2 最愛の妻を失った夫の話(Eurich)
リトナーク王国王妃の葬儀はよく晴れた空のもとでおこなわれた。
だれからも愛された王妃の死に国中が悲しみに暮れ、その日は国から笑顔が消えたと言われたほどだった。
王の横ではふたりの息子であるニーディア王子が声を殺して泣いていた。母が天国へ行ったと聞かされたときから泣きつづけてる彼のまぶたは重く腫れ、彼の手のなかでくしゃくしゃになっているハンカチーフは涙を吸って色が変わっていた。
まだ四歳のセレナは兄とちがって死というものを理解できず、なぜここに母がいないのか、なぜたくさんのひとたちが泣いているのかわからなくてきょとんとしていた。
おかあさまはどこ、と何度か兄の服の裾をひっぱっては泣き声で返されていて、そのきょうだいの様子を見てアンニカ夫人たち侍女は声をあげて泣いた。ひとりの母親でもある彼女たちにとって、幼い子供をおいて旅立ったマレリーナの気持ちは想像するにあまりあった。
涙を見せなかったのはユーリク国王だけだった。
彼は毅然と葬儀を取りおこない。愛する妻が現世での罪を贖って清らかな存在となり、神の御手に抱かれるところを夫として最後まで見守った。
──やはり国王陛下はご立派だ。あそこまで愛しておられた王妃殿下が亡くなっても冷静でいらっしゃる。
それを見た国民は感心したようにささやきあった。だが、実際は──
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「マレリーナ……」
『白い小鳥の家』のサロンを訪れた私はつぶやいた。
病を患ってから彼女はずっとここで過ごしていた。活動範囲はベッドの上ばかりだったが。それでも、ここにはまだ彼女の気配が色濃く残っている。
私はベッドの上をなでる。彼女の体の重みでへこんだベッドを。
彼女の体温を感じたような気がした。
彼女は私よりも体温が低かった。冬などは雪のようにつめたく冷えてしまい、よく私があたためていたものだ。
「……ほら。手を貸してくれ、マレリーナ」
だれもいないベッドに向けて私は言う。
私がそう言うと、彼女は少女のように恥ずかしそうに笑って右手をさしだす。そっちもだ、と言ってからようやく左手も私の手のひらに載せるのだ。
彼女のつめたい手。私よりも小さく、なめらかな肌……。
それが土の下に埋まっているとは考えられなかった。
どうしたの、ユーリク。いまにも彼女がそう言って部屋に入ってくる気がした。
「……そうだろう?」
彼女はちょっと留守にしているだけだ。すぐにもどってくる。
病気が治ったら家族で旅行にいくと約束したばかりなのだから。どこへいくか話しあったばかりなのだから。
床に落ちていたノートを私は拾いあげ、サイドテーブルに載せる。見慣れた妻の字が目に入ってふいに私は涙ぐんだ。
なぜだ。泣く理由などない。
マレリーナはすぐにもどってくる。どこにもいってなどいないんだ。
「きみが元気になったら……」
運動もかねて裏庭を歩こう。きみが一から開拓した裏庭。春の花が一面に咲きほこっているあの場所を。
「ああ、」
メイデン・ベルが風に揺れている。
彼女が息を引きとったときは一輪しか咲いていなかったのに。桃色のシーツでも地面に広げたかのように、たくさんの花が。
なぜだかそのとき私は理解したのだった。
マレリーナは死んだ。もう、私のもとには帰ってこないことを。
「ああ……」
きみはもういない。
あの明るい笑顔を見ることも。優しい声を聞くことも。細い体を抱きしめることも、もう、できない。
「マレリーナ、」
私は。
最愛のきみを、失ってしまったんだ。
「マレリーナ。マレリーナ……ッ!」
ベッドにすがりついて私は叫んだ。彼女の面影をつかみとるかのようにシーツに爪を立て、喉が破けそうなほどの力を込めて彼女の名前を叫ぶ。
帰ってきてくれ。マレリーナ。
私にはきみが必要なんだ。どうか。
どうか。




