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アリシアの剣  作者: 森陰 五十鈴
第六章 絡まる糸
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出陣要請

 来るもんが来た。

 塔長(とうちょう)が呼んでいる、と聞いたグラムの認識はその程度のものだった。クレールとアリシエウスの戦争を受けて、リヴィアデールが軍事態勢を整えはじめた。その戦力に〈木の塔(トゥール・ダルブル)〉も数えられている。シャナイゼに戻ってきたその日からそう噂になっていたのだから、自分たちが選ばれる可能性もあると思っていた。まして、リグとリズは〈木の塔〉でも実力者とされている魔術師で、グラムも彼らを率いる隊長としての能力を備えているのだから。シャナイゼ周辺の治安も考慮すると、国に差し出しやすい戦力は自分たちだろうと踏んでいた。

 グラムも、一応考えているときは考えている。意外と信じてもらえないが。

 リグとリズを伴って、管理棟のツリーハウスへ向かう。木のタイルの廊下を奥へと進み、塔長の部屋の扉を前にして、グラムは大きく息を吸った。後ろを振り返ると、双子が真剣な表情で頷く。グラムは頷き返して、扉をノックした。

「第六小隊です」

「入れ」

 低くしゃがれた声の返答に、グラムは扉の取手に手を伸ばす。

〈木の塔〉の最高権力者の居室とはいえ、塔長の部屋はさほど広くない。置かれているのは、接客用のテーブルと、その奥の執務机、壁一面の書棚が精々だ。机には鷹のような老人が腰かけていた。働く者としてはなかなか高齢だが、鋭い灰色の目にはボケを感じさせない気迫があった。

 その塔長の傍らに、若い金髪の男が立っている。二十代半ばくらいだろうか。華奢な身体に深緑色のローブを纏っているから魔術師なのだろうが、〈木の塔〉のものではない。ローブも、手に持つ(スタッフ)も、金がかかった物に見える。国仕えの魔術師だろうと予想がついた。

「御用でしょうか」

 入室後、扉の前に横一列に並んで、静かにリグが口を開く。他所行きにしてもわざとらしいほどの澄まし顔。塔長のクリストフ・マクライエンは、リグの態度に険しい顔のまま僅かに目蓋を震わせた。

 目の前にソファーがあるのに勧めないのは、客がいるからだろうか。

「西で戦争があったのは、知っているな?」

 軍人のような直立姿勢のまま、無言で頷く。

「実は、クレールがつい先日、リヴィアデールとサリスバーグに宣戦布告をしてきた」

 グラムは、自分の眉がぴくりと動くのを感じた。口を出したいところだが、黙っている。塔長との会話は、リグかリズに任せるのが常だった。腹の探り合いとかが苦手であるというのが、理由の一つ。

「そこで、リヴィアデールとサリスバーグは手を組み、これに立ち向かうことになった」

 噂よりもより大事になっている。グラムは天を仰ぎたい気分だった。予備戦力に差し出される程度だと思っていたが、話の流れを考えると――

「ついては、このリヴィアデールの宮廷魔術師エリオット・ホーカス氏とともに、戦場に行ってもらいたい」

 ――ほら来た。

 グラムは、マクライエンが紹介したその宮廷魔術師を窺った。柔和に見える笑みの中に何処か傲慢の影が見えるのは、国仕えの魔術師だからだろうか。自分のほうが優位に立っているとでも思っていそうだ。おそらく拒否権はないのだろうな、とグラムは肩を落とした。

 グラムは戦士だ。人々を守るために死地に赴くのが仕事だ。命のやり取りが日常であるので、戦争に行けと言われても、剣を振るう場所が変わるという程度にしか感じない。相手が人間だろうと魔物だろうと、グラムの覚悟は揺らがない。

 だが、駒のように良いように扱われるのは、癪に障る。

 それはリグとリズも同じだ。二人とも要請には動じていない。しかし、澄まし顔に浮かんだ皮肉げな表情から、ただ〝事を承諾しておしまい〟にはならないだろうことを悟った。

 案の定、ふん、とリズは鼻で笑う。

「どうせ拒否権はないんでしょ?」

 吐き捨てるような投げやりな言葉に、塔長は不愉快そうに眉根を寄せた。力の入った口元を見るに、無礼への叱責は堪えたようだ。

 だが、その表情を見ても、双子はどこ吹く風だ。

「前の仕事はどうするんです?」

 言わずもがな、〈手記〉のことである。奪還失敗報告を咎められこそしなかったが、放置というわけにもいかないだろう。

 しかし、前の報告のときに『捜さなくて良い』と言われているのだ。答えは分かりきっている。

「……仕方あるまい」

 分かりきっているが、双子は塔長に侮蔑の眼差しを向けた。客人を前にしてもこの態度。グラムはもう苦笑するしかない。

「その件を安心して任せられるのはお前たち以外にはいないが、私としてはお前たちを戦力として提供する他ない」

「へー」

「……私としても苦渋の決断だ。だが、シャナイゼの治安維持の面も考えると、お前たちが適任なんだ」

 シャナイゼでは常に魔物の問題がある。戦える人間がいるとはいっても、〈木の塔〉はあくまで研究機関にすぎないのだから、非常時に対応できる人数はそれほど多くない。

 本音は少しでも戦力を手放したくないだろう。だが、国には〈木の塔〉に研究費としての資金を提供してもらっている。それを受け取っている限り、〈木の塔〉はリヴィアデールの申し出を断ることはできない。

「俺たちだけ?」

「いや、他にもいくつかの小隊を選抜している」

「ふ~ん、なるほど。…………本音はそっちか」

 納得、とリグが頷く。侮蔑の色がますます強くなった。

「塔長が孫を差し出したんなら、世論を黙らせることができるもんな。他の小隊の連中の、家族の不満を少しは抑えられるっていうわけだ」

 エリオットが目を見開いて、双子と塔長を交互に見比べた。 

 マクライエンは、リグとリズの母方の祖父だ。そして二人の師でもある。ただ、厳しくしすぎたのか、もしくは過度の期待を掛けすぎてしまったのか。双子は祖父に反発していた。それだけでなく、どうも考えに行き違いもあり、二人が〈木の塔〉に入ってからは、その溝はさらに深まっているらしい。

 それはマクライエンのこういうところが気に入らないからだろうな、とグラムは思う。この人の思考は、政治色が強い。二人はいつもその点に関して愚痴を溢している。

 さて、祖父と孫の対立をどう読み取ったか。ずっと黙ってマクライエンに任せきりだった国仕えの魔術師が前に出た。わざとらしく眉を垂らし、申し訳なさそうな顔を作っている。

「塔長さまにも心苦しい思いをさせてしまったようですが、こちらとしては是非〈木の塔〉の皆様にご助力いただきたいのです」

 胸に手を当てる仕草も芝居がかっていて、グラムたちは黙って肩を竦めた。

「クレールの乱心ぶりは、我々も見過ごすことができません。そして、何より民を守るため――お力を貸していただきたい」

 グラムたちは黙っていた。どのみち、これは塔長命令である。ただの〈塔〉の一員には拒否権がない。それはエリオットも心得ているのだろうか、返事がないことを気にした様子はなかった。

 ご助力痛み入ります、と慇懃に頭を下げるのは、なんかムカついた。

「……ところで、立ち入ったことを訊くようですが、その前の仕事とやら、もしかしてアリシアの(つるぎ)のことであったりしますか?」

「……は?」

 藪から棒だったので、グラムは目を点にした。リグとリズも戸惑ったように、互いに目を見合わせる。

「破壊神が世界を壊すのに使ったといわれる剣。ご存じでしょう?」

「知っていますが、それが?」

 傍らでリグとリズが身構えるのを感じた。グラムは気持ちの上で一歩下がり、黙ることにする。まさかそれがここにある、なんて迂闊なことは言えない。

「クレールが我々に要求してきたのです。アリシエウスからその剣を持ち去った者がいる。匿っているなら引き渡せ、と」

 グラムは表情が歪むのを抑えられなかった。それは、まるで、ラスティがリヴィアデールとクレールの戦争の引鉄になったかのように受け取れるからだ。ただの口実と分かっていても、友人としてはあまりに複雑だ。

 もし彼が知ったら気に病むことは間違いないので、黙っていることを心に決める。

「もし実在するのなら、我々はクレールに引き渡すためでなく、国を守るために手に入れたい。何か、手がかりになるようなことは知りませんか」

 なんだかんだ言って、結局自分たちも欲しいらしい。欲しいだろうな、とグラムは思う。そんな、都合の悪いものを一掃するのにうってつけの兵器、戦争をするなら欲しいに決まっている。

 レンだって、魔族を一掃するのにアリシアの剣を使おうとしていた。もしフラウが止めなかったら、どうなっていたことか。

 やはりラスティのことは黙っているべきだ。グラムはいっそう気を引き締める。何も分からない顔をして首を傾げておく、くらいのことはしておいた。これでも一応、考えているときは考えている。

「……生憎、本に書かれていることぐらいしか」

 代表でリズが首を横に振る。リグは同調して頷いていた。グラムは、首の傾ける方向を反対にしておいた。

 エリオットは残念そうに引き下がる。

 互いに腹の中を探るような、嫌な空気が部屋に満ちた。

「リヴィアデールは、この戦をどのようにされるおつもりですか?」

 リグの質問に、全員がエリオットに注目した。どんな答えを返すか、興味を持っているようだ。

 エリオットは神妙な顔をしていた。まるで神に祈る聖職者のようで――だからこそ碌でもない、とグラムは感じてしまった。

「我々が望むのは、和平です」

 嘘くさい、とその場にいる誰もが思った。そうグラムは確信している。なんといったって、双子と塔長は同じ表情(かお)をしているのだから。

 その疑念の中でも、エリオットは胡散臭いほどの神妙な表情を崩さなかった。

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