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殺し人走る 一

「ザックさん、起きてください! ザックさん、起きてください!」

 ヒロコの声。そしてドアを叩く音……ザックは飛び起きた。もしや、またしてもケーンの奴が来たのだろうか……だったら、とりあえずは窓から逃げよう。ザックは窓を開け、身を乗り出した。

 その途端、またしてもヒロコの声。

「ザックさん! 起きてるんですよね! ミヤジさんて人が来てますよ! 早く出てください!」

 なんだミヤジか……ザックはほっと胸を撫で下ろした。しかし次の瞬間、ミヤジが何しに来たのだろうかという疑問が浮上する。ミヤジは胡散臭い商売をしている爺さんだ。暇そうな若者を見つけると、格闘技を教えてやるなどと嘘をつき、自宅の塀のペンキを塗らせたり床磨きをさせたりするという、詐欺師スレスレの爺さんなのである。


 ザックが降りていくと、リビングには小柄でトボけた雰囲気の老人がいた。言うまでもなく、この老人がミヤジである。ロドリゲス兄弟に何やらインチキ拳法の型らしきものを教え込んでいた。ロドリゲス兄弟は真剣な表情で、言われた通りに動いている。

「そうそう、右手でペンキを塗る……左手で拭き取る……やってみなさい」

 例によって、デタラメを教えているミヤジ。しかし、ロドリゲス兄弟もただ者ではない。頭は恐ろしく悪いが、裸の王様に「服着ろよ、おっさん」と突っ込めるような図太い神経を持っている。

「ミヤジ……このトレーニングはつまらないぞ」

「つまらないぞ」

「ミヤジ……何で右手で塗ったペンキを、左手で拭き取るんだ?」

「拭き取るんだ?」

 ロドリゲス兄弟は次々に不満と疑問を口にする。さらには――

「ミヤジ、お前本当に強いのか?」

「強いのか?」

 などと、疑いの目で見始めた。ロドリゲス兄弟は確かに頭が悪い。しかし同時に、ただの筋肉バカではないのだ。格闘センスも一流のものを持っている。実戦経験も豊富だ。実際に戦ったことのない者とは違い、戦いの中で会得した知識がある。簡単には騙されないのだ。

 しかし、ミヤジも平然とした表情で言い返す。

「ダメダメ。ロドリゲスさん、格闘技はバランスだよ、バランス――」

「おいミヤジ……お前、いつまで適当なことを言っているのだ。何をしに来た? 用件だけ言って、さっさと失せろ」

 ザックが話に乱入し、ミヤジを睨みつける。もとより、この老人には何の興味もない。デタラメばかり言っている詐欺師という認識しかないのだ。

 しかし、ミヤジは首を振りながら答える。

「ダメダメ……ザックさん、あんた大変なんだよ。あんたの首に懸賞金が懸けられたんだ」

「懸賞金だと……ハッ! 笑わせてくれる。この私を殺せる者など、そうそういるものか」

 ザックは鼻で笑った。そう、ザックはいろんな連中から恨みを買っている。だが、ザックに正面切って喧嘩を売るようなバカは……ほとんどいない。返り討ちに遭うのがオチだ。

 だが、ミヤジは言葉を続ける。

「大丈夫かいザックさん……あんただって、死ぬ時は死ぬんだよ。少しは用心した方がいいよ」

「フッ……面白いではないか。殺し屋が来たなら、たっぷり遊んでやる。ちょうどいい退屈しのぎだ」

 だが、そうは言いながらも、ザックは考えていた。狙われる覚え……数知れない。なにせ、ザックは街のあっちこっちで暴れているのだ。ザックが今まで行った悪さについて振り返っていると、ミヤジのとぼけた声が聞こえてきた。

「とにかく……気を付けるんだよ、ザックさん」


 ミヤジが帰った後も、ザックは考え続けていた。一体どこのバカが自分の首に賞金など懸けたのだろう? まあ、思い当たる相手は腐るほどいるが。

 まさか、エンジェルスのダミアンか? ベッドの誘いを断ったせいか? 誘いと言えば、両手ぶらりのノーガード戦法で相手のストレートを誘い、クロスカウンターを狙う拳闘士がいたらしいが……何の意味もない。


 考えがまとまらんまま下に降りるザック。すると、けたたましい笑い声が聞こえてきた。

「にゃはははは! ヒロコ、ミャアはシェーラと一緒に遊びに行って来るにゃ! シェーラ、早く行こうにゃ!」

 ミャアは上機嫌でピョンピョン飛び跳ねている。どうやら、シェーラを待っているようだ。足元には、パグ犬のデュークが控えている。さらに、ロドリゲス兄弟は魔法の水晶板を眺めていて、ヒロコは忙しそうに掃除をしていた。

 その光景を見ていたザックの頭に閃くものが――

「よし決めたぞ。なあ、お前たち……今日はみんなで遊びに出かけよう」

「出かける!? もしかして……みんなで遠足ですか!?」

「遠足ですか!?」

 満面の笑みを浮かべ、立ち上がるロドリゲス兄弟。そしてミャアも、

「にゃ!? みんなで遊びに行くにゃ!? それは楽しそうだにゃ!」

 と嬉しそうに笑う。一方、ヒロコは困った顔だ。

「まったく、ザックさんはいつも思いつきで物事を決めるんだから……じゃあ、ちょっと待ってて下さい。お弁当を――」

「いや、弁当はいらん。たまには外食だ」





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