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1-2 我が子を天国へ送った話



 その場をどうやって辞したのか記憶にありません。


 気がつくと私はあなたのおかあさまのもとへやってきていました。私よりももっとひどい言葉を国王陛下に投げつけられたはずのおかあさま。心を壊されてしまった、かなしい女性。


 あなたのおかあさまは──ソネリアさまはなにも言わずに私の手を取ると。

 おまじないだよ、と優しい魔女のような声音でおっしゃいました。


『なんの、でしょう?』

『お嬢さんが幸せになれるおまじないさ』


 そうして私の手のひらに不思議な紋様を書き、碧色のきれいな瞳で私を見上げてにっこり笑われました。


 私は耐えられなくなって声をあげて泣いてしまいましたが、ソネリアさまはそれを咎めることなく、だいじょうぶだよ、とくりかえし言ってくださいました。


 ──だいじょうぶだよ。苦しいのはいまだけだ。

 ──どんなにひどい嵐でもかならず終わりがくる……



『父上につらいことを言われなかったか』


 その夜、寝室であなたは私にそう尋ねました。私があごを引くようにしてうなずくと、やはり、と苦々しそうにつぶやきます。


『父上がきみに言ったことは忘れてくれ。私は側室など持つ気はない』

『……よいのですよ』

『マレリーナ?』

『側室を持っていただいてかまいません。私の気持ちより……跡継ぎを確実に残すほうが大切です』


 今回のことで貴女が子供を作れない体になった可能性もある。国王陛下の言葉は、打算的であるがために真実を突いているように私には思えました。


 もし私がもう子供を持てず、あなたもほかのだれかと子をなすつもりがないのなら、直系の血は途絶えてしまいます。ごきょうだいはジャレオンさまたちがおりますが……ソネリアさまの血をひいているのはあなただけです。


 ──優しいあなたの子を、そして、ソネリアさまの血を残してほしい。


 国王陛下のお言葉は受けいれがたいものでしたが、私の考えはソネリアさまに慰められてからそう変わっていました。


 私が説明するとあなたは愕然としたように、


『私にほかの女性を愛せというのか?』


 そう言いました。


 自分と妻は同じ思いでいる。そう考えていたあなたを傷つけたことはわかりましたが、私は自分の意思をごまかすことができませんでした。


『……愛さずとも子供を作ることはできるのではないでしょうか』

『そうだとしても』

『私はいやです。あなたの血が残らないことが。それくらいなら……私はいくらでも我慢できます。べつのだれかと子供をなしてください、ユーリク』

『まだきみが産めないと決まったわけではないだろう』

『ですが……』


 もうやめてくれ、とあなたは私のそばへきて言いました。


 国王陛下とよく似ているけれどちがう。

 おかあさまと同じ、深いかなしみと優しさを湛えた瞳で。


『私が愛するのはきみだけだ。それはたとえきみになにがあったとしても変わらない。

 きみ以外のだれかと子供を作るくらいなら、王族の血など絶えてしまえばいいんだ』

『────』


 私は息を呑みました。王太子であるあなたから、そのような言葉が飛びだしてくるとは夢にも思っていませんでしたから。


『それとも継承権を放棄してただの男になろうか。王族でない私など、なんの価値もないかもしれないが』

『そんなこと!』


 私は叫びました。たとえあなたが貴族ですらない平民でも、私はきっと惹かれていたにちがいありません。


 ──ああ。いっそ、そうだったらどれだけよかったでしょう。


 私もあなたも王族などではなくて。国の政略に使われるようなこともなくて。ただの平民としてめぐりあえていたとしたら。

 どれだけ──平穏(しあわせ)だったでしょう。


 あなたはうなずきました。私も同じだよ、と言って。


『私は子供を残したいからきみを愛したわけではない』


 ただ、きみを愛おしいと思ったから。それだけなんだ。


 ……あなたはいつからあんなに気障なことを言うようになったのでしたっけ。ふふ、いえ、からかっていませんよ。


 そのあとは見えない無数の棘に刺されているような日々でした。城の人間のほとんどは現国王の考えが当然だと思っていましたから、それを拒む私たちは異教徒のように見えていたでしょう。目立ったいやがらせこそありませんでしたが、だれかに理解できないと思われるのはそれだけでつらいものです。


 アンニカ夫人は私を守れなかった責任をとって国へ帰ると言いましたが、彼女は私の大切な侍女であり友人です。あなたがいなくなったら私はドレスも着れないのよ、と言って残らせましたが。


 ──目のまえで私が階段から落ちてゆくところを見ていた彼女もつらかったでしょうね……。それでも、これまでよく私に仕えてくれました。


 側室を作らなければ王位継承権を剥奪する。

 そんな乱暴な話もでていたとあとから聞きました。跡継ぎどうこうもあったでしょうが、息子であるあなたが逆らったのが国王陛下にはお気に召さなかったのかもしれません。


 あのまま子供ができなかったら──私たちはどうなっていたのでしょうね。


 いまでも、たまに考えます。





 シュバルト。クララ。まだ名前も決まっていなかった私たちのひとりめの子供。


 それまでの人生のなかで、あの子を失ったときほどつらかったときはなかったように思う。


 あの子は神さまの使いとなりいつも私たちを見守ってくれている。司祭さまの言葉に私たちはすがり、毎朝、あの子に向けてお祈りをするようになったね。いまも私たちを天国から見てくれているだろう。

 かたちばかりの小さな墓こそあるが、あの子が棲んでいるのは人知を超えた空の上だ。


 私たちのひとりめの子供。

 そして、ニーディアとセレナのきょうだい。


 ……マレリーナ。きみにひとつ提案がある。

 これはきみを苦しめるかもしれないけれど、どうかよく聞いてほしい。


 ニーディアとセレナ。

 ふたりを、この部屋に呼んでもいいかい?

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