六話 始祖鳥ジャパン①
トメをやれ
由奈と洋平の新居完成まで後一ヶ月となった。
電話の向こう側から作業の音が絶え間なく聞こえる辺りに『頑張ってます』感が現れていて、余計に腹立たしく思えた。
──世界バレー! まもなく開催!
夜のリビングに、そんなCMが流れたのは夕食後のまったりとした時間であった。
「いよいよ始まるわ」
絵里子の顔付きが変わる。
当然あなたも応援わよね、といわんばかりに由奈を見る絵里子に、由奈は「ええ、はい」とこたえるしかなかった。
正直バレーは観ないようにしていた。
全力で挑んだ結果のスタメン落ち。
スタメンどころかメンバーにすら選ばれない。
果たしてそれは本当に全力の結果だったのだろうか。
色あせつつある青春の想い出の刺が、由奈の心をちくりと刺した。
「だけど一つだけ問題があるわ」
呆ける由奈が、はっと絵里子の方を向く。
そして絵里子は由奈に顔を近付けた。
どうやらここだけの話らしい。
「時代劇よ」
「えっ?」
絵里子はキッチンから親指で後ろを指した。
リビングでは貞夫とトメが隣り合って時代劇を観ている。
「我が家は時代劇最優先。あれを何とかしない限り、始祖鳥ジャパンに勝ち目は無いわ」
そんなわけないだろうと、由奈は言いたげだが、絵里子の気迫がそれを許さなかった。
時代劇は木曜日の八時から九時。
一方の世界バレーは七時から九時。
勿論、チャンネルは別である。
「前回のオリンピックの時には時代劇のせいでメダルを逃したわ」
「そ、そうですか……」
絵里子の顔が更に近づき、由奈はたじろいだ。
悪鬼羅刹すら素足で逃げ出すような、そんな圧力に、由奈が耐えられる筈もなく。
「始祖鳥ジャパンの為に協力するわよね?」
「はい」
由奈はあっけなく折れた。
「てな訳よ」
「それは災難だこと」
オフィスの片隅で麻里が由奈を慰めている。
最近行ったネイルサロンの自慢しに来た麻里が、きらりと指を由奈に向ける。
「お金の無駄」
「私は独身だからいいの」
謎の匂いのするティーを一口あおり、麻里はようようとデスクへ戻っていった。
絵里子の作戦はこうである。
「木曜に舞踊お友達にお誘いを入れて貰うわ。いつもよりハードにね」
キッチンで夕食を作りながら、その作戦会議は行われている。
「疲れたトメは夕方に戻るとすぐに夕食をせがむわ」
どうやらお決まりのような話である。
舞踊友達の所から戻ると、トメは夕食にありつき、時代劇を観てから入浴するらしい。
「だから、トメに飯を食わせてはいけないわ」
絵里子はびしっと言い放った。
義母を呼び捨てにする辺りに恨みというか信念が窺い知れた。
「先にお風呂へ入れる。そして七時に夕食を食べさせる。すると八時には眠くなるわ!」
一度試したことがある。絵里子はそう付け加えた。
そして貞夫もトメにならう。つまりは敵は実質一人。トメだけなのだ。
「で、私は何をすれば……」
おずおずと由奈が問うと、絵里子の笑顔が咲いた。
実に悪そうな笑顔だ。
「あなたには手の込んだ料理を作ってもらうわ。七時ジャストに完成で宜しくね」
由奈は微妙な表情にならざるを得なくなった。




