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第227話 我が師たるアシュトレト


 イナゴの群れが覆っていた空に広がる魔法陣。

 大地も風も空気も揺れている。

 それは最高位の攻撃魔術、天体魔術により発生した魔力の振動。


 漲る魔力で体を火照らせる女神アシュトレトは、天体を操作し微笑んで。

 魔術名を宣言する。


『天体大魔術:【降り注ぐ(ミレニアム・)千年王国スウォーム】』


 天から降り注ぐのは流星群。

 他の空間に影響がでないよう魔力を靡かせる大魔帝ケトスが、魔性としての赤い瞳を光らせていた。

 神父姿の大魔帝ケトスはやはり空間の維持に徹し、私達の最後の修業を観察しているようである。


 たしかに、今の私とアシュトレトが魔術合戦をすれば混沌世界どころか、三千世界が危うい。

 彼ほどの術者が特殊な空間を作っているのならば安全だが、そうでないのなら。

 ……。

 まあ、あまり考えたくない結果になるだろう。


 空には逃げるイナゴと振り注ぐ隕石群。

 直撃すれば大ダメージを受けるが、まあ今の私ならば死にはしない。

 だからこそ、ゆったりと私は赤い天体を眺めていたのだ。


 天を見上げる私の口から、感慨に惹かれた言葉が漏れる。


「アントロワイズ家が支配の魔王アナスターシャに殺された次の日……あの日の、初めての修行を思い出しますね、あなたは私に魔術を教える際――こうして容赦なく炎の雨を降らしていた。そもそもあなたは程々という言葉を知らない。まったく、私もよく付き合ったものだと感じますよ」


 玉座に侍るアシュトレトも眉を下げ。


『手加減が苦手なのはお互い様であろう。そこの神父ケトスがそうであるように、一定の高みにある存在は弱すぎる存在がどれほどで潰れてしまうのか……加減ができぬ。大いなる存在共通の弱点であろうな。つまりは、妾は何も悪くない。そうであろう?』


 まあ、前半は正論ではある。

 ……。

 レイドとしての幼い頃を思い出した私は、ジト目で玉座の女帝を睨み。


「いえ、子供相手にやはり炎の雨はやりすぎだったかと」

『じゃが、きちんとそなたは水の魔術で炎を消したではないか』

「あの時はさすがに問題だという事で、ダゴンがこっそりと水魔術の使い方を教えてくれたのですよ。もっとも、私はそのころダゴンの存在を知りませんから……森の妖精のような存在が助けてくれたのかと思っておりましたが」


 だからこそダゴンは常識的だと私はそう感じている。


『ふふ、まあ知っておる。見ておったからな。ダゴンめ……あやつは過保護で困ったものじゃ』

「……まだ街を吹き飛ばせる程度しかできない子供相手に、炎の雨はやりすぎだということですよ」


 耳を傾けている海賊パーランドが露骨に眉をひそめる中。

 私は邪杖ビィルゼブブを宙に浮かせ、詠唱を開始。

 詠唱に時間がかかる魔術を杖に肩代わりさせ――指を鳴らし、黙示録の空に月を召喚。


 月光を浴びながら、その光を神の弓に変換し。

 ニヤリ。

 弓を構える私はそのまま天を見上げ。


「さて、それでは師たるあなたに私も成長の証を見せなくてはなりませんね」


 言って、天に向かい弓を解き放っていた。

 放ったのは狩人が扱う基礎攻撃。

 弓での攻撃と言えば、多くの人間が思いつくだろう《矢の雨》である。


 もっとも、技術こそ単純だがこの攻撃には月の女神の力を借りていた。

 だから。

 天に放った私の弓術はアシュトレトの操作する天体を奪い、彼女の放った天体攻撃の乗っ取りに成功。


「やはり魔術師相手の基本は、魔術反射でしょうね。さあ――どうしますか我が師よ」

『達人と呼ばれる者は常に思考し続ける者。自らの攻撃を反射されたときの対抗策も考えるものじゃ――そうおぬしには教えたはずなのだが、はてさて。まあ手本を見せる良い機会となろう』


 アシュトレトは私の弓術によって奪われた天体を見上げ。

 魔導書を展開。

 その手に乗る逸話魔導書の表紙にあるのは三獣神。


 白き鶏が偉そうに仰け反りポーズを取っていた。


『汝は神の鶏。全ての事象を観測せし大いなる翼。嗚呼、ロックウェルよ。卿と呼ばれし怨嗟の魔性よ。妾に力を貸して給れ』

「……っ!? ロックウェル卿の、三獣神の力を借りたアダムスヴェイン!?」

『石化せよ天体。降り注ぐ先は我が弟子。さあ、踊ってみせよ――』


 アシュトレトが使った魔術に魔術名はなかった。

 けれど、その魔導書から発動された力は”状態異常を制御”する類の魔術式を放っている。

 私が天を見上げると、そこには石化し方向性を失った天体魔術。


 ようするに。

 星を石化させた、ただそれだけである。

 もっとも、星を石化させるなど普通の魔術や魔術の使い手では不可能だが、三獣神の力を借りたバビロンの大淫婦ならそれも可能という事だろう。


「星を石化させ物理的に降らせるのは……正直、どうかと」

『女神キュベレーの弓矢にコントロールを奪われたのじゃ、ならばその制御を破り、降り注がせることが一番手っ取り早かろう?』

「こうなるとあなたも巻き込んで天体が降ってきますが、あなたはどうするおつもりなのですか」

『無論、対抗策は考えておる』


 微笑む妖艶なる美女が次に手に浮かべたのは、白き魔狼が描かれた逸話魔導書。

 おそらくは三獣神ホワイトハウルの魔導書だろう。

 ホワイトハウルの逸話によれば、彼が得意としている分野は浄化や審判、そして結界。


 既に詠唱済みなのだろう。

 女神アシュトレトの周囲には、堅牢な光の壁。

 絶対的な物理防御の結界が展開している。


「なるほど。自分すらも巻き込む無差別広範囲攻撃ならば、結界で防げばいいだけの事ですからね」


 極論、防ぐ手段はある。

 私も同じ魔術を扱えばいいだけの事。

 三獣神の力を制御した逸話魔導書の魔術は発動が困難だが、アシュトレトに使えるのならば私もおそらくは初見で発動できる。


 だが問題は、それをすると海賊パーランド達が死ぬ。


 まあ一度死んで亡霊状態にあるのだから、死ぬというのも変な話だが。

 ともあれ、見捨てるわけにはいかない。

 時魔術を制御し、天体の落下速度を限界まで軽減。


 私も降り注ぐ天体魔術に対抗するべく魔導書を浮かべ――天体魔術そのものをキャンセルさせるべく詠唱しようとするが。

 すかさずアシュトレトが聖なる杯を掲げ。

 妖艶に微笑。


『重ねて妾が詠唱しようぞ』


 黙示録の邪神たる姿となったアシュトレトの詠唱が重なる。

 その口が、超高速で蠢き始めていた。


『我が名はアシュトレト。イシュタルの流れ、美の神たるアフロディーテを経過し豊穣を司りし者。嗚呼、妾を蔑んだ者たちよ、妾をアシュタロスと貶めた者たちよ。汝等が我らを堕ちた神と虐げるのならば、我らは汝らの願いを聞き入れ黙示録の邪神となろう』


 それは神話の最後の物語。

 バビロンの大淫婦と成り果てたアシュトレト自身の逸話。

 彼女は邪悪なものであれと願われた自分の力を用い、天体魔術にさらに追加の属性を与えたのだろう。


神話再現アダムスヴェイン:【終末を(エンディーズ・)嗤う邪神娼婦(アシュトーレト)】』


 ハハハハハハ! と。


 天に、声が響きだす。

 それは女の声だった。

 嗤い声だった。


 ロックウェル卿の魔術により石化した天体魔術に、邪神としてのアシュトレトの魔力を乗せているのだろう。


 これでは魔術をキャンセルさせることができない。

 私は仕方なく魔術キャンセルをキャンセル。

 詠唱を開始していた。


 終末の空に、朗々たる声が響く。


「天にあまねく星々よ――」


 私が唱えたのも天体魔術。

 神父姿の大魔帝ケトスが、いや……さすがに天体魔術の応酬は空間が……っと、慌てて結界を重ね掛けする中。

 海賊パーランドたちとイナゴたちが抗議する空間。


 私と師、アシュトレトとの魔術合戦はまだ続く。


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