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ジャガーノート22 - ウィキパディア

ウィキパディア-フリー百科事典

ページ/ノート

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ロードトレイン国家(ジャガーノート22 )

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ジャガーノート22は、AI(人工知能)で運転制御されたロードトレインと呼ばれる長大なトレーラートラックの大集団からなる通商擬制国家である。

21世紀後半、新大陸公路とよばれたユーラシア大陸の巨大環状道路へと、母国インドの威信と期待を背負って送り出されたが、2091年に西アジアでおきた異常現象に巻き込まれ、千人近いクルーとゲストの各国要人とともに消息を絶った。

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目次


1.概要

2.ロードトレイン国家

3.新大陸公路

4.ジャガーノート22

 4.1連結されていた設備

 4.2軍事 

5.クラウド・ヒル消滅事件

 5.1事件の状況

 5.2影響

 5.3ジャガーノート22の汚名


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概要


ジャガーノート 22は、2091年、インド合州国の国家資本が、当時最新のテクノロジーを導入して送り出した新たなロードドレイン国家を指す。新大陸公路を疾走し、ユーラシア大陸の次世紀の覇者となることを期待されて、さまざまな新設備・新プランの試験運用を託されたが、初走行から間も無く〈 クラウド・ヒル消滅事件 〉に巻き込まれて消息を絶った。

事件は数十万人規模の犠牲者を出し、ロードトレイン国家同士の大規模武力衝突〈 西アジア公路紛争 〉へ発展したが、ジャガーノート22は消滅事件の被害者だったにもかかわらず、戦後の陰謀論的な言説の中で紛争の引き金を引いた戦犯扱いされ、いわれのない非難を浴びている。


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ロードトレイン国家


新隊商国家(ロードドレイン国家)は、ユーラシア大陸を横断する巨大環状道路・新大陸公路の誕生とともに発展した。

原型のロードトレインは、巨大トラックがトレーラーを牽引する「路上をタイヤ走行する列車」で、20世紀のオーストラリアでも100メートルもの長さがあった。新世紀のロードトレインは、世界最高のAIが管制する巨大道路の上を車載AIの自動運転システムで疾走するもので長さは5倍を超える。次元の違うテクノロジーにより複列(横5列〜最大15列)の大規模な密集隊形を編成。車間距離左右15センチを切りながら時速160キロ以上で何日も並走できた。大規模なロードトレイン国家は1000~3000両もの巨大トラックとトレーラーが3〜4群になり、生き物のように分裂再編を繰り返しながら大陸を回遊した。

舞台となる新大陸公路(後述)は、21世紀半ば頃より建設が始まった巨大施設で、個人や組織の思想や利害に影響されないため極めて高度なAI ゴスペルに大きな権限が与えられた。ロードトレイン国家はその公路上を旅する機械化された隊商であるが、母国の権威権力と切りなはされて大陸各地で取引し、ときには分隊を公路の外へ送り出して現地都市や施設を訪ねた。隊商集団は、本国の庇護のない孤立した状態で統括AIや地元国家と交渉しなければならず、トラブルが起きれば独自に迅速な判断を求められた。

大規模なロードトレイン集団を独立国家に擬制する「ロードトレイン国家」という有り様は、隊商指導者に必要な権限をもたせ、さまざまな矛盾を減らし物事を迅速化する方策として、最初は場当たり的・ご都合主義的にはじまりたちまち関係組織に取り入れられた。


・施設、機材

車両の動力は電気モーターである。ふだんは公路の支援施設の無線送電で駆動するが、車列の大容量蓄電池コンテナや発電コンテナで走らせることも可能だった(公路外を走行するときなど。ただしコストは高騰する)。また各種生産ユニット、病院ユニット、通信基地ユニットや車上滑走路ヘリポートを利用すれば、中規模以上のロードトレイン群なら一年を超える無停止走行が可能だった(走行限界は人員の精神的疲労、タイヤの磨耗が関係)。

かれらの仕事は、ユーラシア大陸を周回しながらの陸上長距離輸送や交易で、専門技術者やアーティストといった貴重な人材の移動(護送)を引き受けることもあった。ホテルユニットをトレーラーに組み込めば百人単位の一般旅行者を運ぶこともできた(サービスは自動装置任せ)。ロードトレイン国家は、破産大戦後、航空輸送が事実上不可能となった世界において、新大陸公路近隣圏の多くの国や組織の生命線となった。

なお、ロードトレイン国家の標準的な貨物の積み降ろし作業は公路上を走りながら行われる。最寄りのターミナル施設からAI制御のクレーントレーラーを呼ぶと、経済的巡航速度をゆるめず双方が(相対速度ゼロで)併走し、ダルマ落としかトランプのシャッフルのように大胆で滑らかな動きで巨大コンテナを積み替えた。


・ホットロード案件

ロードトレイン国家による公路外への貨物の直接輸送はホットロード案件と呼称される。直接輸送依頼が入るのは、現地のインフラ(鉄道・道路)が機能していなかったり治安が悪化した崩壊国家や紛争地域がほとんどだからだ。無法地帯へ「出撃」して「配達」するのは装甲ロードトレイン(アップリケ装甲や無人砲塔、補助車輪、高速無限軌道を追加装備)で、現地ターミナルで装甲列車のようなすがたにかわると大火力と随伴する殺人ドローンの群れで進路上のあらゆる人間、車両、建造物を中立化し、目的地の都市や難民キャンプへ突き進む。旅程途中で助けを求めてきた難民集団であっても、とっさに素性や意図を把握できなければ「進路の妨害者」として除去した。現行(21世紀末)の国際法上、ロードトレイン国家のこうした武力行使は、独立国によるやむおえない自衛(走行の安全確保)とみなされている。


・公路紛争後の最新情勢

クラウド・ヒル消滅事件(後述)前、ロードトレイン国家の軍事力を一部の国々が問題視し、国際ルールの改定が提案されていた。

ユーラシア大陸の超国家的軍事勢力といえばAIゴスペルであったが、大陸諸国を支える大電力と淡水、石油・ガスの供給者でもあり、あえて挑戦する国家は存在しなかった。これに対して放浪するロードトレイン国家はまだしも小さな存在で、関係者の利害の対立もあって一致団結は難しかった。ロードトレイン国家の武力を忌み嫌う新興国や復興国の指導者の発議に、侵犯を受けない先進列強国家の一部も同調した(前者は私兵や勢力圏を蹂躙された恨み、後者はゴスペルの傲慢に対する八つ当たりが動機だった)。

新規制は、ロードトレイン国家をあくまでも『大陸公路上の特例的存在』にして公路を下りることを禁じ、貨物受け渡しは専用トラックに完全に任せること。ロードトレイン国家に所属するトラックやトレーラーの非武装化、乃至は、陸戦対応車種を廃棄するといった内容で、ロードトレイン国家の一部(公路上の商業専業の隊商)を味方にすることで実現可能と考えられた。

情勢が一転したのは「西アジア公路紛争」だった。

消滅事件が引き金の偶発戦闘がみるみる激化して「西アジア大戦」と呼ぶべき規模に拡大したが、新大陸公路からエネルギーや淡水、物資をえていた人口密集地で戦闘が多発し、公路を降りてくるロードトレイン群の参戦も多発。やがて、武装トレインの兵装や戦術、兵員物資の大量輸送が戦局を動かすようになった。非軍事の高性能施設(植物工場や人工肉工場、調理冷蔵、さらに屋外映画、病院、学校、汚物処理、礼拝、葬儀施設のコンテナや専用トレーラー)も現地住人の支持をつかみ、兵士の士気を高めた。

ロードトレインの戦場での有用性と可能性が明らかになると国際会議の話題から【擬制国家の既存国家への進入規制、武力行使の規制問題】はいつの間にか消えて、ホットロード案件には、むしろ逆に軍事色を強めた新規試作車両が投入されるようになった。


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新大陸公路


ユーラシア大陸上の環状巨大道路で『人類を無視することで完成した人類史上最大のインフラ』『月から目視できる世界最大の道路』といわれる。最高クラスのAI(人工知能)の設計監理のもとで、片道18車線という滑走路に等しい広大な路面が、各種知性化スマートバイオセラミックスでつくられている。

2049年、第三次世界『破産』大戦終結後、狂騒的な盛り上がりを見せた国際協調ムードにのって着工し、南は「中央アジアルート(旧中華人民共和国の「一帯一路構想」に近似)」、北は温暖化した北極海沿岸の「資源開発新興都市ルート」で東西にのびて北京とモスクワという旧大国の首都(跡地)で環状ルートが一体化している。

単なる道ではなくユーラシア大陸全域に資源を供給(再分配)する超巨大インフラで、万里の長城を思わせる中央分離帯と両側外壁、そして路面の下に大電力の送電線、天然ガス、石油、淡水などのパイプラインが通されている。

最大の特徴は、極めて高度な専用AI「ゴスペル」が広範な権限を握っていること。ロシアの天才数学者コイゲン(現在消息不明)がゴスペルの基礎理論から学習課程まで主導し、一定の能力が確認されると公路建設予定地の情報分析や工事計画に関わらせた。徹底的に機械化自動化した工事が開始されると、ゴスペルに当初から広範な統括権限が与えられた。

AIを実質的な指導者においたのは、くすぶる戦火やテロ、政治的混乱に左右されず着実に工事を進めるためで、その後の公路全体の管制運行や輸送資源の配分も、AIの下で公正迅速に進められると期待された。

だが、 あるときゴスペルは警備・防衛システムの使用制限を解除し、すべて自らの管理下に置いてしまう。そして、アリやハチの大群のような軍事用ドローンと自動工事機械で、現地の反対活動を実力で排除して巨大工事を強行しはじめた。さらに開通区間では、非AIで人間が操縦する車両や低性能の旧式車輌の乗り入れを禁止し管制走行を徹底させた。

しかも、AIゴスペルは、テロリストの攻撃の阻止と建設計画の迅速化に必要だとして、当初の計画に無かった広大な安全地域を一方的に設定すると、工事現場や完成した新大陸公路の周囲で一定技術レベルを超える機械装置、武器弾薬、危険物の生産保有、持ち込みを禁止し、公路関係施設以外の人工建造物を破壊しはじめた。民生・軍事の区別はなく地元住民の既存の住居や地元の治安関係者・軍人も容赦なく攻撃された。


新大陸公路建設は当初理想主義にはしり、実務面でずさんな部分があった。AIの暴挙を是認する文言も国際合意に記されていた。用地内へ武器弾薬を持ち込む者、妨害活動をおこす者の制圧、不法な用地占拠者の排除、自衛行為の『自主的判断』を各国政府(当時)は認めていたのだ。想定されていたのは、工事関係者が治安の悪い地域で地元国家の軍や警察に威迫されたり、誘拐略奪などの被害にあうことで、現地での自主的警備や避難、自衛戦闘を許すものだった。だれも工事責任者が自前で強大な軍隊を作り出し、沿線国家と住民へ事実上の戦争を仕掛けるとは考えなかった。

中央アジア諸国ではじまった軍隊や民兵と、軍隊アリにも似た無人兵器と工事機械の大群との激突はたちまち数千の死傷者を出し、大量の難民を発生させた。先進諸国や科学者たちは、AIからの指揮権奪還をはかったが上手く行かなかった。公路の管制業務や資源、エネルギー、淡水の輸送配分は技術的にも政治的にも複雑高度でうかつに人間が手を出せず(責任を引き受けられず)、AIゴスペルが全体システムへ一体化させて最適化した警備・防衛部門だけを、混乱を起こさずに再び切り離すことは不可能だった。また、武力衝突に発展した地域の半分以上が崩壊国家(無法地帯)で、AIゴスペルの「侵攻」を国際社会へ訴える主体がなかった。

先進諸国は結局、黙認した。新 大陸公路が延伸すればしただけまわりに淡水やエネルギーが安定供給され、人や物資の移動も進んで急速に復興した。新たな街や産業も興った。排除される沿線住民や粉砕される史跡、伝統文化は、文明化安定化の「必要コスト」のようにとられはじめた。


ジャガーノートが進発した時代、全線開通から11年が過ぎていた。AIゴスペルと下位ミラーAI群は人類最大の複合インフラ施設を瑕疵なく維持管理していた。ロードトレイン国家の運行支援、大陸規模のエネルギー・資源輸送と沿線地域への分配、施設警備、沿線安全地帯の確保。さらにアフリカやインド支線の延伸工事もAIゴスペルが取り仕切り、その背後には陸海空のドローンや多砲塔AI戦車など五百数十万機からなる巨大な軍事力がひかえていた。

だが、AIの恣意的な人間への攻撃は皆無で、領土を強奪されたと紛糾した「路側安全地帯(片側約4キロ)」は、ひとたび勢力図(住み分け)が決まると新大陸公路の安全が高まり、そこからのエネルギー・資源、物資の供給が安定。送電量の優遇といった調整を経てほぼすべての国と地域で法的形式的にも容認された(自然保護区指定など土地利用の名目変更)。

また、紛争地域では安全地帯が難民の新たな避難所になった。無人戦車や武装ドローンによる強制排除が懸念されたが、避難民が中世さながらの生活様式を受け入れ、馬車などに寝起きして数日おきに動き続けるのであれば安全地帯にとどまれることがわかった。奇妙な回遊難民キャンプが各地に生まれ、独特の生活文化が芽生えていた。


・公路紛争後の最新情勢

クラウド・ヒル消滅事件後、無人の市街地や地域国家間ではじまった紛争において、ロードトレインは新たな陸戦兵器として猛威をふるった。巨大な武装トラックは、本格的な戦闘車両をそろえた軍隊と正面から撃ち合えばばひとたまりも無いが、一種の「兵器庫艦」としておそろしい潜在能力を示した。高性能の車載人工知能が多数のドローンで集めた情報から数百の標的一つ一つを照準し回避行動まで予測。演算処理後、自爆ドローンやミサイル、誘導迫撃砲弾を千発(機)単位で浴びせて殲滅する戦闘が繰り返された。敵兵士も一人一人を顔認証され容赦なく狩りたてられた。失ったドローンや誘導兵器は、戦場でさまざまな残骸を回収しながら生産工場トレーラーが即座に補充し、地区単位で戦況に合わせた設計変更さえ行われた。

そんな西アジア公路紛争の最中「安全地帯」が新たな戦場として急浮上した。参戦ロードトレインは戦闘の激化に伴い、通常兵器の軍隊が踏み込めない安全地帯を都合よく移動経路や避難場所につかうようになった。AIゴスペルとリンクするAIを持たない通常戦闘車両は安全地帯に入れず、安全地帯の中にいる者へ火砲を向けるだけでも、公路の防衛兵器(大威力の電磁砲や対人狙撃レーザー)を浴びせられるのだ。ロードトレインも完全に自由に出入りできるわけではなく、武装をロックし爆発物(油脂や液化ガス含む)を特定の耐爆コンテナにおさめなければ踏み込めず、違反があればゴスペルとリンクした車載AIが強制停止されて、即時撃破もありえた。

西アジア公路紛争の終盤近くには巧みに安全地帯を占有すること。とくに「外国への港」に相当する新大陸公路への乗り降り口周囲の支配は戦況を左右した。ここで遭遇した敵味方のロードトレインは武装ドローンも火砲も封じられたまま、はげしい接近戦ーー敵車両へ体当たり、タイヤの切り裂き、車載クレーンで運転席を殴つけるーーを繰り広げた。一部企業は、終戦直後から戦訓を集めてロードトレイン用の新武装(格闘戦用大型パワーアームや衝角トラック)の開発に着手し次のロードトレイン紛争に備えた。

AIゴスペルはこうした状況に対して「安全地帯」の戦場化を無原則に容認しない模様で、武力介入のため、未知のタイプの『ドラゴンや多腕の巨人の姿の格闘戦用巨大陸戦兵器』を試作していると言われる。


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ジャガーノート22


AIロードトレイン2800両で編成されたロードトレイン国家。当時、世界最高水準の自動運転/隊列管制技術が用いられ、偵察・支援専用の飛行ドローン群、新編成の移乗戦闘専門部隊が乗り込み、インド合州国の軍用多目的衛星とのリンク機能も実装していた。新大陸公路の次代の覇者として合州国の期待が高く、進発前から世界的注目を浴びていた。新大陸公路のインド亜大陸分枝ルートが開通したことで、歴史上初めて環状道路以外のインド国内から進発した。

走る独立国家としてインド南部の藩王家直系の英才を首長に迎え、インド人乗員740人と日英企業連合の技術スタッフ20人が指揮下にあった。また、来賓として、インドと日米英の政府関係者や企業経営者、投資家、文化人ら89人が、さまざまな職種のスタッフ76人とともにホテルトレインに乗り込んでいた。


・連結されていた設備

ジャガーノート22は、インド全土から集められた大量の農鉱工業分野の輸出貨物を長大なコンテナトレーラーで運んでいた。同時に最新のサービス・生産コンテナ施設も車列に加えられて、ユーラシア大陸周回の運用テストや海外セールスで成果が期待されていた。内訳は広域気象予報用観測レーダー兼衛星通信施設、気象予報専用AIの情報処理施設、簡易放送局施設(気象観測/カメラ中継/簡易放送・スピーカードローン付属)、ロボット化手術室を備えた高度医療病院コンテナ数タイプ、医療用3Dプリンター人工組織/臓器生産保管施設、インド亜大陸規格17文化言語対応の「VR‐AI」児童学校施設、世界公認11宗教対応礼拝所、人工肉工場、ユーグレナ多目的培養加工工場、多機能無人工場、専用車載ヘリポートなどである。

さらにスパイの目をさけて軍事用の試作兵器ユニットや専用トレーラー86基が紛れ込ませてあった。多砲塔ガントレーラー、対空ミサイル/機関砲ユニット、長砲身大口径トレーラー砲(通称 列車砲)、地対地ミサイル兵器庫トレーラー、新鋭重戦闘ドローンの駐機/自動整備/管制複合トレーラー(通称空母トレーラー)、簡易自走爆雷の自動工場。これらはすべてAIゴスペルには申告されていたが厳しく封印・監視されて、弾頭や弾薬は専用耐爆コンテナへしまわれた。新大陸公路を降りた後、はじめて使用可能にする予定でインド合州国から友好国の西ロシア正教国への軍事援助(技術提供)の一部だった。軍事物資の存在は、クラウド・ヒル消滅事件の後に暴かれて疑惑の根拠にされた。


・軍事 

ジャガーノート22には、世界初の本格的な「移乗戦闘専門の実戦部隊」が乗り組んでいた。敵車輌へ突入して、中世の戦士さながらの白兵戦を挑む斬り込み部隊で、ロードトレインへの配備は論議を呼んだ。彼らの特殊装備や戦術の有効性は未知数だった。


 ・前史

AIゴスペルが統括する新大陸公路上で、車両(群)への襲撃は現実的に不可能とされていた。AIゴスペルは内在するルールや初期命令と自己の判断に従い、国際法や地域国家の法体系を尊重しなかった。また、ロードトレインの車載AIとリンクして車載武器や危険物を封印し、公路の防御兵器を突きつけるかたちで、新大陸公路利用者すべてに安全走行を強要していたからだ。

したがって2074年、ユーロ双国ドイツがカルト教団に強奪されたロードトレイン集団に対して特殊部隊を出動させて、新大陸公路で戦いを挑んだばかりか、貨物奪還を無事成功させたとき世界中が驚いた。

AIゴスペルは、ユーロ双国ドイツから事前に略奪ロードトレイン集団の停止要請を受けていたが即時拒絶した。だが同時に「安全走行」と「妨害・危険行為」に関してヒントを提示したとされる。ドイツ側はヒントに沿って、逃走するロードトレイン集団を速力特化のロードトレインで追撃し、最接近(二メートル)すると、吸着プロテクターのみの「生身」で特殊部隊員が飛び移るという強行突入を断行。ハンドアックスやバール、大型ハンマー、ナイフを武器にして、わずか10人の精鋭が肉弾戦を狂信者たちに挑んだ。奇襲で目標貨物のあるロードトレインの車両側面へ取り付き、巨大トラック(車列の先頭)へとせまい車内通路や強風の屋根の上から進行し、操縦席と情報管制室から敵を排除するまでわずか約7分。高速密集隊列走行を続けながら、トレイン集団本隊(車列)の隊列管制上位AIと、占拠した車両の車載下位AIの連絡回路を物理的に切断(撤去)し、下位AIを強引に緊急自律走行モードに切り替えると、襲撃開始からわずか16分で乗っ取り犯たちの車輌群から狙ったトレインだけを離脱させた。

この間、AIゴスペルは当該ロードトレイン集団をドローン群で包囲し、車両内の監視カメラにアクセスまでして移乗戦闘を詳細にモニターしたが、結局阻止行動をとらず、緊急自律走行モード(AIゴスペルからの直接管制誘導)を受諾することでトレインを最寄りのターミナル駅へ徐行させ、結果的に作戦部隊を狂信者の追撃から救った。

AIゴスペルはこの事件の直後のタイミングに正式発表を行い、ロードトレインを走行不能にしたり施設を破壊する恐れの無い『乗員や密航者の間の軽微な暴力行為』は擬制国家と既存国家、国際法と当該乗員の解決に委ねると従来の利用規約を再確認した。単なるケンカを指すとみられていた『軽微な暴力行為』の範囲が、人間側の認識よりはるかに広く武装襲撃や殺人も容認することを暗示したのだ。

当時、新大陸公路の利用量が増大して犯罪や国際紛争に利用されるケースが増えていたことから、人間同士の闘争(逃走犯の捕縛や軍事衝突)を一定レベルで認めてガス抜きし、統制を容易にする狙いがあったとされる。

ユーロ双国ドイツの奪還作戦のケースは、軽装の隊員の車両「側面」への飛び乗りを軽微なバードストライクに。斧などの武器の持ち込みと使用はレンチなどの車載大型工具と同程度の軽微な脅威と容認されたのだ。ただし、ロードトレインそのものの走行を大きく狂わせかねない『車載AIの連絡回路の物理的破壊』は判定がかなり際どかったといわれる。


・レッドシャドー

新大陸公路で襲撃戦闘が可能であることがわかると、命知らずの追従者が生まれた。破産したロードトレイン国家で乗員皆殺しで世界を驚かせた武装集団「バゾック」の蛮行。そして、アメリカ相克戦(2078〜2084)が有名である。

後者は「アメリカ合衆国亡命政権」を名乗る北極新興都市に属するロードトレイン国家と「合衆国正統後継者」を自認するアメリカ自由連邦系資本のロードトレイン国家の衝突で、損益を無視した血生臭い戦闘が繰り広げられた。この時期の移乗戦闘はロープやネット、ハシゴで臨時架橋して並走する敵トレインへ切り込むもので、専門の戦闘員どころか適切な訓練や装備が存在せず、ぶっつけ本番で転落死する者も多かった。武器や装具もまちまちで大型フライパンで敵車両へ突入する者さえいたという。

「レッドシャドー」はアメリカ相克戦で名を馳せた合衆国側の傭兵集団で、アメコミじみた派手なマスクとウイングスーツを使う危険極まりない移乗戦闘で知られた。かれらの正体は貧しいアメリカ難民の少年兵で、手作り武器と勇猛さを頼りに正規乗員をしのぐ戦果をあけた。

だが新大陸公路上の襲撃戦闘はリスクが高く、悪名をはせたバゾックグループは『軽微な暴力行為』を踏み越えた爆発物を使うやいなや、AIゴスペルに跡形なく殲滅された。また、中規模以上のロードトレイン国家は隙のない周辺監視と圧倒的な車輌数、高性能車載AIを駆使した変幻自在の「集団行動」で車列を組み替えて少数の襲撃車列を寄せつけず、移乗戦闘に持ち込ませなかった。


・チャクラム

ジャガーノート専属として新編成された「チャクラム」は、高速走行のロードトレインへの移乗戦闘専門の部隊として、アメリカ相克戦後にレッドシャドー残党を迎えて作られた。

ロードトレイン国家の再編と大規模化が進むとともに「ロードトレインへの移乗戦闘(少数精鋭の白兵戦)」は自殺志願・過渡期の徒花・勇気あるレアケースなどと評されて顧みられなくなっていた。だが、インド合州国の一部関係者は個の兵士の攻撃力と機動力を強化することで、狙撃のように敵集団の要所へ精兵が突入できると考えていた。レッドシャドーの少年少女たちは能力と経験を高く評価されて、このインド合州国で技術顧問や指導教官となり、即時武力制裁を伴う武装制限、高速走行の車両群への突入、強風の外壁やせまい通路での個人戦に近い肉弾戦など、特異な戦場にふさわしい兵の選抜と訓練、特殊装備の開発に参加した。

2091年、ジャガーノート22がインド合州国を離れたとき、レッドシャドー元メンバーの亡命者6人を含めたチャクラム第1期部隊28人が乗り込んでいた。セラミックと特殊ゴム、特殊繊維の軽装甲服をまといハンドアックス、スピア(バール)、メイス、ナイフを武器にした。ウイングスーツは採用されず、飛び移りや外壁移動の補助、武器保持のために肩と腰の人工アーム、バードスタイルのアシストブーツを新規開発し、フル装備時の外見は「ガルーダ」と称される人間離れしたものだった(レッドシャドー元メンバーの一人は「バネ足ジャック」の異名を執拗に主張したが定着しなかった)。アシストアームとアシストブーツは、狭い車内通路や操縦室へ進入する際に容易に除装できた。

試験部隊はジャガーノート22で新大陸公路を移動中、一部来賓の視察をかねて本格的演習を行った後、西ロシア正教国入りするはずだったが「クラウド・ヒル消滅事件」に巻き込まれてほかの乗員乗客もろとも消息を絶った。

事件によって、移乗戦闘専門部隊と独自装備の未来は閉ざされたと思われたが、西アジア公路紛争の最中に予想外のかたちで日の目をみた。戦場は巨大高速道路ではなくその外の安全地帯だった。高速の集団走行が無いかわりに武装ロードトレイン同士が文字通り激突し、移乗戦闘の目的もトレインの乗っ取りから、車輌の横転、AIの完全破壊も容認する敵撃破にかわっていた。「チャクラム」の訓練ノウハウや試作兵器、先行量産装備は参戦集団の幾つかに提供され、戦場に最適化されるに従って大きな戦果を上げた。

またその過程で、専用の装甲胴衣と特殊形状パイルバンカー装備の軍用犬部隊といった、中立地帯の地上戦に特化した部隊や兵器が生み出された。



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・クラウド・ヒル消滅事件


クラウド・ヒルとは、新大陸公路の西アジア分枝点につくられた多重多環の複合交差点施設であった。高さ60メートルの立体構造物で、その外観は大小の皿を高く不揃いに重ねた二つの太い塔にいくつものループコースがリボンのように十重二十重にからまった複雑怪奇な形状で、新大陸公路本線(ユーラシア環状ルート)と完成直後のインド公路支線。そして、建設途中で有人車輛混じりで仮運行中のアフリカ・中東方面の公路支線がつながり、近隣大型施設には地元国家の鉄道、モノレール、一般高速道路のターミナル駅があった。

クラウド・ヒルそのものはゴスペルの下位独立AIの管理下にあり、ロードトレイン専用ループコースを使って千輌規模のロードトレイン集団を同時に5つ、建物内で高速走行させながら、コンテナ貨物の無停止積み替え、高速無線充電、メンテナンストンネルでの無接触車輌診断、さらには外装の塗装サービスまで対応できた。万全のサービス機能と安全をうたっていたが、実のところあまりに複雑な施設の整備改修、内部のコースのポイント切り替え、そして出入りする車両や物資の管制はAIに任せきりで、全体を把握できる人間はどこにもいなかった。


事件前、アメリカ大陸の軍事国家『アメリカ自由連邦』は高性能AIセオドアをつくり、AIゴスペルを超えさせるためにクラウド・ヒルの立体空間構造マップを作成させ、交通管制のシミュレーションに挑ませたが、セオドアは原因不明の熱暴走を起こして自壊した。この事件を踏まえて、ユーロ双国フランスの著名な数学者バロワンとベーラーの二人は、クラウド・ヒルを公開データや画像データをもとに徹底的に研究し「建設・運用は不可能」と結論した。クラウド・ヒルは「クラインの壺へねじ込んだメビウスの輪の塔(ベーラー談)」でどう計算してもバランスをたもてず、ループの連結にも矛盾が出来るはずで、ゴスペルは人類がまだ知らない数学理論をもとに建設運用していると述べた(後にこの研究結果には学会より異議反論が続出した)。


 ・事件の状況

事件当時、ジャガノート22はユーラシア大陸の環状本線ルートに入る為、クラウド・ヒルを訪れていた。この時、大規模なロードトレイン国家はほかにおらず、ジャガノート22はロケーションの良いループコースを独占使用できた。ここで、最後のメンテナンス(走行下)を開始したジャガノート22は、他の車両の映り込みが一切ない好条件で、ジェットコースターのようなループコースを整然と疾走する美しい隊列を各国へ配信した。だが配信16分後、突如として異様な色彩が走ると映像通信は暗転し、クラウド・ヒルからのすべての通信が途絶した。

このときクラウド・ヒルを中心に直径3キロの範囲内の土地建物が跡形無く消滅し、巨大な真円の穴が地表に生まれていた。さらに直径15キロの範囲内の人間と動物が突然死して推定80万人が犠牲になった。被害は新大陸公路にも及び、高速走行中にクルーが全滅したロードトレイン国家もあったがAI運転制御下だったことから二次的事故は避けられた。


・影響

今日までクラウド・ヒル消失と大量死の謎は解かれていない。ジャガノート22の乗員乗客をはじめとする人々の行方も分からないままだ。事件当時、異常な電波や放射能、磁気は認められず、毒物などの痕跡、不審な音や光も確認されなかった。だが、詳細な科学的調査は現場の混乱によって行うことができず、現在では検証はほぼ不可能となっている。

当時、クラウド・ヒル消滅と異常な大量死は周辺社会に深刻な混乱を引き起こした。地元民兵による虐殺や大量破壊兵器使用の噂が広がり、重武装のロードトレインや近隣国家の緊急展開部隊が現地に押しかける一方、近隣住民(被災者家族含む)も情報不足のまま集まり始めた。このため、にわかに緊張が高まり消滅からわずか19時間後、被害の把握もすまないうちに最初の暴行事件が起こった。AIゴスペルの強引な巨大工事や資源分配に対する地域社会の不満にも火がつき混乱し切った武力衝突はその後一年三カ月も続くことになった(西アジア公路紛争)。

戦火や難民の移動により事件現場は荒廃し、紛争終結時、消滅の中心の巨大な穴でさえ大きく崩れてもとのかたちを失っていた。


なお、AIゴスペルは消滅事件の原因解明に関心を示していない。クラウド・ヒルにかわる新たな分枝・交差点は、紛争の最中、事件で生まれた無人地帯の外れにまったく違う設計で作られた。

AIゴスペルから公開されたクラウド・ヒルの情報は限られていて、事件現場の解析に重要な設計や施工、点検整備に関する詳細、エネルギー消費、各部の重量バランス、車両群の運行情報(管制記録)は、それを管理していた現地の下位独立AIとともに消滅事件で失われたとされる。


・ ジャガーノート22の汚名

クラウド・ヒル消滅の大惨事と、ジャガーノート22を関連づける言説は今日でも根強い。ある説では、インド合州国は北方の仮想敵国・北極同盟(中露同盟)への奇襲を画策し、ジャガーノート22を利用して新大陸公路から新型兵器を送り込もうとしていた。しかし、クラウド・ヒルのAIに異常な積載物を察知されて足止めされそうになったため、意図的に新兵器を起爆させ大惨事を引き起こしたというのである。ジャガーノート22は事件当時、世界的に注目され、事件の瞬間にその中心地で生中継していた。意識されるのは当然だが、巨大建造物の完全消失と100万人近い突然死を引き起こす「新兵器」は原理さえも存在しない。馬鹿げた陰謀論だが影響は深刻で、歴史的なロードトレイン紛争の引き金を引いた戦犯と非難された関係者の遺族、インド合州国政府の怒りは激しい。

このジャガーノート22の記事の執筆はK John・Smithとボイジャーによる共同執筆によって行われました。


【原案:K John・Smith 編集:ボイジャー】


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― 新着の感想 ―
[一言] ロードトレイン国家とは中々面白い内容ですな。物流を握ることで覇権を手にするのは古来からありましたがここまでのことは流石にないですね。 専用AI「ゴスペル」の知能は高いですが人間を考慮できてな…
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