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22話 夜明け

 翌日の朝。そらは晴天で、太陽が私達を照らしている。 ご主人はスマートフォンで電話を掛けている。

「海人君、私が倒れた時、救急車の手配をしてくれたんだよね。ありがとう」

「先生! 良かった……無事だったんですね!」

 海人少年の黄色い声が聞こえた。猫の身体は小さな音でも良く聞こえる。

 便利な時代になったものだなと思う。私が生きていた時代では伝達は手紙で、届くかどうかも分からなかったというのに。

 こうして記憶がよみがえると、見えてる世界は未来の光景に見える。昔人間研究に没頭していた際、ご主人から聞いた古いSF小説の主人と一緒にコールドスリープした愛猫になった気分だ。


 私は電話ごしに話すご主人を見つめる。

 猫姫時代とは顔立ちは違うが雰囲気はそっくりで、すぐに彼女である事が本能で分かる。

 子猫の時はハッキリ覚えていたのに、最近まで完全に忘れていたと言う事は、きっとそれが世界の摂理の1つなのかもしれない。そして私は何故かその摂理から外れてしまった。神は今頃驚いているか、これも計画通りなのかは正しく神のみぞ知ると言った所だ。

「それでね、しばらくは絵の先生出来ない事になっちゃったの」


「……はい、大丈夫ですよ。僕は待ってますから」


 ご主人は今日、たった数分前に退院した。医師は奇跡が起きたと笑っていた。

「お姉ちゃん、あんな状態で仕事に行くって言ってたけど大丈夫かな?」

「ああ、目を腫らしていたが、彼女なら平気だろう」

 昨日は冬香は一日中泣きじゃくり、ご主人がそれをなだめる事になっていた。

 姉妹が逆転してる、少し可笑しな光景だった。

「さてご主人、これからどうする?」

 彼女は背伸びをしながら答える。その仕草は以前にも増して猫の様だった。

「まずはあの灰猫さんに会いに行こうか。当時の事を詳しく聞きたいの」


「なるほど、事件の当事者は彼だ。しかしご主人……大丈夫か? また辛い思いをするかもしれない。私だけで会いに行くことも出来るが……」

 灰猫を訪れると言うことは、もう一度忌々しい事件の内容を聞くという事だ。しかし、彼女は首を振る。

「だいじょうぶ。私はね、弱い自分とさよならしたいの。放っておくとまた猫が殺されるかもしれない。元猫の私なら、そんな酷い事を終わらせると思うんだ」

「……そうか。貴方は強い人だな」

 

 私はホッと胸をなで下ろす。彼女の表情は、以前と見違えるほどに強い決意を抱いている様に見える。

 ――猫姫の彼女も、強い女性だった。 

「私もトラ達が何故死ななければいけなかったかを知りたい。同行させてもらおう」

 私がやるべき事は昔から変わらない。彼女が決めた事に、最後まで付き添うまでの事だ。

「そういえば……」

 ご主人はクスリと笑う。

「あの夜、私の事を名前で呼んだでしょ。春香って」

 

 一気に顔が熱くなる、聞こえていたのか。

「あ、あれは……突然の事で……そう呼ばなければ貴方は起きないだろうと思って……」

 無意識に前足で頭を掻きながら答える。

 ご主人は微笑み、慌てる私の頭を撫でた。彼女の暖かい手の感触はなぜか、とても懐かしく感じた。

「ありがとう、あの夜、貴方が来てくれて、とっても嬉しかった。私ね、ナハトと一緒ならどんな辛い事も大丈夫だと思うの。一緒にこの事件を終わらせよう」

「――勿論だ。私は貴方の騎士なのだから」

「行こっ。騎士さん!」

 そう言ってご主人は走り出した。私は後を追いかける。

 見上げた青空は、二人の猫を暖かい方角へ導いてくれている。

 私の金色の瞳にはそんな光景に見えたのだった。












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