73.虹の橋が架かるⅣ
「絶対に戻る! 姉さんは避難してて!!」
「ダメよジル! 行っても危ないだけよ!」
「アルルが一人で残ってるかもしれないんだぞ!? 早く戻らないと!!」
「だ、だからといって、ジルが行ってどうにかなる問題じゃないでしょう!? さっき完全に背後取られていたのよ!?」
「~~~ッ!」
……現在地は、王城の中庭。
意味も分からず私達はここに二人、いつの間にか突っ立っていた。
本当に意味が分からない。
さっきまでレイルの部屋で帝国兵と相対していたはずだったのに。
ここに居るのは私と姉さんの二人だけ。
アルルの姿は……無かった。
「さっきのは油断しただけだ! そもそもアイツがレネグの姿なのも──」
「油断した時点で何と言おうと貴方の負けだわ。……お願いだから、もう少し冷静になって」
「でも……じゃあアルルはどうするんだよ!? アイツ一人で帝国兵と対面してるかもしれないんだぞ!?」
「あの子は……きっと大丈夫よ。……説明はできないけどあの子は強いから、大丈夫」
「──……」
姉さんはアルルの抱えてる秘密を知っている。
あの異様な帝国兵と戦っても大丈夫だと、アルルならそれくらい訳ないのだと。
突如ここに飛ばされた空間転移染みた謎の現象も、アルルが行った事なのだと、姉さんは全部分かってる。
……私は何も知らない。
アイツが、私には知ってほしくないことだから、皆黙ってるんだってことは、何となく分かってる。
それでも──、
「!!」
「キャッ!?」
レイルの部屋があった方向から、とてつもない音が鳴り響いた。
王城全体に轟くほどの音。
何か決定的な事が起こったのだろう。
……もうたくさんだ。
「……私が大丈夫じゃない」
「……え?」
「心が痛くなるんだよ……耐えられないくらい、胸の奥が苦しくなって……」
「ジル……? 泣いているの……?」
「私が戦うべきなんだよ……! 私のせいでアルルが怪我でも……死んだりでもしたら、私は……!」
アルルが強いっていうのも、何となく分かってる。
私なんかよりも、ずっと遥か高みにいるのだということも。
それでも、私が戦うべきだった。
「私はどんな目に遭ったっていいんだ……でも、私の目の前で、知り合いが傷つくのだけは、絶対に嫌なんだよ……!」
私のミスを誰かに庇われるのなんて、もう二度とごめんなんだ。
「──ジル。それは、その気持ちは、皆同じものを持っているわ。アルルちゃんだってきっと同じことを考えて行動したのよ」
「……」
「大切な人を護りたい。……貴方は力があるから、きっとその思いも人一倍強いのでしょうね」
姉さんの手が、頬に流れた雫を拭ってくれた。
……私の、いっそ傲慢と吐き捨てられそうな感情を、姉さんは否定しないでいてくれた。
***
「え、何かめっちゃ会話に入りにくい感じです。……王女様泣いてますけど、もしかして怪我でもさせちゃいました……?」
「……オマエ」
姉さんの後ろからひょっこりと顔を出した話の当事者。
まるで何事も無かったかのように、いつも通りの無表情だった。
「オマエ、オマエなぁっ!!」
「わぁっ」
「ちょ、ちょっとジル!?」
「こっちがどれだけ心配したと思ってんだ! バカっ!!」
「あうあうあう」
襟をつかんで思いの丈をぶつける……!
「怪我はしてないだろうな!?」
「し、してないですぅ……。というか、それはこっちの台詞なんですけど……。王女様、なんで泣いてるんです?」
「……オマエのせいだよ」
「え」
途端、アルルの無表情は崩れ落ちて、困惑した様子で目をしどろもどろさせ始めた。
「や、やっぱりどこか怪我でもさせちゃったのでしょうか?」
「……私たちは何も怪我なんかしてないよ」
「ん? じゃあ一体どうしたんです?」
「私自身の不甲斐なさが悔しかったからだよ!」
八つ当たり気味にそう叫んだ。
「……あ、あの、よく分からないのですが、私は何か間違ってしまったのでしょうか……?」
アルルは理解できなかったようで、不思議そうに首を傾げる。
私だって何が言いたいのか上手くまとまってない。
「あ、というかさっきのアレはなんだったんでしょうね。急に王女様たちが消えちゃってびっくりしちゃいましたよ、全く。私も気が付けばここにいましたし、本当になんだったので──」
「全部オマエがやったんだろ!」
下手なウソをついて誤魔化そうとするアルルに、思わず口から本音が漏れた。
「あそこから飛ばされる直前に一瞬オマエの魔力を感じた。……何の工程も挟まずに二人も空間転移させるだなんて芸当、義兄さんや婆やだってできやしない」
「……」
「別に、私は……オマエの正体とか、力の秘密だとか、そんなもの全部どうだっていいんだ」
本当にどうだっていい。
アルルが何者であろうと、自分自身が人間でいたいと思っているのなら。
「オマエは、アルルだろ。オンボロ骨董品店の店番で、無表情で何考えてるか全然分かんなくて、ときどき変なこと口走って、──私なんかとずっと交友を持ってくれた、私の親友のアルルだ!」
「──」
「だから……オマエにアルルじゃない役割をさせてしまった私自身が許せないんだよ! 私が不甲斐ないから、私の判断が間違ってたから……!」
「…………ふっ、ふふふ」
なぜかアルルが吹き出して笑っていた。
それと同時に、頭を撫でられてしまっていた……?
「な、何がおかしいんだよ……!」
「いえ、ジルアがあんまりにも可愛くてつい」
「ハァッ!? か、可愛いって、馬鹿にしてんのか!?」
「言葉通りの意味です。ジルアの考えは、自分は強いから皆を守らなきゃいけないみたいなノブレスオブリージュ的な思想ですよね? さっき私が助けなかったら、恐ろしく速い手刀で気絶させられていたかもしれないのに」
「そ、それは……!」
「ジルアはホントに傲慢ですね。大体、私はジルアよりも先に冒険者になった先輩ですよ? あなたより強くてとーぜんだと思いませんか?」
「い、一般人よりは強いと思っててもいいだろ!? 大体オマエのはどう考えても冒険者基準の強さじゃないだろーが!」
「ま、そこについてはどーでもいいです。要するに私が心配だったんですよね、ジルアは?」
「ちちち、ちがっ! そんなんじゃっ──……!」
要するになどとひとまとめにされてしまっては非常に困る!
反論しようとしたけど、アルルの顔を見た瞬間何も言えなくなってしまった。
……その表情が、今まで見たことないくらい、とても嬉しそうだったから。
「……ふふっ、そうね。ジルはアルルちゃんが心配で泣いちゃったのよ」
「姉さんまで!?」
黙って私たちのやり取りを見守ってた姉さんが、突然の援護射撃を食らわせてきた……!
***
「ジルアを弄るのはこれくらいにして、話を進めましょうか。──っと、丁度アプレザルさんが来たようです」
「婆やも来てたのか……っていうか、さっきのレネグに扮してた帝国兵は結局どうしたんだ?」
「遠くに吹っ飛ばしましたよ。けど、アレは恐らくまだ生きてますね。でもこちらに戻ってくるには多少時間が掛かると思いますよ」
「吹っ飛ばしたって……いや、詳しくは聞かないけどさ……」
さっきの致命的な轟音はコイツが帝国兵をぶっ飛ばした音だったらしい。
もはやコイツが何をやらかしても疑問に思うまい……。
「──ジルアさま、ストラスさま、よくぞご無事で。お体に異常はありませんか?」
「こちらは大丈夫です。婆や、他の皆は大丈夫なのですか?」
「それに関しまして、こちらを」
姉さんがそう尋ねると、婆やは手に持っていた手の平大の魔晶珠をふわりと浮かせて、私たちの近くへ寄越した。
『──ストラス、ジルア、聴こえるか?』
「父上。大丈夫、聴こえてるよ」
通信用の魔晶珠だったらしい。父上の声が聴こえてきた。
……微かな魔力線が繋がれているのが見えた。有線式だ。
妨害を受けず使えてるところを見ると、最新の無線式のみ妨害されている……ということか?
『婆やから今までの事情は聞いた。……二人とも無事で本当によかった』
「全部アルルのおかげだよ。父上もアルルに礼を言っといてくれ」
『……アルル嬢、話してしまったのか?』
「私からは何も聞いてないよ。ただ状況証拠的にコイツがやったとしか思えなかったから」
「てへ」
「可愛くないからやめろそれ……。とにかく、コイツの秘密は何も聞いてないし、私は知ろうと思わないから。皆もそのつもりで話を進めてくれていいよ」
……反応からして、父上も知っていたのだろう。
私以外皆知ってそうな勢いだな、コイツの正体。
『……分かった。その辺りの話は二人で決めなさい。私からは何も言わない』
「ああ、それでいいよ。それよりも、敵の話だ」
『分かっている。今こちらで把握できている現状を伝えよう』
***
『──というのが現状だ。端的に言って今王都は非常に不味い状態にある』
「五体の竜が王都に……」
レネグに化けていた帝国兵の言っていたことはどうも本当だったみたいだ。
王城の正門前でミセラが竜と交戦中。
スヴェン義兄さんは留置場で爆破の原因と竜を同時に攻略中。
騎士団のトップ二人が見事に足止めを食らっている。
アルルの存在は奴らにとって想定外の鬼札だったに違いない。
「……奴ら──帝国兵の情報は? あの帝国兵、既にレイルを捕らえてるって言ってた。多分だけどまだこの王都のどこかに居るハズだ」
『……ジルア、それを聞いてどうする?』
「え……? どうするって、そんなの決まってるだろ?」
『先に私の意思を伝えておこう。──ジルア、お前は避難しろ。帝国と事を交えるなどという考えを持っているのなら、今すぐ捨てろ』
とある指摘が心に響いたので配色設定を元に戻しました。
見辛いと思ってた方がいたら申し訳なかったです。
***
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