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第223話 流れた世界をもう一度


 黄昏の舞台。

 悪魔バエルと化したバールレギオンの前。

 私は深く考える。


 多くの者が私の周囲で動いていた。


 大魔帝ケトスはこうして私を成長させようとしている。

 何度も何度も。

 まるで試練を与えるように。


 一体何と戦わせようとしているのか。

 可能性を考える。

 ……。


 魔王聖典が相手ならばおそらく、大魔帝ケトスを中心とした獣神だけでなんとかなる。

 ならば敢えて私を成長させる必要はない。

 もっとも、私を通じ世界の美しさを感じさせ、説得しているというのならば――こうした回りくどいやり方も分からないでもない。


 だが、明らかに違和感がある。

 そこには何か意味がある筈だ。

 三獣神や四星獣では叶えられない、何かを私にさせようとしているのだろう。


 私は言う。


「女神バアルゼブブ。あなたの秘密を理解できましたよ」

『異なことを――それは余との勝負がついてから……』

「そうですね、けれど申し訳ありません、どうやらあまり時間がないようですので――」


 申し訳なさそうに眉を下げ、告げて。

 私は腕を伸ばし、邪杖ビィルゼブブを掌握。

 所有権を奪い返し、そのまま杖から魔術の杖の材料に使われる”トネリコの枝”を誕生させ。


 ズズズズズズズズゥゥゥゥウウウ!

 トネリコの枝が悪魔王の身を戒め、それは大魔帝ケトスの転移すらも妨害し、一つの檻と化していた。

 世界の法則を捻じ曲げるべく私は魔術名を詠唱。


「神魔捕縛魔術:【トネリコの虫篭】」


 枝に魔術式を反映させ、魔を捕らえる檻を構築。

 バエルと化したバアルゼブブを捕縛していた。

 戯れを捨て、本気で捕らえることにしたのである。


 バエルが檻に触れると、魔力の雷が発生。

 その戒めをそう簡単に解くことはできないだろう。

 呆気ない終わりだ、けれど――戦いなど一瞬の判断で全てが変わる。


 どれほどに完璧な間合いをキープしても、一手で崩壊する。

 堅牢に見えても、それが崩れた時は脆い。

 まるで世界のようだ、と感傷に浸りながら私は勝利を告げていた。


「私の勝ちという事で宜しいでしょうか?」

『手を、抜いていたの?』


 バエルの身体がバアルゼブブに戻りながら、いつもの声を漏らしている。


「お叱りを受けるかもしれませんが、そうなのでしょうね。そしてあなたの肩に魔猫がいる以上、私は攻撃魔術を使う事ができません。猫を傷つけたくない、いえ、猫だけではない……私はもう誰も傷つけたくはないのです」

『そう。本当に強くなったんだね、レイド』


 女神バアルゼブブは笑っていた。

 暮れる太陽を背に、本当に穏やかに笑っていた。

 彼女の背景。

 廊下から見える広い空間に黄昏が広がっている。


 戦闘終了の影響で元の世界に戻りつつあるのだ。

 彼女が言う。


『あたしはね、本当はわざと……あの子を見殺しにしたのかもしれないの』

「……姉ポーラのことですね」

『そうだよ。あたしはね……たぶんレイドを取られたくなかったんだよ』


 それが、女神バアルゼブブが抱えていた秘密。

 けれど、当時の彼女は感情が曖昧だった。

 それこそ蟲の中に芽生えた意識のような存在だったのだろう。


 だから。


「私や他の女神、そして人類との暮らしの中であなたは……心を知った。だから、理解してしまったのですね。あの日、あの時、自分の中にあった嫉妬の感情を――全てが終わった後に、知ってしまった」


 助けられるのに、どうでもいいから助けなかったのではない。

 助けなかったのだ。

 当時の彼女にとっては、おもちゃを奪う子供に見えたのだろう。


 だから、見捨てたのだ。


 けれど、感情を知った後で、あの日を思い出した時。

 女神バアルゼブブはどう感じたのだろう。

 どう思いながら、自分がした事の本当の意味を知ったのだろう。


『あたしはね、レイド』

「はい」

『レイドに謝らなくちゃいけないんだよ』

「もう以前に何度も謝罪を受けていますし、私ももう、過去の事と思っているのですが――」


 もちろん、辛いと思う感情は残っている。

 けれど。

 女神バアルゼブブは言う。


『でもね、レイド。あの時のごめんは本当のごめんじゃないんだよ。あの時のあたしは、本当に、ただね、助けなかったことを謝ったんだよ。けれどね、レイド。わざと助けなかったことを、あたしはごめんって言ってないんだよ。だからね、レイド。ごめんね。許してくれなんて、言えないけれど。それでも、あたしは、ちゃんと、全てを知った上でね、謝らないといけなかったんだよ』


 黄昏を背景にするバアルゼブブは、背にオレンジの光を纏い。

 瞳に涙を浮かべ。

 唇を動かした。


『だからね、ごめんねレイド』

「……あなたもずっと、そうして秘密を抱えていたのですね」


 私は悪戯を告白した子供をみる顔で。

 魔術を解除し――。

 そっと彼女を抱き寄せる。


「彼女の最後は悲しい出来事です。けれど、あなたも苦しい思いをしていたのでしょう。きっと、今の心を形成したその後で、あなたはとても強い罪悪感に囚われていたのですね。すみません、気付いてあげられなくて……私がもっと早く、あなたの心に気付いていたら。そして、大丈夫だと言ってあげていれば――あなたにそのような不安そうな顔をさせる事もなかったのですが」

『レイド? 怒ってないの?』

「姉ポーラが大切な家族だったように、あなたも大切な家族なのですよバアルゼブブ。だからすみません、あなたの心をずっと、苦しめていたままだと知らずにいて……私も反省しているのです」


 私は彼女を更に抱き寄せ。

 ハーフエルフとして動く心臓の音を、鼓動を彼女に伝えていた。

 バアルゼブブは瞳を閉じていた。


『あったかいね、レイドは』

「あなたの体温は低めですね」

『そうだよ、だって僕は蟲の王だから。レイドの血の暖かさは、生物って感じがして……僕は好きなんだよ。たまに頭から食べたくなっちゃうけど、それでもずっと、我慢できるから』


 ……。

 初耳の情報である。


「……まあ、一部の虫は捕らえた獲物の頭から喰らい、逃走させないようにしますからね」


 感情をはっきりと自覚しても、バアルゼブブの素はやはり蟲の群体。

 彼女たちの中にはまだ件の王たちがいるのだろうが。


「あなたの中の王たちとはいずれまた……」

『あたしの中の王様達?』

「ええ、彼らもあなたを形作る大切な存在ですからね――このような形の決着は彼らも不本意でしょうが、すみません。どうやら思っていたよりも時間がないのでしょう」


 告げて私は少し離れた場所に退避していた魔猫を見上げ。

 空に浮かぶ大魔帝ケトスに問う。


「大魔帝ケトスよ。あなたが此度の儀式たたかいに参加していたというのなら、これもおそらくは初めから流れに組み込まれていた事だと推察できます。目的はだいたい想像できましたが、勿体ぶったやりとりはもう結構。本題に入っていただけませんか?」


 大魔帝ケトスは言葉に反応し、黄昏の中にその身を溶けさせ。

 ニヒィ!

 チェシャ猫スマイルで肯定を示していた。


『おや。本題、でございますか?』


 私がこの廊下でバアルゼブブに声をかける事も、おそらくは計算内だったのだろう。

 そこまでの未来観測ができる存在を私は知っていた。


「あなたたちには先が見えているのでしょう。三獣神の中でもっとも未来視を得意とするケモノ。見えすぎる故に、見える未来に悩まされ続けた神の鶏――魔帝ロックと恐れられた我が愛鶏と対になる白き神。あなたがたの世界ではこう呼ばれているのでしたね、神鶏ロックウェル卿と」


 黄昏の中に溶けている魔猫が、あちゃー……。

 そこまでバレているのですねと、すぅっと瞳を細め。

 紳士で真摯な神父声で語りだす。


『……まあ、ここまで露骨に何度も戦いや事件を発生させていたら気付かれますよね。ええはい、その通りですよ。これも私の友にして盟友ロックウェル卿が見ている未来を変えるために必要なこと。そう判断し私も行動しているのです』

「女神達を巻き込まないでほしかったのですが」

『それは申し訳ないと思っております。けれど、これも女神バアルゼブブの同意は得ているのです。彼女は彼女で秘密を抱えていた。そして彼女の元となった王たちが、かつてのレイド陛下として転生する前のあなたを呪っているのもまた事実。その心のモヤをこの機会に取っておいた方が良い、私はそう判断しました』


 私と似たような声が響いている。

 神父たる声を発する大魔帝ケトスは、おそらく反救世主としての魂。

 救世主であった時の私の影法師である。


「まあ、彼らも私と戦ったことで少しは気を落ち着かせたようですが」

『けれど、それも一瞬の事。再びあなたへの妄執が動き出すでしょうね』

「それでも構いませんよ。私はバアルゼブブと共に在る、彼女の中にいる彼ら王の恨みも嫉妬も私が受け止めればいいだけの事。そこに何の問題もありません」


 彼女の中の王たちが私を呪い続ける事もまた、受け入れる。

 それが私の選んだ答えだった。

 黄昏の女神の秘密を聞き終えたからか、大魔帝ケトスは一つ息を吐き。

 猫のひげを揺らし言う。


『――残りの女神の物語ひみつもご覧になっていただき、あなたには成長をして欲しいのですが。さすがに度重なる時間稼ぎも限界のようですね』

「そのようです――」


 私は取り返した邪杖ビィルゼブブを装備し直し。

 もう終わりが近いことを悟りながら口を開く


「魔王聖典は平和を導く性質がある。そして一部の書は静寂の平和を選んだ――それは確かにその通りなのでしょう。解決するだけならば簡単。あなたがた獣神が魔王聖典が潜む夢世界に入り込み、倒せばいいだけ。けれどそれをしない。そこには確かな理由がある」

『異界の魔王レイド陛下。不躾ながら質問があります』

「なんでしょうか」


 大魔帝ケトスは空気を変えていた。

 それは嘘は止めて欲しいと言う願いだったのだろう。

 真摯で紳士な声で問いかけていたのだ。


『あなたはどこまで先を読まれているのでしょうか』


 私は言った。


「今現在、あなたの世界の魔王軍は存続している。魔王が勇者に殺されなかった世界ですから当然です。けれど、私が勇者に殺されたあの世界は違う。あの世界は、私が勇者に殺された後に大魔王の涙によって全てが洗い流されました。世界が滅んだのです。故に、こう考えます。あなたがたが魔王聖典を正気に戻らせた後、私という存在を使い大魔王ケトスに破壊された世界を蘇生。あの時、大魔王が壊してしまった命を取り戻し……そして、世界と共に滅ぼしてしまったかつての魔王軍を取り戻そうとしている。どうでしょうか?」


 答えは――滅んだ魔王軍の再生。


 全身の毛をぶわりと膨らませた大魔帝ケトスは目を見開き。

 しばしの間の後。

 称賛し、畏怖するように静かに首を垂れていた。


 正解だったのだろう。


 私を強化することで望む最終目標は、大魔王ケトスが涙で滅ぼした世界の再生。

 世界を新しく作り直すことは簡単だ。

 あれほどの獣神が揃っているのだ、同じモノを模倣し作り直すことはできる。


 けれど、あの時壊れてしまった存在を魂ごと蘇生させるとなると話は変わってくる。

 だから彼らはこれほどまでに回りくどいやり方をし、私を成長させているのだ。

 私が言う。


「さて、今の私にそれはできそうなのですか?」

『申し訳ありませんが、まだ――至ってはいないかと』

「そうですか……間に合いませんでしたか」


 この作戦には魔王聖典の救済が第一条件。

 それには私を通じ、女神の心を変えたようなプロセスが必須。

 時間制限があるという事はおそらく――今現在、魔王聖典が発動している”静寂なる平和”のための力を転用する必要があるという事だ。

 そして魔王聖典を説得するためには、純粋に何も知らなかった私を通じ、世界の美しさを見せる必要があった。


 それは途方もない綱渡りのような状態。

 全てを見通すロックウェル卿が未来変動を予知し、微調整していたと考えるのが現実的か。

 私の成長と同時に魔王聖典の説得材料を整える、言葉にすれば簡単だが実際に動いていた彼らはかなり苦戦していた事だろう。


 その努力も実り、魔王聖典の説得自体は可能だろう。


 だが、私の成長が間に合っていない。

 大魔王が壊した魔王軍を再生させるだけの理論が、構築できる領域に至っていないのだ。


 あと少し、あと少しで失った幸福な時代……魔王軍を取り戻せるはずだ。

 そのついでに、大魔王の涙に消えた多くの命を取り戻せる。

 けれど、時間稼ぎももう限界に近い。


 どうしたものかと黄昏の中で再び考える私達を、なぜだろうか、陽光が照らしていた。


 この暖かき光はアシュトレトである。

 時間逆行ともいえる空間の中。

 沈むはずの黄昏が浮かび上がり、それは昼の陽射しとなって輝きだしたのだ。


『ならば、最後は妾という事であろうな』


 声が聞こえた。

 アシュトレトの声だった。

 おそらく、彼女もまた秘密を抱えているのだろう。


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