78.恋する少女じゃいられない
──王都、シラー地区。
窓辺に置かれた椅子に座って、黄昏れていた。
「──……」
「ねーちゃーん! ねーちゃーん? ……ダメだ。飯でも反応しないよかーちゃん」
「よっぽどイケメンだったんだねぇ、ユナを助けてくれた人」
夜空を見つめたまま、ある出来事を回想していた。
──『落ち着いてくれ。助けてあげるから』
──『もう大丈夫だから、安心してくれ』
──『……よし、任せてくれ。ほら、掴まって』
「……はぁ」
先ほどの光景を思い出して、ため息をつく。
悪漢に攫われた少女を颯爽と救い出す青年。
まるで少女文芸のような出来事に、夢を見ていたような気分になってしまう。
「はぁあ~~~……」
たまたま攫われる寸前だった自分を見つけて、助けてくれた人。
通りすがりの冒険者だとその人は言っていた。
(……冒険者。冒険者かぁ……)
冒険者については悪いイメージしか持っていなかった。
荒っぽくて、乱暴で、揉め事を起こしがち。その日暮らしの根無し草。
スラムにうろついている破落戸たちとなんら変わりのない存在だとすら思っていた。
「……カッコよかったなぁ」
「ユナー? あたしもう出かけるかんねー? ちゃんと弟の面倒見たげてよー?」
「はぁい」
「かーちゃんおみやげよろしく!」
「稼ぎがよかったらねっ! じゃあ行ってきまぁす」
「いってらっしゃい」
夜の王都へ繰り出す母親を見送る。
──ユナの母はいわゆる夜の仕事に就いていた。
父親も分からない子を二人も産んで、こうして王都のスラム街の一角で暮らしている。
決して裕福ではないながらも、三人での生活に困らない程度には成り立っていた。
……それでも、そろそろ自分も稼ぎに出なければいけない時期なのは分かっている。
字の読み書き程度は可能だけど、学なんてないに等しい。
そんな自分がこの王都でありつける職は……母と同じ夜の仕事しかないのだと薄々思っていた。
(簡単な回復魔術ならママに教わったから使えるんだよね。……衛生魔術師、とか?)
そもそも魔術を使える人が貴重だと聞いたことがある。
母親になぜか素質があって、自分にもその素質が受け継がれている。
この素質を使いこなして、冒険者として稼ぐのはどうだろうか。
「……なんて、無理かなぁ」
あまり現実味がなさすぎてつい笑ってしまう。
……それでも、冒険者になったら、あの名前も聞いてなかったお兄さんにまた会えるかもしれない。
そう思うと少しだけ心が躍った。
「ねーちゃんそろそろごはんさめるぞー?」
「食べるってば、もう」
そう言って、窓際に置いた椅子から立ち上がった時だった。
『──助けて!』
「ん!?」
「どしたのねーちゃん?」
「い、今、誰かが助けてって叫んでなかった……!?」
「え? なにもきこえてないよ?」
「う、嘘でしょ!? 確かに聞こえたのに」
『誰か、助けて!』
「ほらっ! また!」
「えー……?」
「……私にしか聴こえていないの?」
確かにはっきりと伝わった声。
まるで頭の中に直接響いたかのような──……。
「……私、ちょっと見てくる!」
「あーっ! よるにそとでたらダメってかーちゃんがいってたんだぞ?」
「私の分のご飯も食べていいから、ママには黙っといて!」
「わぁい!」
……また、さっきみたいに破落戸に襲われてしまうかもしれないけれど。
それでも、どうしても気になって、いても立ってもいられなかった。
なぜかは分からないけど、無性に心がざわついて仕方ない。
ユナは意を決して、声の主を探しに外へと飛び出した……。
*** *** ***
──王都、冒険者ギルド。
「……ン……痛ッ……!」
倒壊した冒険者ギルドの瓦礫の中でミーシャが目を覚ました。
軽い頭痛を感じて、顔をしかめる。
辺りを見渡すと、砂塵が舞っており、夜空が見えていた。
「これは……? 私、どうして……」
「おっ、目ぇ覚ましたかミーシャちゃん」
「ダニーさん……? あの、これは一体……?」
「しっ、静かに。……覚えてねぇか? 地震があったことは?」
「……あ、そうでした。地面が揺れて、それで……?」
「アレだ。よく見てみろ」
「アレ……?」
「絶対に大きな声を出すなよ」
むくりと起き上がったミーシャは、ダニーが指差す方向へと視線を向ける。
そこには信じられない光景が広がっていた。
「っ!?」
「竜だ。それも成竜。この王都で地下から湧いてきやがった」
瓦礫の上で黄昏れる、雄大な体躯を誇るなにか。
それは紛れもなく竜と呼ばれる生物だった。
「……な、なんでっ、そんな王都に、どうしてっ……?」
「こっちが知りたいわな、そんなもん」
ダニーが興奮するミーシャを宥めて、落ち着かせる。
「いいかミーシャちゃん、今やるべき事は二つ。優先すべきは、怪我してる奴らを助けて安全な場所へ運ぶことだ」
「……!」
ダニーは冷静に指示を出す。
ミーシャも慌てている場合じゃないと思い直し、素直に聞き入れた。
見れば、辺りの瓦礫の影で血を流して姿を潜めている人たちがいた。
それだけじゃない。生き埋めになっている人も大勢いるだろう。
「隠密技能を持った奴らに偵察しに行ってもらったところ、竜はここだけじゃなくて隣のファセット地区でも暴れてるらしい。反対方向のシラー地区は無事だそうだ。ミーシャちゃんは怪我してる奴らの避難誘導を頼めるか?」
「わ、分かりましたけど、竜があそこにいる状況では、移動が難しいと思われるのですが……」
「ああ。俺たちの出番ってこった」
「え?」
すっと立ち上がり、ダニーは腰に下げていた鞘から剣を抜き放った。
「ダニーさん、もしかして竜に立ち向かうつもりですか……!?」
「あったり前よ。それに俺だけじゃねえっての」
「えっ……?」
ダニーが立ち上がったのを合図に、他の冒険者たちも続々と武器を手に立ち上がっていた。
「冒険者がこの状況下で挑まずしてどうするってんだ。ここで引くような腰抜けはそもそも冒険者に向いてねぇ」
「……!」
「いいか? 俺たちが仕掛けて何とかアイツを別方向に誘導させる。ミーシャちゃん達はその隙に全員を避難させてくれ」
「……分かりました」
ダニーたちの覚悟を受け止め、ミーシャは己の役割を果たすことだけを考えた。
「ようし、んじゃ行くか。後衛職、ブレスだけは絶対に防いでくれ。近接職は一点集中で翼を狙う。絶対に飛ばせるな」
ダニーが指揮を執り、的確な指示を出していく。
何か段取りがあった訳でもなく、冒険者たちはダニーの指揮に従っていた。
皆自然と理解したのだ。
彼の声が、振る舞いが、この場の指揮官に相応しいことを。
「──武装、起動」
短い起動詠唱の一言で、ダニーの手足に装飾品として装備されていた魔晶珠が起動する。
淡い光を放ちながら、全身を覆うように装甲が転送される。
銀色の金属質な光沢を放つ全身鎧。
それは、騎士を思わせる出で立ちだった。
……いや、事実、彼は元王国騎士の一人なのだった。
古巣の武装を少しばかり拝借し、未だに愛用していた。
カシャンと頭部のバイザーを下ろして、竜を見据える。
「さぁて、やるか。──竜退治、早い者勝ちだぁ!」
それを合図に。
冒険者たちは一斉に竜に向かって駆け出していった……。
***
「はぁっ、はぁっ……こちらです皆さん!」
王都は酷い有様だった。
竜の咆哮が轟き、民衆の悲鳴が至る所で聞こえ、建物の崩壊音が響き渡る。
竜が暴れている地区の市民は、皆逃げ惑っていた。
至る所の建物が破壊されており、遠く見える王城の正門すらも壊されていた。
そんな中を、ミーシャは負傷した人たちを介抱しながら、必死にシラー地区へと誘導していた。
この地区は先の報告の通り、竜が出現しておらず、被害は起きていない。
だが、それでもいつ竜が襲ってくるかは分からない。
今この状況下で安心できる場所など、どこにもないのかもしれなかった。
「足を怪我している方は私に言ってください! 回復魔術を扱えますので!」
それでも必死になって、ミーシャは傷ついた人々を治療していく。
己の役割を全うする為に、彼女は懸命に働いていた。
そうして、誘導してきた人たちを治療し終わった時だった。
『──けて! 助けて! ──誰か』
「え!?」
まるで直接脳内に響いたかのような声。
音が伝わってきた方向はシラーの中央方面。
治安の悪い、いわゆるスラムと呼ばれるような場所だった。
「……」
昼間に起きた出来事を思い出して、ふるりと悪寒が走る。
けれど、どうにも今の助けを呼ぶ声が気になって見過ごせない。
ミーシャは一緒に避難してきたギルド職員に負傷者を任せ、声の主を探そうと走り出した。
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