4-3 ニーディアとセレナの話
さて、ニーディアとは逆でセレナは外見は私に似ていて中身はきみそっくりだった。周りの人間をどんどん自分の味方につけてしまうところが。
ぱっと見は冷たく見えるが、彼女がにこりと微笑むと大輪の薔薇が咲いたように周囲が明るくなり、言葉も発せない赤子のころからセレナは他者を魅了しつづけた。不器用なニーディアがやきもちを焼くのも仕方のないことだったと言える。
とはいえ彼に宣言したとおり、ふたりとも私たちの大切な子供だ。どちらが特別ということはない。
ニーディアを連れてかえった日の夜、こんなことがあったんだと塔でのできごとを私はきみに伝え、きみは『私たちはニーディアに甘えてしまっていたのかもしれませんね』と反省した。これからは彼のことをもっと気にかけなければ──と。
きみはふたりの子供を私の母上に会わせたかったようだが、主治医がそれがどのような影響を母上に及ぼすかわからないと止めていたそうだね。
子供がきっかけになって病んでしまった母だ。彼の言うことももっともだが、私たちの子供ならもしかしたら、といまになって思う。今更考えてもしようのないことではあるが。
ふたりの孫を見た母上はもしかしたら正気を取りもどしてくれたのではないかと、私などは安易に考えてしまうんだよ。
なにせあの父上がセレナには夢中になっていたくらいだ。ニーディアにはつめたかったというのに。女の子はべつだったのだろうか。
公務の合間を縫って『白い小鳥の家』にきては、セレナ、セレナとベビーベッドを覗きこむ。私にはけして見せないような素っ頓狂な顔であやしてもいたっけ。セレナもそれにきゃあきゃあ声を立てて笑うものだから、父上は目じりをさげっぱなしだった。
『じいじ、じいじ。言ってごらん、セレナ』
『じゃーじゃ』
『ははは、おい聞いたか。いまセレナが『じいじ』と言ったぞ』
『そうですか……?』
私たち夫婦は顔を見合わせるばかりだった。ニーディアも、あれには妬くよりもあきれていたと思う。私がちらりと彼を見ると小さく首を横に振ってみせたから。
──あの冷徹な父にもこんな一面があったのか。
彼のことをひとりの男としてゆるせたわけではないが──。『祖父』としてなら、向きあえるかもしれないと私は思ったよ。
『国王陛下はすっかりセレナさまのとりこね』
城で偶然出会ったとき、ベリアット侯爵夫人が私にそう言ってきた。あきれかえったような顔で。
ニーディアが産まれたあと、きみとベリアット侯爵夫人は茶会をする仲になっていたんだっけな。父親の側室と妻が仲良くしているのは妙な気分だが、きみと侯爵夫人にはそういうこともあるかもしれないと思わせる力があった。
私も侯爵夫人に合わせて苦笑する。
『父上のあんな顔は初めてみました』
『あのひとが王位継承権をセレナさまにうっかり渡してしまわないように気をつけなさいな』
『……冗談として受けとっておきます』
それほど父の孫娘を溺愛する様子はすさまじかった。それはいつまでつづいたんだっけ──?
ああ、そうだ。あの子が一歳になるちょっとまえのことだ。
ニーディアよりもすこし遅くあの子はつかまり立ちができるようになった。それを伝えきいた父上は大喜びで私たちの宮殿にきて、さあ、こっちにこい、と壁に寄りかかって立っているセレナに向けて手を叩いた。
正妻である母が亡くなって一週間も経っていない。だがもう彼はそんなこと忘れたように浮かれきっていた。
『じー』
『おお、そうだ。じいじが待ってるぞ』
ニーディアはべつの部屋で家庭教師に算数を教わっていた。居間でやらせてもよかったが、"じいじ"がいては集中できないからな。あとで休憩もかねて様子を見にいくつもりだった。
私ときみはソファで苦笑を交わしあい、がんばって、ときみはセレナを応援した。セレナは壁を伝いながら、よたよたと危なっかしく父上のほうに歩いていく。
『こっちだ、セレナ。上手だな。その調子だ。よしよし』
父は両腕を広げ、自分の腕に入ってくるセレナを満面の笑みで抱きとめる。『いい子だ、よくできたな』そう言って父上は孫の頭をなでて、セレナも『あー』と声をあげて笑った。
『こんなにかわいい子が孫でじいじは誇らしいぞ、セレナ』
『あー、うー』セレナは小さな手でぎゅっと父上の服をつかむ。『でもユーリクは私の子であってあなたの子じゃないわ』
『え』
その場にいた全員が固まった。
セレナの口から発せられた、大人の女性のものとしか聞こえない声を聞いて。
『セレナ──』
私は思わず腰を浮かしたが、セレナはもう父上の胸を叩いて無邪気に笑っている。
いまのはなんだったんだ。空耳か?
だが、そのとき居間にいた三人が同じことを聞いたのはそれぞれの顔を見れば明白だった。
父上は作り笑顔を浮かべながらセレナを引きはなし、さあもうおかあさんのところに行きなさい、と背中を押した。
まだ一歳にも満たない娘はカーペットの上に倒れこみ、ぎゃあぎゃあと火がついたように泣いた。
このあと、ほどなくして父は退位を決めた。
やはりあのひとも王妃さまを亡くされたのがおつらかったのね。侍女のだれかが言っていたのを小耳にはさんだが、それはある意味であたっていただろう。
──ソネリア、すまなかった。赦してくれ。
額を礼拝堂の床に擦りつけんばかりにして謝る父の姿を、私だけでなく何人もの人間が目撃していたから。
こうして私はリトナーク王国の王として即位して。
王妃となったきみは、三年後にけして治らぬ病をわずらったのだった。




