって、体力に関しては別問題……!
息切れや疲れは普通に感じるんだから、接近戦で無茶できる時間は限られてる!
『マグマの地帯を消すのも忘れないで! そのまま残したらヤツの力になっちゃうから!』
分かってる!
「──発動魔術記録帯・再取得!」
上級水属性魔術を再発動すべく、詠唱を始める。
「…………」
相手は回し蹴りを受けた体勢のまま、膝を付いて項垂れている。
さっきのラッシュでどれだけダメージを負わせられたんだろうか?
『ウチが思うにまだ全然!』
左様ですか!
「魔術式呼出!」
空中に再度配置された魔術陣から大瀑布が流れ落ちた。
赤熱の海を呑み込み、大量の水蒸気を撒き散らしながら敵へと迫る。
「……」
ヤツは迫る濁流に対して何のアクションも起こさず、そのまま呑み込まれてしまった。
「はぁ、はぁ……」
十中八九また何か仕掛けてくる。
体力切れの心配があるから、このままじゃジリ貧なのは間違いない。
『さっき話した通りだけど、倒すなら一撃で滅ぼすしか方法はない』
そう、物理で殴るのはあくまで思考誘導能力への対策であり、これでヤツを倒せるわけじゃない。
高温を介さない攻撃で以って、あの炎と溶岩に変質する身体を一撃で葬らないといけない。
少しでも部位を残してしまうと、そこから再び他の物体を燃やしてエネルギーを取り込み、復活してしまうらしい。
もはやアンデッド系のモンスターに近い。
出来るなら生け捕りにして尋問したかったんだけど……。
『多分そんな余裕ないと思うよ。アイツ、逃げようと思えばいつでも逃げられるだろうし』
うん、まぁそれは私も薄々勘づいてはいた。
あの地面すら溶かしてしまう高熱で地中の奥深くに逃げられてしまえば、もはや追跡は出来ないだろう。
ヤツが私を戦って下せると判断しているからこそ、こうして相手をしているに違いない。
『ねぇ、生け捕りしないとダメな理由があるの? さっきレイルっちの身体の問題が解決するって言ってたことに関係ある?』
ああ、龍様なら詳しい内容知ってるかもしれないけど、龍痣──オーヴムを代償に捧げることで、その力を生命力なんかに変換させることができるって聞いた。
だからヤツの龍痣を奪って使いたいんだ。
『──なるほど。確かにそのやり方でいけばレイルっちの身体の問題は解決できる』
やっぱり! じゃあ──、
『でも、この方法には問題があるんだ。──そのオーヴムのホストである龍が、叶える対価を承認する必要があるの』
ホスト? 持ち主って事か?
──……。
それは、それじゃあ……。
『うん。もしヤツのオーヴムを奪ったとしても、ホストである炎昇龍が許可するハズがない』
……別の手段も考えてる。
あの女の脳内を覗いて、レイルの身体を戻す手段があるか探す。
『デコンパイルも使えるの? ジェーンちゃん、魔術の腕はほぼ魔法使いのレベルに匹敵してるなぁ……。ううん、ジェーンちゃんがそんなことする必要はないよ。レイルっちを助ける方法は考えてあるから』
別の方法があるのか!?
『うん。ウチのオーヴムを使う。ウチがレイルっちの身体を治すことを対価として承認する』
──ちょっと待ってくれ。
闇の龍の龍痣って、今は──、
『うん、バッチリ使われてるね。この国で騎士団長をやってる子だ』
やっぱり、義兄さんだ。
じゃあ義兄さんの龍痣が失われることになるんじゃ?
『……うん。まぁ、あの子は龍痣無しでも十分強いし、大丈夫じゃないカナー……とか、勝手に思ってる』
うーん……ウチの国力の低下とか、色々と問題が発生すると思うけど……。
他でもない龍様がそう決定したのなら、誰も文句は言えないだろう。
『国の問題とかあるのは分かってるんだけどね。……それくらいのことをしてでも、ウチはあの子を助けたい』
──……私がお礼を言うのもおかしいかもしれないけど、ありがとう。
『お礼は後だよ! まだ何にも終わってないんだから!』
それもそうだった。
ヤツは未だ水の中から動いていない。
もしかして私の肉体言語が良いところに入って気失ってるんじゃないだろうか。
だとしたらチャンスなんだけど……。
「うぅぇ……」
……あー、クソ。高速移動のし過ぎでちょっと酔ってきた。
何気なく使ってるこの思考で会話できる技術(念話とでも言うべきか)も、さっき教えられて使ったばっかりで、ちょっとばかし気持ちが悪い。
相手はまだ水の中だし、高度を上げて距離を取れば大丈夫かな?
『うん。だいじょぶだと思う』
うげぇ、視界がブレる……。
酔っているのを自覚すると途端に気持ち悪くなる。
酔いはいつまで経っても私の天敵なのが腹立たしい……。
空高くまで上昇して一呼吸。少しだけ気分が良くなった。
『っていうか、ジェーンちゃんのその謎の魔力リソースは一体なんなの? ウチでもよく分かんないんだけど……』
龍様から見ても分からないんだったら、魔術師冥利に尽きるな。
詳しく説明すると長くなるけど、王族専用のチートみたいなもんだよ。
と言ってもあんまし長い時間は使えないんだけど。
『王族専用? そんな龍器は存在しないハズなんだけど……』
ジョウガは私の言葉を受けて、何やらブツブツと呟いている。
闇の龍様でも私の魔術の種は分からないらしい。
それもそうだろうと思う。
だってこれ、相当馬鹿げた使い方してるし。
ちらりとレイルの方を伺う。
気配は感じてたけど……アイツ、まだその場に残ってやがる。
アルルは何やってるんだ? 怪我が治らなくて動かせないのか?
『ゴメン、そっちの方説明してなかったね。レイルっちの怪我はもう治って動けるハズだよ。ただ……あの子は今、王都に迫ってる敵を迎え撃つためにこの場に残ってるんだ』
……迫ってる敵?
アイツが戦うのか?
あの身体で!?
『……ウン。レイルっち、ジェーンちゃんを守りたいんだって』
何バカなこと……!
戦えるはずないだろ! あんなボロボロの状態で!
ただでさえアイツの身体は婆やの魔術で無理矢理維持してるんだぞ!?
『もうその魔術も解けてる。……今のあの子がどうして生きていられるのか、ウチにだって分かんないんだ。それでも、ジェーンちゃんや皆が住んでるこの場所を守りたいから、戦うんだって』
ッ……!
『はっきり言うけど、今から現れる敵は冠名級だ。龍痣持ちほどの戦闘能力を持ってなきゃ抗うことすらできない。……だけど、奇しくも今のあの子は、対抗できる力を持ってるの』
──名のある竜。
緑竜リントヴルムの討伐の際は、あの虹の英雄と義兄さん副団長さんの三人の龍痣持ち、それに王国騎士団と軍合わせ総勢5万人がかりでようやく討伐に成功したという。
今からそんな敵と相対しようとしている……?
レイルたった一人で……?
『大丈夫、一人じゃないよ。ウチの妹が付いてるから』
……アルル?
『そ。一緒にワープして来たから知ってるかもしれないけど、あの子はね──』
待って。
私は人間のアルルのことしか知らないんだ。
不思議な力を持ってるのは知ってるけど、その、正体とかは、できれば本人の口から聞きたいんだ。
『……オッケ★ 分かった! 友情ってヤツだよね! ウチそういうのも大好き!』
友情……なのかな?
まぁいいや。
レイルの傍らにいる白いフードの親友に目を向ける。
確かにアイツも一緒なら何とか……なん、とか……。
なぁ、アイツらなんで手ぇ繋いでんの?
『えっ。えーっと……挨拶! 挨拶してるんじゃないカナ? ほら、今から一緒にガンバローって!』
長くない? なんでずっと手繋いだまんまなの?
『いや……ウン。アレね、実は必要なことなんだよ。ジェーンちゃんが考えてるような事態には一切ならないから安心して!』
手繋ぐのが必要って何?
どういう状況なの? よく分かんないんだけど。
『えーっと、説明が難しいんだけどね……あっ離れた。ホラ、二人とも離れたよ!』
確かに手を離した。
手を離した後、レイルが屈んで────────アルルが肩の上に跨った!?
そしてそのままレイルが立ち上がって、アルルを持ち上げた……!?
「何やってんだアイツら!?」
『待ってウチも分かんない! 何で肩車してんの!?』
いやおかしいだろ!
さっき会ったばっかなのに距離感が近すぎるだろうが!!
私だって肩車とかされたことないのに!!
「アルル、オマエーーーッ!!」
『ちょまっ、ジェーンちゃん落ち着いて!?』
アルルが私の声に気付いて両手をブンブンと振った。
ヤロウ、煽ってやがる……!!
『絶対違うから落ち着いて!! ……待って、ヤツの様子がおかしい! 注意して!』
「!」
索敵魔術からヤツの反応が消えた。
まさか……地中に逃げたのか!?
「オイコラヒステリックババア!! 今更逃げるとか恥ずかしいと思わねぇのか!?」
「逃げる? 私が?」
どこからともなく声がした。
冠水した道路、その奥深く。
黒く濁った水底が赤く発光した。
「思考パターンが変化したわね。考えられるのは他者との対話による変化だけど、想定された人物の内、あなたの思考に変化を及ぼせるような者はいなかった。……つまり、想定外の人物があなたに味方をしている」
次の瞬間、地中から巨大な影が姿を現した。
──巨人だ。
トロールなんか目じゃないくらい大きな巨体。
赤黒く発光するその溶岩の体躯が、周囲の水分をあっという間に干上がらせた。
「──闇の龍があなたに助言を与えているのかしら?」
高速移動を再開する。
ヤツの言葉を聞いてはいけない。聞く耳を持ってはダメだ。
「もしも龍が私に試練を与えているというのなら──何度でも挑みましょう。ええ、私は一度たりとも諦めたことがないのだから」
『──ジェーンちゃん。準備は出来てる?』
出来てるけどあの大きさはちょっと自信ないぞ!
時間掛けるほど不利になるとは聞いてたけど、私の溜めよりもアイツの図体がデカくなる方が早いんじゃないのか!?
『無限に大きくなれるわけじゃない。ジェーンちゃんのとっておきがアレを打ち抜ける大きさになるまで時間を稼ごう。勝機はあるよ!』
動きながら範囲演算するのもかなり集中力使うんだけど……やるしかない。
「嗚呼、龍よ──お前たちが忘れ去った我が名を聞き届け給え!」
溶岩の巨人の頭部に立つ人型が、天に向かって叫んだ。
「──我が身は埋火。永き時を燃ゆる火怨」
その声はまるで、地の底から響くように重く、そして──、
「煌帝国煌軍統合情報兵科室長、星咲柳凪。──尽きぬ艱難辛苦の最果てにて、望郷の彼方へ至らんとする者なり」
呪言のように軋む鳴動を奏でていた。
読了いただき、ありがとうございます。
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