アモフィスの地下ダンジョン ‐ ウィキパディア
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アモフィスの地下ダンジョン
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アモフィスの地下ダンジョン(リシア語:□□□□□□)とはリシア法皇国のアモフィスの地で竜王暦3600年に発見された地下ダンジョンである。3653年までに大陸ギルドの冒険者による調査によって現在確認されている世界最大のダンジョンのシュリステルス・ダンジョンとほぼ同格かそれ以上の広さと深さである可能性が指摘された。ゴースト・精神系のダンジョンに分類される。3653年のギルド会議で、ゴースト・精神系のダンジョンの中では史上初めて最高難易度ダンジョンに指定され銀等級及び金等級以外の冒険者の入場が制限された。
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概要
アモフィスの地下ダンジョンは、リシア法皇国アモフィス地方のセナンカ山脈に属するテレナ山の地中に侵入口が存在する。侵入口がある場所はかつてテレナ山で採掘されていた魔法鉱石の採石場跡地であり、採石場の廃坑内に位置する。侵入口は廃坑の最深部に位置し、廃坑への入口があるテレナ山の中腹部から計測し深度1102メイルの位置に存在する。
アモフィスの地下ダンジョンの構造は直径396.4メイルの円柱構造である。ダンジョンの円柱を構成する外壁は強固な合金素材で構築され、外壁の厚さは5.2メイル。この外壁内にダンジョンが存在する。外壁の厚さを引いた内部の広さは直径386メイル。階層型ダンジョンであり、複数の階層が存在する。3653年までに最上部の第1階層から第193階層までの階層が確認された。第1階層から第193階層までの深度は約900メイルと推計される。しかし、これは現在到達に成功した階層までの深度の推計であり、アモフィスの地下ダンジョンの実際の最大深度は不明である。
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発見
セナンカ山脈に属するテレナ山は中世より有名な魔法鉱石の産出地だった。しかし、3500年代末期に入ると、その産出量が大幅に減少した。この状況にテレナ鉱山を開発していたテレナ山の採掘ギルドはより深く地中に坑道を伸ばし魔法鉱石の資源帯の発見を試みた。
3600年6月9日、坑道の延伸を行っていた採掘ギルドは奇妙な構造物を発見しその開発がストップした。掘り進めていた坑道の先に滑らかな表面の強固な合金素材に行き当たったのである。これが、後にアモフィスの地下ダンジョンの天井部分であった事が分かる。採掘ギルドはこの天井部分を迂回しようとした。坑道を天井面に沿う様に水平方向に伸ばした。そして、アモフィスの地下ダンジョンの外壁外縁を越えると坑道をさらに深くに延ばした。また、まだ天井がダンジョンの外壁であるという事に気づいていなかった採掘ギルドは外壁の天井を一枚岩であると考えて裏側に回り込もうとした。しかし、回り込む事はできず、坑道は再びその進路を妨げられた。アモフィスの地下ダンジョンの外壁の側面に達した為である。採掘ギルドはこの状況に業を煮やしたとされる。この時点で魔法鉱石の新たな資源帯が発見できていなかった為である。
採掘ギルドは状況を打開する為に大陸の産業ギルドを通じて上位の火炎魔道士を雇った。そして、採掘作業を止めている金属を火炎魔法によって溶かそうと試みた。結果的にこの試みは成功した。20日間にも渡る火炎魔道士の作業の末、ついに金属に穴を開ける事に成功した。
しかし、金属を溶かして空けた穴の先は採掘ギルドが考えていた場所ではなかった。穴の先には人工物と思われる空間が広がっていたのである。そして、その空間に足を踏み入れた採掘ギルドの鉱員18名が魔物に襲われ死亡した。採掘ギルドはこの時初めて自分たちが発見した物がダンジョンである事を理解したのである。
ダンジョンの発見を受けて、採掘ギルドはこれを大陸ギルドに通報した。この通報を受けて大陸ギルドの冒険者ギルドが正式に調査を開始する事になった。
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ダンジョン発見に伴う経済的影響
当初、ダンジョンの発見によってテレナ山の地域経済は非常に潤ったとされる。新たなダンジョンの発見により、各国から大勢の冒険者が訪れ、衰退しつつあった鉱山の町は再び活気を取り戻した。
しかし、アモフィスの地下ダンジョンの特異性や異常性が次第に明らかになっていくと、ダンジョンへと入る冒険者の数は大幅に減少した。これによって鉱山の町から冒険者の町へと変貌を遂げつつあった町は再び経済的に衰退し、さらに他のダンジョンとは違う異常なダンジョンとしての認識から町からの退去者も相次いだ。さらにかつての主力産業であった魔法鉱石の採掘事業も資源の枯渇によって既に産業として成立できなくなっていた事も経済活動の衰退を加速させた。
テレナ山周辺部の地域経済は3653年までに、魔法鉱石の採掘が最盛期であった3500年代初頭の水準に比べて20分の1にまで縮小したと推計されている。また、住人の数も最盛期には地域全体で数万人が居住していた時もあったが、現在では千人未満の小さな集落のみが存在する状況となっている。
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構造
アモフィスの地下ダンジョンは建造物型ダンジョンである。その構造は非常に複雑であり、奇妙な構造をしている。ダンジョン内には複数の入り組んだ通路や部屋が多数存在するが、天井等に無数の用途不明のパイプが多数存在していたり、動力源が一切不明な昇降機と思われる機械が存在していたり、その他にも様々な機械と思われる物品が存在している。また、ダンジョン内には多数の用途不明の調度品等の物品も残されている。
アモフィスの地下ダンジョンの設備はその全てが機能を喪失していると考えられている。ダンジョン内の全ての設備はいずれも、機能している様子が確認されていない。しかし、アモフィスの地下ダンジョンを発見以来、調査を行ってきた大陸ギルドの商工会議は3613年に調査結果の発表を行い、この発表でアモフィスの地下ダンジョンを構成する多くの秘術は機械工学的に非常に優れた技術が使われており、技術水準は現在の機械工学水準を大幅に超えると結論付けた。
・アモフィスの地下ダンジョン内部の魔写1
アモフィスの地下ダンジョンが一体如何なる文明によって建造されたのかは現在をもってしても一切定かになっていない。時代考証をしようにも余りにも内部構造や内部に残された物品がこれまでに類似した物が殆ど確認されていない独自のものである為、既知の如何なる文明とも類似点が見出されていない。
また、現代文明を優に超える水準の技術が多数散見されており、この様な高水準の文明が過去の歴史上に存在した記録はアモフィスの地下ダンジョン以外には存在が確認されてせず、さらには、この様な巨大な構造物が一体全体いつの時代に建造されたのかも分かっていない。
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魔物
アモフィスの地下ダンジョン内にはゴースト・精神系に分類される魔物が多数生息している。生息する多くの魔物がインフレニット・エネミー(無限沸き)であり、魔物の1個体を倒しても僅かな時間経過によって新たな固体が再び出現する。
アモフィスの地下ダンジョンにおける現象としてのインフレニット・エネミーは、他のダンジョンにおける、インフレニット・エネミーとは全く異なる性質を持っている。
他のダンジョンでは、岩等の壁や地面の中から出現するのが一般的なインフレニット・エネミーであるが、アモフィスの地下ダンジョンにおけるインフレニット・エネミーは、例えば、冒険者が魔物1個体を倒した場合に、その後、その冒険者が魔物を倒した地点からダンジョン内を移動し通路を曲がったり部屋から出る等すると、再び魔物が再出現する。しかし、再出現する様子を直接確認する事はできず、必ず視界外において出現するという特徴を持っている。
したがって、アモフィスの地下ダンジョンの魔物が、どの様に出現するのかは詳しくは分かっていない。
この様な出現の仕方は、他のダンジョンでは見られない出現の仕方である。
また、アモフィスの地下ダンジョンの魔物の特徴として通常の魔物とは違う以下の点が挙げられる。
・倒しても死体が残らない。
・魔法鉱石を体内に内包していない。
・通常のインフレニット・エネミー現象とは違う出現方法。
・ダンジョンにも関わらず生息する魔物の種類が少ない(現在確認されている魔物の種類は僅か4種類。外来魔物を除外すればダンジョン内で元から生息する魔物の種類は僅か2種類のみ)。
以下は現在までに確認されているアモフィスの地下ダンジョンに生息する魔物一覧。
・ゾンビソルジャー
アモフィスの地下ダンジョンにおいて全ての階層にてその存在が確認されている人型の魔物である。その数はアモフィスの地下ダンジョン内に生息する魔物の中では最多であると考えられる。全身を滑らかな素材の衣服で覆った奇妙な服装をしており、鉄の棒等の鈍器と盾で武装している事が多い。また、まれにだが、鉄のパイプの先端を尖らせた物やパイプの先に刃物を付けた槍で武装している個体も確認されている。知性は皆無であると考えられており、ゾンビソルジャーはほぼ全個体が個体ごとに一定の行動範囲を持ち、その範囲内を常に同じルートを通って徘徊している。そして、生者を発見すると生者を追跡し襲撃をしてくる。しかし、その追撃と襲撃でも一定の距離をとれば、ゾンビソルジャーは対象を襲わずに元の徘徊ルートに戻るという習性をしている。
・ゾンビソルジャーの魔写
・ウォーゾンビ
ウォーゾンビはアモフィスの地下ダンジョンにおいて34階層以下の階層でその存在が確認されている人型の魔物である。その数は下層に行くに従って増える傾向にあるが、アモフィスの地下ダンジョンにおける魔物の全体数からすれば数自体は少ないと考えられている。
姿は一見すると全裸かもしくはズボンをのみを履いた毛の無い人間の様であるが、目と口が異様に小さく、かつ非常に戦闘に特化した魔物である。異常な身体能力を有している。行動は単独での行動も確認されているが、群れで行動している確認例が最も多い。群れは多くの場合、室内などの閉鎖環境内において纏まって居る姿が目撃されており、その群れの個体数は多い時では十数体単位にもある事がある。アモフィスの地下ダンジョン内において最も危険視されている魔物。
・グリーンスライム
恐らくは自然生息していたグリーンスライムが何らかの方法でアモフィスの地下ダンジョン内に侵入し繁殖したと考えられる外来魔物。少なくとも3620年まではアモフィスの地下ダンジョン内においてその存在は一切確認されていなかったが、3621年に、ダンジョン上層部の第3層でレッドスライムと共に生息が初めて確認され、その後、時間経過と共に数を増やし、現在ではアモフィスの地下ダンジョン内において、ほぼ全ての階層でその存在が確認されている。
元はダンジョン外の魔物である為、体内に魔法鉱石が存在している筈であるが、アモフィスの地下ダンジョンに生息するスライム類の体内からは一切確認できていない。また、インフレニット・エネミーではない事が確認されている。アモフィスの地下ダンジョンにおいては分裂によって繁殖している。
・レッドスライム
恐らくは自然生息していたレッドスライムが何らかの方法でアモフィスの地下ダンジョン内に侵入し繁殖したと考えられる外来魔物。少なくとも3620年まではアモフィスの地下ダンジョン内においてその存在は一切確認されていなかったが、3621年に、ダンジョン上層部の第3層でグリーンスライムと共に生息が初めて確認され、その後、時間経過と共に数を増やし、現在ではアモフィスの地下ダンジョン内において、ほぼ全ての階層でその存在が確認されている。
元はダンジョン外の魔物である為、体内に魔法鉱石が存在している筈であるが、アモフィスの地下ダンジョンに生息するスライム類の体内からは一切確認できていない。また、インフレニット・エネミーではない事が確認されている。アモフィスの地下ダンジョンにおいては分裂によって繁殖している。
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最高難易度ダンジョン指定の経緯
アモフィスの地下ダンジョンは発見以降、他のダンジョンと同じ様に大陸ギルドの主導の下、探索が行われた。当初は最高難易度ダンジョンなどではなく、全ての冒険者が探索を可能だった。実際に、冒険者の来訪者が最も多かった3633年には実に年間19万人もの冒険者が訪れている。
しかし、冒険者による本格的な探索が始まった3620年代以降、アモフィスの地下ダンジョンはその危険性や異常性が指摘される様になった。ダンジョン内での怪奇現象の多発や、ダンジョンから持ち出された調度品等の物品がダンジョン外においても異常な効果を発揮した。だが、それでもアモフィスの地下ダンジョンを管理する大陸ギルドは冒険者による探索を制限はしなかった。
状況が大きく変わったのが、3652年の事である。ジリクレムンド帝国において、鮮血帝と呼ばれ恐れられた暴君クリティリア・アイセス・ファン・ガシェッドが死去した。死後、クリティリアの私物を整理した弟の皇太子エイリフィア・ファン・ガシェッドは私物の中にアモフィスの地下ダンジョン産の調度品を発見した。エイリフィア皇太子は家臣にアモフィスの地下ダンジョン産の調度品が一体いつから自身の兄の側にあったのかを調べさせた。その結果、アモフィスの地下ダンジョン産の調度品が兄が24歳の頃に、当時、珍しい物好きであった兄が市を通じて購入した物品であった事が判明した。
このアモフィスの地下ダンジョン産の調度品が購入された時期は丁度、クリティリアが暴君と呼ばれる様になりはじめた時期と一致しており、周囲の人物達の証言から、それまでは到って健全であったクリティリアがこの時期を境に精神に異常をきたしていた事が判明した。クリティリアの身の回りの世話を行っていた使用人は、毎晩の様にクリティリアの寝室から誰かと喋るかの様な独り言を喋っているクリティリアの様子が確認されていた。
これらの証言や物証や記録から、皇太子エイリフィアは兄クリティリアが、暴君となった原因はアモフィスの地下ダンジョン産の調度品によって精神に異常をきたした事が原因だとする調査結果をまとめた。
この調査結果はすぐに公表され、全世界に衝撃をもたらした。皇太子エイリフィアによる調査は公平に行われており、一切の私見は含まれていなかった。
各国政府は自国内におけるアモフィスの地下ダンジョン産の物品の取引を全面禁止した。また、アモフィスの地下ダンジョンを管理する大陸ギルドはジリクレムンド帝国を中心に複数の国々から、管理不足を指摘され猛批判を受けた。特に鮮血帝という世界史上類を見ない最悪の暴君が誕生してしまったジリクレムンド帝国はクリティリアが暴君になった最大の原因は大陸ギルドがアモフィスの地下ダンジョンの管理を怠った結果による人災であるとし、エイリフィアの勅令により国内から大陸ギルドを全面的に追放し全資産の没収を行った。
こうした各国からの批判を受けて大陸ギルドは3653年にギルド会議を開催し、アモフィスの地下ダンジョンの最高難易度ダンジョンとしての指定を決定した。なおこの最高難易度ダンジョンとしての指定は、ゴースト・精神系のダンジョンの中では史上初めての指定となった。
なお、最高難易度ダンジョンとしての指定後、各国の政府は世界中に流通していたアモフィスの地下ダンジョン産の調度品を全面的に回収し、大陸ギルドを通じて回収物品をアモフィスの地下ダンジョンへと戻す事業を行っている。これはアモフィスの地下ダンジョン産の物品が危険であり、国内での保管に苦慮した各国政府が決定した政策である。
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怪奇現象
アモフィスの地下ダンジョンにおいて、最も有名な現象が一般のダンジョンには見られない怪奇現象の存在である。怪奇現象とは原因不明な異常な現象を指す。
怪奇現象はアモフィスの地下ダンジョンへの探索者や、外部へと持ち出したダンジョン内の物品周辺で発生する事が多い。これらの怪奇現象は確実に発生しうるものではないが、発生頻度は非常に高く、大陸ギルドが行った冒険者による統計では、アモフィスの地下ダンジョンを探索した冒険者の内、5人に1人が異常な体験をしており、アモフィスの地下ダンジョンの物品をダンジョン外へと持ち出し、その物品の周辺で起きたとされる怪奇現象は大陸ギルドが把握しているだけでも、36,759件にも上る。
・アモフィスの地下ダンジョン内で発生した怪奇現象
以下では大陸ギルドが公表しているアモフィスの地下ダンジョン内で発生した怪奇現象を一部抜粋。
・冒険者E氏の体験
冒険者E氏はアモフィスの地下ダンジョンの探索中、第6層の魔物が生息しない一角で休憩をしていた。その場所は、アモフィスの地下ダンジョンの他の区画と同じく灯り一つ無い暗い区画だった。その場所でE氏は魔石ランプの灯りだけを床において、壁を背に座っていた。しかし、E氏はいつの間にか転寝をしてしまった。
すると、幾ほどの時間が経過したのか、E氏は突然の大きな物音で目が覚めた。E氏が、何事かと思い目を覚ますと、視界一杯に光が射し込んできた。目を覚ましたE氏の目の前に広がった光景は、明るいダンジョンだった。
E氏の知る暗いダンジョン内ではなく、暗がりが一切感じられない程に明るいダンジョン内の光景が広がっていた。その光景にE氏は困惑していたが、それよりもE氏を困惑させる事が起きていた。ダンジョン内の灯りは、短い周期で一定間隔に赤色の光に変わり、そしてそれにまるで合わせるかの様にけたたましい高い鳥の声の様な音が一定間隔で鳴り響いていた。
その異常な光景にE氏が座り竦んでいると、さらにE氏を困惑させる事が起きた。E氏が居たのはダンジョンの通路に当たる箇所だったが、突然、多くの足音が響いた。その足音はすぐにE氏の近くで聞こえる様になり、通路の奥からE氏の目の前を、奇妙な白いローブを着た集団と、紺色の帽子と上下服を着た集団、そしてゾンビソルジャーと瓜二つの服装を着た集団が慌てた様子で通り過ぎた。誰かが焦った声で「避難しろ!」と大きな声を出していた。
E氏はその光景を終始困惑した様子で眺めていた。しかし、すると、目の前を通り過ぎる集団の中からゾンビソルジャー姿の人物が一人、立ち止まりE氏を見た。その男は、E氏を見ると、その光景に困惑しているE氏の腕を引っ張った。
E氏はその者の姿を見て魔物かと思ったが、ゾンビソルジャー姿の人物はE氏に対して「何してる!」と大声を上げた。紛れもない人間の、それも男の声であった。それに目の前の男やその後ろを走るゾンビソルジャー姿の者達の動きはE氏の知る魔物のゾンビソルジャーではなく、明らかに生者のそれであった。
状況が読み込めないE氏は「え?」と声を漏らしたが、男は「立て!こんな所に居たら助からないぞ!」と言った。E氏には何が起きて居るのか分からず、ただ男の気迫に流される様に立ち上がると、男に手を引かれるままに、男や集団が向かう方へと付いていった。
どれくらいの時間、赤い灯りが点滅し、けたたましい高い鳥様な音が一定間隔で聞こえる中、走ったのか、気づけばE氏は若干、広い部屋にやって来た。その部屋は、着替え部屋の様で、金属製の縦長の棚が幾つも並んでいた。また、その部屋の中は常に赤い灯りが灯っていた。
その部屋では、一緒にやってきた人々が、部屋に入った途端に衣服を脱ぎ、鉄の棚から、何か服を取り出して着替えていた。一緒にやって来た男は、E氏に「お前も急いで着ろ」と言いい、棚から出された服が手渡された。E氏は「あなたは?」と聞いたが、男はもう着ていると言った。
状況が読み込めず、さらに混乱していたE氏は男の言う通りに渡された服を着ようとした。だが、渡された服を着ようとそれを見た時、E氏はようやく、ある事に気がついた。
E氏の手元には、ゾンビソルジャーの服装が手渡されていた。さらに部屋をよく見れば、周りの者達が着替えているのも同じゾンビソルジャーの服装だった。ゾンビソルジャー姿に着替えた者達は奥の重厚な扉の向こうへと消えていった。
E氏は強烈な悪寒を感じた。悪寒とともに自分の今おかれている状況に、いや、おかしいと思った。E氏は途端に怖くなり、手に持っていたゾンビソルジャーの仮面と服を投げ捨てた。
そして、脇目も振らずに、ただ、部屋から飛び出し逃げ出した。これ以上ここに居てはいけない。これ以上進んではいけないとE氏は思った。
そんな逃げるE氏に対して後ろから、誰かが「おい待て!危険だ!」とE氏を呼び止める声が響いた。E氏はそれを無視して走った。だが、その途中で、E氏は何かが足に引っかかり転倒した。
転倒したE氏は足元を見た。するとそこには沢山の血だらけのゾンビソルジャーの手が自分の足を掴んでいた。そしてその手の先には、ゾンビソルジャーの仮面のレンズ越しに、生気の無い目がE氏を見ていたという。E氏はそれを見た瞬間に意識を失った。
意識を失ったE氏だったが、どれぐらいの時間がたったのか意識を取り戻した。目を覚ました場所は自分の知る暗い闇に覆われたアモフィスの地下ダンジョンだった。E氏はそれに安心したが、だが、その場所はE氏が知っている場所ではなかった。E氏はポケットから予備に持っていた魔石を取り出し周囲を照らしたが、その場所はE氏が休憩を取った場所ではなく、身に覚えの無い場所であった。
E氏はダンジョンの地図を取り出して自分の居る場所を探した。その結果、E氏は休憩をとっていたダンジョン第6層ではなく、ダンジョン第48層に居た。その後、E氏は偶然通りかかった冒険者の一団に救助され、地上へと帰還した。
E氏は、この体験について、もしも、あのまま、ゾンビソルジャーの服や仮面を着て彼らに着いて行ったら自分はどうなっていたのであろうかと語っている。
・冒険者C氏の体験
冒険者C氏はアモフィスの地下ダンジョンの探索中、第6層のとある部屋にやって来た。冒険者C氏はこの日、第18層までを探索しており、この時はその帰り道で、時刻が夜をまわっていた事から仮眠をとる為に、魔物が居なかったこの部屋で仮眠をとる事にした。
この部屋は狭い部屋で、入り口の鉄製扉を開けると、中には何も無く、割れて辺りに飛び散った変色した室内窓の破片があるのみで、この割れた室内窓があったと思われる窓枠を覗けば隣の似た様な部屋を見る事ができた。ただし、隣の部屋はC氏がいる部屋よりも狭く部屋というよりは廊下と言える程の狭さだった。
その部屋の中でC氏は室内窓の破片を、怪我をしない様に軽く片付けると、荷物を置いて装備を傍らに座って仮眠をとった。
どれくらいの時間がたったのか。C氏は突然、体を揺さぶられた。どうやら誰かがC氏の肩を揺すっているようで、「起きろ。おい、起きろ」と声が聞こえた。C氏は意識を急激に覚醒させたが、まだはっきりとはしない意識で起きた。
すると、C氏は椅子に座っていたという。椅子に座り、目の前には鉄製の大きな机があった。そして、その自分の目の前には黒い奇妙な服を着て、頭に前方向だけにツバのある形状をした帽子を被った男が、C氏と同じ様に座っていた。男は手元にペンを持ち机の上には何やら紙が置かれていた。紙には何やら見た事もない文字が書かれていた。
C氏は男の顔を見ようとしたが、机の上には普通の魔石ランプよりも明るい奇妙な形状をした照明器具が置かれており、さらにそれがC氏の顔を照らしていた為に、C氏は逆光で男の顔を見る事はできなかった。さらに良く見ればその男と隣にはもう一人、男と同じ格好をした男が立っていた。
C氏は何が起きているのか分からなかった。なぜ、自分がこんな椅子に座っているのか、目の前の男達は何者なのか全く分からなかった。部屋を見回せば、その部屋は一見すると自分が仮眠をとっていた部屋と同じ様な部屋の様に見えた。また、自分が入った時よりも綺麗に汚れ一つついていない様に見えたという。
ただ、違いは、C氏が仮眠をとった部屋は室内窓は黒く変色して割れていたが、室内窓は無く、代わりに大きな鏡があった。C氏が自分のおかれた状況を確認しようと、寝ぼけた頭できょろきょろとしていると、男がC氏に「おい、どこを見ている」と強い語気で言った。
C氏はこの時、奇妙な感覚であったという。普通に考えれば、席から立ち上がり、男たちに文句の一つでも言いそうなものであったが、妙な脱力感をC氏は感じており、男達に抵抗しようという意識は殆どおきなかった。ただ、頭の中だけは妙に冷静でこの状況に困惑していたという。
そんなC氏に対して目の前の男は、強めの語気で話しかけてきた。男は「何しに来た」「何処から来た」と言い、「何者だ」と聞いてきた。C氏はそんな男の質問に対して、正直に自身の身分や所属を伝えたという。
C氏が答えると目の前の男は手元の紙にペンらしきもので、何かを書き進めていった。
その後もそんな調子が続いた。目の前の男がC氏に質問し、それに対してC氏が答える。それはまるで、尋問を受けているかのようにC氏は感じた。
どれほどの時間がたったのか、C氏は延々と男の質問に淡々と答え続けていた。すると、目の前の男は「今日はこれくらいにしょう。続きは明日だ」と言った。
男はそう言うと席から立ち上がった。そして、C氏を指差すと「大人しくしてろよ」と言い、もう一人の男と一緒に部屋から扉を開けて出て行った。
最後の男が部屋から出て行いき扉が閉まると、机の上の灯りが消えた。するとC氏の視界は周囲は何も見えない闇に包まれた。
C氏は気づくと、もといた位置で目が覚めた。周囲を見渡せば、そこにはテーブル等は何もなく、最初に入ってきた時と変わらず、黒く変色した室内窓の破片だけが散らばる部屋だった。C氏は奇妙な夢を見たと思った。妙に現実感のあった夢であったという。
その事に違和感を感じながらも、C氏は荷物を整理すると地上への帰路についた。そしてその日は無事に地上へと戻る事ができた。
しかし、その日以降、C氏はアモフィスの地下ダンジョンに入る度に、割れた室内窓の破片だけが散らばる部屋で必ずの様に休憩をする様になった。特に意味もなく休憩をする事もあったという。
C氏はこの時の事について、なぜ自分がこんな行動を取っていたのか分からないと語っている。
C氏がこの部屋で休憩を取る度に、C氏は毎度の様に夢の中なのか、それとも現実だったのかが曖昧な中、奇妙な光景を見た。それは最初と同じ様に、テーブルと席があり大きな鏡と異様に明るい奇妙な照明器具がある部屋で最初に見た2人の男達が居てC氏に質問をしてくるというものだった。
何を聞かれたのかは回数を重ねる内にC氏は記憶が曖昧となり忘れてしまったが、その光景は必ず、最後には目の前に座る男が「今日はこれくらいにしょう。続きは明日だ」と言い席から立ち上がり、C氏を指差し「大人しくしてろよ」と言って、もう一人の男と一緒に部屋から出て行くと明かりが消えて視界が闇に包まれると終わった。
そして、何事もなかった、まるで夢でも見ていたかの様にC氏が再び目を明けると、元通りの部屋でC氏は休憩をしているのである。そんな事をC氏は3週間ばかり続けた。
この間、この経験について、一切の疑問をC氏は抱かなかった。C氏は男達と会う事を当然の事の様に思っていたという。
だが、C氏はこの頃から周囲の他の冒険者から目に見えてから心配される様になった。C氏の顔色が他の冒険者から見て酷く青白かったからだという。
C氏の友人の冒険者は休んだほうが良いと助言したが、それに対してC氏はただ、大丈夫とだけ答えたという。
そして、C氏が最初のあの部屋に入って謎の男達に会うようになってから、丁度、1ヶ月の日、その日もまた、C氏はいつもの様に部屋へと入り休憩をとると、2人の男達の居る光景を見ていた。
だが、その日はいつも見る光景の展開とは違っていたという。その日も始まりは同じで男達から質問を受けてそれにC氏が答えるというのは同じであった。
しかし、いつもならば、男達が部屋から出て行ってこの光景が終わる頃に、C氏の目の前の男はいつもとは違う行動をした。
男は目の前で書類を片付けると、C氏に向かって「今日で聴取は終わりだ。自分がどうなるか、もう分かるな?」と言った。C氏は男が何を言っているのか意味が分からなかったが、不思議な事に男にそれを言われた途端に、無気力感と脱力感に襲われ自然と口から「はい……」と答えた。目の前の男は立ち上がり、C氏に近寄ってきた。C氏に対して男の手が伸びてくる。
すると、その時、C氏の耳に声が突然聞こえた。それはC氏を呼ぶ声で、自身の後ろから聞こえてきたという。C氏はほぼ無気力であったが、その声のする方向を向いた。
振り向くと、そこには、友人の冒険者がC氏の肩に手を置いて立っていた。C氏はその友人を見ると、どうしたと聞いた。そんなC氏に対して友人の冒険者は「どうしたじゃない」と答えた。友人の冒険者はこんな所で何をしているんだと聞いてきた。
C氏は「何って……」と言うと、男達と一緒に居た事を説明しようと、自分の側に居た男の方をもう一度見た。すると、そこには男の姿は無かった。それどころか部屋は元の様子に戻っていた。
友人の冒険者は最近、C氏の様子がおかしい事に気がつき心配になり、この日はこっそりとC氏の後をつけたのだという。そしてその友人の冒険者が言うにはC氏は部屋の中に入り荷物を床に置き休憩をとったかと思ったら突然立ち上がり、部屋の中央で、何かをぶつぶつと喋り始めたのだという。その明らかに異常な様子にC氏の肩をゆすってC氏を呼んだそうだった。
C氏は友人の冒険者から聞いて冷静になると、自分がそんな事をしていたのかと驚愕すると同時にうっすら寒い感じを感じた。友人の冒険者はC氏に一度地上に戻って、神殿で神官に見てもらった方が良いと助言をした。
C氏はその助言を素直に聞き入れると、友人の冒険者に付き添われながら地上へと帰還しそのまま神殿へと向かった。なお、この道中、C氏の足取りは非常に重く友人の冒険者曰く、いつも異常に顔色が悪く見えたという。
神殿で神官に自身の体の状態を見てもらうと、神官はC氏に対して「一体、何をしたらこうなるのか」と聞いてきた。C氏は特に何もしていない為に、その質問には何もしていないと答えたが、神官はそれを聞くと非常に怪訝な表情をC氏に向けた。
神官によると、C氏の精神力が異常に削られていたのだという。それは死の一歩手前の状態だった。それを聞いたC氏と友人の冒険者は事の顛末を神官に伝えた。ダンジョン内で体験した奇妙な夢とも現実とも言えない光景を見た事と周囲から見てどんどんやつれていくC氏の事が伝えられた。
神官は全ての話を聞くと、C氏に対して、もうアモフィスの地下ダンジョンには近づかない方が良いと助言した。C氏は神殿からの帰り道、友人の冒険者と話し合い、神官の言う通りにもうアモフィスの地下ダンジョンには近づかない様にする事に決めた。
C氏はあらためて冷静に考えてみるとこれまでの自分の行動が客観的に異常である事に気がついた。これまでは何故か、あの部屋であの男達と会う事がさも当然の事の様に感じて何の違和感も感じていなかったが、それがおかしく恐ろしい事だという事に気がついた。
C氏はその後、すぐに身支度と整えると、アモフィスの地から離れた。
それから2ヶ月、C氏は別の地のダンジョンで冒険者家業をしていた。アモフィスの地から離れてからというもの、C氏の体調や様子はすぐに良くなっていた。
C氏はアモフィスの地下ダンジョンから離れた事は正解だったと確信した。C氏には元通りの日常が戻っていた。
ある日の晩、C氏がダンジョン内の森の中で野営をしようと眠る為に横になり目を瞑ったその時だった。それは突然に起きた。C氏の耳元で突然、「逃げるな!!」と怒声が聞こえた。これにC氏は驚いてすぐに飛び起きた。
武器を取って周囲を見渡すが、焚き火の火と暗い森、そして自分以外にはその場には他に誰も居なかった。C氏は驚きで高鳴る自身の心臓の鼓動を感じながら、今のはなんだったのか。夢だったのか。気のせいだったのかと考えた。
周囲の静寂さと虫の鳴き声だけが聞こえるその環境のせいか、C氏はすぐに気のせいだったと思うようになった。疲れているのだろうと考えた。そしてもう一度寝ようと寝転がったその時、C氏は気がついた。
あの「逃げるな!!」という声は、紛れも無く、聞き間違える筈もない。アモフィスの地下ダンジョン内のあの部屋で、毎度毎度、C氏の目の前へと現れていたあの男の声たったのだ。
その後、幸いな事にC氏の元にあの男は現れていない。しかし、C氏は今でも耳元で叫ばれた「逃げるな!!」という男の声が耳にこびり付いて離れないのだという……。
・冒険者O氏の体験
銀等級冒険者のO氏はその日、ダンジョン第61層の探索を味方のパーティー5人と訪れていた。その道中、パーティーは広い区画に立ち寄っていた。
その区画は仲間の冒険者の間では通称、鉄の森と呼ばれる区画で、区画内は吹き抜け構造をしており、5階建てほどの建物がすっぽりと入る空間内に多数のパイプが巡らせてあり、パイプの間を縫う様に手すり付きの通路が張り巡らされてあるという空間だった。
その空間内の一角で、パーティーは区画の出入り口を確保する為に、O氏に見張りを任せた。他のパーティーメンバーはO氏が出入り口を確保している間に、さらに奥深くの探索をするという算段であった。
O氏がその一角の見張りを始めて、他のパーティーメンバーと別れて、2時間ほどの時間がたっった。その2時間の間、O氏は出入り口の確保を行っていたが、魔物が襲ってくる訳でもなくただ、退屈に見張りをしていた。
だが突然、O氏の居る階の下の階で物音がした。何か金属を引きずる様な音だったという。O氏はその音に気がつくと、様子を見に行く事にした。O氏はこの鉄の森を訪れるのは、もう数度目で、鉄の森の構造はある程度把握していた。それゆえにO氏は自身が今居る場所のすぐ近くに下の通路へと降りる事ができる階段がある事を知っていた。
O氏はその階段を下りると下の通路へと降り立った。しかし、先程まで確実に物音がしたにも関わらず、下の通路にはなんら異常は見当たらなかった。それどころか、O氏が下の通路へと降りた時には物音も止んでいた。
O氏は異常が無い事を確認すると、不可解に思いながらも、元の見張りの場所に戻る事にした。
元の見張り場所へと戻る為に急な階段を上ろうと、その場を後にしようとする。するとそれは突然おきた。何の前触れもなく、突然、O氏の背後から、カン!カン!カン!と何者かが鉄床を鳴らしながら走る足音が響いた。
O氏はその突然の音に驚き即座に後ろを振り向り向こうとした。しかし、背後に向ききる前にO氏の後頭部に何か固い物で殴られた様な強い衝撃が走った。O氏はそのまま意識を失ってしまった。
次にO氏が意識を取り戻した時、O氏は全く知らない男たちの声で意識を取り戻した。O氏が目を覚ますと、O氏の目の前で数名の男とも女とも分からない者達が何かを話していた。O氏は一体何が起きているのか分からなかったが、体を動かそうとして気がついた。
O氏はこの時、床に壁沿いに座らされていたのだが、両手を背中で縛られていたのだ。そして、そのO氏の目の前で恐らくはO氏を拘束したであろう集団が何かを話ていたのである。
O氏は目の前の集団を観察した。目の前の集団はO氏が見た事の無い奇妙な鎧と、顔にはゾンビソルジャーが付けている様な仮面を付けていたという。そして全身が黒ずくめであった。また、その集団は全員が手元に、何か奇妙な黒い道具を持っていた。
しばらくたつと、集団の一人がO氏の意識が戻っている事に気がついた。O氏の意識が戻った事を教えられた他の面々は続々とO氏の方に目を向けた。
すると、その集団の中から一人がO氏の前に進み出てきてO氏に対してこう言った「お前何者だ?どこから来た?」O氏は状況が分からないながらも、ここでたてついても良い事にはならないと考え、素直に自分がどこから来たのかを言った。
O氏の説明に集団はお互いに顔を見合わせる様な仕草をした。そして、O氏に質問をしていた一人は突然、手に持っていた黒い道具でO氏の腹を殴りつけた。
O氏はいきなり何をするんだと訴えたが、それに対して目の前の者は「意味の分からない事言ってるんじゃない!」と怒鳴った。それから、目の前の者はもう一度、手に持っていた黒い道具でO氏を殴りつけた。殴られた衝撃でO氏は床に倒れた。
O氏が倒れると、集団はO氏の事を無視するかの様に何か話しをしはじめた。O氏の覚えている範囲ではこの時のこの集団での会話は、「くそ!何が起こってるんだ!」「本部はなんて?」「通信は繋がらない」と、この様な会話だったという。だが、大半の会話の内容はO氏には理解できなかった。
ただし、O氏の事も話していたようで、会話の中では「こいつどうする?」「一応連行しよう」などと会話をしていた。
しばらく会話が続くと、なにやら話しが集団内でまとまったのか、先程、O氏を殴った集団の一人がO氏に寄ってきてO氏の事を無理やり立たせた。そして、集団と一緒に何処かに連れていこうとした。
O氏はさすがにまずいと思い、集団に対してお前達は何者なのか、自分を何処へ連れていこうとしているのかを聞いた。
それに対する集団からの返答は、O氏の後ろに居た者が「いいから進め!」と声を荒げながらO氏を殴るというものだった。
抵抗ができないままにO氏は集団に何処かに連れていかれそうになった。集団はO氏を伴って何処かへと向かう雰囲気を出していた。
しかし、その時だった。突然、その場にてO氏の聞き覚えのある咆哮が響き渡った。そしてその直後、集団の誰かが「やつらだ!」と叫んだ。そして、集団の全員が手に持っていた黒い道具を構えた。集団の各々はその黒い道具をまるでクロスボウを構えるかの様にして構えた。
そしてその直後、O氏がその人生で初めて見た戦闘なのかそうでないのかよく分からない光景が繰り広げられた。集団はクロスボウの様に構えた黒い道具で何かをしたのだが、O氏にはそれがなんだか分からなかった。
黒い道具から無数の閃光が発っしられ、それと同時に強烈な乾いた炸裂音が大量に鳴り響いた。
O氏は突然の事に腰を抜かしてその場に座り込んだ。だが、その良く分からない光景はすぐに終わった。その光景が繰り広げられている最中にもO氏がよく知る咆哮は聞こえていたのだが、次々と集団の一人、また一人がその咆哮主に襲われ死んでいったのだ。
そして、僅かな間に集団はO氏を残して全滅した。O氏の目の前には引き千切られた集団の死体と血液が散らばっていた。O氏はその犯人を知っていた。集団を襲ったのはアモフィスの地下ダンジョンで最も凶暴だと恐れられている魔物、ウォーゾンビだった。
ウォーゾンビは集団をあっという間に殺しつくすと、O氏の目の前までやってきた。O氏は自分の死を覚悟した。武器を持った万全な状態ならばともかく、手を縛られている状態ではできる事は無かった。
ウォーゾンビの手がO氏に伸ばされた。O氏は死を覚悟して目を瞑った。しかし、いつまでたってもウォーゾンビの魔の手がO氏に死を与える事は無かった。
O氏が恐る恐る目を開くと、O氏は自分の目を疑った。先程まで自分を殺そうと目の前に居たウォーゾンビや、そのウォーゾンビによって殺された謎の奇妙な集団の死体や血液が跡形も無くすべて無かったのである。そして、気づくと、縛られていた筈のO氏の手も自由になっている事に気がついた。
O氏は自分が何か悪い夢を見ていたのではないかと思った。しかし、O氏が次の瞬間、自分の手首を見た時、O氏は自分の血の気が引くのを感じた。
O氏の両手首には確かに縛られていた痕が残っていたのである。
・冒険者F氏の体験
銅等級冒険者のF氏はその日、アモフィスの地下ダンジョンの第3層内の探索を行っていた。F氏がアモフィスの地下ダンジョンを訪れるのはこの日が初めてだった。F氏によれば、途中までは順調に探索ができていたという。
しかし、その途中、F氏は突然、背後から何者かに話しかけられたという。F氏はその時、すぐに振り向いたが後ろには誰も居なかった。気のせいかと考えたF氏は通路を進んだ。
すると、再び背後から誰かに声をかけられた。今度の声はかなり鮮明で、老女の声の様な声だったという。F氏は後ろを振り向いた。しかし、振り向いたが後ろには先程同様に誰も居なかった。闇に包まれた暗い通路があっただけだったという。
F氏は不気味に思った。思いながらも道中を急ごうと、急ぎ足で歩いた。すると再び背後から自分を呼ぶ声が聞こえた。F氏はそれを無視しようとしたが、F氏を呼ぶ老女の声はどんどんと大きくなった。
耐え切れなくなったF氏は再び後ろを向いた。しかし、やはりそこには誰も居なかった。前を向いて早くこの場から去ろうとF氏は思ったが、F氏が前を向こうとしたその直後、再び声を掛けられた。今度は後ろからではなく、自分が今、振り向いている方向からだった。
また、その声は先程の様な老女の声ではなく、若い少女の様な声だった。どこから聞こえるのかとF氏が思っていると再び少女の声で呼ばれた。その声は下から聞こえているようで、F氏は視線を下に落とした。
するとそこにはF氏の身長よりも半分程の背丈の幼い長い髪の少女が立っていた。少女は白いワンピースを着ていた。また、その少女は泣いていた。
状況がよく読み込めないF氏であったが、目の前の泣いている女の子を無碍にする訳にもいかないと思い、中腰になって少女に対して何故、泣いているのかを聞いた。
すると、少女は泣きながらF氏に対して親から逸れて迷子になったと訴えた。少女はF氏に対して自分の部屋まで連れてって欲しいと訴えた。
F氏はダンジョンに子供が居るのは危険だからと、少女に対して一緒に地上に出ようと提案したが、少女は頑なに地上ではなく部屋に戻りたいと訴えた。
F氏はその部屋に両親は居るのかと聞いた。その問いに少女は頷いて答えた。ならばと、F氏はその少女をその部屋へと送り届ける事にした。F氏は子供を放っておく事はできなかった。
F氏は少女に手を引かれてダンジョン内を進んだ。どれほどの距離を進んだのかF氏は少女に手を引かれるまま、ある部屋にやってきた。
部屋の中に入るとその部屋は妙に小奇麗な部屋だった。また、部屋の中には何か灯りが灯っており、魔石ランプを灯さなくても部屋の中はくっきりと見えた。部屋の中には家具が置かれており、明らかに生活感のある部屋だったという。
少女は部屋に入ると明らかに喜んだ様子で、駆け出しベットの上に座った。少女はぬいぐるみを抱えて抱きしめると、両親が来るまでここで一緒に遊ぼうよとF氏に言った。
F氏は子供の頼みだしどうしようかと考えた。F氏は子供の子守は得意ではなかった。しかし、だからと言って子供の頼みを無碍にするのは如何なものかと思った。
そんな事を考えていると、F氏の背後からF氏に向けて声がかけられた。男の声であったという。しかし、不思議な事にF氏も何故、そうしたのか分からなかったが、F氏はその呼び声を無視した。
先程、声を掛けられた時はあれだけ気になったにも関らず、この時は一切気にならなかったという。
しかし、しばらくその呼び声を無視したその直後、F氏は背後から肩を掴まれた。さすがに肩を掴まれた事でF氏は背後を振り向いた。すると、そこにはF氏と同じ冒険者が怪訝そうな表情をして立っていた。
その冒険者はF氏に対して、こんな所で何をしているのかと聞いた。F氏は迷子の女の子を見つけてその子を部屋に送り届けていたと説明した。
すると、それを聞いた冒険者の表情はさらに怪訝そうなものになった。そしてその冒険者はF氏に対して、何を言ってるんだ?そんな子何処に居るんだよ?と言った。
F氏はおかしな事を言うものだと思った。F氏はその冒険者に少女を見せる為に、そこに居るじゃないかと言って女の子が居る方を振り返った。
しかし、そこには女の子の姿は無かった。それどころか、先程まで小奇麗で、魔石ランプの灯りが無くても明るかった室内の様子が変わっていた。家具はぼろぼろになっており、灯りも消えていた。部屋の中の様子は冒険者の男が持つ魔石ランプの灯りでかろうじて分かった。
それどころか、その部屋は異様だったという。壁と先程まで少女が座っていたベットには、どす黒い何かが大量に飛び取った様な跡が残されている部屋だったという。
F氏は部屋の豹変の驚き、言葉を失った。そして、その場で一歩、後ずさりをした。すると、何かを踏んだという。F氏は足元を見た。すると、そこにはあの少女が先程、抱きしめていた、ぬいぐるみが落ちていたという。しかし、そのぬいぐるみも、どす黒い染みに覆われていた。
F氏が唖然としていると、冒険者の男はF氏に対して、そもそもダンジョンに子供が居るはずがないだろと言った。それを聞いてF氏は血の気が引く感覚を覚えた。冒険者の男の言うとおり、子供がダンジョン内に居るなどありえない事だった。それに、この様なダンジョン内に人が住む部屋が存在するなど冷静に考えればありえない事だった。
急に怖くなったF氏は冒険者の男にすぐにこの部屋から出ようと言った。F氏の動揺っぷりに事態の異常性を思った冒険者の男はF氏と一緒にその部屋から出た。そして、F氏はその冒険者に自分の身に起こった事を話したという。
しかし、その冒険者はこの様な話は信じないたちの人間であった為、F氏の話は信じなかった。なお、その冒険者は何故、F氏に話しかけたのかというと、F氏がひとりでマップ上何も無いはずの部屋に入っていく様子を見て怪訝に思い声をかけたのだという。
また、F氏は地上への帰り道の道中、さらに驚愕した。F氏はダンジョン第3層に居たはずだった。しかし、その冒険者によると、F氏の居た場所はダンジョン第14層に居たのだという。
F氏は少女に声をかけられ部屋に着くまでの間、一度も魔物に襲われなかった。それどころか第3層から第14層までの長い距離を移動したという実感は無かった。F氏の感覚ではせいぜい数百メイル程の距離しか移動した感覚は無かった。
F氏はその後、その冒険者と一緒に無事に地上へと帰還したが、今でももしもあの時、あのまま少女と一緒に居たら自分はどうなっていたのだろうかと思うのだという。
・冒険者N氏の体験
金等級冒険者のN氏は半年間にも渡ってアモフィスの地下ダンジョンへと潜り探索で得たダンジョン内の調度品を交易商に売却する事で金銭を得ていた。
N氏はある日、ダンジョンの第22層の探索中にいつもの様に調度品の収拾を行っていた。この日は家具や用途不明の品など、16品を地上へと持ち帰ったという。
その中に、大の大人の掌よりも一回り大きく黒い箱状の用途不明の道具があった。その道具はアモフィスの地下ダンジョン文字が描かれた幾つかのボタンと、そのボタンが密集する箇所の上に小さな穴が規則正しく空いている外見の道具だった。
アモフィスの地下ダンジョン内では用途不明の様々な道具が多く収拾でき、それらの品は物珍しさからダンジョン外では高値で取引されていた。
その道具もN氏が地上に戻った後にすぐにN氏の馴染み交易商に売られた。
しかし、それから数ヶ月の月日がたった後の事である。N氏は交易商から、その道具を引取って欲しいと頼まれた。N氏は奇妙に思った。数ヶ月も前に売った物が元の交易商の所に戻ってくるなんて事は一度も聞いた事がなかった。N氏は奇妙に思い返品を拒否した。
理由を聞いても交易商は口を噤むばかりで答えなかったという。
だが、それからN氏はその交易商の元に訪れる度に、引取りを求められた。N氏は暫くの間は受け取りを拒否していたが、交易商は受け取りを拒否するならば、もうN氏との取引はしないと言った。
これにN氏は困ったが、それよりも理由を話そうとしない交易商に怒りがこみ上げたという。N氏は交易商に対して、なぜそんなに一度売った物を返したいのかと問い詰めた。
交易商はそれでも言おうとしなかったが、N氏が怒りに任せてカウンター上の壷を叩き割ると、交易商は重い口を開いた。
交易商によると、N氏から買い取ったその道具を外国の貴族に売ったのだという。その後、その道具は短期間の間に6名の人の手に渡り最後は自分の元に戻ってきたのだという。そしてどの所有者も口を揃えて幽霊が出たや変な声が聞こえると言っていた。
交易商は最初は信じていなかったが、戻ってきてから一週間がたった時に交易商が夜に店で帳簿をつけていると、交易商も他の所有者の様に幽霊を目撃したのだという。
この話を聞いてN氏は馬鹿馬鹿しく思ったが、話は聞いた以上、道具は引取る事にした。
そして道具を自身の家がある集合住宅へと持ち帰り自室の机の上に置いておいたのだという。
それから、N氏は特に何も無かったという。N氏はその後も、いつも通り、ダンジョンの探索を続けた。
しかし、1ヶ月程の時間がたった時の事である。N氏が地上へと戻り2週間ぶりに自室へと帰った時の事だった。隣の部屋の隣人がN氏を見かけると、N氏に詰め寄り、夜中にN氏の部屋がうるさいと苦情を言ってきたのである。N氏はダンジョンの探索に出かけており、そんな筈は無いと説明したが、その隣人以外にも他の部屋の住民もN氏の部屋がうるさいと同調した。
多勢に無勢にN氏はその場はとりあえず謝ると、自室へと入り、何か動物でも住み着いたのかと、部屋中を探したがそれらしき姿は見られなかった。
N氏は若干イライラしながらも、その日は寝る事にしたという。しかし、深夜の事である。N氏は奇妙な音で目が覚めた。
その音はザーザーとN氏がその人生で一度も聞いた事の無い音だったという。その音は大きくなったり時折小さくなったりと、部屋中に響いていたという。
N氏は隣人がうるさいと言った音はこの音かと思った。一体全体この音は何なのかとN氏は音の原因を調べるべくベットから起き上がろうとした。
しかし起き上がろうとするものの、N氏の体はまるで石の様に固まり指一本動かす事はできなかったという。辛うじて、目のみが動かす事ができた。
それを理解した瞬間、N氏はこれは何か普通ではない異常な事だと感じたのだという。
N氏は必死に目を動かして状況を確認しようとした。そしてある事に気がついたという。
それは机の近くに誰かが居たという事である。その誰かは机の上に向かって俯いて立っていたのだという。
その姿は男なのか女なのかN氏には分からなかったが、何か白いローブの様な服を着ているのは分かったという。
そして、N氏はそれを見た瞬間に、今まで、N氏は所謂、そういうものは信じてはいなかったが、これは生きた人間ではないと思ったのだという。
N氏は今まで感じたことの無い恐怖心に支配されながらも、その俯く人物を見ていたという。
すると、N氏はある事に気がついた。目が覚めてからずっと室内に響いているザーザーという音に混じって、人の声の様なものが混じっていたのである。N氏はその声の主が白いローブの人物の物だと感じたという。
その声は何を言っているのかは聞き取れなかった為に分からなかったが、N氏は部屋に響き渡っているザーザーという音に向かって話しかけている様に感じたという。
白いローブの人物は暫くの間、そのまま机に向かい続けた。そしてその様子をN氏は注視し続けた。
しかし、どれほどの時間が過ぎたのか、もしくはすぐだったのか、白いローブの人物は突然、その場で体を仰け反り、そしてまた俯き、そして体を仰け反るという奇妙な行動をし始めた。
最初こそはその行動はゆっくりであったが、徐々にスピードが早くなり、最後には余りにも早すぎて、人間ができるレベルの速さではなかったという。
N氏は余りにも異常な光景に、人生で感じたことの無い恐怖心を強めた。呼吸が自然と早くなり冷や汗があふれ出たという。そして気づくとN氏は意識を失っていたのだという。
朝、目を覚ますと、N氏の体は問題なく動いた。そして部屋を見渡したが、異常は何も無く、白いローブの人物も居なかったという。
N氏はすぐにでも部屋から逃げ出したい気分であったが、金等級の冒険者として逃げるわけにはいかないと思い、白いローブの人物が居た場所に近づいた。そして、ある事に気がついたという。
それは昨夜、白いローブの人物が俯いて見ていた場所に交易商から返されたN氏がダンジョン内で拾った奇妙な黒い道具が置いてあった事である。そして、それを見た瞬間に直感的にザーザーという部屋中に響き渡っていた奇妙な音はこの道具から出ていたのではないかと感じたという。
また、もうひとつN氏は気づいた。昨夜、N氏は白いローブの俯く人物をはっきりと見ていたが、室内は灯りひとつつけていない真っ暗な状況だった。にもかかわらず、N氏の目にははっきりと見えていたのである。
これは昨夜見たものがこの世の者ではない事をN氏は改めて思った。
その後、N氏はすぐにダンジョンへと向かう準備をしたという。そしてダンジョン内で拾った奇妙な黒い道具を鞄にしまうと、ダンジョンへと向かい黒い道具を元あった場所に戻した。
するとその後、N氏の元に白いローブの人物は二度と現れず、ザーザーという音も再び聞く事はなくなったという。
しかし、N氏は困っている事があり、隣人からの騒音の苦情は現在も続いているのだという。この騒音が結局何なのかは未だに分かっていない。




