表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

218/244

第217話 女神達の秘密~春と夜の女神:前編~


 世界と世界とを繋ぐ宇宙空間。

 そこは魔力と闇と星々の光で満ちている。

 闇の海に漂うのは夜の女神と、そしてふわふわな猫の尻尾のような綿をはやした巨大な神樹。

 この樹こそが異聞禁書ネコヤナギなのだろう。


 その枝にはちょこんと愛らしい少女姿の獣神。

 分霊に近しいと思われる存在が鎮座している。

 童話書の中から飛び出してきたような、メルヘンな少女である。


 赤い靴を揺らし、少女はふわりと闇に着地。

 混沌世界と私と、混沌世界に生きる民に挨拶するようにカーテシーを披露し。


『初めまして、混沌世界の皆さま。あたしはネコヤナギ。異聞禁書ネコヤナギ。盤上世界と呼ばれる地で、世界を管理する者の一柱。あたしたち管理者を、あたしの世界の人はこう言うのよ。願いを叶える獣、四星獣って――ふふふ、以後よろしくなのよ』


 異聞禁書ネコヤナギは丁寧な挨拶をしてみせた後。

 ゴゴゴゴゴゴ!

 髪を揺らして二匹の獣を睨み、小さな口をぷくりと動かしていた。


『もう! ナウナウにムルジル=ガダンガダン大王ったら! あなたたちは盤上遊戯で居残りしている筈だったのに! 来ちゃったら駄目じゃないの!』


 存外にこどもっぽい声が闇の空間に響いている。

 夜の女神と行動を共にしているのだろう、彼女と夜の女神はいわゆるパーティーを組んでいるとステータス情報に表示されている。

 猫の尻尾のようにふわふわな少女に、ナマズ帽子を装備した大王がガハハハハハハ!


『たわけ! 我らがこのような面白そうな事を放置するわけがあるまい!』

『僕たちを~、除け者にしようとしても~、無駄なんだよ~!』


 パンダと魔猫、二匹は輪唱するようにエヘヘヘがははは!

 ネコヤナギは露骨にはぁ……と小さな息を漏らし。


『まあ、そうよねぇ……三千世界でこれほどの規模の変動があれば、あなたたちも当然動くとは分かっていたのよ。けれど! ここまで場を乱してくれるなんて思っていなかったのだわ! あたしがどれだけ恥ずかしい思いをしたと思っているのよ!』

『ふん! 勝手に外の世界の者たちと結託しておったそなたが悪い!』

『きぃぃいいぃぃぃ! 反省をして欲しいのよ!』

『ガハハハハハハ! 笑止! 管理者ならば余とナウナウの行動ぐらい制御してみせんでどうする!』


 開き直ってナマズ帽子の口と共に大笑いする大王であるが。

 まあ……たしかに、彼らを制御するなどどれほどの神とて不可能に近いだろう。

 夜の女神と目線を合わせた私が言う。


「ペルセポネー、夜の女神よ。どうやらあなたにはだいぶ苦労を掛けていたようですね」

『……アドニスよ、すまぬ。朕は……』

「知っていますよ、あなたはとても優しき地母神。これも私や世界、そして宇宙のために動いているのでしょう。全てを語ることが信頼とは限らない、語らなかったことで私は貴女を責めたりはしません。しかし、今こうなったからには事情をご説明いただきたいのですが」


 夜の女神は顔を覆うヴェールを息で揺らし。


『そうである、そうであるな。いったい、どこから語れば良いのか。朕が冥界の支配者としての属性を持つことはアドニス、そなたも知っておろう?』

「ええ、あなたは生と死を司る者。神話の一説によればデメテルの娘にしてハーデスの妻、誘拐婚の犠牲となり冥界に住むこととなったペルセポネ。あるいは……編纂された神話では神プルートに誘拐され、冥界神の妻となった春の女神プロセルピナ。それはすなわち冥界の女王、転じて魔術的な意味では冥界の支配者と繋げることができる」


 彼女もまた人々の信仰……つまり心の魔術で名を変えられた神と言える。

 まあ女神達があの神話にある女神本人であるとは限らず、そうであって欲しいと願われ”無から召喚”された存在の可能性も高いが――。

 ともあれ私は観客席にも分かりやすいように、そう説明していた。


 女神は頷き。


『朕は、そなたの行方を知っていた。女神ダゴンが他の女神に黙り動いていたように、朕もまた……そなたの影を追っておった。そして、兄を殺され魔性と化し楽園を滅ぼしたそなたが再び……弱き者に手を差し伸べ、魔王となった様を眺めておった』

「……私がレイドとして転生する前。魔王軍を率いていた時代を、見ていたと」

『然り、朕は夜と共に在り。朕は闇と共に在り。然らば、アドニスよ。汝が魔猫や魔狼、魔鶏を通じ心を癒す様を眺め……安堵しておった。嗚呼、そなたもようやく、長き神の戒めから解き放たれたのだと……しかし』


 言葉を区切り、両手を広げ夜の女神は朗々と語る。


『世界は汝の存在を許さなかった。勇者を生み、狂わせ――魔と共に平和に生きるそなたを殺した』


 夜の女神の声は震えていた。

 普段、無表情で冷淡な皇帝といった様子をみせる彼女にも、思うところがあるのだろう。

 しばし言葉が止まってしまった彼女に代わり、私が口を開く。


「勇者とは魔王を殺す者。正直、私には殺される理由などあまり浮かびませんでしたが……世界が勇者とはそうあるものと望んでいたのかもしれません」


 私はかつて魔王だった時代に提唱した世界生物論を考え。


「私達の世界を創った存在がそうしたいと因果を操作したのか、或いはこの三千世界を観測している上位存在のようなナニカがいたとして、そうあるべきと願ったのか。ともあれ、私が魔王として君臨していたあの世界では私を殺す勇者が作られ、そして私は殺された……。その時の三分の一が私であり、魔猫となった男であり、今、この三千世界から生命を消そうとしている魔導書である。私が殺されたことは、世界にとって大きなターニングポイントとなっているようです」


 夜の女神も世界の成り立ちを理解しているのだろう。


『然り、だからこそ――大魔王ケトスが三千世界を滅ぼしかけた、その時……壊れた世界を修復しようとした三千世界そのものがなした事は、魔王が勇者に殺されぬ運命を作り上げる事。そなたが殺されれば世界は終わる、ならば殺されない世界としてやり直せばいい。その結果――世界が存続するかどうかの特異点と化した汝は生かされ……そして壊れずに済んだ三千世界は先の未来を歩んだ』


 それが大魔帝ケトスの世界。

 分かりにくいことこの上ないが、よりにもよってさらに厄介なことをしたのが二匹の魔猫。

 それが本来なら大魔王に壊され終わったはずの旧三千世界と、新三千世界の融合。


 世界のバグの始まりでもあるだろう。


「しかし分かりませんね。大魔王ケトスに対する大魔帝ケトス、私と魔猫陛下と魔王聖典に対する大魔帝世界の魔王。本来ならあり得ぬ同一存在の両立の原理は分かっていますが、ペルセポネーよ、今この状況であなたは何が言いたいのでしょうか……? この世界の現状と、その話に繋がりがあるとは……」

『語らねばなるまい』


 観客たちも神々の語らいであると真剣に見守る空間。

 ええーい、演技じみた演出など要らぬから早く語らんか!

 と愚痴る”赤貧なるマルキシコス”の頭にグーデン=ダークのチョップが刺さる中。


『朕は悪しき神である。そなたが勇者に討たれ死んだ後、どう思い、どう願ったか――アドニスよ、そなたには分かるであろうか?』


 ……。

 きっと、思ってはならない感情を抱いてしまったのだろう。

 それはおそらく、喜び。


「死者の世界に落ちた私を冥界神の力で拾い上げ、独占する……でしょうか?」

『如何にも。朕は恩人であるそなたの死を、朕の好機と思うてしまった。実に浅ましい、実に悍ましい。だからこそ、朕には罰が下ったのであろうな』


 またしばらく、夜の女神は黙り込んでしまう。

 彼女の作り出す沈黙の宇宙。

 その闇の中で、ふわりふわりと静かにオーロラが瞬いていた。


 溜まっている彼女の感情の起伏が、夜のヴェールを揺らしているのだろう。

 あまりにも言葉が続かないからか――。

 同行していたネコヤナギが言う。


『彼女は、きっと自らを恥じたのよ。それでも、あなたを冥界で掴まえようと手を伸ばしたのでしょうね。もう二度と、誰かに殺されないように、誰かに傷つけられないように……利用されないように。ずっと、ずっと――手中に収めているつもりだったのじゃないかしら。けれど、できなかった。彼女は冥界に落ちてくるはずのあなたを、キャッチすることはできなかったのよ。それは何故だと思うかしら幸福の魔王陛下』


 しばし考え――。


「その時すでに私の肉体は女神ダゴンの庇護の中。彼女は彼女で魔術を消し去ると言う私の願いを叶えようと、腕を伸ばし、必死に……私を掴み、転生できるように尽力していた。多くの魔力、多くの権能、多くの道具を用い私を人間として現代社会に生まれ直させていた――」


 ダゴンの手により転生し、成人した私は無意識に研究していた。

 パソコンというフラスコの中に仮想世界を作り出し……。

 魔術の終わりを探っていた。


 そして私は再び三柱の女神と出逢う。

 それがこの世界に転生した私と三女神の物語。

 けれど、その中に女神ペルセポネーはいない。


 彼女には彼女の物語があるのだろう。


『勇者に殺されたはずのそなたの帰りを、朕は待ち続けた。深き死の世界の底。昏き冥界の世界にて……待ち続けた。なれど、そなたはついに現れることはなかった。嗚呼と、朕は悟った。これは因果応報、そなたの死を少しでも好機と考えた朕の大罪。朕は絶望の中にいた』


 その時の闇を示すように、宇宙から光が消えていく。


『光が見えぬ底の中に在った。だが、その光に手を差し伸べた者がおった……。本来ならば、頷かぬ。その手を掴むはずがない。なれど朕は、その者を知っていた。もう一度会いたいとも、願っていた。そして、その者には負い目があった……だからこそ、逆らえずにいた。逆らう気もなかった。朕は、かの神の言葉に従ったのじゃ』

「冥界に降りてきた神、ですか……いったい誰が」


 分からず問いかける私に、夜の女神は言う。


『そなたが楽園を滅ぼすことになった理由。唯一、楽園の救世主に心より信頼されていた黒き翼をもつ男。レイヴァン=ルーン=クリストフ。悪食の魔性にして、世界の終わりを望んだもの』


 つまりは――。


『そなたの兄だ』


 夜と闇のヴェールの下。

 夜の女神は、ただまっすぐ。

 私を眺めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ