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第235話 夢見る世界の魔猫


 想定外に強くなっている私。

 魔術無き世界への回帰を目指す、レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバーの肉体。

 その無双劇は続いている。


 いや……。なんというか。

 本来ならこの力を奪い、かつて私の部下だった大魔王ケトスが壊してしまった多くの世界を蘇生させることが目的だったのだが。

 これは……非常にまずい。


 私を倒せないと逆に世界がやばいのだ。


 しかし、勇者ガノッサを撃退した私を見て。

 ……いや、正確に言うのなら私ではないのだが……。

 あぁぁぁぁぁ!

 ともあれ、普段よりも口が軽くなっている私は私の中で気付いていた。


 今まではどんな攻撃でもわざと喰らってみせていた私が、勇者ガノッサの攻撃だけは直撃する前に撃退。

 手刀で相手を刺し……攻撃を防いでいたのだ。

 つまり。

 当たりさえすれば本当に私を殺せる一撃なのである。


 それを伝えたいのだが、私が私を邪魔しているようで――マルキシコスとの意思疎通ができなくなっている。

 その隙にこの場にいる全人類を魔術で吹き飛ばした私は、詠唱を開始。


『今一度訴えかける。我はレイド。レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバー。真なる幸福を求める、平和を探る魔王。続けて命じ、語り掛けるは眠りに落ちしミャザトース。汝、その常しえの眠りの中で安息を得る者。仕える魔猫に支えられ、明け方を示す啼鳥に観測され、そして秩序守りし狼を主神に迎えた者』


 現在、絶賛無双中の肉体たる私の詠唱もやはり、神話再現。

 アダムスヴェイン。

 どこかの神の逸話を再現し、そしてその逸話の力を借りる魔術だろうが……おそらく呼び掛けている相手は、宇宙と呼ばれる空間を形作る上位存在。


 ミャザトースと呼ばれる神性だろう。


 全ての事象には法則がある。

 何事にも始まりがある。

 宇宙とてそうだ。


 実際に存在するかどうかは不明だが、三千世界そのものにもどこかに始まり――。

 つまり世界ができる”きっかけ”があったはず。

 ならば、その始まりはどこか。


 魔術の学問としてその始まりを追及する分野があるが、結論に至った者はいない。


 おそらくは答えなどないのだ。ならば、逆にその状況を利用できる。

 魔術で勝手に定義すればいいのである。


 魔術とは可能性さえあれば何でも可能としてしまう力。

 世界が存在する以上、その始まりがあることは確定している。

 そこで魔術式を組み立てる。


 三千世界の本当の意味での”始まりを魔術的に無理矢理に実在”するものだと定義し、観測。

 それを夢世界の法則に勝手に当てはめる――すると見えてくるのは。

 この三千世界そのものが、大いなる存在の夢の中ではないかという仮説だ。


 そしてその大いなる存在の名を魔術で無理やり観測すると、”ミャザトース”と呼ばれる一匹の三毛猫姿の魔猫だと表示される。

 この世はその三毛猫の見る夢ではないか。

 そう定義することもできてしまうのだ。


 世界生物論と呼ばれる理論の正体ではないか――ともされているが、真相は分からない。


 ただし、実際にそれが実在するかどうかは関係ないのだ。

 ――可能性がゼロではないのなら、それを現実として扱う事が出来てしまうのが魔術。

 だから、魔術無き世界への回帰を望む私は、架空の神性に訴えかけ世界のリセットを詠唱しているのである。


 やはり魔術とは実際にかなり危険な力と言えるだろう。


 まあ……それを開発したのが完全体の私であり、今、その危険性を憂いて暴走し、魔術無き世界への回帰を目指しているわけだが。

 ともあれ。

 夢見る魔猫ミャザトースの力を用いた魔術の詠唱が再開されてしまった。


 長い詠唱となるが、もし詠唱が完了してしまえば世界は魔術無き世界へと回帰する。

 非常にまずい。

 こんなときに残り三分の一の魔猫となった私はまだ眠ったまま……、しかも誰かに夢の中で語り掛けられているらしく、よく聞こえないなあ……と、無駄に美声なパパヴォイスを上げているようだ。


 目覚める気配がないので、残りの三分の一の私は無視していいのだろうが。

 誰かが急ぎ詠唱中断をする必要がある。

 動いていたのは――紅蓮の剣に雷の魔力を纏わせる我が兄クリムゾン殿下。


「皆の者、そして神々よ! どうか怯まないでいただきたい! ヤツは斧勇者ガノッサの攻撃のみは何故か直撃を避けていた。その意味を考えれば、まだ勝機はある!」


 バフ効果を内包した、叫びによる鼓舞を上げていたのだ。


「我らは自らのため、そして共に歩く隣人のために戦わなくてはならぬ! 立て、英雄たちよ! 立て神々よ! ここで諦めたら、全ての命が潰えるのと同じであろうが!」


 地鳴りがする程の叫びだった。

 王族は指揮による支援を得意としているが、やはりこれもその範疇だろう。


 この場を乗り切るには――。

 炎の貴公子はどうやら私と同じ答えを導き出したようだ。

 話を聞いていた大陸神マルキシコスも気付いたようで、一見するとクールに見えるだけの武人顔にハッと驚愕を浮かべ。


『つまり、奴は痛いのがイヤ……ということか!?』


 ……。


 残念なことにこの剣神、真顔かつシリアスに言い切っている。

 こいつ……。

 大陸神のくせに本当に……。


 見えぬ場所でジト目を浮かべる私とは違い、兄は神に僅かに跪き。


「それは違うのです、大陸神よ。おそらくでありますが――斧勇者ガノッサ殿の攻撃だけは今の弟に致命傷を与えられるのではないか、そう考え付いたのであります」

『なにゆえ』

「我が弟は今までどのような攻撃でもわざと直撃を受け、こちらの戦意を削ごうとしておりました。ですが、勇者ガノッサ殿の攻撃だけは違った。本来ならムルジル=ガダンガダン大王や、女神ダゴン様の攻撃の方が致命的な一撃となる筈、ガノッサ殿を低く見るつもりはありませんが、それは純然たる事実。なのに――弟は……」

『ふむ――みなまで言わずとも理解した』


 こんな残念大陸神に敬意や敬語など必要ないと思うが……。

 まあ兄は律儀で真面目だから仕方がない。

 兄からの畏敬の念を感じたのだろう、マルキシコスも満更ではないらしい。


 外見だけは思慮深い剣士を思わせる姿の神マルキシコスは言う。


『神話再現アダムスヴェイン……といったか。確かに、われが大陸神を務めておるマルキシコス大陸にて、かつて斧勇者となる前のガノッサはまだ若き状態のレイド(小僧)を殺したことがある。その時の逸話が一種のアレ……だ。アレ、なんというべきか』


 マルキシコスの化けの皮が剝がれかけている。

 外見だけは立派でも、中身は残念なのだから仕方ないが……。

 彼を大陸神と崇める者からの信仰が減るのは、戦力的に少し困る。


 補足するように動いたのは、一人の王族。

 私同様にあまりマルキシコスに対する敬意のないピスタチオ女王が、私と似たジト目で言う。


「逸話を再現する魔術、その対象とできるという事でしょうか大陸神よ」

『そう! それなのだ! つまりは、魔術的な効果を生むという可能性が生まれた。ようは斧勇者ガノッサこそが小僧の天敵、ほぼ無敵に近い状態の今のアレに――”殺す”という結果を魔術式の答えに入れる事が可能……と、そう言いたいのだな!』


 マルキシコスは魔術師ではないので、微妙にわかりにくいが……。

 まあ言いたいことは理解できるし、正解だ。


「その通りに御座います」

『だが、肝心な斧の勇者が殺された今となっては――ええい、あの男は一体どこにいる! 忌々しい創造の女神どもがいるのだ! 冥府にいるのならば即座に戻ってくる筈であろう!』


 マルキシコスが唸る横。

 答えを導き出すように魔導書を開いていたのは――大きな神樹に座る少女。

 四星獣の一柱、異聞禁書ネコヤナギだったようだ。


 鈴を鳴らしたような美しい声が、終末世界に広がる。


『簡単なのよ、混沌世界の名簿を見ればいいのよ。世界管理者権限を使わせて貰おうかしら』


 その姿は少しプアンテ姫に似ているか。

 銀髪メルヘン少女はクススススっと微笑みつつ。

 強大な魔法陣を展開していた。


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