第236話 終末世界の死闘
荒れる戦場に浮かんだ一つの打開策。
かつてまだ子供だった頃の私を殺した斧勇者ガノッサ。
その英雄の一撃ならば、因果を捻じ曲げ、最強たる私を殺すこともできるのではないか。
戦場にいる神話領域の魔術を操る神々も、それを肯定している。
だが勇者ガノッサの姿はどこにもない。
三獣神の一柱、ロックウェル卿による状態異常【死亡時即蘇生】は発動されている。
ならば蘇生されていてもおかしくない。
そもそもだ、彼は不老不死。
女神ダゴンに騙され与えられた”闇人魚の肉”を喰らった存在。
私の手刀で上半身を吹き飛ばされた程度で、死ぬ存在ではない。
だから――どこかにいる筈だと、異聞禁書ネコヤナギが魔術を発動。
『あなたの名前、あなたの物語。それは全ての記憶の中に在る。さあ、あなたの記録をあたしに授けなさい。あたしはネコヤナギ。異聞禁書ネコヤナギ。世界の全てを記す神樹となりし、四星獣』
語り掛ける声がそのまま魔術名となったのだろう。
メルヘン銀髪少女の膝に乗る魔導書が、バササササササ!
効果を発動させていた。
この世界の全ての命、全ての魂を図鑑に登録したのだろう。
大樹の枝の上。
赤い靴を揺らし、粉雪のような魔力を輝かせながら。
少女姿のネコヤナギが魔導書をめくる。
『斧勇者ガノッサ――かつて魔王を殺した勇者……あったわ。あら? あららららら? どういうことなのよ!』
同じ四星獣のムルジル=ガダンガダン大王がナマズひげを、ぶわりとくねらせ。
『うぬ? ネコヤナギ、汝でも検索できないと!?』
『違うのよ、場所はわかっているのよ』
『ならばとっとと呼んでこんか! この戦場を維持するために余がどれほどの財貨を浪費していると思うておる! まともな相場で換算すると、世界がひっくり返る値段になるのだぞ!』
『もう! 怒らないで欲しいのだわ! 斧勇者ガノッサ……彼は今冥府にいるのよ。なぜか蘇生を拒否しているみたいなのよ』
人類の英雄に自らの弓矢を授け、加護を施し――戦力の底上げをしていた月の女神が、ヤンキー顔を尖らせ。
あぁん?
『はぁあぁぁ!? どーいうことだ、樹の嬢ちゃん!』
『知らないのよ! 蘇生不可でもない、魂も安定しているのよ。なら、やっぱり本人が拒否しているとしか思えないのだわ』
『おい夜のババア! どういうことだ!』
同じ冥界神としての属性を持ち、この世界の冥府の支配者でもある夜の女神に目線が向く。
夜の女神は顔を覆うヴェールを揺らし。
『分からぬ……朕の支配する領域に反応はない。居らぬのだ。もし、我が冥府におるのならば強制的な蘇生とて可能。だが、効果は不発となる。ネコヤナギよ、異界の全ての記録を宿す神樹よ。本当に、我らが混沌世界の冥府におるのか?』
『混沌世界の冥府じゃない場所……! なるほど、そういうことかしら』
小さく白い手を口元にあてた銀髪美少女――。
ネコヤナギは目の前に図書館ともいえる量の本棚を召喚。
大慌てで、書物の背を指でなぞり始める。
ナウナウがそんなネコヤナギの姿を眺め。
『ねえねえ~、ねえねえ~。これ~? 図書館~?』
『絶対に勝手に触れちゃあダメなのよ! 特にナウナウ、あなたは絶対にダメなのよ!』
『えぇぇっぇ……~、なんで~?』
ネコヤナギは何かを探しながらも頬に汗を浮かべ。
『これは三千世界、全ての記録なのよ。それも時間を管理している【次元図書館の赤き魔女猫】が管理を放棄した、ごっちゃごっちゃに生きる世界の記録なの。もし一ページでも破けたり、目次が欠けたりでもしたら、そこの部分の時間がまっしろになっちゃうの』
つまりは時間や世界を直接操作できる書ともいえる。
それは、この銀髪美少女神は三千世界の管理権を一部であるが握っているという事。
四星獣は強力な神性のようだが、やはりネコヤナギもそうなのだろう。
問題は、その書をうまく使えば――。
そう気づいたのだろう。
長き詠唱を、人類による対話で強制的にキャンセルされ続ける私が反応し。
瞳を赤く染めていた。
『つまりは、このような面倒な詠唱を繰り返さずとも問題ない。ネコヤナギよ、その書から魔術が生まれる場所を消し去ればいいのですね』
『あら、ちゃんと出会うのははじめまして。魔術無き世界を夢見るレイドさんでしたっけ? たしかにこれを奪えばあなたは魔術を消すことができる。けれど、そううまくいくかしら?』
ネコヤナギが挑発的な口調で囁いた、その直後。
攻撃対象を自分に仕向ける【挑発】のカテゴリーに分類される効果だったのだろう。
まんまと引っかかった私の肉体はネコヤナギを狙い、鎖状の魔術を投射。
その瞬間。
午後三時の女神が、ふわりとスカートを翻し。
反射魔術を発動。
『お返ししてあげるわ!』
女神の生み出した”竈の炎”が魔術を改竄。
神樹の少女を捕らえようとした私の鎖が反転する。
どうも今の私は実直というか……なんというか。
暴走しているのだから仕方がないが、目の前で獲物のようなものが動くと即座に反応する……ようするに、まるで蟲のようである。
まあそのおかげで皆は私に対処もできているし、世界回帰の詠唱を対話で何度も中断できているのだが。
……。
魔力だけはすさまじく。
そして倒そうとしても倒せない存在であるからこそだ。
ものすごく、格好悪い。
鎖に繋がれた私の拘束時間はおよそ一分ほどか。
その間に遠隔攻撃が可能な人類に、自らの弓矢を授け装備させていた月の女神がニヒィ!
『よっし! そのまま維持しとけよガキンちょ女神!』
『あららら、あらららら? あたしはガキじゃないのよ?』
『てめえじゃねえ四星獣! こっちの女神だ!』
あくまでも外見だけだが。
どうやら午後三時の女神と異聞禁書ネコヤナギの容姿が似ているせいで、ネコヤナギが自らをガキと呼ばれたと誤解をしたようである。
これも後の歴史では微笑ましい神話の一ページになるのかもしれないが。
ともあれ。
月の女神が従えていたのは、バビロンの大淫婦として覚醒している女神アシュトレトに操られていた筈の、海賊パーランド。
まあ、アシュトレトの目的はあくまでも私の成長であり、その成長と並行し魔王聖典との説得を成功させる段取りを整え……私に魔王聖典を装備させることにあった。
そしてその目的は、壊れた世界のための慈悲。
三分の二となった魔王たる私の魔力や力を奪い、大魔王ケトスが破壊した世界を救済するのが最終目標なのだ。
既に海賊パーランドを魅了で操る意味もなく、解放されていたのだろう。
なので、かつてエルフ狩りを行っていた海賊は瞳に魔力を走らせ。
『しゃぁぁぁぁああぁ! 生意気な賢者の坊主に一泡吹かせてやるチャンスってか!?』
海賊帽子を揺らし、鼓舞と気合を纏った男は偃月刀を掲げ。
悪党スマイル。
黒い顔で――叫ぶ。
『異神も女神も人類も、クソエルフどもも! ここが正念場ってな、やっちまいなぁ!』
自らを鼓舞すると同時に、軍勢に向かい集団スキルを発動。
人類が魔力を纏い、息を吐く。
アンデッド軍団を操作する夜の女神と連携し、月の女神が授けた【月女神の弓矢】を構え。
そしてクリムゾン殿下もまた、号令に集団スキルを適用させ。
矢を穿つ合図を宣言。
「てぇえええええええええぇぇ!」
風が動き。
空が揺れた。
女神と人類と、そして終末世界に蔓延る死霊軍団による連携が見事に発動されていたのだ。
その矢は流星のように、降り注いでいた。
人類史において、いや、三千世界の歴史の中でもトップクラスの攻撃だろう。
だがそれでも私には届いていない。
最強すぎる魔王にとっては効果がない。
集団スキルで輝く人類、その星屑のような――流星の如き矢を受けても、ほぼ無傷。
足止めになっているだけである。
ただ、足止めできているだけでも合格。
及第点とは言えるだろう。
鎖に繋がれた私に刺さり続ける矢を眺め、月の女神がギリリと歯を食いしばる。
『これも効かねえのかよっ』
『いえ、効いておりますよ。一発一発が私の防御を貫通し、数値として示すのならば、そうですね……一のダメージを与えています。たった一であっても、それは通用している。群れとなった人類の力、そしてその人類と協力するあなたがた神々の成長に、私は大変感服しております』
『はん! いつまでも上から目線でいられると思うなよ――!』
吠える月の女神であるが、その表情に余裕はない。
本当に、私に一のダメージを与えているだけの攻撃であるが、実際にこれを大陸神が受ければおそらく即座に消滅している。
蘇生不能なほどの、致命傷となっていた筈だ。
攻撃が弱いのではない。
ただ相手が強いだけ。
つい自画自賛になってしまうが……まあ時間稼ぎはできたおかげで、ネコヤナギが探し物を発見できたようだ。
やはりガノッサは別世界の冥府にいる。
それも――自らの意志で蘇生を拒否した状態で。
あの男はいったい、何を考えているのだろうか。




