57.帳は下りて地獄が顕るⅡ
真っ暗な通路の扉の前、下から漏れ出る灯りが何だか不気味だ。
漏れ聞こえる話からすると、どうやらまだ女の子は無事みたいだった。
「ジョーガちゃん、どうする?」
『典型的な敵キャラだね。……ちょっと本気出すか』
「こ、殺しちゃダメだぞ……?」
『分かってる分かってる★ ……ちょ~っと酷い目に合うだけだから』
「加減はしてやってくれ……」
『──影劫の閉路』
本気、という宣言の通り、放たれた技はいつものヘンテコな名前の龍技じゃなかった。
俺の影が独立して動き出して、扉の中に入っていく。
そして──……、
『はい、もう入っていいよ』
「……何したんだ?」
『動けなくしたの』
「……」
どう動けなくしたかまで聞きたかったんだけど……まぁ、入れば分かるか。
「入るぞ?」
『うん』
ギィ、と錆びついた蝶番の音を立てて中に入った。
薄暗い室内は、所々に積まれた木箱が散乱しており、まるでゴミ溜めのような有様だった。
部屋の中央では悪党共が騒がしく口論を繰り広げているようだったが、こちらに気付いた様子はない。
「……動けないんだよな?」
『大丈夫。もう何もできないよ』
ジョーガちゃんの言葉を信じて男たちに近づく。
「だから俺からだって言ってんだろ! だから俺からだって言ってんだろ! だから俺からだって言ってんだろ! だから俺からだって言ってんだろ! だから俺からだって言ってんだろ! だから──」
「馬鹿野郎が! 俺が連れてきたんだぞ! 馬鹿野郎が! 俺が連れてきたんだぞ! 馬鹿野郎が! 俺が連れてきたんだぞ! 馬鹿野郎が! 俺が連れてきたんだぞ! 馬鹿──」
「喧しい! 二人掛かりでやりゃいいだろ! 喧しい! 二人掛かりでやりゃいいだろ! 喧しい! 二人掛かりでやりゃいいだろ! 喧しい! 二人掛かりでやりゃいいだろ! 喧し──」
「──────────」
「──────────」
「……? なんか、こいつら」
『奴らはあの一瞬から抜け出せない。永遠にあの場面を繰り返すだけの置物になったの』
「…………は?」
『効果が切れるまでだけど、ね。一日くらいはああやってループしてるよ。精神だけしか追随してないから、身体の方は飲まず食わずでしゃべりっぱなし』
「え、エグイ……!」
こういう搦め手系の技は大体効果がエグイ印象だけど、これは極めつけだ……!
「……え? ……?」
腕を取られて拘束されている女の子も異常に気が付いたようで、キョロキョロと辺りを見回している。
早く助けてあげよう。
「……きゃっ!?」
「落ち着いてくれ。助けてあげるから」
突然姿を現した俺に、女の子は非常に驚いていた。
……怯え方が尋常じゃない。
いつもならこういうのはジェーンが率先して手を引いて助けてあげてたんだけど……。
『あ、待って。認識阻害を掛けたままだからじゃないかな──……ハイ。外したよ』
ああ、そうか。
いきなり俺みたいな図体のデカい、顔がモヤで覆われたヤツが現れたらそりゃ怖いか。
「もう大丈夫だから、安心してくれ」
「え……あ……」
俺の顔を見て女の子はまだ驚いていたようだけど、怯えは収まったようだ。
女の子の腕を握っていた男の指を剥がす。
結構力強く拘束されている。さっきの龍技は身体を固定してしまうのかもしれない。
仕方ないのでかなり無理やり指を引っ張ったら、あらぬ方向に曲がってしまった……。
そこまでするつもりはなかったけど……自業自得と諦めてほしい。
「あぅ……!」
拘束から解放された少女は、とすん、と尻餅をついてしまった。
怯えて、震えている。
……一歩遅かったら、この子は酷い目にあってたんだ。当たり前だろう。
「怪我はないか? 立てるか?」
「あ……わ、わたし、その、怖、くて……」
ビクビクと身体を震わせながら立とうとするも、足腰に力が入らないのか、ぺたん、と床にへたり込んでしまった。
「……よし、任せてくれ。ほら、掴まって」
「え……きゃっ! わ、わぁ……!」
女の子を抱え上げて、腕の中に抱き寄せる。
やっぱり女の子って軽い。
俺の胸に寄りかかるように、女の子がぎゅっと服を掴んだ。
『……ねぇ、お姫様抱っこするのはデフォなの? 狙ってやってる?』
え? だって、この方が抱っこされる方は楽だろ……?
『うーむ……まぁ、いっか』
ジョーガちゃんは何か思うところがあるみたいだったけど、特にその後は何も言わなかった。
「逆にあの女をモノにしてやんだよ! ──」
「ありゃあ無理ですって! ──」
「……」
同じ話を繰り返す、木箱の上に座った男と、筋骨隆々の大男。
木箱の上に座っている男はミーシャさんを連れ去ろうとした奴で、大男は腕相撲で対決した奴だ。
扉の前で聞いた話から推測するに、彼らを手引きした女がいるらしい。
『かなり怪しいね、そいつ。……無理やり聴き出す事もできるけど』
それって、禁忌の魔術みたいなものか?
ならやめておいてくれ。
あんまりそういうのには頼りたくない。
『禁忌の魔術が何かは知らないけど……まぁ、レイルっちがダメって言うなら、多分ウチがやろうとしてるコトもダメだろうね』
我儘言ってゴメン……。
でも、今はそれより。
この女の子を、ちゃんと安全な場所に連れて行ってあげることの方が大事だ。
***
部屋を後にして、灯一つない真っ暗な通路に戻る。
『何でこんな廃屋の地下に通路があるんだろうねぇ。下水道ってわけでもないし』
確かに、不思議だ。
──この廃屋に突入して目に入ったのは、無数の廃棄物だけだった。
人が住んでいる様子など微塵もない。
だが、その床下には、地下に繋がる通路への入り口が巧妙に隠されていた。
ジョーガちゃんがいなければ、とても地下通路の存在に気付けやしなかっただろう。
『ご丁寧に感知の罠まで仕掛けて……よっぽどの用心深さだね。さっきのお粗末な奴らにしては』
……ジョーガちゃんがいなければ、逆に俺が捕まっていたかもしれない。
「っ……!」
真っ暗な通路に出たことで女の子が再び怯え始めて、俺の服を強く握りしめた。
……俺は暗所でも目が効くけど、この子にとってはそうじゃない。
さっきの部屋から角灯の一つでも持ってくるべきだった。
「あ、あの……お、お兄さんは、騎士様なんですか……?」
「え?」
女の子がそんな事を聞いてきた。
俺の姿って間違っても騎士とかそういう風には見えないと思うんだけど……。
剣も持ってきてないし。
『シチュエーションがな~! 女の子にはそういう風に思わせちゃうんだよなぁ~!』
そういうもんなのか……?
「えと……俺はただの冒険者だよ」
「ぼ、冒険者……」
女の子が反芻するように呟いた。
……冒険者って、あまり良い印象を持たれてはいないよな。
あまり余計な事は言わないようにしよう。
「さっきたまたま君を連れ去られる瞬間を見て、追っかけて来たんだ」
「そ、そうだったんですか」
何となく、この状況に既視感を覚えた。
オジサンに助けられた、あの時の事が頭をよぎる。
「ごめんな。もうちょっと早く助けてあげられたら、怖い思いもせずに済んだんだろうけど」
「いえ、そんな……! 助けてくれて頂いただけで十分です……」
本当に。
俺みたいに、傷を負わされる事が無くて、本当に良かった。
『……』
***
「よい、しょ」
降りてきた時と同じ鉄梯子を登っていく。
「もうちょっとだから、辛抱してくれな」
「は、はい……!」
地下通路への入り口から微かに指す夕暮れが、女の子の顔を照らす。
緊張からか、それとも恐怖からか、顔が赤くなっている。
早く連れ出してあげなければ……。
『んぎぎぎ……こいつマジ……! 一々女の子とイチャ付かないと先に進めんのかっ……!?』
ジョーガちゃんがまた何か叫んでる……怖……。
鉄梯子の最後の段を一足飛びして、地上へと戻る。
「脱出成功、と」
無事に鉄梯子を登り切って廃屋から抜け出した。
ここまで来れば大丈夫だろう。
既に日は落ちて、辺りは暗くなっていた。
「家まで送るよ。どの辺だ?」
「え……!? あ、え、えと、だいじょぶです、もう立てると思います……!」
わたわたと腕の中で女の子が暴れ始めたので、慌てて降ろしてやる。
……よく考えたら俺みたいなのがいつまでも密着してるのも嫌だったよな。
「よっと」
「あ、わ、と、と……!」
地面に足をつけた途端、ふらついてしまう女の子。
倒れそうになる女の子を支える。
「本当に大丈夫か? 無理はするなよ?」
「だ、大丈夫です……! え……えと、その、す、すみません……!」
女の子は慌てて腕の中から離れていった。
「あの……私、帰ります……! 助けてくれて、本当にありがとうございました……!」
「ああ、気を付けてな」
ぺこん、とお辞儀をすると、女の子は走り去って行ってしまった。
少し不安だけど、流石に腕を掴んで連れ去ってしまうような連中はそうそういないだろう。
『うーん、これはフラグが立ったなぁ』
フラグ? 何の……?
『何でもないよーっだ★』
***
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