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第242話 エピローグ―創生の女神―


 レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバー。

 処刑された堕ちた白銀より生まれ落ちた転生者。

 幸福の魔王。


 欠片としての役割を終え。

 もう二度とレイドとしての存在は蘇らない。

 その筈だった。


 けれど、どことも分からぬ空間で私は目覚めていた。

 音もなく、匂いもなく、魔力もあまりない場所。

 闇で満ちた場所だった。


 何があったかは把握している。

 魔術式を辿れば理解できる。

 だから私の口は動いていた。


「……私は、泡沫の存在。全てはあの日の戦いで終わる筈でした……勇者に殺され魔王は眠る。それで物語は終わった筈ですが……」


 開いた口に柔らかい感触が走っていた。

 顔を離した美の女神が意地悪そうな顔で微笑み。


『我が夫よ、よもや死んだ程度で女神から逃げられると本気で思っていたわけではあるまい?』

「私は眠ることも許されないのでしょうか? アシュトレト」

『ちゃんと膝枕で眠っているではないか』


 幸福の魔王が漏らす呆れの吐息で、女神の髪が揺れている。

 ふふふふっと勝ち誇る女神アシュトレトは、そのまま目線を周囲に向けていた。

 釣られて私も目線を向ける。


 そこに在ったのは、静かに瞳を閉じる女神達。

 彼女達の中心に自分がいるのだと気付いた私が言う。


「創生の女神達……バアルゼブブにダゴンも……眠っているのですか?」

『さすがに、世界の因果ともいうべきそなたの死。二度と蘇ることなく、記憶と力として回収されるはずだった、欠片たるそなたの存在を維持するのは骨が折れてな。混沌世界の皆の協力を得ても力及ばず……我ら女神は全員の同意を得て、全ての力を注ぎ込んでおったというわけじゃ』

「全ての力……」


 文字通り、本当にすべての力だったのだろう。

 力なく項垂れる女神ダゴン、その細い腕には生気がない。

 バアルゼブブもまた分霊を失い、少女のような顔で息を止めている。

 夜の女神も、月の女神も、午後三時の女神も同様だ。


 彼らが命を全て使い果たし、私を引き戻していたのだろう。

 その意図は理解している。

 私は奇跡を口にする。


「ありがとうございます、私のために尽力してくださって。どうか――目覚めてください」


 光が、彼女達を包み始める。


 私の言葉そのものが既に魔術の詠唱。

 既に私という存在は奇跡や祝福を扱う上位存在。

 言葉に発し、心に思い浮かべるだけでそれは魔術の発現となるのだろう。


 名もなき、生まれたばかりの女神蘇生魔術が発動されていた。

 夜の女神も、月の女神も、午後三時の女神も起き上がり。


『……どうやら、帰ってきたようであるなアドニスよ』

『ったく、勝手に死にやがって、ふざけるんじゃねえぞ!』

『ふわぁぁぁぁぁ……はぁ……あなたが目覚めればあたしたちを蘇生させることぐらい朝飯前。アシュトレトの予想通りなのね』


 三柱はそれぞれに目覚めの言葉を告げるが。

 ダゴンとバアルゼブブの反応がない。

 動かないのだ。


 力を使い果たし間に合わなかった。

 ……わけではない。

 くすりと呆れるアシュトレトの膝から起き上がり、ジト目で私が言う。


「待っていても王子様のキスなどという古ぼけた儀式は起こりませんよ」


 生気が戻ったダゴンの頬に汗が浮かび。


『あたくしは思いますの、やはりこういう場面では愛する殿方の接吻が必要なのではないか、と』

「そんな文化をどこで覚えたのですか……」

『あら、旦那様。人間が考えることなど大抵は一緒、文化や文学が進めば白雪姫のような童話が生まれる。あたくしが愛する者のキスでの目覚めを知ったのは、混沌世界であると記憶しております』


 ようするに、キス待ちなのである。

 そしてバアルゼブブはというと。

 すぅすぅ……と寝息を立てている。


 その幸せそうな寝顔を眺めながらも、私の口からは少しの辛辣が漏れる。


「あなたもあなたで自由ですね、バアルゼブブ。おそらくは四星獣ナウナウの影響でしょうが……まったく、あの方はバアルゼブブに悪い癖を教えすぎですし……注意しても気にしないでしょうし、困りましたね。今度会った時に一言告げたいのですが――」

『目覚めは良好なようじゃな、我が夫よ』

「どうやらそのようです――あなたはどうなのですか? だいぶ無理をしているようですが」


 混沌世界の者たちの裏技だけでは今の私の蘇生などできない。

 本来ならば本当に、私は消滅していた筈なのだ。

 そういう運命がこの三千世界には刻まれていた。


 それを覆し、私という個人を維持したとなると。

 アシュトレトが言う。


『忘れたのか? 妾は終末神話に記されし邪神……バビロンの大淫婦。人類が道を間違えれば世界を壊す存在。故に、こうも言えるじゃろう? 妾には世界を壊すだけの力がある』

「まあ……神話再現に使用できる逸話ではありますが」

『ふふっ、そして世界を壊すだけの力があるのならば――それを転用すればいいだけの事。世界を壊す力を代価に、消えたそなたの蘇生ができても不思議ではあるまい?』


 ようするに、今のアシュトレトは世界を壊す力を失っているのだろう。

 私のせいで、多少の弱体を受けている状態にある。

 その負い目を逃さぬ顔で。


『守ってくれるのじゃろうな?』

「守ることに異論はありませんが、あなた……弱体化しても最上位のままでしょう」

『まあ少なくとも、事実として――そこの三柱程度には負けぬであろうな』


 三柱と纏められた夜と月と午後三時の女神は一瞬、腹を立てたようだが。

 事実なのだろう。

 力の差はまだまだあるようだ。


 私が言う。


「他の女神達はどうなさったのです」


 月の女神が応じる。


『混沌世界に残ったよ。あいつらはあの方に感謝はしているし、レイド個人にも感謝しているが……ついていくことはできねえってな。あの世界を創造神として見守り続けるそうだ』

「そうですか――」


 安堵しながらも、私は違和感を覚え。


「……混沌世界に残る……という言葉は多少、いえかなり気になるのですが」

『ああ、あの三千世界のままだとおまえって存在が維持できねえからな。オレたちと三獣神、あとタヌキ顔の猫の置物の力を使って、三千世界の横に新しく三千世界を作ったんだよ。で、いまここは創世空間ってわけだな』


 月の女神がギザ歯をニヤリとさせているが。

 私は頭痛を耐えるように、眉間を押さえ。


「三千世界を新しく、作ったという事ですか?」

『ああ、そうだぜ? って、なんだその顔は! てめえを蘇生させるにはこれしか手段がなかったんだから、仕方ねえだろう!? なぁぁぁにが不満なんだ!?』

「私個人を維持するためだけに、新しく宇宙を作ったと聞かされたらこんな顔にもなります……」


 感謝していないわけではない。

 わけではないが……。

 私は周囲を見渡し、それが事実だと悟り。


「なるほど、私個人の蘇生だけにあなたがたが全ての力を使ったというのが、どうも腑に落ちなかったのですが。宇宙を作ってしまったのならば納得もできます」

『朕は止めたのだが、そなたが冥府にも落ちてこぬと聞かされてはな――仕方なかったのだ』


 思慮深い筈の夜の女神も共犯のようだ。

 午後三時の女神がふわりとした人形のようなスマイルを浮かべ。


『この宇宙は生まれたばかりの三千世界。全てはあなたの思うがままにできるはず。というか……あたしたちも協力するから、動かないとまずいのよ。ちゃんと維持していないと元の三千世界が巻き込まれて、下手したら両方対消滅……なんてこともあるから。頑張らないと、あちらの三千世界を道連れにバッドエンドってことも普通にある筈よ』


 しれっと大問題を口にする午後三時の女神に続き。

 目覚めたバアルゼブブが、口の端を溶かし。

 えへへへへ!


『レ、レイドが、か、神様になるから、だ、大丈夫なんだよ~!』

「ナウナウからポジティブな思考を学んでくれたのは嬉しいのですが、バアルゼブブ……これはさすがに」

『じゃ、じゃあ、管理を放棄して両方の世界ごと、き、消えちゃう?』


 あ、あたしは、ぼ、ぼくはレイドと一緒ならそれでもいいんだよ?

 と、首を傾げるバアルゼブブの顔は無垢で無辜。

 やはりナウナウの悪影響を受けているようだが……全ては私のための行いか。


 月の女神が言う。


『だぁぁぁあぁぁぁあ! てめえのために新宇宙を作ったんだ! ウダウダ言ってねえで! 起きたんならとっとと世界を創らねえと、マジで三千世界ごとこっちの世界も消えちまうぞ!』

『諦めよ、レイドよ――妾達はたとえ世界が壊れようとも、そなたを優先させる。何度死んでも、何度世界が終わっても必ずそなたを闇から拾い、救ってみせる。女神の愛を甘く見るでない』


 アシュトレトは微笑み。

 三千世界の隣に築かれたこの新しい宇宙に光を燈し。

 まるで太陽のような輝きを発し。


『そなたの愛猫、大魔王ケトスも今あちらの宇宙を駆けている最中。そう遠くない時刻についてしまうじゃろうて。せめて再会の舞台は整えておきたかろう?』

『旦那様? なにかご懸念が?』


 空気の読めるダゴンが私の憂いを察したようだ。

 まあ、彼女が協力してくれるのなら、この暴走メンツでも少しは安心か。

 私が言う。


「いえ、私はフレークシルバー王国の王。あちらを放置するわけにもいかないでしょう」

『そ、それなら、だ、大丈夫なんだよ』

「と、言いますと?」


 バアルゼブブに代わり、ダゴンが言う。


『大魔王ケトスが旦那様に会おうと今、三千世界の宇宙を駆けておりますから――その足跡が目印となり、あちらの宇宙とこちらの宇宙が繋がる筈。ただ、旦那様はあちらの世界では存在できないという縛りがありますので、そうですね。おそらくはあちらの時間感覚で一年に一度程度なら、顔を見せることができるのではないかと推測しております』

「まるで七夕ですね」

『ロマンティックで良いではありませんか』


 あの国には私の兄がいる。

 一年に一度だけ帰還できるのならば――。

 私の中でもまるでナウナウのような、ポジティブな思考が動き出す。


「まあ、なるようになりますか」


 言って、アシュトレトが照らす宇宙に。

 私も共に手を翳した。


次回、最終話。

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