第233話 キミの歩む速度
人類による対話を用いた時間稼ぎの裏。
女神達が作戦を練り直す横。
動いたのは、四星獣の三柱だった。
二柱が魔術による強化ダイスを振り続け支援に徹し、強化された一柱が行動を選択。
前に出たのは魔猫――マハラジャ風味な未来を司る異世界のケモノだった。
願いを叶えるネコの獣神。
ムルジル=ガダンガダン大王が積み上げた財を消費し、モフ毛をモココココ!
『世界のリセットだと! たわけ! 折角余の稼いだ財が全てなくなるなど、許せるはずがなかろう!』
本気の怒りを見せて、咢をむき出しに吠えている。
次第に対話も続かなくなっていた人類に代わり参戦したムルジル大王を感じ、幸福なる願いに支配された私は振り向き。
『大王ですか――。これはあなたにとっても悪い話ではない筈。なにしろあなたは元は魔術無き世界の住人だったと推測できます。あなたが現代社会で死んだのは、近代文明と呼ばれる時代になった頃でしょう。ならば、世界のやり直しと同時に、あなたの人生もリセットされる』
『それがどうしたというのだ、青二才!』
『あなたほどの神性ならば、おそらくある程度の記憶とステータスを維持したままのやり直しとなる筈。幸運値が数パーセントでも引き継がれるのなら、同じ結果になる事はない――あなたの不幸はやり直すことで初めて終わるのです』
あなたの不幸。
そう断定されたムルジル=ガダンガダン大王のナマズ帽子と、本体の顔がぞっとするほどの激怒顔に変貌していた。
それは三分の二となった私でも一瞬、怯んでしまうほどの気迫だった。
絨毯を召喚した大王は、赤い瞳を輝かせ着地。
荒れ狂う赤い空に浮上し、淡々と告げた。
『余は――たしかに不運な死を遂げた、境遇についても今でも人間に思うところがあぁる! なれど! イエスタデイ=ワンス=モアやナウナウ、そしてこの小うるさい樹木小娘。永遠を共に生きるだろう友との出会いを不幸とは思うておらぬ。暴走せし偽りの救世主よ、余は盟約に従い貴様を討つ。覚悟するが良い』
『ほう、私との契約を破棄なさるのですか?』
『ぐわはははははは! 余が契約したのは貴様の中にいる生意気なレイドの小僧であって、魔王聖典と同化した貴様ではない! ゆえに! 違約金など発生せんのだ!』
契約の曲解は魔術の基本。
実際に私という存在と、魔王聖典を取り込みそして魔術無き世界を望む私とは別存在と解釈できる。
大王が私本人との契約を無視し攻撃することとて可能となる。
絨毯を拡大させた大王はドヤ顔猫スマイル。
『打ち合わせ通りだ、ヴィルヘルム商会よ! 余に力を授けよ――!』
「仰せのままに」
未来観測を得意とするムルジル=ガダンガダン大王が、ここまでの流れを読んでいたかは分からない。
けれど既に豪商貴婦人ヴィルヘルムとなにやら動いていたらしい。
我が側近にして我が兄クリムゾン殿下の家庭教師だった豪商は、赤い空の色を髪飾りに反射させ。
足元から発生させた魔力を伴う契約印を、天に浮かべ。
宣言する――。
「盟約に従い、今、ヴィルヘルム商会全ての財を大王ムルジル=ガダンガダン神に捧げましょう」
『来たぞ来たぞ! ガハハハハハハハ!』
それはどれほどの金銭や財宝だっただろう。
おそらくは長命なハイエルフ、ヴィルヘルムが長い時を使い稼ぎ貯め込んだ金銀財宝の数々。
その全てを魔力に変換しているのだろう。
溶ける金貨にモフ毛を反射させ。
ニヒィ!
ムルジル=ガダンガダン大王が三獣神にも匹敵する魔力を吸った毛を膨らませ、開始したのは詠唱だった。
『余は財貨を尊ぶもの、余は遊戯世界を見守るケモノ。盤上遊戯のマハラジャ猫! ムルジル=ガダンガダン大王なり!』
『ふむ、よろしいのですか我が側近たる貴婦人よ』
問いかける私を見上げ、豪商貴婦人ヴィルヘルムは言う。
「何がで御座いましょうか」
『あなたが商売を続けていたのは亡くなられた主人のため。かつての思い出に浸り、その記憶を大事と思うからこそ長きに渡り財貨を稼ぎ続けた。亡き夫と共に歩んだ商売の物語を延々と繰り返すことにより、夫を亡くした悲しみを忘れることができている。人類とは複雑な生き物ですね、商売を続けていれば愛する夫を失った悲しみを、何度も何度も思い出してしまうというのに――』
貴婦人は臆せず瞳を閉じ。
「愛する人との思い出は、悲しみばかりではないのですよ陛下」
『それではあれほどに泣いたことも嘘だったと?』
どうやら、今の私は本当に性格が悪いのだろう。
空に変化が起こっていた。
そこにあったのは種族差のせいで早く夫を亡くし、独り、泣き崩れる……ハイエルフの姿。
魔術映像が赤い空に流されたのだ。
安らかに眠る夫の遺体に縋りつき。
おいおいと泣く。
まだ若いヴィルヘルムの姿だった。
指の隙間から涙をこぼす女性を見て、訳知り顔で私は言う。
『あなたにとっての商売とは思い出、そして稼ぎとは夫との思い出を肯定する証。あなたにとって商売の成功は、亡き夫との短い歴史を肯定してくれる大事な数値なのでしょう? けれど、あなたはそれを今このような場面で浪費している。それはとても残念で、悲しい事だとは思いませんか?』
「あの人ならば喜んで肯定してくれますわ」
『ですが、この金銭が全て無駄に終わったらどうです? 断言しましょう、たとえムルジル=ガダンガダン大王があなたの財貨を全て用い、三獣神並の魔力を一時的に身に付けたとしても私に少々の傷をつける程度です。あなたの思い出、その全てが無駄になる』
豪商貴婦人ヴィルヘルムは空を見上げていた。
亡き夫の傍らで、ヴィルヘルム商会を独り支えていくと誓ったかつての自分を見ていたのだ。
「無駄でも良いのです。たとえ一瞬でも、あなたを止める歯車となるのならそれで――陛下。ヴィルヘルム商会はあなたに正気に戻って欲しいと願っているのですよ」
その言葉に嘘はない。
正気を失っている私でも理解できたのだろう。
続けて手段を変えたようで、口調を少し尖らせ私は言う。
『人々の心から自然発生した大陸神と違い、魔術無き世界において……あなたがた人類は世界がやり直すことになってもその魂は別の形で発生することでしょう。そしてその運命も似た道を辿るかもしれない。つまりあなたは死別してしまった愛する方ともう一度、違う形で再会できるかもしれない。そして魔術無き世界ならば、今度は同じ種族、同じ寿命で、同じ歩幅で……歩くことができるかもしれない。あなたは、やり直したくはありませんか?』
機械的に幸福を測ろうとする今の私に、唇をきゅっと結んだヴィルヘルムは少し老いた頬を動かしていた。
「それは違いますわ陛下」
貴婦人は微笑み。
そして、まっすぐに告げたのだ。
「ワタクシが好きなのは、愛しているのは。寿命は違っても、それでもワタクシがいいと言ってくださった。キミが好きだと言ってくださった、あの方なのですから」
魔術ではない。
それはただの言葉だ。
だが。
荒れ狂う風が、私の頬をはたいていた。
防御を貫通などできない、ただの風だ。
なのに、私という存在は彼女の言の葉に意識を叩かれていた。
この時間は、対話での時間稼ぎにしか過ぎない。
それは理解していた。
けれど、今の私であっても……。
何故だろうか。
老いを見せ始めたエルフの貴婦人……その微笑みから、目が離せないでいたのである。
その時だった。
衝撃が、私を襲っていた。
それは、溶けた金貨の雪崩。
『財に潰れよ――! 狂いし救世主よ!』
魔力そのものだ。
ヴィルヘルム商会の全財産を用いた魔力。
金銭を力に変えるムルジル=ガダンガダン大王の、本気の攻撃。
貴婦人の言葉に固まる私に向かい、純粋な魔力の塊を解き放っていたのである。




