表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アリシアの剣  作者: 森陰 五十鈴
第十章 防衛戦
46/47

継承者

「……合成獣(キメラ)?」

 リズが、ハティの顔を見つめながら眉を顰めている。

 使い魔と魔術師は意識を繋げることができるうえ、その使い魔のハティとスコルも互いに念を送り合うことができるそうなので、双子は狼を経由して離れ離れでも会話するというとんでもない業を見せてくれたりするのだが。どうやら、それでリグから何か聴いたらしい。

 リズは唇に親指を当て、難しい顔で考え込んだ。その間もグラムは魔物の対処で忙しい。はじめは順調に倒せていたのだが、七を越えたあたりから向こうは知恵をつけてきたのか、なかなか墜とさせてくれなくなった。増援も来たが、膠着状態といったところ。

 魔物の数は、この辺り一帯の上空を埋め尽くす――は大げさにしても、そう表現したくなるほどまでになっていた。シャナイゼでもあまり見られない光景に、グラムも焦りを覚えている。人の出歩いていない夜で良かったと思う。昼だったら恐慌状態(パニック)になっていただろうから。

 とはいえ、このままでは兵士側も恐慌状態になってしまう。

「おいリズ!」

 剣では空飛ぶ魔物に対処するのは難しく、正直魔術頼みだ。ダガーが頑張ってくれているものの、そろそろ助けてほしい。

 と声を掛けたところ、リズは顔を逸らしたまま片掌をこちらに向けた。魔術師や弓使いの遠距離攻撃が飛び交う空に視線を向けている。眼鏡の位置を細かく調整してまでも、真剣に空を凝視するわけは――

「……あいつかっ!」

 リズは突然叫びだし、氷の矢を撃った。魔物の一体が墜ちる。その魔物を追ってリズが建物から飛び降りるものだから、グラムは面喰った。一瞬どうするべきかを考え、火の玉を空に拡散中のダガーを振り返る。彼が頷いたので、グラムはリズを追いかけることにした。――建物から降りるのは、一苦労したけれども。

 幸いなのか、狙ったのか。魔物は大通りに落ちたようだった。商店が立ち並ぶも、人のまったくいない広い通りのど真ん中でリズは立ち尽くして、氷像となりかけている魔物を観察していた。さっきから何かを気にしているリズを訝しみながら近づく。

「見ろよ」

 こちらを見ずぶっきらぼうに言うリズに従い魔物の姿を見下ろす。飛べないように下半身と腕を氷漬けにされ地に縛り付けられたそれに、グラムは目を瞠った。

「……ヒューマノイド?」

 人の頭に、女の裸の上半身。下半身は茶色の毛に覆われて、氷漬けになって見づらくなった脚はおそらく肉食動物のもの。肩から先の腕は、茶色に白の斑点のある翼に取り換えられている。

「ヒューマノイドは西(こっち)にはいないだろ」

「じゃあ、合成獣なんだ」

 そういえば、さっきリズがそんなことを漏らしていた。

「リグが、合成獣を笛で操っている奴を捕まえたらしい。それで、こっちにもそんな奴がいないかと思った」

 で、見つけたのがこの合成獣。人間には聴こえない音を発していたのを、ハティが探り当てたらしい。それをリズが撃ち落とした。

「リグが見つけたほうは人間だったけど、改造したのも用意したんだろ。だから、ほら」

 空を指差す。相変わらず鳥の魔物はいる。が、先ほどよりも動きが乱れているような気がした。リズの言から察するに、統率をなくしたということだろうか。

「この子にどれだけ人の意識が残ってるかは知らないけど、人間の知能を持っているほうが指令塔として扱いやすいと思ったんだろうね。どう調整したかは知らないけど、そこそこうまくいったんじゃない?」

 若干斜に構えた態度で両手を上げて肩を竦めるリズの纏う空気が、徐々に凍り付きあることに、グラムは気付いていた。気付いて、黙っている。リズは、激昂するよりもこうなったときのほうが怖ろしいから。

 それに、グラムも同じ気持ちだ。

「シャナイゼから遠い場所なら、邪魔が入らないとでも思ったのかね」

 それだけで辺りが凍りつきそうな悪態に、付き合いから耐性のあるグラムは眉を顰めた。

「え、心当たりあんの?」

「思い当たったのはリグのほうだけどね。これを見て、私も同感かな。人間の身体に翼を付けることに執着してる奴なんて、他に知らないし」

 そこまで言われると、さすがのグラムも思い当たった。

「……フリア・キース」

 それは、昔〈木の塔(トゥール・ダルブル)〉にいた魔術師の名前だ。生物が専門で、医療系分野の魔術研究に従事していた。それが、いったい何処で道を誤ったのか、合成獣の研究に目覚め、禁術の書かれていた〈セルヴィスの手記〉を読まずして成功させてしまった。

 関わったのは、二年前だ。合成獣のことに気づいた闇神と共に彼を追い詰めたが、あと少しというところで逃がしてしまった。そのあとの消息は知れず。シャナイゼの外に逃げたのを良いことに、それきり記憶の彼方に置き去りにしていた。

 さて、その『異常者』の一言で片付けたくなる彼には、一つ特徴があった。こだわりというべきか。彼は過去に造られた、〈白き翼の娘〉と呼ばれる合成獣に憧れていた。そして、自らの手で造り出そうとした。黒い翼で男ではあったが、似た姿をしたアーヴェントにも接触したこともある。

 今目の前に転がっている合成獣も、〝翼を持つ娘〟だ。彼の存在を疑いたくなるのも無理はない。

「まったく、先人がやってたからって、自分もやって良いと思っている馬鹿が多すぎ――」

 グラムとリズが顔を上げたのは、ほぼ同時だった。グラムはその場で踵を返し、抜身のまま持っていた剣を宙で振るう。硬いものが当たった手応え。目の前で散っていく透明な欠片は氷だ。

 リズもまた、渦巻く風で攻撃を吹き飛ばしている。

「誰だ!」

 攻撃が飛んできた方向、大通りの向こう側に、人影は見えない。魔物の姿も、また。空にはまだ何体か見えるが、あれは角度からして地上からの攻撃だ。

 グラムは目と耳を凝らし、辺りの気配を探る――

「必要ない」

 狼の吠え声。一つ向こうの路地から、隠れていた人影が飛び出した。有能な狼は直ちに襲撃相手を見つけ、追い立ててくれたようだ。

 活躍の場なく、グラムは天を仰ぐしかない。

「……ねえ、おれ必要?」

 拗ねてみせると、リズが冷ややかな目を向けてきた。

「え? なに、ばっくれる気?」

「違います!」

 びし、と背筋を伸ばして〝気を付け〟の姿勢。と同時に、顔のにやけが止まらない。威圧してくる女であっても、必要とされているのは気分が良いので。

 ……それはそれとして。

「どういうつもりか訊いてもいいですか? コルネリウスさん」

 リズの冷ややかな視線は、路地から出てきた人影に向いた。矯正視力は良いのか、この暗い中でも相手が誰だか見分けが付いているようだ。

 張り合うようだが、グラムも見えている。生真面目そうな赤毛に眼鏡の青年は、確かにここ数日受付で見た〈木の塔〉の人間だった。

「すみません。貴方たちの傍にいた魔物を狙ったつもりだったんですが……」

 声色だけで判断すれば、申し訳なさそうにしているのだが。

「んなわけねーだろ。ご丁寧に留め刺しといて」

 敬語を捨てたリズが傍らの地面を指差す。彼女がかろうじて生かしていた魔物の胸には、大きな穴が空いていた。

 目を見開いた状態で、身体の半分を凍らされていたが故に、直立の体勢のまま上半身の支えをなくして。合成獣とはいえ、少々哀れだ。

 同じことを思ったのか、リズは氷の魔術を解いた。

「まさか〈木の塔〉に内通者がいるとは思わなかった。口封じしようとしたっていうことは、うちらの予想は大当たりってわけだ」

〝口〟になったかは不明だが。生きていたらそれなりの情報が得られたことだろうから、やはり都合が悪かったということなのだろう。

「キースの仲間ってことでいいの?」

 是、と返ってきた。受付をしているときから思っていたが、彼はどうもいけすかない。一応丁寧に接してくれるが、侮っている気配は常に感じられた。きっと、ずっと侮られていた。

「魔術師なら――禁術に触れた貴女なら解るでしょう。偉大な知識と技術が風化し消えていくのを、ただ見ていることができますか?」

「解らなくもない……一方で、私はその消し去るのに賛同する側になったんだよな」

 禁忌に触れたからこそ、禁忌が禁忌たる所以を知る。彼らと同じ立場に見えて、方針は決定的に違うのだ。

 それは何も、闇神と知り合いになったから、というだけではない。

「愚かな」

「愚者はてめーだ。一度愚を犯した身としては、これ以上同じところに堕ちる馬鹿を増やさないようにする義務があるんでね。悪いけど観念してもらうよ」

 腕を組み、胸を張って啖呵を切るリズは、勇ましくも頼もしくもあるが。

「リズさん、悪役みたい」

 ぼそりとこぼせば、リズが顔を真っ赤にして振り向いた。

「うっさいなあんたは! ちゃちゃ入れることしかできないの!?」

「だって、そんくらいしないと、おれの影が薄くなるぅ」

 頭脳労働が得意ではないグラムは、こういう駆け引きだとか問い詰めるだとかは不得意で、双子たちに出番を譲らざるを得ないのだ。

 でも、一応グラムは二人を率いる小隊の隊長であるわけで。忘れられるのは、非常に癪なのだ。

 ――特に、こういう奴相手では。

「〈木の塔〉の双子。やはり我らの邪魔をしますか」

 だが、コルネリウスはグラムたちのじゃれ合いを無視した。侮られている。グラムも、リズも。

「であれば、排除するまでです! これ以上、我ら〈継承者(エリティエ)〉の妨げとならぬよう!」

 高潔さを思わせるような声の張りと仕草。巷でよく見るような、木を捻ったような魔術の(スタッフ)を掲げるコルネリウスが、魔法陣を描き出す。

「ご丁寧に名乗りをどうも。〈継承者〉? セルヴィスの後継気取りかよ」

「あとおれを、おまけ扱いすんな!」

 叫んで抗議しながら、グラムはコルネリウスへと駆け出した。

「吠えているしか能のない犬に用はない!」

 正面から飛来する閃光の気配に、グラムは地面蹴る角度を変えた。身体を傾け、進路を左に傾ける。右側を紫電が駆け抜けた。

「残念! 噛みつくこともできるんだな!」

 高圧の電気が駆け抜けた余波を肌に感じながらも、グラムは進路を戻し、コルネリウスとの距離を詰めた。軽く跳躍。片手剣を高く掲げ、高みから振り降ろす――

「甘い!」

 コルネリウスの周囲を、風が渦巻いた。突発的ながら強い風圧を持つそれの、ものを巻き上げるときの力を下から受けて、グラムは上方へと吹き飛ばされる。

 慌てて体勢を整えて着地。そのときのばねを利用して、前方へと一気に飛び込み、まだ渦巻く風を剣で切り払った。

 驚愕するコルネリウスと対面し、その身体に二の太刀を振るう。

 動揺によろめきながらも躱すのは、枝部(しぶ)とはいえさすが〈木の塔〉の人間といったところか。

「魔術を使えないからって、おれが魔術師と渡り合えるはずがないとでも思った?」

 剣を構え直し、相手を真正面から見据える。コルネリウスは、まだ何が起こったのか分からないといった顔。まさか魔術を破られると思わなかったもだろう。

「なんでおれが、リグとリズの隊長なのか、存分に見せてやるよ」

 さんざん無視されたツケを返してやる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ