67.王都襲撃Ⅳ
──王城、王の執務室前。
「ハッ、ハッ……! クソ、地味に階段が長いッ……!」
マーリー二等准尉は息を乱しつつも、王の執務室がある上階へとたどり着いた。
角を曲がった先、見張りがいるのですぐに分かるとストラスに言われた通り、複数人がある部屋の前に立っていた。
そこが王の執務室に違いないのだろう。
「フゥッ……何だ?」
何やら、軽装の見張りの兵と重装備の兵が言い争っているような様子だった。
王がいる部屋の前で揉め事など本来あってはならないことだ。
マーリー二等准尉は嫌な予感を感じたが、こちらも事が事なので、息を整えてから声をかける。
「込み入ってるとこ悪い! 至急王に報告しなければいけない事があるんだが!」
「お前、マーリーじゃないか。一体どうしたんだ?」
見張りの兵の二人はどちらもマーリー二等准尉の顔見知りだった。
一人は同期の兵、もう一人は王に仕える古株の騎士。
重装備の兵の方は見覚えはなかったが、年若い新兵のようだ。
「スマンが説明してる暇がない! 王との謁見は可能か?」
「こっちも緊急事態が起こってる。王はその対応で今手が離せないんだよ」
「待て、こっちも? 一体何が──」
『ダメです王! 相手の目的が不明で通信が使えない以上、王自らが動き回るのは得策とは言えません!』
『だからここで大人しく引きこもっていろと言うのか!? 相手の目的が分からないからこそ打って出なければならんだろう!』
扉を貫通する怒号。
その内容を聞いてマーリー二等准尉は察した。
(まさか、もう留置場での事が伝わっているのか……?)
通信が使えずとも、何らかの方法で事件を察知した可能性はあるのかもしれない。
そんな可能性が脳裏をよぎり、自分がこんなに急ぐ必要はなかったのではないかと安堵し始めた。
……だが、その直後に同期の兵から耳打ちされた話を聞いて、そんな楽観的な考えは打ち砕かれる。
「王城の正門前に竜が出現したんだとよ」
「……え? 正門前?」
「俺もこいつの報告を聞いて知ったんだがな」
同期の兵がオロオロと所在なさげにしている重装備の兵を指差した。
「お、俺はどうすれば……!」
「とりあえず王の判断を待て。聞く限り状況がかなりややこしい」
「通信が使えんのが痛いな。どうしたものか……」
見れば、重装備の兵の鎧には焼け焦げたような跡があった。
もしや、竜と一戦交えてきたのかもしれない。
「今先輩方が必死になって竜を食い止めているんですよ! 俺が城内に戻るまでに囮になってくれた人だって……!」
「急がなければならんのは皆分かってる。だがな、どう考えてもこの王都で急に竜が現れるなんぞ自然現象では起こりえない。間違いなく裏で手を回している奴らがいるはずだ」
「通信が使えんのもそいつらが妨害しているせいやもしれんからな。だとしたら敵は王城内に間者として潜り込んでいる可能性もあるわけだ。参謀殿が気にしているのもそこだろう。迂闊に動くと背後から刺されるやもしれん」
「ですがッ……!」
マーリー二等准尉は会話の内容を聞き、戦慄した。
留置場だけではない。王城にまでその魔の手が伸びていたのだ。
──いや。把握できていないだけで、事態はもっと広範囲なのかもしれない。
『今は通信が使えません! 騎士団長殿との連絡が取れない今、相手がどれだけの戦力で攻めてくるかも分からない状況で軽率な行動は控えるべきです!』
『どれだけの戦力で攻めてくるのか分からないのならば引きこもっていても同じだろうが! 初動こそが肝心だというのにこれでは完全に後手に回ってしまうぞ!』
『お、お二人とも落ち着いてくださいぃ~~~っ!!』
「──!」
なおも扉越しに響く王と参謀長のやり取りを聞いて、マーリー二等准尉は自分のやるべき事を思い出した。
伝えなければならないのだ。
騎士団長の事を。留置場で起こった事を。
「王ッ!」
「お、おい! マーリー!?」
同期の制止を振り切り、王の執務室の扉を叩くマーリー二等准尉。
そうして伝えるべき事を出来る限りの大音声で告げた。
「留置場警備の任に就いていたマーリー二等准尉ですッ! 先ほど留置場にて謎の爆発が相次いで起きました! 次いで兵舎前から竜の叫び声を確認! その場に居合わせたスヴェン騎士団長殿が対応に当たっておりますッ!」
『────』
「……は?」
「留置場もだと……?」
「なんとややこしい事に……」
場の空気が変わる。
正門前に竜が出現したという話だけでも異常事態だというのに、その上留置場までとなれば、事態は混迷の一途を辿ることこの上ない。
そして王は決断した。
『──扉の外にいる者達に、一切の攻撃行為を禁ずる』
扉越しでもハッキリと伝わる勅命。
人の上に立つ能力を持った者のみが就けるクラス、その最上位である『王』。
そのクラススキル、『真言』による命令だった。
王よりも立場が下の者は、命令に逆らう事は出来ない。
『ミセラ、扉の外にいる者を全て中に入れろ。一人ずつだ。妙な素振りを見せた者は薙ぎ払え』
『わ、分かりましたっ!!』
『王っ! それはあまりにも危険すぎます!』
『ここが分岐点だ、参謀。ここで決断せねば全てが手遅れになる』
『ですが……いえ、了解致しました。私も覚悟を決めましょう』
『いいですか!? 開けますよーっ!!』
そうして。
王の執務室の扉は開き、前に居た者達は顔を見合わせて、一人ずつ入室していった。
***
「──話を纏めます。騎士団長殿は留置場の爆発原因の調査及び兵舎の前に現れた竜と対峙中。通信が使えない以上、彼は向こうを片付けてくるまで戻れないでしょう。こちらは王城正門前に竜が出現し、警備の兵たちが応戦中。そして通信の不調。これはまず間違いなく敵方からの妨害工作と考えてよろしいでしょう」
参謀長が現状を纏め、王に報告する。
それに追従して古株の騎士が補足を入れる。
「王都内でも秘匿されているはずの新式の通信魔術が妨害されているという事は、最悪この城内に間者が紛れ込んでいる可能性がありますな。それを考慮すれば、このまま戦闘を行うのは非常に危険です」
「で、ですがっ! 正門前の竜は早急に対処しないと大変な事になります! 王城の障壁が突破されればここも安全ではなくなりますし、何より正門警護の兵ではあの竜に太刀打ちできていません! 一方的に蹂躙されているだけです!」
「おい、落ち着け……!」
同期の兵が、興奮気味に口を挟む重装備の兵を抑える。
だが、それも無理はない。
目の前で同僚の兵士たちがなす術なく蹂躙される光景を見てしまえば、誰だって冷静さを失ってしまうだろう。
「参謀。この王城内に間者がいたとして、それを炙り出す方法はあるか?」
「……間者といっても2種類あります。外部からの侵入者の場合と、この王城内に裏切者がいる場合。前者は単純な捜索で見つかる可能性が高いですが、後者は特定が非常に困難を極めるでしょう。王に反旗を翻すような心の持ち主は、そもそもにおいてこの王城に入場することすらできません。そういう魔術障壁が張られていますからね」
「つまり、裏切者はアプレザル婆様の張った魔術障壁すら無効化できる実力者か、あるいは……帝国の機械技術兵器によるものでしょうな」
古株の兵の一言で、場が静まり返った。
その最悪の選択肢に全員が押し黙ってしまったのだ。
つまるところ、打つ手は無い。
だが、手を打たなければ確実に取り返しのつかない事になる。
──そんな状況下で、王は一つの決断を下した。
「ミセラ。単独で竜を倒せるか」
王が、傍らに控えた青い髪の女騎士へと問いかけた。
その声には隠しきれない焦燥感があった。
──けれど。
「やります。やってやりますよ!!」
たった一人で竜を倒せなどと無茶な要求をされたにも関わらず、女騎士は即答した。
その答えにギョッと目を剥いた者は複数名いたが、実力を知っている者は順当といった表情を浮かべた。
「王……しかしそれでは御身の護衛が心許なくなります」
「分かっている。だが事が起こってから既に結構な時間が経っているはずだ。何か起きるならば既に起きていないとおかしい。敵の狙いは私ではなく別の何かだ。その前提で動くこととせよ」
「……承知いたしました」
「ミセラ。援軍は期待できず、常にお前の独断行動となる。王国騎士としての誇りを持って事に臨め」
「はい!! 任せて下さい!!」
そう言い切ると、青髪の女騎士は王の背後を突っ切って窓を開け放つ。
防音の魔術が解け、遠くから恐ろしい轟音が響き渡った。
「同盟国影の郷の民として、王国の危機を見過ごすわけにはいきません。──ミセラ・ラジリエント、これより竜を討伐して参ります!!」
くるりと振り返ってそう告げると、とん、と床を蹴って跳躍。
そのまま窓を飛び抜けて出撃していった。
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