1 戴冠式の話-2
もちろんだよ、マレリーナ。みんなでどこにでもいこう。
最新の国はラップトッペルか。また随分遠いところだな。極寒の地で、年中雪が積もっているところだ。運がよければオーロラが見られると聞くが。
そうか。ニーディアが一度見てみたいと……。
いいな、まずはここへいこう。夜は雪原にテントを張って、オーロラが見れるまで待つんだ。
セレナはすぐ寝てしまいそうだな。ニーディアもか。よし、私ときみとで交代で番をしてオーロラがでたらすぐにみんなを起こすんだ。
凍てついた空気のなか、夜空に輝く極彩色のカーテン。
どれほど美しいだろうね。そして、その下で飲むコーヒーはどれだけ美味に感じることだろう。
この国では見られない動物もたくさん見られる。船をださせて海上を探索するのも面白そうだな。
そういえばまだニーディアもセレナも船に乗ったことがなかったか。そこから初めて見る生きものを探すのは貴重な経験になるだろう。楽しみだ。
土産にはシシーラ族が作る毛皮のコートを買うといい。私も一枚もらったが、あれはあたたかい。真冬には重宝するよ。
次は……ティレシー? 劇場街が有名なところだな。書いたのはきみか? え、セレナの希望?
新聞に載っていた女優を見て目を輝かせていたと……ほんとうか、それは。
将来は女優になるかもしれない? いやいや、待ってくれ。いくらなんでもはやすぎるだろう。
それに女優だなんて……いや、セレナなら……いやでも……
……話をもとにもどそう。いまなら『ミスティエリス』がダリア・ラヴ主演で上演中だね。あの悪女っぷりは痛快だ。
子供たちに見せるにはすこしはやいかな? もうすこしわかりやすい劇を探して、大人向けのものは私たちふたりで観るようにしようか。ああ、それがいい。
ティレシーでは新しい劇が次々と舞台にかけられる。何日いても飽きないだろう。あらかじめ何日滞在するか決めておかないとずっといてしまいそうだな。
おお、そうだ。一番気に入った劇団をこの城に招待して芝居をさせるというのはどうかな。そうすればこの国でも観られるじゃないか。
それじゃ旅の醍醐味がない? 難しいな。
さて、次の国は……
……ルグミアン帝国?
シムルカ帝王は私たちに好意的とはいえ、まだ旅をできるほどではないだろう。せめてあと十年は経たないと。
ああ、いや……。
……だいじょうぶだ。きっといける。かならずみんなでいこう。
ルグミアン帝国は三代目の帝王が建てたという『破戒の塔』が有名だったな。朱色の壁は定期的に塗りかえられるらしいが、そのたびに帝王の一族がだれかひとり死ぬという、いわくつきの塔でもある。ただの偶然だろうけれどね。
食事も独特の風習があることで有名だ。ハシという二本の棒を使って食事をするのだけれど、終わったらそれを床に投げすてなければならない。これが『ハシが持てなくなるほどうまかった』という意思表示になるからだ。
食事中もがちゃがちゃと音を立てることを推奨される。音を気にしていられないほどうまい、というわけだね。すごい国だろう?
はは、ニーディアはあまりの差にびっくりしてしまいそうだな。セレナは面白がって真似しそうだ。私たちもいまのうちに練習しておこうか。
よし、四つ目の国は……ストネル王国?
どうしてきみの故郷の名が……
……そうか。結婚の挨拶には行ったが、街をゆっくり歩いたことはなかったな。きみに会いにいったときも馬車で通っただけだ。ちゃんと見たことはない。
行くなら夏だな。
あの原色のワンピースを着たきみを見てみたい。きみの白い肌が映えそうだ。大きな麦わら帽子も買ってあげよう。
みんなでストネルの民族衣装を着たら市場をぶらぶらと歩こう。魚介類のスープにフライ。果物とジュース。腹が満たされたら海辺のコテージへ行って昼寝をしよう。
夜になったら、そうか、日によっては花火があがるのか。いいね。砂浜に寝転がってみんなで堪能しようじゃないか。
夏の夜空はきっといつまでも明るい。
けれど子供たちは花火が終わったら寝てしまうだろうから、コテージのベッドへと連れていって、私たちは砂浜をふたりで歩こう。
夏の明るい空に隠れた星を探すように。波の音を聞きながら、ふたりだけで。
そこから見る夜明けはとても美しいんだろうな。
ああ、楽しみだ。ニーディアとセレナにもはやく話をしなくちゃいけないな。そうだろう、マレリーナ。
おや、メイデン・ベルが一輪咲いたようだね。あの花を見るといつも春の訪れを感じるよ。私ときみを近づけてくれた、とても大切な花だ。
マレリーナ、あそこだよ。見えるかい?
……マレリーナ?
どうしたんだ、マレリーナ。返事をしてくれ。
マレリーナ……マレリーナ!
マレリーナ。いかないでくれ。
病気を治して旅行にいくと約束したばかりじゃないか。
別れにははやすぎる。まだいかないでくれ。
きみはこれからも私と生きていくんだ。一緒に年をとって、他愛のないことで笑って、子供たちの成長をふたりで見守っていこう。
お願いだ。返事をしてくれ。
マレリーナ、きみがいなくなったら、私は……
私は……どうすればいい?
1821年 4月4日
マレリーナ・ラムズイヤー 病没




