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第225話 答え―多次元宇宙の解明―後編


 アシュトレトは過去を眺めるような顔で。

 そしてなにより慈悲ある地母神の顔で。

 ゆったりと語りだしていた。


『レイドよ、かつてのそなたは救世主だった』

「ええ、もう思い出しておりますよ」

『じゃが――今度の人生においても救世主である必要はあるまい。そなたがもし、他の全てを忘れ、妾達三女神と共に逃げると言うのなら、妾は止めはせぬ。たとえ大魔帝ケトスといえども、妾達はその魔の手を退けると誓おう。それだけの蓄えが妾にはあるのじゃ』


 宣言して、黙示録の姿に化身している女神アシュトレトは魔王聖典を聖なる杯に戻し。

 全ての不浄を漂わせ、その邪を力として発動する準備を開始していた。

 それは貶められたアシュトレトの大淫婦としての権能なのだろう。


 彼女はこう言っているのだ。


「引き返すのなら、今しかない……あなたはそう言いたいのですね」


 と。

 アシュトレトは最高位の邪神の姿で、けれどその表情を最高位の地母神の笑みにし。

 やはり、ゆったりと穏やかに語る。


『ここで世界を救う動きをすれば、そなたは間違いなく再び三千世界の救世主と呼ばれる存在となろう。全てを救う者。誰の目から見ても救世主、誰からも慕われ、誰からも偉人と畏れられる存在と成り果てる。それは――時に重しとなってそなたに圧し掛かるであろう』


 だから、もしここでそれを拒絶するのなら。

 彼女は三女神として私だけに協力し、全てを捨てて逃げてもいいと、そう言っているのだ。


「まるで愛の告白ですね」

『ふふ、とっくにそなたを愛しておるがな』


 遠くを見る顔でアシュトレトが言う。


『だからこそ、そなたが再び救世主という名の光と戻ってしまう事には、正直反対じゃ。レイドよ、そなたはもう十分頑張ったではないか。妾は……そなたをもう苦しめたくない、子供の頃からそなたを育てたからこそ、なおの事な。不思議なものじゃな、そなたがあの方だったとは……ダゴンめは、分かっておったようだが』

「彼女も彼女で苦悩していたのです、どうか――」

『分かっておる。もはや妾達は家族、良い部分も悪い部分も全てを受け入れようぞ。共に長くを生きておるのだからな』


 物分かりのいい顔をしているが……。

 正直……、隠していた一件も含めてダゴンが一番まともなのだと感じてしまい。

 私はしばし、……。となってしまう。


『ん? どうしたレイドよ』

「いえ、家族とは良いモノだと――そう感じていただけですよ」


 大魔帝ケトスは動かない。

 彼にしてみれば、私が動くか動かないかは関係ないのだ。

 時間はかかるだろうが、おそらくは別の手段で大魔王の消した命を取り戻す手段を考え付くはず。


 だから、大魔帝は私を見上げ。

 真剣な表情で――。

 丸い口を蠢かしていた。


『あなたがどのような選択をしようと、私はそれを受け入れましょう。それが、あなたではないあなたに助けられた私のせめてもの恩返しなのでしょうから。そしてこれは警告です。もしあなたが女神アシュトレトの力により成長し、魔王聖典を魔導書として発動できる領域に至ってしまったら……そこが終着点。おそらくは彼女の言う通り、あなたはもう、逃げることはできなくなる。これが最後のチャンスだと、不肖ながら魔王陛下に救われ拾われた一匹の猫魔獣たる私は、そう考えます』


 大魔帝もまた、私にすべてを捨てて逃げていいと言っている。

 だが――。

 私は小さく、そして困ったように微笑していた。

 多くの命を救えるのなら、そしてかつて失ってしまった部下たちを取り戻すことができるのならば――私は挑戦したい。

 再び、人々を助け続ける存在になろうとも。


「それでも――私はかつて失ったあの世界の命を取り戻したい。そう願っているようです」


 それに、と私は世界を眺め言う。


「大陸神マルキシコスのような、どうあっても私を慕わない存在はおりますからね。今回の件を解決したとしても、全ての民の心が変わるとは限りません。勇者ガノッサもまた、おそらくは私をまだ坊主と呼ぶでしょうからね」


 私は信じていた。

 混沌世界で暮らした長い旅路、幸福なる一生を、人生を、信じていたのだ。

 それが答えだった。


 アシュトレトがそうか、と頷き。


『そなたはまた、同じ歩みを辿るのであるな』

「さて、どうでしょうか――」

『かつてのそなたは……救世主であれと願われた存在。世界のために動く救世主という名の歯車。それはそれで世界のためには必要なのであろうがな。だが、全てを救う者であれと願われたそなたの苦労は、それ相応以上のモノであったのだろうて』

「その重みを一時忘れようとした時、私は人間へと転生してしまった……それが最初の転生なのでしょう」


 私は――考える。

 世界と魔術を生み出す存在たる私について、深く考え、整理していたのだ。

 今、この世界はとても混沌としている。

 多くの事件、多くの逸話、世界、神と魔、そして人類。さまざまな事象が絡み合い、世界の法則が乱れ始めている。


 私は考える。

 この三千世界全てを、考える。

 おそらく。


 きっかけは、私の願いだった。


 遠き過去。

 まだ魔術さえない、普通の世界。

 楽園に生まれる前の私は、まだ魔術無き世界の救世主だった。


 多くの命、多くの存在から慕われる存在だったと記憶している。

 けれど。

 期待され過ぎたせいかほんの少し休みたいと思ってしまった。


 願ってしまったのだ。

 一時でいいから安寧が欲しい、と。


 それは望んではいけない願いだったのだろう。

 本来なら叶わない願いだった筈だ。

 けれど。

 私はその魔術無き世界で、他者の願いを叶える救世主だった。


 だからこそ、願いは力となって発動されていた。


 思えばそれが魔術という概念の誕生。

 始まりだったのかもしれない。

 私という魔術を生み出す存在が、自らの休みたいという戯れのような願いも叶えてしまい――全てが変化してしまったのだ。


 救世主だった私は一時の安寧を得るため、ただの人間として転生してしまった。

 けれど、人間は人間。

 いずれ死が訪れる。


 それで元に戻る筈だった。


 もう一度人間として死んだ後、救世主として再臨すれば何も問題がなかったのだ。

 私という救世主がいない間に、世界は乱れ……魔女狩りやその魔女の眷属とされた猫へのひどい仕打ちが発生していたが、私が救世主として戻れば、それで多くの過ちが正されるはずだった。


 本来ならば、再臨した私は救世主として再び、地上を見守る光となる筈だったのだ。


 けれど、そうはならなかった。

 私の再臨先は違った。

 それが魔術発生の兆し。


 転生により、意図せず最初の世界を離れることになったのだ。


 生まれ変わった場所こそが、楽園。

 魔術が発生した世界の神々の園。

 再臨した力ある私は楽園と呼ばれる地に転生し、その世界で魔術を神々に授けるのである。


 この時点で魔術の存在が確定。

 世界は一度リセットされたと考えられる。


 観測者や観測地点、世界の変動次第で多少の変化はあるだろうが……。

 魔術理論を構築する上で、多次元宇宙を分類するとこうなるか。


 それは、世界という名の三千世界。


 第一世界は魔術無き世界にして始まりの地。

 遠き青き星にて私が救世主とされた世界。

 魔術の発生と同時にリセットされたが、地球と呼ばれた”遠き青き星”はいまも残り続けている。


 第二世界は私が楽園に転生したことにより、魔術が存在するようになった世界。そして、勇者に私が殺されたことをきっかけに、大魔王ケトスに滅ぼされる世界でもある。

 この世界では遠き青き星も含め三千世界そのものが滅んでおり、魔王軍もケトスの涙で流され消滅している。


 大魔帝ケトスは滅んだ第二世界の命を蘇生させようとしているのだ、ある意味で最終目標となる世界でもある。


 まつろわぬ女神達、アシュトレト達が存在したのもこの世界になるのだろうか。

 私は考える。

 確定ではないがおそらくは……女神達が発生したのは第二世界であり、彼女達は多次元宇宙の枠を超えて前の世界――第一世界に入り込んだのだ。

 その理由もまた、私である。


 女神達は追放された私を追っていた。

 だが、私という存在は女神ダゴンに確保されていた。

 だから見つけられなかったのだろう。


 女神達は私を探し求め、多次元宇宙を超えてしまった。

 そして。

 大魔王ケトスによって滅ぼされる前に、彼女達は第一世界の”遠き青き星”へと辿り着いていた。


 だからこそ、第二世界の住人の筈の女神達は健在――大魔王の滅びから偶然逃れ、無事だったのではないだろうか。

 この第二世界は先ほども述べたが、大魔王によって滅ぼされた三千世界。

 そこには無が広がっている


 空き地とも言うべき滅んだ第二世界の空間に、女神達はこの混沌世界を創ったのだろう。

 もっとも、その第二世界も後に第三世界と融合することになる。

 二匹の魔猫が起こした世界の融合こそが、世界の法則やバランスを崩す原因となったようだが――。


 ともあれ。


 そして最後の三千世界。

 第三世界こそが大魔帝ケトスの世界にして、今のメインとなっている多次元宇宙。

 第二世界と融合された、最新の世界である。


 世界の流れは第二世界とほぼ共通だが――決定的に違う事がある。


 ここは大魔王ケトスによって滅ぼされた第二世界が”元に戻ろうとする性質の影響で”自らをやり直した場所。

 魔王が勇者に殺されないように調整された世界なのだ。

 実際、その調整はうまくいき、現在に至るまでこの第三世界は存続している。


 大魔帝ケトスの棲み処であり存続している魔王軍のある世界も、この第三世界である。


 この世界での”遠き青き星”は既に魔術が存在する影響で、かなりカオスな世界。

 人類に異能が目覚め始めているとの事。

 この遠き青き星で、三毛猫陛下こと魔猫となった第二世界の私と、第三世界で大魔帝ケトスに殺された勇者が夫婦となり……後に大魔帝ケトスの妻となる勇者ヒナタを授かるらしいが。

 やはりそれもまた、大魔帝ケトスの物語の一節。

 読み解くだけでも膨大な時間が必要となるだろう。


 正直、かの逸話を読んだとしてもそれが現実にあった出来事だとは思いにくいのだが……。

 まあ、この魔猫を見る限りは破天荒な逸話もすべて事実なのだろう。

 私は大魔帝ケトスに目をやっていた。


 だいたいは、この魔猫のせい。

 のようなのである。


『異界の魔王陛下、私になにか?』

「いえ――いつかあなたの物語を、もっと深く読んでみたい。そう思っていただけですよ」

『武勇伝を誇るわけではないですが――読み解くのにかなりの時間を有するかと』


 実際、私の物語に辿り着くまでには、多くの物語が積み重なって存在しているようだ。

 私は瞳を閉じていた。

 しばし考え……息を吐く。


 大魔帝と大魔王がその第二、第三世界を融合させてしまったせいで不具合や亀裂が生じ。

 三千世界は不安定となっているらしい。

 時系列の乱れや、裏付けを取っていない私の推測ミスなどが多少あるだろうが――大筋は先ほど想像した通りの筈だ。


 ただ。

 あくまでも私の仮説と理論だ。

 大魔帝や他の大魔術師と呼ばれる者が説を組み立てれば、違った答えがでるかもしれない。

 彼らの意見も聞きたいが、今はその時ではないだろう。


 世界の状態を読み解き。

 そしてまだまともに泣く事さえできない、未完成な私を自覚し――。

 私は口を開いていた。


「アシュトレト、そして異なる世界の私が愛するケトスよ。どうか力を、貸していただけますか?」


 最後の成長を果たし。

 魔王聖典の説得を成功させ、その書に刻まれた魔術を発動させ。

 私はかつての魔王軍を蘇生させる。


 そのために――邪杖ビィルゼブブを強く。

 握った。

 アシュトレトが頷き、その髪を揺らし始めた。


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