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アリシアの剣  作者: 森陰 五十鈴
第七章 すれ違い、遠ざかる
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調査

 生かした少女が、目の前に立っている。長い黒髪の間から見える灰色の眼は昏くこちらを映していて、沼を覗き込んでいるような気分に陥った。

「おい」

 横柄と思える一声。一度は殺そうとしたのだから無理もないか、と肩を竦めると――

 殴られた。

 特別に鍛えているわけでもない女の細腕。加えて頭一つどころではない身長差もあって、たいした威力はなかった。むしろ彼女のほうが拳を痛めたみたいで、忌々しそうな表情で右手を振っている。

 何をしているのか、と呆れていると。

「これで手打ちな」

 手を痛めたとは思わせないような不遜な態度で、こちらに人差し指を向けてきた。いつの間にか灰色の眼には、強い光が宿っていて。ウィルドは意表を突かれたものだった。


 それから二年。ウィルドが神であることを知り、都合良く引っ張り回してくれたグラムとリグ、リズの双子たちは、今日もまたウィルドを任務に巻き込もうとしている。


「あのさ。我々、この前まで他所に行ってて、帰ってきたばかりなんだわ」

 グラムに引っ張られて訪れた、双子の所属する研究室。魔術を教わっていたレンが来なくなって一週間。二人は本分である魔術研究に打ち込んでいると聞いていた。そこにグラムが一枚の紙を持ち込んだことで、二人は静かに怒っている。

 円卓に置かれたメモ書きを、リズが強めに指で叩く。魔法陣が中心に描かれたそれには、余白を埋めるようにメモ書きがされていて、彼女たちがその研究に真剣に取り組んでいたことを窺わせた。

「私たちがいなかった所為でね、研究計画が滞っているわけよ。その上、また出てかなきゃいけないでしょ? 研究(こっち)のほうはどうなるんだって、研究室(うち)の人たちもピリピリしているわけ」

「はい。それはもう、ジュウジュウショウチしてますけどね?」

 額に青筋を浮かべている双子を前にして、グラムは低頭平身状態だった。それこそ泣きそうな状態で、件の書類を二人に突きつけている。それはいわば依頼状――グラム率いる小隊への、任務を通達する書面だった。

木の塔(トゥール・ダルブル)〉では、有志を募って〝小隊〟を編成することで、魔物から人々を守る自警団機能を運用している。その小隊を動かすために、〈塔〉では基本的にはこのような依頼状が発行され、受注した小隊はそれに従って活動するのだが……リグとリズは、それに反発しているというわけだ。

「おれも、決して退屈だから持ってきたってわけじゃなくてですね……。それだったらさすがに他の奴と行くし。だけど、押し付けられちゃってさぁ」

 リグとリズは、文句こそ言わなかったが。それでも不満をあらわにして口を曲げていた。視線は机のあちこちの資料の間を忙しなく動く。

「……仕方ないか」

 リグは手を持ち上げて、人差し指を動かす。グラムはそれに応えて、丁重に依頼状を差し出した。どちらが隊長か分からない。

「シオニケージ塔群のマナウェル塔……なるほど、それでこいつもいるわけか」

 リグが一度こちらに視線を向ける。ウィルドもここに来る前に、仕事の内容は聞いていた。出向前で忙しいグラムたちをわざわざ指名するような場所。それ則ち――

「セルヴィスの禁術がらみ、ねぇ」

 頬杖をついて遠くを見るようなリズは、一瞬苦々しい表情を浮かべた。ウィルドもまた、口の中が苦くなる想いを味わう。

 マナウェル塔は、ウィルドたち四人に縁深い場所だ。すべてが始まった場所と言い換えても良い。則ち、グラムと双子、ウィルドを結びつけるもの――〈セルヴィスの手記〉にからむ。

 仕方ないか、ともう一度リグが空を仰ぐ。

「ただの調査みたいだし。……さっさと済ませよう」


 シオニケージ塔群は、シャナイゼの南東に位置する遺跡群だ。過去、シャナイゼ地方が南北に二分されていたときに在ったウィトリス国が造ったものとされている。

 現在は朽ちて崩れ落ち、ほとんどが塔の様相をなしていないが、〝塔群〟という呼称の通り、そこは剥き出しの大地に針山の如く塔が並び立っていた。円筒形の石造りの塔を密集させたその意図は、未だ明らかにされていない。

 今回の目的地のマナウェル塔は、その塔群の中央部にある。数少ない塔の形を維持したものであり、周囲と比べてもひときわ大きな建造物だ。高さだけなら、それこそ〈木の塔〉の大樹に匹敵する。

「これを登るのか……」

 リズは早くも疲れたのか背を丸めて、杖を持たない手をぶらつかせながら塔を見上げていた。砂色の円筒は空に突き刺さるほどの高さがあり、薄い雲が周囲に纏わりついている。

「昔は何回も意気揚々と登ってたじゃん」

 二年前にリズたちがこの塔に通い詰めていたときのことを、グラムは指摘しているらしい。

「昇降機を動かせるようになって、一気に上まで登れるようになってからの話だと思うんだけど」

 今回は調査なので、塔の中をくまなく歩き回らなければいけない。疲れることが目に見えているので、リズは嫌がっているのだ。戦いに身を置いているといっても、彼女は本来デスクワーク派で、体力はあまりないほうだから。

「誰だよ、今になってこの塔を荒らした奴」

 遺跡を管理している〈木の塔〉の感知していないところで、マナウェル塔の仕掛けが作動した恐れがある。至急その実態を調べるべし。それがグラムたちに下された今回の任務だ。

 中に入れば、円形の広場に至る。人が入ったことにより、天井に吊るされた魔力の灯りが灯されて、塔の中はたちまち見通しが良くなった。広大な空間は、天井まで吹き抜けだ。円形に大きな灯りが配置され、その中心を突き抜けるように立つ黒い柱が、さっき言った昇降機。ウィルドたちが歩き回らなければいけない各階フロアは、壁際を這うように輪状に形成される。

 まるで井戸のようだ、と昔の誰かは言った。それが名前の由来ともなっている。事実、この塔は井戸の役割をした大掛かりな魔術装置だ。汲み上げるのは、水でなく魔力。

 シャナイゼのあの大樹や西のシェタ沙漠を見て分かるように、この地域は魔力的な異常が多い場所だ。魔力が異常に溜まっていたり、超常的な現象が見られたり。それ故に魔力活用の研究が盛んに行われ、次第に魔術という形で発展した。このマナウェル塔は、その過程で造られた施設の一つだ。地中の魔力溜まりから、魔力を汲み上げる目的で造られた。

「その魔力の汲み上げ装置が働いてた形跡があるってことだよね?」

 こちらを見上げるリズに、ウィルドは頷いた。ウィルドはこの遺跡の管理記録の写しを持ってきていた。このような遺跡に、荒らしが入っていないかを〈木の塔(トゥール・ダルブル)〉はときに巡回して確認している。そのときの記録だ。

 そもそも今回の任務も、その巡回記録から始まったものだ。

「誰かが上の祭壇を使った?」

 塔の屋上には、祭壇が設置されている。といっても神を祭りあげるためのものではなく、魔術的儀式を行う場を便宜上そう呼称しているだけだ。塔の魔力汲み上げ機構(システム)も、その祭壇で行われる儀式のためのものだ。

「まあ、それが目的としか思えないよな」

「じゃあやっぱ祭壇から行く? そうすれば塔の中を歩き回らなくて済むし」

「あのなぁ……その祭壇に行くための昇降機を動かすために、塔の仕掛けを回らなきゃいけないんだろ」

「あ、そっか」

 てへ、と舌を出すグラムをどつく双子。そんなじゃれ合いを経て、ようやく塔の探索がはじまった。

 無駄な時間、無意味なやり取りだと思っていたのは、いつまでだっただろう。現在は、これこそが彼らといる醍醐味で、一番の楽しみであると感じている。ほとんど反射的に交わされているとしか思えない軽快な会話は、聴いているだけでも心地が良い。

 面倒がっていたとはいえ、彼らには――ウィルドも含めて――慣れた場所だ。落下防止の役割を果たす手摺のない階段を上り、上の階へ。湾曲した回廊を進み、壁に作られた仕掛けを確認する。中央の透明な丸石を起点に、網目状に広がる金色の回路の模様。今は作動しておらず、砂色の壁に溶け込んでいる。

 リグとリズは、それを凝視する。片方の手を顎に当て、もう片方の手でその肘を支えて。二卵性であるのは確実なのに、互いを分身と口にしているのを体現しているかのように。

「うーん……」

 眉を顰め、リズが石に手を伸ばす。途端無色の石は緑色に発光し、金の回路に同じく緑の光が走った。

 石から手を離したリズは、その手を握ったり開いたりして、感触を確かめるような動作をする。

「確かに魔力が流れやすいかも? 回路に錆びついた感じがなかった。二年放置した程度じゃこんなもんだって言われたら反論できないけど……」

 自信がないなりに、思うところがあるらしい。

「こういうとき、レンがいたら何か分かったかもしれないな」

 旅立ってしまった黒ずくめの少年は、もともとは宝探し屋(トレジャーハンター)だと言っていた。交わした会話の中からは、確かにその知見があるように見受けられたので、嘘ではないだろう。そんな彼がいれば、何か違うものが見えていたかもしれない。

「ウィルドはどう?」

 三人の目がこちらに向けられて、ウィルドは密かに口元を綻ばせた。彼らはいつもこうやって、神の知見を頼ってくる。負の感情などまるで見えない、純粋な光。仲間であることを疑ってもいない、目。

「私の目からも特に、異常は感じられませんね」

 双子の肩が落ちた。

 ウィルドたちはまた上層へと進む。同じような仕掛けを次々に作動させると、中央に刺さる黒の柱に一本ずつ白い光の線が足された。正常に動作している証拠だ。

「順調すぎるな」

 あともう少しで全ての仕掛けが、というところでリグが漏らす。全員が歩みを緩め、深刻そうに頷いた。

「何もないんだよな。前はこんなに簡単じゃなかったと思うんだけど……」

守衛(ガーディアン)がいないんだ」

 リズが周囲をぐるりと見回す。輪状のフロアには障害物が何もない。昔は、壁際に守衛と呼ばれる石像がところどころに配置されていた。一定条件で作動し侵入者を排除する、自律式の防衛機構だ。

「くっそ、なんで気が付かなかったんだろう。ぼーっとしすぎだ」

 リズは頭をぐしゃぐしゃと掻き回す。

「だとして、なんでいないんだ?」

 二年前にみんなでここを訪れたときは、守衛を退けこそしたが、破壊まではしなかった。〈木の塔〉では、原則しないことになっている。守衛もまた遺跡の一部であるとされているから。

「誰かが破壊した?」

 原則、とはいえ、やむを得ない場合は見逃される。

「でも、残骸がない」

「配置替え?」

「記録にはありません」

 リズたちの表情が険しくなる。

「やっぱり、誰かが来たわけだ」

 結論が一つ出てきたところで、気になるのは、その目的だ。

「やっぱり上に行ってみないことには――」

 ふと影が差した。塔の吹き抜けの天井に吊るされた光源が、何かに遮られている。

 見上げると、四角い石を人型に組み上げたような石像が、上の階からこちらを覗き込んでいる。顔部の中心に配置された赤く光る目が、こちらをじっと見つめている。

「……いるんじゃん」

 双子のどちらかが硬い声をあげ、ウィルドたちは各々武器を取り出した。

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