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backup  作者: 黒い映像
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83.ツッコミがいないとボケは活きない

そうしてジェーンは戦闘を開始した。


「──」


ジェーンはいつも通りだった。

あの狂気と対面して一歩も引かず、あの悪魔と張り合っている。

いつものように、悪を打ち倒す正義の味方になろうとしていた。


何も伝えてすらいなかった俺を、助けようとしてくれている。


俺は。

今の俺には、一体何ができる?

助けてくれた人たちのために、何ができる?


「戦うところ、初めて見ました。凄く強かったんですね。ジルアは」


俺の側に立っていた、ジェーンと共に現れた少女がそう呟いた。

白いフードと前に垂らした三つ編みが特徴の少女。

……今更思い出したけど、王立図書館前ですれ違った竜車に乗っていた子だ。


その子は心配そうにジェーンの戦いぶりを見守っていたが、目を離して、俺の肩に触れてきた。


『お姉さん、しばらく見ないうちに可愛い姿になってますね』


すると、途端に声が伝わってきた。

ジョーガちゃんがいつも使っている、音じゃなく直接脳内に伝わってくる声だ。


『アイリス、どうしてここに?』

『うーん、話の流れとしか説明できません、ね。お久しぶりです、お姉さん』


妙に間の抜けている声だった。

アイリスと呼ばれた少女は、ジョーガちゃんを姉と呼んで会話している。


『スヴァローグさんもやっほーです。お元気ですか?』

『──……』

『ありゃ。帰っちゃいました』


誰かに呼びかけた声は、返ってこなかったようだった。


『それで、あなたがレイルさん……ですよね』


屈んで、俺に目線を合わせてくる少女。

──なぜだか、懐かしい雰囲気を感じた。


『なるほど。お父さんの匂いがしたのは、あなたのせいだったんですね』


お父さんの匂い……?

一体どういうことなのか分からないけど、声が出ないので返事もできない。


『アイリス、話は後です。今はこの子を助けてあげてください。私にはもうリソースが残っていないのです』

『分かってますよ。でも……どうしましょう。どうして今レイルさんが生きているのか不思議なくらいズタボロです。これ、どうしてあげたらいいのでしょうか』

『取り急ぎは隔離領域(サンドボックス)へ連れて行ってください。あそこなら進行を止められるはずです』

『あ~……ごめんなさい。さっき使っちゃいました。次使えるの一日後ですね』

『使った!? あんな機能滅多に使わないのに何に使ったのです!?』

『ジルアを弄るために使っちゃいました……』

『弄る!? そ、それだけのために使ったのですか!?』

『いや、決してそれだけではないんですけど。それが主目的だったのは偽りない事実だったというかなんというか』


……どうやら、愉快な子らしかった。

ジルアと呼んだことと、一緒にここに現れたところから察するに、二人は親密な間柄であるのだろう。


『とりあえずは運命力が底を付いてるので、虹の祝福(ディスパージョン)を……お?』


その子が再び俺の肩に触れて、何かしようとしたところで動きが止まった。

不思議に思っていると、急に身体の中を温かいものが駆け巡ったような感覚があった。

同時に、活力が戻ってくるのを感じる。


『これは一体何なのでしょうか。凄い勢いで私の龍気(マナ)がレイルさんに吸われていくのですが』

『傷が塞がって……これは……竜核が作動して、虹の龍気(マナ)を循環させている? ……そうか、過去にあの男の力を受けたことで、この竜核は虹の龍気(マナ)を主要動力と認識したのかもしれません』

『うわあん、私の龍気(マナ)がめっちゃ減っていきますぅ』

『しかもこれは……人体側の負荷が限りなく0に近い……! すごい、これなら身体が治りますよ!』


何が何やら分からないけど、痛みが引いて、思考が鮮明になってきた。

心臓が、拍動が、鼓動を打つ。

身体の傷が修復していくのを感じる。


「ゲホッ! ゴホッ! ハァッ……!」


喉の奥に絡まっていた血の塊を吐き出す。

咳き込むと、喉から下顎に掛けて焼けるような痛みが走る。

だけど、生きてる。

まだ俺は死んでいない。

まだ、やるべきことがある。


「レイルさんっ!」

「……ミーシャさん」


後ろから声を掛けてきたのは、ギルド受付嬢のミーシャさんだった。


「傷、治って……! 良かった……本当に、無事でよかった……」

「心配、させて……すみません」

「謝らないでください……! レイルさんは何も悪くないんですからっ……!」

「……はい」


涙ぐむミーシャさんを見て、本当に申し訳なくなってしまう。

俺が無力だったから、彼女を危険に晒してしまった。


「ミーシャさん、怪我はしてないですか?」

「私は全然大丈夫です! 人の心配より自分の心配をなさってくださいっ!」

「す、すみません、怪我が無くてよかったです。……それで、君も大丈夫か?」

「あ、えと、私も全然平気ですっ!」


ユナと呼ばれていた少女に話しかけると、慌ててそう答えた。

服にはところどころ焦げた跡があったが、怪我はしていなさそうだった。


「名前、ユナって言うんだよな? 助けてくれて、本当にありがとう、ユナ」

「そっそんな! 私なんて全然何もっ!」


謙遜しているが、彼女が助けてくれなければ、あの廃屋から逃げきれなかったことに違いない。

それに、たったあれだけの縁で駆けつけて、どう考えても厄介事にしか見えないであろう事態に関わってくれたんだ。

それがどれだけ勇気ある行動なのか、俺は知っている。


「助けてもらったのは本当だ。だから、ありがとう。ユナは命の恩人だよ」

「わ、私の方こそお兄さんは命の恩人なんですっ! あのままだと何をされてたか分からなかったし……だから、恩を少しでも返せてよかったです……」




『……何というかこう、一瞬で人となりが分かっちゃったのですが。もしかしてこの人クソボケ属性です?』

『ええ。それも重度のです。思えば彼以外異性しかいませんよ、この空間』

『うーわ……ジルアも大変ですねこれは』


……何だか凄く貶されてる気がする。

何やらジョーガちゃんとフランクに話しているこの子は、やっぱりジェーンの知り合いらしい。

それと、ジョーガちゃんが畏まった喋り方をしていることから、もしやこの子は……。


「それで、ええと……ジョーガちゃん、この子はもしかして……りっちゃんか?」

『そうだよ。ウチたちの末の子なの』

「やっぱりか……。ありがとうりっちゃん。何をしてくれたか全然分からないけど、りっちゃんも命の恩人だ。本当にありがとう」


「ちょいちょいちょい、待ってください。りっちゃん? 今私のことをりっちゃんと呼びました? っていうか今お姉さんのことちゃん付けで呼びました? どういうことなんです?」


感謝の言葉を述べたら、何やら怒涛のツッコミを頂いてしまった。


「ご、ごめん……。ジョーガちゃんって(かみ)様なんだし、ちゃんづけはまずかったかな?」

『バーカ、何言ってんの今更。ウチとレイルっちの仲なんだからいいに決まってんじゃん★』

「そっか、なら良かった」


「良くなーい。全然良くないです。何なんですかあなた。私の尊敬するお姉さんに向かってすげー馴れ馴れしいです。あのスヴェンさんだってもう少し弁えた接し方してますよ? っていうか何かお姉さんのキャラ違くないです? キャラ変しました?」


『……アイリス。私は──ううん、ウチはねぇ、元々こういうキャラだったの。皆には隠してたんだけど、なんかもう吹っ切れちゃった。レイルっちのおかげでね。だからもうありのままのウチで行こうと思う!』

「ジョーガちゃん……!」


「待ってください。何かいい話風に進んでますけど何一つ納得できてないんですって。ああんもう、そもそも私はツッコミ属性じゃないんですよ! ジルアー! 深刻なツッコミ不足ですよぉ!」


***


『いい? とりあえず皆色々聞きたいことはあるだろうけど、一旦ガマンして。やるべき事をやっていこう』


何だか場がしっちゃかめっちゃかになったので、ジョーガちゃんが仕切り始めた。


『まず(リっ)ちゃん』

「りっちゃんって誰が呼び始めたのですか? もしかしてお姉さん? お姉さんが最初に呼び始めたのですか? ずっと心の中では私のことりっちゃんって呼んでたんですか?」

『うん、質問は一旦ガマンして。まずは皆をどこか安全な場所に飛ばしてもらえる?』

「待ってください。私はジルアから目を離すことができないのです。ジルアに傷一つ付けないことを約束してこの場に連れてきたので、離れるわけにはいきません」


りっちゃんはずっとジェーンの戦闘の様子を気にしている。

当のジェーンはというと、あの悪魔が操る炎をいなして、空を縦横無尽に飛び回っていた。

俺たちに照準が向かないように、計算尽くの立ち回りをしてくれているのだろう。


「一応は戦えてますけど、相手は龍痣(ドラグマ)の継承者。そんな簡単に勝てる相手ではありません。なんかドラ ン ールみたいな戦闘してますけど」


ド ゴンボ ルとやらが何かは知らないが、ジェーンは魔力放射を行うことで自由自在に飛び回ることができる。

いくらでも魔力を補充できるジェーンの十八番だ。


「……あの、私とユナちゃんは自力で避難します。大した怪我もしてませんし。なので、レイルさんだけでもお願いできませんか?」

「待ってくれ。俺は避難する気はない」


身体はもう少しすれば動けるほどに回復する。

りっちゃんが何をしてくれたのか分からないけど、彼女がいれば俺はまだ戦える。


『……レイルっち。まさかだけど、その身体で戦おうとか思ってないよね?』

「ああ、思ってる」


横にいるりっちゃんの手を取った。


「りっちゃん、俺と一緒に戦ってくれないか」

「……………………へ?」

読了いただき、ありがとうございます。

ブクマ・評価・励ましの感想などを頂けたら作者は飛び上がるほど喜びます。


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