表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

223/244

第222話 転身【悪魔バエル】


 隔絶された空間。

 時間の流れが他より早いといえるこの場所にて――。

 私と彼女との戦いは続く。


 蟲の群体ゆえに複眼の数は尋常ではなく――。

 その動体視力はすさまじい。

 中距離を維持し続ける立ち回りは、まるで間合いの教科書のようである。


 さて、どうしたものかと。

 私はバアルゼブブの教えに意識を傾けた。


 バアルゼブブの教えならば――相手が立ち回りを得意としているのなら、それを崩す方法を考える。


 ならば答えは簡単だ。

 気を逸らせばいい。


 私は相手の即死攻撃に対抗するべく道具を展開。

 身代わり人形を大量召喚。

 時間を稼ぎながら、眉を下げてバールレギオンに問いかける。


「ひとつお訊ねしてもよろしいでしょうか?」


 応じるように羽音を鳴らしたバールレギオンが、ジジジジ!

 黒き蟲の身体を震わせ。


『構わぬ。一つと言わずに』

『何度でも』

『それが汝の最後の願いとなるのだからな』


 やはり純粋な反応である。

 結局のところは彼女はあの女神バアルゼブブなのだろう。

 だからこそ消滅させられないのは困りものだが。


 身代わり人形では相手の成功判定を覆せず、呪殺を受け破裂。

 すべて消滅していたが。

 まあ時間稼ぎはできたか。


「ありがとうございます、ではあなたは一体何を秘密としているのか――教えていただいても構いませんか?」

『秘密?』

「ええ、明け方の女神ダゴンや、午後三時の女神や夜の女神がそうであったように。あなたたち女神はそれぞれに秘密を抱えているように思えます。それもどこか後ろ向きな秘密です。おそらくはあなたにも、何か言えない秘密がある。どうですか、この機会に語って楽になってはみませんか」


 返答はなく。

 バールレギオンは黒い体の中央から、蜘蛛の一団を召喚。

 こちらの接近を防ぐべく、物理では砕けない蜘蛛の糸をまき散らし始めていた。


 おそらくはこれも歪められた神の姿。

 悪魔バエルとしての権能だろう。

 バールレギオンが形態を変化、バエルとしての姿を形作り始める。


 聞こえてくるのは、ヒキガエルのような猫の声。

 黒き蠅の霧の中。

 バールレギオンとして存在していた塊が変化したのは、王者だった。


 肩に猫とカエルを乗せた、比類なき覇気を纏うほどの王なのだ。

 ただ完全に人型の王ではない。

 その体からは歪な棘……無数の蜘蛛の脚が飛び出ている。


 王者の口が、朗々と告げる。


『女神バアルゼブブ』

『かのモノの秘密が知りたいのならば』

『せめて余を倒してみせよ――それが礼儀、それが儀礼、それが儀式』


 言って、バエルとなった王が蟲の身体で掴んだのは、邪杖ビィルゼブブ。

 私も愛用していた武器だけに、その対処方法は心得ている。

 この杖は骸骨の杖。

 その空洞の瞳や口を塞げば、神器としての性能が大幅に軽減される。


 だからこそ私は詠唱を開始。

 足元に十重の魔法陣を輝かせ――。

 杖を使用せずに腕を伸ばし。


「方舟が進む先には未来があり。なれど、その滅びを運び駆けたのもまた神の御業なり。故に、幸福の魔王たる我が命じる。レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバーの名において顕現せよ、生命を絶つ嘆きの雫よ、神の涙が汝ら小さき巨人を押し流さん」


 それは、罪と退廃により発生した巨人を流す神の涙。

 ノアの箱舟の逸話を神話改竄し、私は魔術を発動。


「神話再現アダムスヴェイン:【開門せしノア】」


 海の匂いが空間に広がっていた。


 天より開いた巨大な門から吐き出された濁流が、廊下に降り注ぎ始めていたのだ。

 それは圧倒的な物量で蟲を押し流す神の涙。

 邪杖ビィルゼブブの空洞に水を流し込み、蜘蛛を散らし、更に蟲の群れであるバエルの本体を解散させ――悪魔バエル化を解除しようとしたのだが。


 濁流が直撃するよりも前。


 バールレギオンたるバエルは黒い肌を微笑させ。

 ギギギギギ!

 王の顔と、カエルの顔、そして猫の顔が同時に口を開いていた。


『救世主に装備されていた』

『この邪杖』

『汝の想定よりも――くくくく! くははははははは! 強い!』


 言って、悪魔バエルが邪杖ビィルゼブブの石突で床をトン。

 まるで私が普段使っていた時のような仕草で、杖を発動。

 その効果は――。


「魔術破壊!?」


 思わず、私は喉の奥から声を吐き出していた。


『然り』

『汝に譲渡せしこの邪杖は汝の魂、汝の魔力、汝の力を知っている』

『故に、杖そのものが貴様の戦い方を熟知しておる』


 パリン!

 と、破壊された私の開門せしノアは無効化され、その魔術式の反動が私に反射され襲ってくる。

 これは魔術式を利用した、反転だろう。


 私は緊急で指を鳴らし。

 詠唱による奇跡を発動!


「サムソンを呪う者よ――!」


 相手がしたことは、魔術式への介入。

 対象を指定した攻撃の対象範囲を、破壊と同時に術発動者へと書き変え、魔術式を再利用。

 対象を反転して再発動させたと考えて貰えばいいか。


 こちらの対処は単純に属性吸収だった。


 緊急で奇跡を起こし、私自身に加護を授け。

 濁流を吸収。

 それは女神ダゴンが持つ権能、海の加護を利用しての回避である。


 なんとか防げたが。

 バエルが装備する邪杖ビィルゼブブがその空洞を輝かせ、くははははは!

 中距離で極大規模の魔術を連打し始めていた。


 散弾が飛んでくるイメージだろうか。

 それは小さく黒い粒だった。

 こういった精密な攻撃魔術は、魔術攻撃を得意としないバアルゼブブにはあまり似つかわしくない。


 違和感の中。

 それでも弾こうとしたが、ぞっとするほどの直感が私の背筋と反射神経を動かしていた。

 私は回避を選択していたのだ。


 回避した空間が、ググググゥゥゥゥっと圧迫され消滅していた。


 一度見たことで性質は理解した。

 やはり直撃したら即死級の攻撃である。

 おそらくそれは――反動を利用した魔術弾の砲撃。


 精密な魔術制御で重力を制御、圧迫。

 極限まで圧迫させた空間の中で魔力の弾を生成。

 圧迫している魔術制御を解くと――……。


 あくまでも単純にした説明だが、ようは球が高速で撃ちだされる仕組みだったのだろう。


 圧迫された重力の魔力を呼称するのならば、ブラックホール。

 魔力を小型のブラックホールのような物体として撃ちだす、いわゆる【縮退の一撃】だろう。

 だが、縮退の一撃はあくまでも黒天体にみえるだけで実際は違う。


 けれどだ。

 これは違う。

 どこかに召喚魔術に用いる魔術式の名残を感じる……圧迫されていく魔力の正体は天体の材料だろう。


 再び私の口は思わず声を発していた。


「天体魔術……っ? バアルゼブブがですか……!?」


 ようするに、本当に小さなブラックホールを召喚し、魔術弾として連打してきているのだ。


 バエルが放つ魔術は攻撃魔術の一つの最奥。

 逸話を用いるアダムスヴェインとは違い、通常魔術を極めることで発動できるが魔力制御が極めて困難。

 単純に魔力が足りず発動できないという間抜けなオチも多い魔術だが、発動できるだけの魔力と技術がある者ならば、その破壊力は攻撃魔術の中でも最高位に属していた。


 神々の技術を記す魔導書によっては、奥義に分類されるほどの技術。

 天体を操作し攻撃する魔術体系。

 それが天体魔術。


 隕石や星々を落下させる、かなり派手な魔術群と思って貰えばいいだろう。


 邪杖ビィルゼブブがまるで悪戯な猫のように口をニヒィっと釣り上げ。

 くははははははは!

 明らかに私を馬鹿にした様子で、柔軟にしなる身体を揺らし、クイクイ!


 私を挑発しているのだ。

 ……。

 まあ、そのおかげで種が割れていた。


 相手のブラックホール攻撃を魔術式に介入することで、解除。

 発動そのものを無かった事にしながら、私は言う。


「……神器ならば、その力の影響で知恵や意思を持つこともありますが――どうやらそういう類の現象ではないようですね。あなたはいったい、そこで何をしているのです? なにをしたいのか、説明していただきたいのですが」


 問いかけにバエルと化しているバールレギオンは、うぬ?

 と、訝しむような息を漏らし。


『余は救世主を』

「いえ、あなたではなくあなたの肩に乗って偉そうにし、邪杖ビィルゼブブを操っているそこの魔猫。大魔帝ケトスに聞いているのです」


 指摘に、バエルと肩の魔猫がギクりと身を揺らし。

 両者同時に目線を逸らし。


『な、なにをいっているのかなあ。私……オ、オデはバエルの猫の部分の、悪い猫だにゃ~』

『し、然り――我が肩に乗る、余の一部たる魔猫が大魔帝ケトスの筈があるまい』


 この二人……。

 嘘がへたくそすぎる。

 まあ何らかの理由で、女神バアルゼブブに大魔帝ケトスが力を貸しているのだろうが。


「この戦いに意味があるのかどうか、そこは教えていただきたいのですが」


 おそらくはどうせ、答えないだろう。

 彼女の肩の猫が言う。


『くははははは! 質問ならば、我を倒してからにするのだな!』


 そうなるだろうとは思っていた。

 しかし実際、何か意味があるのだろう。

 答えを探り私は、ぼそり。


「単純に考えれば、まあ私に対するレベリング。経験値稼ぎといったところでしょうか――」


 再び、ギクリと両者の肩が揺れていた。

 今までの流れからも予想できるが、大魔帝ケトスは私を成長させようとしている。

 そう考えるのが妥当である。


 つまり、私が倒さないといけないナニカが、まだあるということだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ