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backup  作者: 黒い映像
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28.王女様はアドベンチャラーの夢を見るかⅦ

「地母龍様の御加護に感謝を──乾杯!」

「乾杯!!」


がちゃんと硝子の杯をぶつけ合って、ぐいっと呷る。


「んくっ、んくっ……っぷはぁーーーっ! あーーー疲れたーーーっ!」


一気に半分ほど飲み干してから、ドカッ! と杯を机に置いて、そのまま椅子にもたれかかった。


──現在地はリシアの冒険者ギルド『龍の金鱗』併設の、酒場の一角。

冒険者狩りを討伐した私たちは、あれから紆余曲折あり、ようやくギルドまで戻ってこれたのだった。

現在時刻はとっくに私のいつもの就寝時間を越えている。

けれど、この身に滾る高揚感が、眠気なんて吹き飛ばしていた。


「随分長い間色々聞かれたなぁ。ちょっと緊張しちゃったよ」


レイルの言う通り、ギルドに戻ってからの拘束が長かった。

ワーウルフ討伐依頼の報告と、冒険者狩りについての報告をまとめて行ったので、受付嬢さん達に根掘り葉掘り質問攻めにあったためだ。


──事の顛末は、冒険者狩りたちが元凶だった。

奴らはユレアイト迷宮を根城として活動しており、殺害した冒険者を餌としてワーウルフを手懐けていたみたいだ。

あの門番もやはりグルだったようで、ユレアイト迷宮に潜る冒険者の情報を横流ししたり、依頼の報告を不正に行い、依頼は成功しその後行方不明、という体で不審がられないようにしていたようだった。

その対価として拉致した女冒険者の身柄を受け取り、監禁して凌辱を行っていたらしい。

あの時顔を確認されたのはそういうことだったのだろう。虫唾が走る。


それよりも驚いたのは、迷宮を脱出したら、王国騎士団が待機していたことだ。

既に門番は捕らえられており、私たちが迷宮にふんじばって放置してきた冒険者狩りたちも彼らに連行されていった。

騎士団の隊員に私の正体がバレないか肝を冷やしたけど、レイルを矢面に立たせることで何とか乗り切った。

……顔見知りがいなかったのも幸いだったな。


「オマエはもっと堂々としてろ。オレたちは悪党を退治した英雄なんだぞ。胸を張ってれば良いんだよ」

「でもあいつらを倒したのはジェーンだろ? 俺は何も……」

「オレは目立ちたくないんだよ。オマエの方が等級高いんだから、ありがたく功績を受け取ってろ」

「うーん……でもなぁ……」


ブツブツと呟くレイルを無視して、私は杯をぐびりと再び呷った。んまい。

疲れた身体にさっぱりとしたのど越しが染み渡る。


「それにしてもジェーンは凄いなぁ。初めての冒険だったのに、一気に三爪まで上がっちゃうんだからさ」


レイルの言葉を受けて、私は胸元にきらりと光る冒険者認識票を手繰り寄せた。

私の偽名が刻まれたその裏には──爪痕が三つ。

ワーウルフの大量討伐と、迷宮主の討伐と、冒険者狩りの捕縛。

それらの功績を鑑みて、一気に三つもの爪痕が冒険者認識票に刻み込まれたのだった。


「ふへ……えへへ……」


評価がきちんと考査されて、こうして形に残るのは嬉しい。

出生によるものじゃなく、私自身の力で評価された証なのだ。

それが何よりも嬉しかった。


「俺、あれだけ苦労して四つの爪痕を貰ったのに、今日一日で俺は一つ、ジェーンは三つだもんなぁ……。今日の冒険は色々ありすぎだよ」

「──ん。思ってた数十倍は大変だったなぁー……。けどさぁ──楽しかったな!」

「おう、そこは間違いない!」


にやりと笑うレイルを見て、私もつい笑ってしまった。

そのまま二度目の乾杯なんか始めちゃったりして、自分でもおかしいと思うくらいテンションが上がりまくってしまっている。


でも、だって、だって──仕方ないじゃないか。

冒険者になって、依頼を受けて、モンスターを討伐して、その上世に蔓延る悪党どもを成敗して。

そして、こうやって、酒場で今日一日の冒険の出来事をつまみに話し合う。

私のしたかったことが今日一日で全部叶ってしまった。


本で読んで、憧れたこと。空想したこと。

浪漫あふれる自由な冒険の世界。

城の中では決して味わうことのできなかった感情。

それは決して楽しいことだけではなかったけど──……。

それでも今は。今だけは。


杯をぐびりと呷り、残りを一気に飲み干した。


「すいませーん! おかわり2つ! レイルもいるだろ?」

「ん。ああ、そうだな。貰おうかな」

「そんなデカイ身体してんだからもっと食え! 飲め! ほら、こっちも美味しいぞ! 金はたんまりもらったんだからな!」


冒険者狩りの頭目はどうやら賞金首だったらしく、思いがけない大金をゲットできてしまった。

その上ワーウルフの討伐で総勢80匹も倒していたため、その分の素材も相俟って、こちらもかなりの金額になった。

机の上に鎮座している巾着の中身は全部金貨で、みっしりと詰まっている。


「俺、こんな大金初めて見たよ……」


レイルが呆然と呟いていた。

どうにも信じられないという表情をしている。


「全部オマエのだ。オレは今回無理言ってオマエの依頼に同行したワケだからな。無茶も言って困らせたし、命も助けてもらった。詫びだよ」

「えぇっ!? い、いやいやいや、ダメだろ! こんな大金! 俺、そんな活躍してないのに」

「馬鹿いうな。オマエがいなかったらそもそもこの金は手に入らなかったんだよ」


「でも」だの「だけど」だのとごねるレイルを無視していると、離れた席から近づいてくる人影があった。

腹の出ている、人のよさそうなオッサンだった。


「ようレイル! 聞いたぜぇ? 悪党とっちめたんだってなぁ」

「あぁ、ダニー」


レイルの知り合いみたいだった。

デカイ杯を片手に持って、レイルの隣に座った。


「俺がやったんじゃないんだ。全部ジェーンのおかげでさ」

「おう、そっちが例の。スゴ腕の魔術師って聞いてるぜ? 俺はダニーってんだ。よろしくな」

「……ジェーンだ。よろしく」


ガチャンと杯を鳴らして、ダニーという冒険者のおっさんと乾杯した。

……しかし、私、そんなウワサになってるのか……?

あんまり目立ちたくはないんだけどな……。


「レイルのやつ、手ぇ掛かったろぉ? すぐ突っ走って、危ねぇことしなかったか?」

「したな。ワーウルフに大声上げて突っ込んでいきやがった」

「だっはっはっ!! こいつは昔からそういうことするやつなんだ! 危ないっつってんのに人の話ぃ聞きゃしねぇ」

「聞いてるつもりはあるんだよぉ……」


バンバンとダニーがレイルの背中を叩いている。付き合いの長い仲なんだろう。


「ま、こんなんでも気の良いヤツなんだよ。愛想尽かさずに仲良くしてやってくれ」

「そんなの、言われなくたって分かってる」


改めて言われずとも、コイツがどんなに良い奴なのかなんて、たった2日の付き合いでも十分すぎるほどに知っている。


「──へぇ。……はは、そりゃあ、良かった。おいレイル、理解してくれる奴は大事にしろよ!」

「うん。ジェーンとは仲良くしていきたいな」

「!」


不意打ちだった。何気なしに、本当に何気なく言われた言葉だったけど、私は心臓が飛び跳ねそうになった。

顔が熱くなるのを感じる。


「さて、話は変わるが……レイル、とっちめた悪党、賞金首だったんだってなぁ?」

「ああ、そうなんだ。びっくりするくらいの大金を貰っちゃって」

「オマエ……」


馬鹿正直に答えてどうするんだ。どう考えてもたかる気だぞ、このオッサン。


「ほう……なぁおいレイル。色々世話ぁ焼いてやったの忘れてないよなぁ? ここが返し時じゃねぇか? ん?」

「絡み酒すんなオッサン。この金はレイルの金だ。好きに使わせてやれ」

「いや、いいんだよジェーン。世話なってるのは本当だし……あ、そうだ。あれやって見たかったんだよ、俺」

「アレ? アレってなんだよレイル」

「ほらあの……『今日は俺のおごりだーっ!』ってやつ」

「……は?」


思わず呆けた顔をしてしまった。見えてないから伝わってないのだろうけど。

何を言ってるんだ、こやつ。酔っぱらってるのか?

けど、その一言でダニーが大笑いし始めた。


「この巾着か? 中身見せてみろ……おう、十分だあな。へっへへ! おい、レイル本当にいいんだな?」

「あぁ。俺はここにいる皆に大体世話になってるしな。ジェーンも、それでいいか?」


……よくはない。

オマエの金だってのに、何でそんなバカな使い方するんだ。

……でも、こいつのそういう所は──嫌いじゃない。


「……好きにしろ。オマエの金だ」

「! ありがとうジェーン!!」

「よおし! 話は決まったな!」


ダァン! と勢いよく席を立ち、酒場中に聞こえるほどの声でダニーが叫んだ。


「お前らぁ! 今日はこのレイルのおごりだぁーっ!! 好きなだけ飲めぇい!!!」


シィンと静まり返った店内だったが、次の瞬間、『うおおぉぉぉぉぉぉおおおおっ!!!』と地響きのするような歓声が上がった。


「いよっしゃあああっ!!!」「レイルーッ!! 最高だぜええっ!! 愛してるぜぇーっ!!」「一番高い酒くれっ! 早く持って来い!!」「誰か知らんがごちそうになるぜっ!!」

「わぁっ!」


一瞬にして冒険者たちの波に飲み込まれていくレイル。

それを反対側の席で遠巻きに見ながら、おかわりした杯をぐびりと呷った。んまい。


「よっと。へへっ御馳走になるぜ」

「……レイルにちゃんと礼いっとけよ」


波に攫われるのを避けたダニーが、こちら側の席にいつの間にか腰を掛けていた。


「分かってらぁ。……へへ、あいつ今日は楽しそうだな。久しぶりに見た気がすらぁ」

「……そうなのか?」

「あぁ。あいつぁ一見能天気に見えるが、色々抱えこんでるからな。いつも一人で何かに悩んでるんだよ」

「ふぅん……」

「大体こうやって酒の席に出てくるなんてのも珍しいんだよ。あいつは食に関心が無さすぎる」


確かに、迷宮内での休憩時にも、水と干し肉くらいしか食べていなかった。

今この場においても、箸はあんまり進んでいない。

それで一体どこからあの図体を動かすパワーが湧いてくるのか、不思議でしょうがない。


「ま、あいつの悩みなんて知らんけどよ。今が楽しそうならそれでいいって俺は思うわけだ」


レイルを見て目を細めるダニー。

その表情はまるで父親のような、慈しみに溢れたものだった。


「あいつをよろしくな、嬢ちゃん」


ギクリとして振り向くと、にかりと笑われて返された。

……私の心も何もかもを見透かしてそうだった。

食えないオッサンだ。


「……おっさん臭いお節介だな」

「だはは! 実際おっさんだからな!」


***


「ふぅー……やっと帰ってこれた」

「お帰り。びっしょびしょだぞオマエ。さっさと拭け」


何とも非生産的な風習から帰ってきたレイルは、頭から全身に掛けて水滴を滴らせていた。


「うぅ……あんな揉みくちゃにされたのは初めてだ……」

「オマエがバカなこと言い出したからだろ。これに懲りたら今後は自重しろ」


台拭きでぐしぐしと顔を拭くレイルに、巾着から拝借しておいた金貨5枚を押し付けた。


「ほら、ちゃんと取っといたから。これでグレードの高い剣買っとけ」

「おぉ、忘れてた。ジェーンはしっかりしてるなぁ」

「オマエが後先考え無さすぎだ。もうちょっと計画性を持て」

「うぅ……耳が痛い」


頭を掻いて苦笑いするレイル。

……本当にこいつは、仕方のないやつ。

けど、私の方はもっと──……。


「なぁ、ジェーン」

「ん?」

「また、一緒に冒険に行こうな!」

「──」


その言葉を聞いて、胸が震えるほどに熱くなる。

思わず頷きそうになってしまうけど──私は既にそれ以上を望んでしまっていた。


「なぁ、レイル。オレと──」


***


夢を見ている。


夢を見ている。


夢を、見ている。


あの日の──始まりの記憶から、今までの冒険の記憶が鮮明に浮かんでは、泡のように弾けて、影のように消えていく。


本当に、色んな事があった。


知らないことで満ち溢れてた日々だった。


驚きと興奮の連続だった。


失敗も、苦しい思いをしたこともあった。


けれど、思い出すのは、楽しい思い出ばかり。


──全部、全部、隣にレイルがいてくれたおかげだ。




……これが夢だって理解しているのは。


レイルと冒険に出ることなんて、もう永遠にできないと、分かっているからだ。

***

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