ブラジル帝国 - ウィキパディア
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正式名称:ブラジル及びポルトガル連合帝国(略称:ブラジル帝国)
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ブラジル帝国とは人類が宇宙に本格的に進出するきっかけとなった常識空間流出現象が最初に発生し2018年1月5日に完全に消失した国家である。ブラジル帝国は1808年のポルトガルのブラガンサ王朝がナポレオン軍の侵攻を逃れ当時は植民地であったブラジルに脱出し1809年にリオデジャネイロに遷都した事から始まる。ポルトガル宮廷のリオ滞在によってブラジルは人口も増え、文明も進歩しブラジルを南米一の経済大国へと押し上げた国であった。
公用語:ポルトガル語
首都 :リオデジャネイロ
人口 :約238,538,600人
民族 :詳細は「ブラジル帝国の民族」を参照
通貨 :ブラジル・エスクード
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目次
1.概要
2.歴史
2.1ナポレオンの侵攻と脱出
2.2ブラジル及びポルトガル連合帝国の成立
2.3アルゼンチン・ブラジル戦争
2.4果たせなかった帰還
2.5二つのポルトガル
2.6立憲君主制の成立
2.7植民地戦争
2.8常識空間流出現象による最初の被害
3.政治
4.領土
5.国際関係
5.1ポルトガル共和国
5.2パレスチナ
5.3日本
5.4中国
6.経済
7.軍事
8.社会問題
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概要
ブラジル帝国は1808年のポルトガルのブラガンサ王朝がナポレオン軍の侵攻を逃れて当時は植民地であったブラジルに逃れ、1809年にリオデジャネイロに遷都した事から始まる。ポルトガル宮廷のリオ滞在によってブラジルは人口も増え、文明も進歩しブラジルを南米一の経済大国へと押し上げた。しかし、ポルトガル王室は現在に至るまでポルトガルへの帰還が果たせぬまま現在に至り現在では完全にブラジルに根付いているのが現状である。また、世界で最後の帝国を名乗る国家であり最後の植民地帝国でもある。国民を構成している民族の数は少数民族を含めて非常に多く多民族国家を形成していた。
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歴史
・ナポレオンの侵攻と脱出
1808年、ポルトガルのブラガンサ王朝がフランス帝国のナポレオン軍の侵攻によって敗退し本国の領土を消失しこの際にブラガンサ王朝は15,000人近くの人々と共にポルトガル本国を脱出し植民地であったブラジルに逃れた。1809年にポルトガル王国の首都をリオデジャネイロに遷都しこれがブラジル帝国の始まりだとされる。
・ブラジル及びポルトガル連合帝国の成立
1815年にそれまで公国だったブラジルは一向にフランス帝国がポルトガル本国の支配を継続している事を受けポルトガル・ブラジル王ジョアン6世はブラジルを植民地からポルトガルと対等な王国に昇格しブラジル及びポルトガル連合帝国に再編された。しかしながら連合帝国とは言うもののポルトガル王国本土への影響力をポルトガル王室は一切持っておらず実質的にはブラジルを本国と主体にするものだった。その後、ジョアン6世が落雷による事故で死亡するとその後の皇帝の座はポルトガル王太子ドン・ペドロに引き継がれた。
・アルゼンチン・ブラジル戦争
1825年、ブラジル帝国の東方州の独立問題はアルゼンチンとの戦争を引き起こした。この戦争は最終的にブラジル帝国の勝利に終わりペドロの帝国での内政を磐石な物にした。
・果たせなかった帰還
1829年にフランス帝国の支配からポルトガルが解放されるとペドロやその他のポルトガル王室は歓喜したが独立したポルトガル本国は共和制国家を設立し王室の帰還を認めなかった。
・二つのポルトガル
ポルトガル本国でのポルトガル共和国の設立はブラジル帝国にいるポルトガル王室が帰還する事を許さなかった。両国は何度も交渉を行ったがポルトガル共和国側は頑なに拒否をし続けその結果、世界にはポルトガルの名を持つ国家が2つも存在するという奇妙な状況となった。この状況は2018年に至るまで解消されておらず、もはや時代の経過と共にポルトガル王室は完全にブラジルに根付いてしまった。
・立憲君主制の成立
ブラジル帝国は帝国の設立の中期には立憲君主制を成立させた。この体制は2018年まで続きブラジル及びポルトガル連合帝国の皇帝は政治には関わらず政治は首相や議会がになう体制となった。
・植民地戦争
ブラジル帝国はポルトガル海上帝国と呼ばれる体制を構築していた。植民地はアフリカやアジアなど世界各地に及び事実上の太陽の沈まない国であった。しかし、1961年から1981年まで植民地の各地で独立戦争が勃発し最終的にブラジル帝国はアフリカの植民地であったモザンビークを喪失。その結果、残された植民地はアンゴラ、カーボベルデ、ティモール、マカオのみとなった。また、この植民地戦争の際、マカオにおいては最大規模の戦いであるマカオの戦いが行われた。1980年に中国の中華人民解放軍がマカオへと侵攻。これに対してブラジル帝国陸軍は応戦し1ヶ月にも及ぶ攻防戦の結果、中国軍の侵攻を退けた。また、この際にはアメリカ軍からの航空支援も受けておりこうした要因も勝利につがった。
・常識空間流出現象による最初の被害
2018年1月5日、ブラジル帝国のアマゾン地域や植民地の各地を中心に異常な濃霧現象が発生しその濃霧は瞬く間にブラジル帝国の国境線に従って海外州を含めた全領土を覆い尽くした。その後すぐにブラジル帝国からの全通信が途絶し翌日も濃霧は留まり続け各国の調査も虚しく原因は分からず濃霧へ侵入した者は帰って来ない状況になった。その後、全世界で凡そ十年おきに同様の現象が発生。世界各国は凡そ50年間にわたる調査によって、この濃霧が高エネルギー粒子の収束体である事が分かった。さらに次に被害が発生する恐れのある国を特定する方法が発見されると各国はこの現象を受けて人々の避難計画や海上への脱出計画をまとめ、さらには国連を主導に世界各国は地球脱出計画を企画し2110年までには地球脱出船を大量に建設し脱出する事となった。軌道暦1232年現在、人類は地球圏をその危険性から完全に放棄している状況だがブラジル帝国の消失は地球において小さな争いを続けていた人類の意識に大きな変化を与えたものだと評価されている。常識空間流出現象の詳細は「常識空間流出現象」を参照。
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政治
ブラジル及びポルトガル連合帝国では立憲君主制の政治体制がとられており皇帝の権限はかなり抑えられたものとなっていた。皇帝は憲法上、議会の解散権や首相の承認及び罷免をする権限を有しておりブラジル帝国には議会が設置されそこから首相が選ばれ政治が動かされるようになっていた。
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領土
ブラジル及びポルトガル連合帝国ではブラジル本土に加えて海外州としてアンゴラ、カーボベルデ、ティモール、マカオを有していた。
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国際関係
・ポルトガル共和国
ポルトガル共和国とは王室の帰還を巡って対立していたが両国の関係は改善され両国はポルトガル語諸国共同体を設立し1980年に両国とも加盟している。
・パレスチナ
ブラジル帝国はパレスチナを国家承認しており首都のリオデジャネイロにはパレスチナ大使館が設置されていた。
・日本
日本との外交関係は1895年の修好通商航海条約調印から始まり1897年に両国に公使館を開設した。1908年6月には日本からの本格的移民が開始され笠戸丸がサントスに入港した。ブラジル帝国は第二次世界大戦には参戦しなかったという事もありブラジル帝国国内の日系人はアメリカ等の他の北米や南米の国家のように強制収容所を設置するような事はなかった。日系人の人口はブラジル帝国内において移民としては最大の規模を誇っており日系ブラジル帝国人は政治や経済などで、高い地位に就くものも多く特に長年の農業における高い貢献は非常に高い評価を得ていた。
・中国
ブラジル帝国は植民地戦争が勃発した当初から世界の脱植民地化に反して一貫して植民地の維持を堅持した。それは、ブラジル帝国が中国に有していた永代租借地のマカオでも同様であり、ブラジル帝国は中国側の再三にわたる返還請求には一切応じずマカオに対する軍事力増強を行った。両国の関係は一概に良好とはいえない微妙なバランスを保った状況だった。
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経済
IMF(現:惑星通貨基金)の調査によると、2012年のブラジル帝国のGDPは2兆2,460億ドルであり、世界第7位、南米では首位の状況を有している。しかし一人当たりの名目GDPは11,175ドルであり、先進国と比較すると低い水準だった。
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軍事
ブラジル帝国は歴史的にも侵略によって王室が本国から脱出した経緯や20世紀の植民地戦争などを経験している事により強い軍事力を有している。ブラジル軍は12ヶ月の徴兵制を敷いており、総兵力は約320,000人ほどで陸軍・海軍・空軍の三軍と軍警察が存在した。植民地戦争後に誕生した軍事政権の時代には核開発計画を進めており核兵器を保有している疑惑がもたれていた。また、南米で唯一空母や原子力潜水艦を保有する国家でもあった。ブラジル帝国海軍はVTOL機を運用する空母を2隻保有しており、これらの空母は植民地戦争後に植民地の維持のために建造された。原子力潜水艦は1隻を保有していた。2018年時点では海軍の保有艦艇数は潜水艦8隻、空母2隻、フリゲート9隻、コルベット16隻、通報艦32隻、揚陸艦6隻、哨戒艇多数にまで及び海軍力は南米で第1位を誇った。また空軍力に関しても850機にも及ぶ航空機を保有しておりブラジルや植民地の各地の空軍基地や空港に配備されていた。
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社会問題
ブラジル帝国では2018年頃、治安の悪化が非常に大きな問題となっていた。単なる一般犯罪においても銃が使用される傾向が高く殺人事件に発展することも多く大都市、地方都市を問わず殺人を始め犯罪は頻発し人口10万人あたりの犯罪発生率は日本の十数倍とも言われた。また、植民地では規模は小さいが独立派のテロ組織による散発的なテロも発生していた。




