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初心者妖精の願い  作者: ゆきのいつき
21/21

---:end---

「理菜、明日の準備はもう出来た?」


「うん! もうバッチリ。

 でもなんか……ちょっと心配かな……。私、うまくやってけるかなぁ?」


 部屋で明日の確認をしてたらママが顔を覗かせ、聞いてきた。

 それに無難な返事と、ちょっとの不安ごとを返した私。


 明日から私は……、お兄ちゃんが通ってた中学に登校する。

 私が学校に通うのは小学校三年生の時以来で、春から二年生としての通学となる。もちろん一年間のハンデはあるけど……この半年、パパが家庭教師さんを雇って私にずっと勉強はさせてくれていたからなんとか付いていけるとは思う。


 私も一生懸命、がんばって勉強したし。

 それにお兄ちゃん……、そしてリィンちゃんの分も合わせ……、私はがんばって生きていかなきゃって思う。


 けど、やっぱ不安。

 ずっと学校に行ってなかったしお友だちだってほとんどいない。学校に至ってはゼロだ。

 

「そう。


 でもそれはどうしようもないわね。

 ――でも理菜のことだもの、きっと大丈夫! この半年の頑張りもママはしっかり見てきたわ。


 だから心配なんて脇に押しやって、これからの学校生活、楽しんでやるんだって……、前向きな気持ちで挑んじゃいなさい?」


 ママがそんな私にハッパをかけてくれる。

 今までママ、そしてパパにはずっと苦労をかけてしまってた。お兄ちゃんが居なくなってからは特にそう。落ち込んで自暴自棄になったことだって何度もあった。

 でもママはそのたびにこうやって私を元気付たり、勇気づけたりしてくれて……、


 リィンちゃんが居なくなってしまった時も――、


 慰めてくれた。


 リィンちゃんのことはママにも当然ばれちゃって、あのあと説明が大変だった。

 ただ……、リィンちゃんがお兄ちゃんの生まれ変わりだってことは言わなかった。妖精が実際居るってことだけでも信じられない出来事なのに、そこにお兄ちゃんの転生……のことまで言ったら収拾つかないと思ったから。


 あの日の出来事は私とママ、実際にあの出来事を体験した……二人だけの秘密。


 私の心臓の病はあの日を境に劇的に回復へと向かい、わずか一ヶ月で退院出来るまでになった。当然、主治医の先生は不思議に思い色々と精密検査をし、原因を突き止めようとしてたけど……それはやっぱり原因不明のままで終わった。

 今では私は普通の女の子と変わらない生活を送ることが出来る。もちろんずっと寝たきりだったからリハビリしつつ、勉強もするって……結構大変な半年間だったけどね。


 おかげで無事中学に通えるようになり……、明日からは中学初登校。



「そうだね!


 私がんばったもんね。ママやパパもいっぱい応援してくれたし。


 なにより……お兄ちゃんや、その……リィンちゃんの分まで――、


 私……学校生活楽しめるよう、がんばるよ!」


 とびっきりの笑顔を浮かべ、私はママにそう言い切った。


 ママはそんな私の言葉にちょっと驚いたような表情を浮かべてたけどすぐ優しい笑顔になり……、そっと私の頭を撫でてくれた。やさしく優しく撫でてくれた。




 私はとっても幸せな気分になり、その日は早めに眠ることとした。初日に遅刻もなんだしね。

 この日の晩は満月。

 満月を見るとリィンちゃんと初めて会った時のことを思い出す。

 部屋の窓を開け、夜空に浮かぶその月を見つめる。きれいな青白い光で輝くまんまるな月。


「きれい……」


 そんな思いが口からぽろっと出た……と同時にぶるりとふるえる体。

 春とはいえ夜はまだまだ冷え込む。


「さ、さむー!」


 思わずそう口に出し、最後にもう一度満月を目に収めつつ……、いそいそと窓をしめようとしたその時――。


 何も見えなくなるような、そんな強い光。

 目の前がぱーっと明るくなり、淡い淡い、でも暖かな緑色の光に私は包まれた。



 それは……、そう。

 あの時と同じ――。


 私はまさかと思った。

 でもそれと同時に期待もしてしまった。


 私はその光をじっと見つめる。心臓がドキドキ高鳴り、思わず生唾を飲み込む。



 

 そして――、


 その優しい光の中から現れたのは……小さな小さな女の子――。


 艶々した薄い膜の様な、少しいびつな形をした四枚の長めの翅を背中もつ、かわいらしい妖精さん。

 透き通るかのような不思議な素材の綺麗なワンピースを纏った、小さく儚げな妖精さん。


 落ち着かずに飛び回る二つの小さな輝きを伴った……、懐かしい……妖精……さん。




「お、おにい……ちゃん?」



 私は息を飲んだ。

 妖精さんが私を見た。



「り、な、ちゃん……」



 小さな口から私の名前がこぼれ出た。



「りぃん……、リィンちゃん?」


「りなちゃん。理菜ちゃん、りな~!」


 妖精さん、ううん、私のお兄ちゃん……、リィンちゃんが――、その言葉と共に翅をせわしく羽ばたかせて私の元に飛び込んで来た!


 私は手を大きく広げその小さなかわいい妖精さんを迎え入れる。


「うそ、な、なんで? なんでリィンちゃんが?」


 私は、けっこう育ってきた自分の胸にリィンちゃんを抱きかかえながらもそんな疑問を口にする。

 私を生かすため、病気を治すために妖精の力? 使って力つき……消えてしまったリィンちゃん。ママからそう聞かされていた私はもう二度と会えることはないって、あきらめてた。


 そんなリィンちゃん……、お兄ちゃんの転生した存在が目の前に居る!

 私の胸の中にかすかな温もりとともにその存在感を示してくれてる。


「ぼくもびっくりした。気が付いたら向こうの世界に戻ってた。無茶をするって……友だちのオーサーに叱られちゃったけど……、向こうに戻ったらすぐ元気になったよ。


 んでね、体元気になったから……、また戻って来ちゃった」


 リィンちゃんが照れ笑いしながら私にそんなことを言う。

 お兄ちゃんなのに……か、かわいい! でも今は妖精、しかも女の子なんだし……別にいいのか。

 そんなどうでもいい葛藤をしてる私に、更にぐっとくることを言い放つリィンちゃん。


「りなちゃん。


 その、ぼく、これからも理菜ちゃんと一緒にいたい。


 だ、だめ?」


 小さなお顔を、ぐっと上に向け、必死に私の顔を見つめ……そう言ったリィンちゃん。

 か、かわいすぎ~! エメラルドグリーンの小さな宝石のような目をうるうるさせ、小首までかしげ……それはもう強烈な破壊力を私にもたらした。


「い、いいに決まってる! 私はもちろん、ママだってきっと喜ぶよ。


 大歓迎~!」


 私はそう言ってリィンちゃんをぎゅっと胸の中に抱え込み、喜びのあまりお部屋の中で、ついつい小躍りまでしてしまった。


「り、りなちゃん、苦しい、苦しいって~!」


 胸のなかで悶えてるリィンちゃんに私が気付いて解放してあげた時、すでにかわいらしい妖精さんはぐったりしてて……、


「りなちゃんの……ば、か」


 そう言ってくったりとなったかと思うと、すーすー気持ちよさそうな寝息をたてあっさり眠ってしまった。

 きっとここに戻って来るのにも相当精霊力っていうのを使ったんだろう。私のせいじゃないよ、うん。

 私はそんなリィンちゃんを以前使ってたリィンちゃん用ベッド(ピクニックとかで使うバスケットなの)にそっと寝かしつけてあげた。名残惜しくって捨てられなかったんだけど……、とっておいて良かった。

 気持ちよさげに眠るリィンちゃん。


 りぃん、お兄ちゃん……。これからは、今度こそはずっと一緒だよ。

 だから……居なくならないでね。

 

 眠ってる小さな小さな、愛しい妖精さんのほっぺをつんとして、私も明日に備え、ベッドに入った。


 いつのまにやらいい時間になってたし遅刻は勘弁だ――。





 こうしてふたたぶ私はリィンちゃん、それにスプライトのテルとメイと共に生活することとなった。





「それじゃママ、行ってきまーす!」


「はいはい、気を付けて行ってらっしゃい。

 リィンちゃん、理菜ちゃんのことしっかり見ててあげてね?」


「うん! ママ、任せて~!」


「ちょ、ママ、なんで私よりリィンちゃん頼りにしてるのよー」


 私の文句にママもリィンちゃんも笑顔を浮かべるばかり。ったくもう失礼しちゃうわ。



 学校に通うようになって早一週間。

 ママはもちろんパパにもすでにリィンちゃんの存在はばっちり認識してもらってる。例のリィンちゃんの力使ってね。


 以前の様な姿……じゃあないけど――、

 遠見家はふたたび元通りだ。


 リィンちゃんは久しぶりの学校に戸惑うばかりの私と一緒に学校に行ってくれる、とっても頼もしい味方だ。リィンちゃんと居ればとっても安心できるし、実際妖精といると周りの世界も優しく感じる。

 あとリィンちゃんの姿は他の人には見えないようにしてるらしく、いつも私の周りをふわふわパタパタ飛んでるにも関わらず誰にも見とがめられたりしたことはない。


 ちょっと寂しい気がするけど……、


「ほら理菜ちゃん、早く行かないと遅刻だよー?」


「あ、うん、待ってよー!」



 小さくて白い、かわいい妖精さんと二つの輝く玉。

 リィンちゃんとテルとメイがふと立ち止まってた私の方を見て怒ったふりしてる。テルとメイは輝きの変化でなんとなく感情がわかるって感じだけどね。(リィンちゃんは意思疎通も出来るみたいで不思議)



 ほんと、私は幸せだ。


 追いついた私にリィンちゃんが飛びこんでくる。

 ほっぺをぷっくりして怒ったふりをしてるリィンちゃん。それもまたかわいい。でもすぐにその口からはいつも聞かされてるこのセリフが突いて出て来る。



「理菜ちゃん、大好き! これからもずっと一緒だよー!」



 こんな日がずっと続けばいい。

 私はそう思いながら、リィンちゃんの頭を人差し指でそっと撫でた。


 妖精という不思議な存在。

 そんな存在であるリィンちゃんが小さな顔をくしゃりとゆがめ、満面の笑顔を浮かべてる。そんな様子がとても印象に残った。



 妖精になってからも私の病気を心配し、私と一緒に居られることを願ってくれたというお兄ちゃん。

 そして見事に私の病を治してくれ、今もこうして一緒に居てくれる。




 今度は私が願おうと思う。



 どうかこの幸せがいつもでも続きますように。




 春の日の、やさしい日差しが照り付ける中。

 リィンちゃんを抱きしめながら私はそんなことを願った。



 その優しく照りつける太陽に向かって――。



 





 ――おしまい――


読んでいただきありがとうございます。

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