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アリシアの剣  作者: 森陰 五十鈴
第十章 防衛戦
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還元

 驚きに目を瞠ったまま歯を食いしばったコルネリウスは、身を翻して自分が出てきた路地に入っていった。慌てて追いかけようとしたグラムを、ハティと並んだリズが鋭く呼び止める。

「気を付けろ。あいつ、私たちが昼間に仕込んだ罠を全部把握してるはずだ」

 そういえば。敵が街に侵入してきたときのために設置した罠。受付に立っていた彼は、設置の報告を取りまとめていた。

 外からの敵に対して用意したものを、グラムたち相手に使おうというのか。

「……おっもしれぇじゃん!」

 期待半分腹立ち半分で興奮した状態で、グラムは路地に飛び込んだ。

 月のない夜。建物と建物が迫った路地内は、さらに光が遮られる。一寸先も見えないような闇の中を、グラムは何の躊躇いもなく駆ける。見えないのはあちらも同じ。反射する足音で、建物や人の位置は知れる。追跡にさしたる支障はない。

 視界の端で光が瞬いた瞬間、グラムはそちらに剣を振るった。飛んできた礫を弾く。さらに前へと一歩踏み出した足下を、緑色の魔法陣が描かれた。動揺もなく足下を斬り払うと、光の円陣は真っ二つに割れて霧散する。〈木の塔(トゥール・ダルブル)〉のみんなで設置した機雷型の魔具による魔術。しかし、グラムの足止めにもならない。

 足を速め、こちらに魔術を放とうとするコルネリウスに接近する。紫色の魔法陣は、斜めに斬り上げることで対処した。

「なんで――っ!」

 言葉を失うコルネリウスに、グラムは左上から剣を振り下ろした。彼は右足を退いて躱す。ここにきて、少し驚き。魔術頼りの魔術師というわけでもないらしい。回転蹴りを見切り、その隙を付いて魔法陣を描く。なかなか感心した。

 しかし、その魔法陣もグラムの剣に掛かれば真っ二つだ。

「なんで、陣が!」

 コルネリウスは半ば恐慌状態に陥りながら身を引く。

 魔術を使うときに描く魔法陣は、『どーにかこーにかして、あちこちに漂っている魔素を光らせている』ことで、見えるようになっているらしい。双子や他の魔術師が頭を悩ませて、グラムの理解力に合わせて言語化してくれた内容がそれだった。つまり光と同じだ、とグラムは解釈している。

 その魔法陣は、基本的に触れることができない。普通は剣で斬っても残り続ける。魔術を使うのを止めさせたければ、魔術師に直接攻撃するのが定石(セオリー)

 だが、グラムは違う。厳密には、グラムの持つ剣は違う。

「おれの剣、特別製だからな」

 グラムの剣は、普通の剣ではない。シャナイゼ周辺の遺跡から発掘された遺物――古い魔具だ。禁術書が書かれた時代に作られた物の一つだと聞いている。

「魔法陣によって変換された魔力を、還元させて元の状態に戻す。そういうことができる術が組み込まれてるんだって」

「何故それほどの物が……お前なんかの手に!」

「いろいろあるんだよ。……さっきから、気に入らないからって、おれのこと馬鹿にし過ぎじゃね?」

 暗がりの中でも分かるほど、コルネリウスの顔には屈辱の色が浮かんでいて、グラムもいい加減頭に来る。

「おれは、〈木の塔〉本部の小隊の隊長だ。これは、運だけで勝ち取った立場(もん)じゃない」

 カーターに鍛えられ、魔術師に囲まれて、双子に揉まれて。魔物を相手にし、人々と交流し、神にも認められた。

 機会に恵まれていたのは確かだ。だが、ただ口を開けて幸運を待っていたわけではない。

「剣のお陰だろう!」

 コルネリウスは、懲りずに魔術を使おうとする。魔法陣は簡単な描きやすいもので、円自体も小さいのは、グラムに斬られる前に撃てるものを選んだからか。その柔軟性には感心するが。

「お前なぁ……羨ましいからって、僻むなよ」

 敢えて魔法陣が完成するのを見届けながら、グラムは肩を竦める。

 どうでもいいグラムを責めるのは、そのどうでもいい奴が自分の欲しい物を持っているのが羨ましいからだ、とグラムは知っている。こういう奴は珍しくない。コルネリウスも、禁術に興味を持つくらいだ。古い技術には興味のあることだろう。

「宝の持ち腐れにならないよう、これでもいっぱい勉強したんだぜ?」

 魔術が発動すると同時に、グラムは動いた。右に弧を描くように動き、ジグザグに飛ぶ雷を躱す。そして近づいた壁の上を走るように蹴り、上に大きく跳び上がった。コルネリウスが次の魔術を用意しはじめたのを視認し、持っていた剣を魔法陣に投げつける。刃に触れた魔法陣は、還元されて霧散した。

 追ってグラムも敵の眼前に着地する。屈み込んだところからバネのように身体を伸ばし、その勢いに乗せて掌底を相手の鳩尾に叩き込む。

 身体を折り曲げたコルネリウスが息の塊を吐き出すのを聞きながら、左手で相手の右腕を掴んだ。体重を乗せて下側に引っ張りつつ、右手でローブの襟元を掴む。そして自分の体重を右側へと移動させ、転がるようにして相手を石畳の上に押し倒した。そのまま体重をかけて拘束する。

 グラムは魔術など使えない。使っても魔具を利用してが精々だ。しかし、基本的な知識は叩き込まれた。魔術師との戦いに有用な知識。魔法陣の決まりごと。中に描かれる記号の意味や法則。だから、魔法陣を見れば、どんな攻撃が来るかおおよその察しはつく。

 戦況を見極め、相手の動きを予測する目と判断力。自分の取るべき動きを導き出し、実現する身体能力。特別な剣など一手段に過ぎない。様々な経験で培った戦闘においての(センス)の良さが、還元の剣を所持していること以上の、何よりのグラムの強みだ。

 もたれるようにコルネリウスを押さえつけていると、頭上からグラムの目の前に黒い狼が降り立った。

「なんだ。もう終わってるのか」

 宙に仄かな灯りの球が浮かんだ。目を光らせる狼の頭の向こうから、リズが身体を傾けて顔を出す。

「遅かったな。何処寄り道してたの?」

「あんたが困らないように、こっちもいろいろと動いてたの。罠を解除したりさ」

 でも不要だった、とハティから降りたリズは肩を落とす。それから怠そうな様子で緩慢にコルネリウスの顔の方へと歩み寄り、手前で睨むように見下ろした。

「でもまあ、ずいぶんとタチの悪いものも用意していたようで」

 コルネリウスの目の前に、掌ほどの大きさのガラスの半球のような物を二つ落とす。グラムたちも罠として設置して回った魔具だった。建物の壁に貼り付けられていたそれは、爆発系の術が仕掛けられていたとのこと。発動すれば、建物が崩れる。周辺にいた人物と、中にいた人物も巻き添えにして。

「敵を食い止めるものに紛れて、味方を危機に晒すものも用意していたとはね」

 魔術に詳しくないチームにでも設置させたのか。だから誰も気が付かなかったのだろう。

 グラムの助けにはならなかったかもしれないが、結果的にリズが寄り道していてくれて良かった。もし、気づかずに放置していたら、街の人にまで被害が及ぶところだった。

「完全に、この街をクレールに明け渡す気でいたわけだ。……なぜ、あの国に加担した?」

 コルネリウスは地面に右頬を付けたまま、そっぽを向く。

「だんまりか。……まあいいや。朝になったらじっくり聞くから」

「朝って……」

 クレールの襲撃はまだ続いているのではないだろうか。首を傾げたグラムの前で、リズは眼鏡の向こうの灰の目を剣呑に光らせて踵を返した。

「ちょっと戻って、ぶっ潰してくる」

 城壁にいる魔術師で総攻撃を仕掛けるとリズは宣言した。ちなみに、街上空に侵入した魔物たちは、統率力を失ったことで対処しやすくなっているとのこと。ダガーはじめ、みんなで撃ち落としているそうだ。

 炙り出しはその後にじっくりやる、と言い残して、リズはハティに乗って西側へ行ってしまった。

「物騒だな……」

 はじめからそれをすれば、とも思ったが、リズは先に魔物の対処に走っていったので、無理だったか。

 仲間としてグラムも行きたいところだが、武器しか使えない身では火力に劣る。こればかりは、戦士の悲しいところだ。

 リズが残した光源が、魔力の供給源を失ってかほろほろと崩れはじめる。早く動かなければ、また真っ暗だ。

「それじゃあまあ、コルネリウスさんは、先に〈木の塔〉に連行させてもらって、と……」

 ふと、コルネリウスがぶつぶつ言っていることに気づく。何か文句でも言っているのかと耳をそばだてようとして。

 コルネリウスの身体の周囲――グラムの足下に、白くて大きな魔法陣が現れた。

 咄嗟にグラムは剣を拾い、地面の魔法陣に突き立てた。それからコルネリウスの腹に蹴りを食らわせ、次の魔術を放てないようにする。

「――〈召喚術〉」

 呪文と魔法陣の併用。そして、魔法陣に描かれた記号。双子が狼たちを喚ぶためのものと少し違ってはいたが、幾度となく見てきたグラムの目には、異世界の住人を喚ぶためのものに見えた。

 リグとリズくらいしか知らないそれを、どうして。

「そっか、あの塔の……」

 シャナイゼにいたとき、不審者の痕跡を確かめに行ったあの塔。誰かがあそこに残されていた〈召喚術〉を調べに来ていたのだろうとリグは言っていた。それがこの〈継承者(エリティエ)〉の連中だったわけか。

「面倒だなー……もう」

 戦争と神剣と。エリウスの企ては、この二つだけでもいっぱいいっぱいだというのに。

 さらなる企てが発覚して、さすがのグラムも頭を抱えた。

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