アクエリアスの箱舟 ‐ ウィキパディア
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アクエリアスの箱舟
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新暦188年、太陽系外へ進発し消息を絶った恒星間植民船。初期の超光速航行機関が暴走し不明の座標へ跳躍、20万人もの戦災移民が行方不明となった。
それから凡そ200年後に無人星域で漂流しているところを発見されたが、戦災移民は見つからずあるべき遺体すら確認されなかった。廃墟の船内都市からは未知の球形力場が発見され、いくつかの証拠から異常な状況の遭難船内で何らかの方法で作ったと推測された。球形力場の特性は科学的常識では考えられないもので、汎人類政府は人類科学に飛躍的発展をもたらす可能性が高いとして「アクエリアスの箱舟」の太陽系曳航を決定。超光速航行を可能とする可搬式ゲートステーションを派遣した。しかし、現地で原因不明の混乱が生じ、最終的にアクエリアスの箱舟はオーバーロードさせられたゲートによってふたたび消失した。現在、汎人類政府によって人類社会を挙げた捜索活動が行われている。
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目次
1.概要
2.アクエリアスの箱舟
3.発見
4.遭難後の「アクエリアスの箱舟」
5.黒月
6.ゲートステーションの派遣と異常跳躍
7.補足情報
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概略
「アクエリアス(宝瓶宮)の箱舟」は、太陽系大戦後に未開発星系に送り出された恒星間植民船の一隻で、超光速航行機関の暴走事故によって消息を絶った。
およそ200年後の新暦382年、既知宙域の最辺縁で偶然発見されたが、正副の動力炉のエネルギーは使い果たされてまわりは星間物質もろくにない虚空であった。不可解なことに、船はどこにも自力で移動できず閉鎖環境だったにも関わらず、戦災難民約20万人の姿は内部になく遺体さえみつからなかった。船内モニタリング記録によると、通常空間に復帰して5年近く経ったある時、遭難者は全員一斉に死に絶えて人口相当の質量が船内から消失していた。かわりに、空中に浮かぶ未知の球形力場が都市廃墟で発見された。
この球形力場は遭難者たちが「ヴィクティム」と称した計画でつくった人工物だったが、理論や製造手段などの重要情報は一切残されていなかった。汎人類政府は、謎の球形力場が停滞期の人類科学に大きなインパクトを与えるとして本格的研究のため「箱舟」の太陽系曳航を決定。可搬式ワープゲートステーションを現地に送り込んだ。しかし、問題の宙域では不可解な事故が多発し、ついに大混乱の中、どこともわからない宇宙空間へ「箱舟」はふたたび異常跳躍させられてしまった。現在、汎人類政府は既知宙域全域で捜索活動に取り組み、星間機動軍だけで一個艦隊に相当する艦艇を動かしている。
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アクエリアスの箱舟
バロックパール型の第一世代型超光速植民宇宙船。第一次恒星間植民活動の前期に、太陽系の内惑星経済圏で建造された。遭難事故からおよそ200年後、無人の幽霊船のようなありさまで見つかったが、機関動力を喪失し機能不全状態の船体は宇宙空間に露出して、周囲をつつむべき液体金属は90%以上失われていた。
・全体の形状:尾の長い勾玉
・推進軸全長:5,098メートル
・推定質量:28,000トン
・事件の背景 〜 第一次恒星間植民活動
第一次恒星間植民活動は、太陽系大戦が終結した新暦180年より凡そ15年間、世界統合府(通称・地球政府)が推進した星系開発・大規模移民事業で、公式には「オリオン腕人類文明播種計画」と呼ばれた。当時の人口は大戦前の三割前後まで激減し、巨大質量兵器の応酬で人類社会の生産基盤の6割近くが壊滅。一部惑星・衛星系ではデブリ被害が深刻化していた。破局的状況下の恒星間植民事業に対し、さまざまな理想やリスク分散の意義、政治的経済的メリットが語られたが、事実はあふれる戦災難民を未開発星系に送り出す所謂口べらしだった。
先行した無人超光速船(AIシップ)が惑星改造を進めていたものの、半強制的に151の未開発星系へ送り出されたおよそ36億人のうち、ほとんどの星系で移民の半数以上が入植5年以内に死亡した。技術文明を失ったり、全滅する植民星も発生したが、成功した植民星系は急成長を遂げ、ほかの開発星系と密かに連絡を取り合うようになった。第一次恒星間植民活動開始から141年後、17の新興星系は高度人格AI・ナボテを首長にした連合体「汎人類政府」を創設した。人格AIの力を大胆に取り入れた政治経済組織と強力な宇宙艦隊は母星系(太陽系)を圧倒し、汎人類政府成立から四年後には人類統一が宣言された(※惑星や衛星上の一大陸や都市連合、孤立したスペースコロニーや植民星レベルでは独自の政治勢力が残存した)。
・バロックパール型恒星間植民船(都市船)
第一次恒星間植民活動の主力となった超光速航行機関の植民船。第一世代型と呼ばれ、主機で擬似重力を作ることで通常空間も航行できた。1万人規模の試作船を皮切りに20,000隻以上つくられ、最大規模の船は一度に25,000万人を他星系へ運んで、往復航海する船も見られた。安全航行距離の限界から、超光速航行と通常空間航行を何度も繰り返す必要があり、数年~10年近い長期旅行に備えて巨大都市が内部に作られていた。バロックパール型の外観は「銀の鏡面球体」で、直径2~15㎞のどのサイズでも質量の過半は液体金属であった。本体の勾玉型都市宇宙船(1~20隻)はチタン、マグネシウム合金を主体にセラミックと結晶繊維でつくられて堅牢だったが、超空間/通常空間の旅の間、液体金属の中に常に潜行していた。
・超光速航行機関の問題点
人類が実用化させた超光速航行機関は通常空間で始動させると、極めて有害なエネルギーを発するパワーフィールドにつつまれるという深刻な問題があった。主機そのものは安全でも、まわりに展開される虹色に光るマユが有害エネルギーを内と外へ発散し、搭乗者を殺傷したのである。このため、ゼロ世代と呼ばれる超光速航行船はすべて無人だった。第一世代型は有人実用船の先駆けで、その特徴である液体金属の「海」で船体を大きく包み込むことで、有害パワーフィールド対策に成功した。しかし、第一世代型の深刻な問題点もこの海にあり、片道の移民船の場合、大質量の液体金属は未開発惑星で貴重な資源として有効利用されたが、定期航路の貨客船にとって重荷だった。第一世代型は天体の重力の影響も強く受けがちで、航行機関の負担は大きく流体コントロールにさく演算処理能力も無視できなかった。そのため、より安全な第二世代や第二.五世代型の超光速航行機関が開発されると、バロックパール型超光速宇宙船(主に太陽系資本の製品)は一気に旧式化した。またワープゲート技術は、通常推進の中小型宇宙船や無動力の巨大コンテナ船さえも超光速ジャンプさせる新技術で、第三世代型航行機関と実用化の後先を争って急速に完成度を高めて行き、バロックパール型宇宙船の衰勢に拍車をかけた。
・アクエリアスの箱舟の航海
アクエリアスの箱舟は第一次恒星間植民活動前期に建造されたが、ほかの第一世代型が木星以遠の施設(超光速ジャンプが可能となる太陽系外縁に近い)で建造されたのに対して、太陽の重力の影響が強い内惑星・金星の衛星軌道施設で作られた。さらに、地球圏へ本船自ら接近して移民団を収容し、太陽系外縁をめざす運航計画が実行され、新造の超光速航行機関に大きな負荷をかけた。これはアクエリアスの箱舟の暴走、失踪の遠因となったといわれる。
・箱舟遭難
アクエリアスの箱舟は地球圏で20万人とされる移民を乗せ、二ヶ月以上かけて太陽系外縁に移動した。そして、最初の超光速ジャンプのさいに主機が暴走し、座標未確定のまま異常跳躍してしまった。アクエリアスの箱舟行方不明事件に際して政府機関やその影響下の組織は不可解な言動を繰り返した。事故報道はほとんどされず、肝心の捜索活動は信じられないほど早い段階で縮小された。原因調査もはっきりした結論を出さないまま打ち切られた。さらに乗員や移民のリストは最後まで非公開にされて、およそ20万人いたとされる世界各地から地球政府関係者が選抜した(強制収容の隠語とされる)移民の名前・出身経歴などの個人情報は今もほとんど分かっていない。
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発見
新暦382年、第三世代型超光速航行機関の実験艦が無人星系の最外縁で巨船に遭遇した。実験艦の乗組員たちは一時、未知の異星人の宇宙船と誤認したと言われ液体金属をほとんど失ってむき出しになった旧式都市宇宙船はバロックパール型第一世代が普段見せない姿だった。この際、アクエリアスの箱舟は一切の通信に応えず、発見者たちは爆破に等しい強硬手段と強制操作の併用でようやく船殻の扉を開放して調査に乗り込んだ。
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遭難後の「アクエリアスの箱舟」
調査開始から12時間以内に、船のメインの動力炉が遭難直後(200年近く前)に完全停止していたこと、荒廃した船内が無人であることが確認された。残存データや居住区でみつかった日誌などを照合して、事故後の大まかな状況も判明した。それによるとアクエリアスの箱舟は異常な超長距離ジャンプをしたあと、奇跡的にほぼ無傷で無人宙域の発見ポイントにジャンプアウトしたが、その時までにありえないほどのエネルギーが費やされ、理論上500年もつとされる動力炉の燃料は主副共に消耗しつくされていた。さらに予備エネルギーまでもが一時的に枯渇していた。
その結果、船内システムは、独立電源の設備機器や緊急対応措置が三重四重にとられていた情報中枢を別として、全機全系統が異常な電源停止とジャンプアウトの衝撃を同時に受けることになり、深刻なダメージを被った。さらに電源回復に想定外の時間を要したことから事態は悪化し、ジャンプアウトから48時間後、遭難者およそ20万人はたどりついた宇宙空間がどこなのか知るすべが無いこと。自力航行は不可能で、動力停止と交換部品の払底により各種各系統の環境維持・リサイクルシステムの変調や停止が避けられないこと。最長10年で再利用可能な有機物が枯渇し、船内大気と水の汚染が致死レベルに達すること(この状況は即座に艦内生存者人数を一人にまでしぼっても、タイムリミットは変化しない)。そして、船殻の三重の格納庫扉や連絡扉、船外作業ハッチが、すべて緊急の樹脂充填やボルトロックで厳重に閉じられて解除できなくなっていること(完全に閉じ込められたこと)を全員が知った。
・消失
アクエリアスの箱舟は、調査隊が訪れるまで密室状態で漂流していた。不可解なことに、船内に20万人の遭難者の死体は残っておらず、遺留物もみつからなかった。かわりに、荒廃した街の演技場において漆黒の球形力場が発見された。謎の力場は、広い床に描かれた意味不明の多重の円陣の上に浮かび、既存の物理法則では理解できない特性を示した。船内のモニタリング記録や居住地のメモなどにより、遭難後に生存者たちが彼ら独自の未知の技術を結集して作った事がわかったが、その詳細は不明であった。幾つかの走り書きから「ヴィクティム」というプランの名称だけがわかったが、核心部分の資料や研究日記にあたるものはどこからも見つからず、最後の集会に集められて持ち主もろとも消失したと考えられている。
生存者たちの最後のときは遭難6年後で、件のアリーナにおいて生存者たちは大規模な総員集会を開いた。すでに船内環境の悪化が致死レベルに迫っていたが、生命反応はそのポイントで一斉に途絶した。モニタリング記録はさらに、生存者全員に相当する質量が船内から一瞬で消失したとしている。漂流船の調査関係者の一部は、力場を使った集団自殺を強く疑っているが「黒月」と呼ばれる力場に物理的破壊力が確認されたことはなく、遭難者の集団死と死体消失の謎は解かれていない。質量消滅の問題は、あまりに不可解であるためアクエリアスの箱舟のモニタリングシステムその物の機能不全やデータ改竄が疑われたが、その痕跡は確認できていない。
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黒月
漂流宇宙船「アクエリアスの箱舟」の船内都市で見つかった、直径3メートルの黒い球状力場。発見者によって黒月と呼称された。都市最大のアリーナの只中、床に描かれた意味不明の多重の円陣の上空6メートルにうかび、物理的実体はなく、後に観測機器を現場に設営した際、アンテナ線がムチのようにはねる事故が起きたが何事もなく黒い球体を突き抜けた。
黒月に対する観測調査は、原因不明の機器の変調や作動停止が高頻度で発生し、デジタル映像に小さな光点や影(飛蚊様)が認められるなどのノイズが記録された。電波やレーザー光、音波、磁気を照射する調査は、吸収や変調、反射作用を引き起こした。時としてオーロラのような薄い光や鐘楼の鐘のような大音響が発生したが、明確な法則性は見出されなかった。最期の反応は、エネルギー収支が明らかにアンバランスで、多回数の連続実験や高エネルギー粒子線の照射は不測の事態を招くおそれがあると指摘され中止となった。
・QD
暗黒球の中へ観測機材を直接、差し入れる行為は「QD」乃至は「グレムリンエフェクト」と呼ばれる異常現象を引き起こした。さまざまな機械装置や物理的化学的検査材が250パターン以上に渡って試されたが、影の領域に触れると同時に原因不明の故障(反応停止)を引き起こし、例外なく失敗した。「タイムラグゼロの不可逆的機能停止(クイックデス=QD)」は、星間軍のエネルギー兵器試験用の観測機材でも発生して関係者を驚かせた。どのケースでも黒月との接触で故障した機材に関して、原因の特定・復旧に成功したものは無かった。
・マッドネス
もっとも不可思議とされたのは黒月の知性・意識に干渉する特性だった。まわりへの有意なエネルギー放射が観測されないにもかかわらず、至近の一定距離にいる人間は原因不明の幻覚や意識の混乱、異常な妄想に襲われる。悪影響は、人間ばかりか高度人格AIアンドロイドも襲った。はじめは黒月の表面に青黒い文字が見えたり、フルートの音や不快な金属音、群衆のささやき声といった幻聴に襲われる。その後の異常感覚、記憶の混乱、精神の失調はさまざまでアクエリアスの箱舟発見から39日後におきた事件では、人格AI搭載アンドロイドの一体が「見たことの無い光る文字や記号が虫のように這い回り、自分の目に群がって来た」として自分の人工眼をえぐった。このときすでに、人間の調査員は心身の異常を訴えて全員アリーナを離れており黒月の常駐観測と周辺作業は、三体の高度人格AI搭載のアンドロイドが担当していた。異常は、自損行動をとったアンドロイド一体に止まらず、かたわらのほかの二体は自損アンドロイドが通常の観測任務をそのままの姿で再開したにも関わらず、なぜか平常な姿と認識しつづけ、人間の調査員が偶然映像通信によって気がつくまで1時間以上、共に過ごしていた。
汎人類政府は黒月の本格的研究が人類科学のブレイクスルーをもたらすと期待し、一部科学者は未知の異星文明の創造物にも匹敵すると高く評価した。 メカニズム不明のエネルギー変容変換作用やQD現象は、現在の恒星間文明の理解を超え、前者の作用は超光速航行機関の有害エネルギーさえも遮断・無害化しうると予備調査で示唆された。政府指導部が実際に問題視していたのは黒月の高度人格AIへの干渉力だった。高度人格AIの錯乱は、恒星間政府の統一性と利害調整能力の根幹をゆるがす脅威とみなされた。地球至上主義者(前政府の残党勢力)のテロや一部星系の独立運動の対策に少なくない社会資源が費やされる中、情報統制と現象の実態解明・対抗策の開発は急務だった。
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ゲートシップの派遣と異常跳躍
謎の力場の詳細は伏せられたまま、本格的研究のための太陽系曳航計画(超光速ゲートシップの派遣)は迅速に実行された。しかし、ゲートシップ一号艦は移動開始直後、形式不明の慣性質量兵器によって破壊された。太陽系大戦時の不発弾の可能性が強く示唆されたが、汎人類政府はテロを疑いアクエリアスの箱舟と周辺星域の警戒強化を決め、星間機動軍の高速艦隊を急派した。前後して、脆弱で低速な巨大ゲートシップの代わりに、運用テスト中の軍用ASワープゲートを軍用貨物宇宙船四隻を用いて分解状態で送り込んだ。
・アクエリアスの箱舟の消滅
最精鋭のスタッフと人格AIユニットが送り込まれたにも関わらずアクエリアスの箱舟の内外では故障や事故が相次ぎ、ワープゲートの調整は難航した。新暦393年末、アクエリアス宙域と仮称されていた星域からの通信が一斉に途絶し、警備の分艦隊とも連絡がつかなくなった。星間機動軍は最寄りのパトロール艦と、高速艦隊本隊を現地へ急行させたが、かれらが見たものは大破したワープゲートと壊滅した調査船隊、さらには迷走する分艦隊だけでアクエリアスの箱舟の姿はなかった。
大小11隻もあった警備分艦隊は、その多くが無傷だったものの軍用人格AIや司令部要員はことごとく混乱状態で、同士討ちで僚艦を破壊したり艦内で殺人事件が起きていた艦さえみられた。だがアクエリアスの箱舟は無く周囲にいた調査船・作業船は混乱の中で全滅していたため、迷走していた艦のデータや乗組員の証言を組み合わせて事件状況が再現されることになった。
それによると、箱舟の内外に所属不明の武装集団があらわれた。宙兵隊によってごく短い時間で制圧されたが、戦闘は黒月の至近まで広がった。宙兵隊揚陸艦の人格AIが突然異常行動を取り、アクエリアス宙域で通信リンク中の全艦艇に最大出力(現場星域では必要無い)で緊急通信を発した、とされる。一致するのはここまでで、以降の状況は各艦の艦載人格AIの証言さえ矛盾していた。
一例を挙げると、某フリゲート艦の人格AIは、証言で「アクエリアスの箱舟のマガタマ型の艦影に対して、数倍のサイズの黒月が二重映しに突然発生した。最終観測時、木星サイズまで膨れ上がっていたが勢いが止まる様子は見られず、周辺船舶をのみ込まれる中、本艦は宙域を緊急離脱してかろうじて危機を避けた」と述べた。司令部要員も全員が同じ証言をしたが、実際にはレーダーにもカメラにもそのような記録は無く、計器類に表示もされていなかった。問題の艦はアクエリアス宙域の中心から24万キロ離れた位置で漂流状態で救助されたが、かれらが当時取った実際の行動は意味不明だった。揚陸艦の緊急通信を受診して7分後、突然僚艦への発信応答を止めると過剰なエネルギーを駆動系に送り込み、混乱する現場から離脱した。彼らが主張した僚艦との交信や司令部の中のスタッフとAIの合議は船内通信記録、司令部ボイスレコーダーともに一切存在せず、離脱は奇妙な沈黙をたもったまま、誰からの指示もなく実行されていた。汎人類政府・星間機動軍はこの件に関して、人格AIへの任務放棄・逃亡罪の適用。あるいは心神喪失の可否について審議している。
残った艦艇もアクエリアスの箱舟をずっととらえた現場記録はなかった。人格AIが船外観測機器を自ら停止させたり、無意味な大出力通信や発砲、異様な高速運動を繰り返したためだった(全艦が恐慌状態で、てんでバラバラに叫んだり走りまわったかのようだ、とある調査官は評した)。断片的映像や推測をまじえて明らかにされたアクエリアスの箱舟の最期は、何者かが最終組立てされたワープゲートを強引に起動させた上、作業船で曳航することでアクエリアスの箱舟と励起したゲートをぶつけるように強引に接触させて、いずこかへ異常跳躍させたというものだった。ゲートや作業船を動かしたものの行方は分からず、ワープアウトの座標を知る手がかりは残されていなかった。
・全領域捜索
現在、汎人類政府はアクエリアスの箱舟の捜索に力を注いでいる。行方を知る手がかりはほとんどなくジャンプアウトに失敗した可能性が低くなかったが、最高位AIナボテが参加し既知宙域全体に広がる活動はオリオン腕捜索とまで呼ばれて、多くの民間人も参加した。アクエリアスの箱舟が発見された場合、汎人類政府は直ちに専用ワープゲート艦隊を派遣し、新たな警備・監視体制下で木星圏の実験研究コロニーへ移送し隔離する予定である。一方で一部の星系自治体はアクエリアスの箱舟を捕捉次第、完全破壊する計画を立てていると噂されている。二度目の異常跳躍(消失)は、何らかの原因で黒月が影響力を増し、離れた艦の軍用人格AIや乗組員を狂わせはじめた事から、被害拡大を阻止するため、現場の生存者たちが箱舟ごと黒月を破却した可能性があった為である。汎人類政府とサイエンスアカデミーは、危険を認めながらも最悪でも隔離措置が相当として、万全の措置が整えられた現状での箱舟(黒月)の破壊を未知への迷信的恐怖と述べている。
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補足情報
・リスト
・移民の乗船リスト
アクエリアスの箱舟の移民はすべて地球圏出身者で20万人に及んだ言われるが、基本情報(名前や出身経歴などの個人情報)はほとんど分かっていない。エネルギーが枯渇し荒廃した遭難船側はともかく、出発地の地球に記録がないのは異常で、当時の統一政府が意図的に抹消したと考えられている。かれらは全員、政治的思想的理由で集められた望ましくない人間たちで、太陽系外へ追放するため「戦災移民」に仕立てられたと推測され、「アクエリアスの箱舟」の建造や進発の経緯の不自然さは、技術的判断や経済的合理性よりも、情報統制の徹底と対象者の逃走阻止が優先されたとみられる。異常跳躍事故のあと船体がロック状態にされて出入り不能になった点も、もともと囚人船として造られて、緊急時も移民を外へ逃さない「仕様」だったことになる。
アクエリアスの箱舟の再消滅から間も無く、汎人類政府は3,137人の乗客の情報の再現に成功した。地方政庁のデータバンクや電子化されていない納税書類、個人の日誌などから抽出したものだったが、リストの異様さによってあらためて手法の妥当性に疑問の声が上がることになった。今回確認されたものは、ユーラシア大陸の火山性群島の元居住者の情報で、データの一部は検証中だが、全員が宇宙生活の未経験者だった。さらに年齢層は中高年に偏っていて、70歳以上の高齢者が281名も含まれていた。さらに未開発惑星の入植に必須とされる専門技術の有資格者や経験者、知識人は皆無で、多くは一般的な医学や機械工学、建築学、気象学などの基礎知識さえ備えていなかった。栽培や牧畜、漁業分野の経験者はいたが、もとの生活地域の活動に限られていた。
疑問とされたのはかれらの素性、技能だった。全員、伝統的な呪医、霊媒、祈祷師、占い師、巫女、巫蠱、行者、拝み屋(本人とその血族、弟子たち)。新興宗教の教祖や姫神、超能力者、転生者などと呼ばれる人々。さらに少なくない人数の神秘主義の文筆家、民俗学者や宗教学者、呪物の収集家さえ含まれていた。
地球政府は当時、破滅的な太陽系戦役からの復興のため、科学的合理的な生存圏の再編とリ、テラフォーミングを推し進めていた。明らかにされたアクエリアス移民の異常な偏りは、地球政府が非科学的文化集団やオカルト、原始的信仰、迷信・習俗に対して神秘狩りを断行し、永久追放したことを示唆する。しかし、恒星間植民船を仕立てるほどの合理的根拠や深刻な脅威があったとは考えにくく、当時の政府指導部がオカルトや反科学的信仰、原始的習俗に向けた強い反発や嫌悪、侮蔑の感情が最大理由だった可能性が高い。そして、20万人全員が同じ境遇の人間たちであれば、かれらが未開発惑星に無事到着したとしても、生き延びられる可能性はほとんど無かったことになる。
一方、今回のリストを完全な誤りか、極めて例外的なものと疑う声は汎人類政府の内部でも根強い。遭難者全員が世界各地のオカルト研究家や呪い師、自称霊能力者であれば、20万人もの群衆が極限状態の宇宙船に閉じ込められて、どのようにして秩序を取り戻せたのか。 未知のエネルギーの力場を独自に創造できたことも説明できない。サイエンスアカデミーのあるサポートスタッフは、非公式コメントで「ニュートン力学の問題も計算できない迷信家や狂信者、詐欺師ばかりが何十万人集まっても到底不可能」と述べている。
・乗組員リスト
アクエリアスの箱舟が流人船だとすると、乗組員は看守の役目を負っていたことになる。しかし、汎人類政府の関係機関は乗組員のリストを未だにどこからも見つけていない。現時点では箱舟はプログラムに従って動く非人格タイプの旧型人工頭脳にすべて任せきっていて、その種のスペシャリストの人間がまったくいなかった可能性が高い。太陽系大戦後の社会は混乱していたが、それだけに巨大な恒星間植民船(並びに超光速航行機関)を任せられるスペシャリストは希少で、社会資源リストへの登録などで動向を詳細に把握していた。だがアクエリアスの箱舟に対して、最低限必要とされる500~600人もの各種スペシャリスト(当時、高度人格AI搭載の大型宇宙船やアンドロイドは存在しなかった)が赴任した形跡はなかった。
さらに復元された箱舟の乗組員の専用高速船内通信に関して、木星軌道を超えた時期から先、使用履歴そのものが無かった。アクエリアスの箱舟が木星軌道以遠、完全な無人操縦だったとすると、未知の航路をたどる植民船として非常に危険で異常な措置がとられていたことになる。しかし、重大事故に関わる不審な点、異常跳躍前、航行機関に生じたはずの兆候(不整振動・エネルギーの過剰消費など)が見過ごされたこと、全船体の封鎖措置が認証もなく瞬時に実行されたこと。遭難後、かなり早い段階でジャンプアウト後の座標観測や船外脱出、救難通信の試みが放棄されたこと。さらに、船内秩序が移民によって回復され、特異な自治・研究活動へシフトしたことは、乗組員不在によって説明できる。
・呼称
一方、アクエリアスの箱舟から見つかっていたメモも一部が読み解かれ、遭難者たちが自分たちが閉じ込められた恒星間植民船を「コドクの箱舟」と呼称した事がわかった。問題のメモは個人の日記で、筆者は遭難後の船内で指導的立場の人物だった。ヴィクティム・プラン(黒月を創造した方法)解明の具体的手がかりは記載されていなかったが、遭難者の秩序回復と目的意識について触れて「呪い」と「望郷の念」という言葉をしばしば使っていた。また「……かくも緩慢で絶望的な最期を強いた地球だが、どこなのか分からず船が動かせないままでは、このふたつはどこにも行きどころが無い」という記述もあった。日誌は欠損や汚損が激しく、複雑な民族文字を崩した手書きで記している(さらに技術関連資料より復元・翻訳作業の優先順位が低い)ため、全文の解読と把握には時間がかかるとみられる。
汎人類政府は、今回明らかになった事実から「アクエリアス(宝瓶座)の箱舟」捜索活動を「コドク・オペレーション」と呼び換えることとした。「コドク」とは、アジア圏の一部で地球歴時代に使われた表意文字に由来する言葉で「loneliness」を指すと訳され、さまよう恒星間植民船の一大捜索にふさわしいとみなされた。
このアクエリアスの箱舟の記事の執筆はK John・Smithとボイジャーによる共同執筆によって行われました。
【原案:K John・Smith 編集:ボイジャー】




