第215話 遠距離砲台(ヌーカー) 後編
大火力の直撃を受けた私。
レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバーは結界に押しやられるも、涼しげな顔で佇んでいた。
確かに自慢できるほどの火力である。
パチパチパチと鳴るのは空間が燃える音ではない。
私が手を打つ音。
再度、私は心よりの拍手を次期精霊国の皇帝となる青年に送っていたのである。
「大変興味深い火力ですね、これならば自信をもって強者を名乗っていいと思いますが――しかし、あなたは規格外の家族に囲まれているので、どうも自己評価が低いように見える。母君がおそらくは思慮深い方で、あなたを調子に乗らせないようにと厳しく指導しているのでしょうが――」
『は!? なんでダメージを受けてねえんだ!?』
唾さえ飛ばす勢いで炎舞くんは驚嘆しているが。
「なんてことはありません、あなたが極大ともいえる火力を用意するのならば――こちらはそれに耐えうるだけの強化魔術をかければいいだけの事、あなたが大詠唱する間にこちらも余裕があったのです。簡単な話ではありませんか?」
『……は?』
「爆風のせいで聞こえませんでしたか? 大火力に耐えうるだけの……」
『いや、聞こえるっての!? だがな! 攻撃と防御は違う、攻撃した側はぶっ放せばいいだけだが防御してる側はそうはいかねえ。魔術のベクトルも周囲の結界で反射される破壊力も計算にいれて、攻撃の数倍も精密に強化を組み上げる必要がある。全然簡単じゃねえだろう!?』
大砲を放った時、放つ側はただ放つだけでいい。
だがそれを受け止めるなり、相殺する場合はそうもいかない。
加速し飛んでくる弾を防ぐには、放つ以上の力がいる。
そういう計算を言いたいのだろう。
まあもっとも。
無条件で相手の攻撃を回数で防ぐ、無条件結界魔術:【神聖不可侵の絶対聖域】を、周囲を纏わりつく”俱利伽羅の黒炎龍”の攻撃の合間に使えば、完全防御。
それでも問題なかったわけだが。
それはもし反射魔術を妨害するついでに結界を攻撃されたらアウト。
ならばこそ、強化魔術で自分を強化した方が確実。
分かりやすい答えなのだが――。
「まあ悪戯猫の少しやり過ぎた悪戯を防いでいるうちに、自然とできるようになっただけですので。つまりは慣れですね」
『いやいやいや! ねえだろう! だいたいだ! これだけの規模の攻撃を耐えるほどの強化魔術ってなんだ!?』
「ねえだろ……と言われましても、実際にできているわけですし」
『ガヵぁぁぁぁぁあぁあ! その顔、その口調! 親父みてえだから、マジでやめろ!』
「困りましたね――真似しているわけではないのですが」
眉を下げる私に、炎舞くんは唇を三角に尖らせ。
ギリリ!
口から漏らす焔の息と、燃え逆立つ髪を揺らし。
『追撃で似たような声と顔をするんじゃねえ!』
ぜぇぜぇと肩を揺らしてご立腹である。
まあ、ケトスに含まれている人間部分の存在が、そもそもは救世主だった頃の私という存在を模倣したケモノなのだ。
似てしまうのは仕方ない。
しかしだ。
「炎舞くん、あなたは少々常識に囚われ過ぎているきらいがありますね。魔術とは、本来ならば不可能なことを可能とする現象。世界の計算式を書き換え、自分に都合のいい式で上書きする……いわば算術の分野。つまりは――」
『うるせえ! まだ戦いは終わっちゃいねえ!』
説教を回避するべく相手は結界を再展開するが。
既に私は動いていた。
宇宙規模の大火力を防ぐほどの強化魔術を受けている状態なのだ、その身体能力はすさまじく上昇している。
武術の師たるバアルゼブブに恥をかかせぬためにも、私は瞬時にステップ。
一足飛びで、空間も渡らず距離を縮めるが。
甘い――、と声が聞こえてきそうなほどのドヤ顔が、相手の顔に浮かんでいた。
炎舞君は強化解除のアイテムを煙状にして、展開。
こちらの強化を全て強制解除し、口角を吊り上げていたのだ。
強化を解けば勝てる、そう判断したのだろう。
だが。
反応した相手の武術を全ていなして、背後を取り――。
「チェックメイトです」
白兵戦を維持し大詠唱を再開しようとしていた炎舞君の首筋に当てられたのは、伸ばした魔術の刃。
面倒な相手ならばここで負けていないと騒ぐのだろうが――。
炎舞君の、存外に理知的な唇が上下する。
『……分からねえな、オレは白兵戦も得意とする精霊。あんた、魔術師なのにどうやってオレの体術を上回ったんだ。どんな強化魔術を使えば、そこまで技術を強化できる』
「強化魔術ではなく単純に研鑽を積んだだけ。つまりは魔術なしの体術ですよ」
『……魔術が得意なくせに、最も得意とするのは武術ってか。はぁ……ますます親父のそっくり野郎様じゃねえか』
炎舞くんは素直に両手を上げ、俱利伽羅と表示される龍を炎の渦へと帰還させ。
『ま、仕方ねえわな――負けだ、負け。オレの負けだよ』
「おや、ずいぶんと素直ですね」
『オレも実力を弁えてはいるからな……オレの敗因はたぶんそうだな、あんたに詠唱の時間を与えちまった事。そりゃあこっちが詠唱できる間に相手も詠唱ができるんだ、オレの戦術の致命的な欠点は相手が自分を超えるスペルキャスターだった場合ってか。さて』
自分の負けた理由もしっかりと分析した男は静かに告げて、すぅ……。
炎舞君は皇帝の息子の顔を作り。
宙で跪く――。
『重ね重ねのご無礼、大変失礼いたしました――異界のレイド魔王陛下。あの方の三分の一を司る、いと尊き御方よ』
「そういう形式ばった挨拶も結構ですよ。それで、いったい何が目的だったのですか? 自分が負ける方にかなりの大金を賭けていたようですので、ご自分が負けると分かっていたように思えますが」
言って私は観戦席に目をやっていた。
ほぼ全財産を失ったようで発狂しかけているマルキシコスの横の猫を眺め、苦笑の顔を作っていたのだ。
『気付いておられたのですか』
「こちらには情報を司る風の勇者が味方をしておりますからね。まあ、細かいことまで大抵の事は把握していますよ」
『風の勇者、でございますか――』
「女神達が生み出したこの混沌世界では勇者は一人ではありませんからね」
そう。
この炎舞君。
ムルジル=ガダンガダン大王が賭け事をしはじめると読んでいたらしく、猫の形をした炎の精霊を使い金儲けを企んでいたようなのだ。
まあ、さすがにあくまでもそれはついで、目的は金儲けではないだろう。
ムルジル=ガダンガダン大王に驚いてみせていたのも演技と思うと、なかなかどうして計算高いが。
ともあれ。
炎舞君は礼儀正しい皇族の顔のままに、瞳を細め。
『試すような事をして申し訳ありませんでした、ですが、これも必要な事だったとご理解いただきたく――』
「分かっていますよ。というか――あなたのようなまともな方が訳もなく襲ってくるとは思えませんし、かといってあなたほどの強さならば誰かに命令されたとは思えない。この世界の存続、あるいは沈黙の平和を目指す魔王聖典に対する何かがあるとは感じております。違いますか?」
どう見ても善良な若者なのである。
こう表現するのも何だが……何をやらかすか分からない女神や獣型の神とは違う。
それは私の周囲ではかなり珍しい存在。
まあ、この炎舞くんも魔猫の血を感じる事から、猫に姿を変える事もできるのだろうが。
仕事仲間と考えると好ましいタイプと言えるだろう。
彼が答えを口にするより前に、私は考え。
「そうですね。あくまでもこれは推測ですがおそらくは――今、魔王聖典にこの戦い、あるいはこの観戦席をみせる事に意味があるのでは?」
『ええ、父は魔王聖典についても諦め切れてはいないようで……』
「諦め切れていない、ですか」
『はい――暴走し、極端な平和を望むようになった魔導書ですが、その思いは純粋にして善。その魔導書はその魔導書なりに、真剣に平和を願っておいでなのです。そして、魔王陛下の三分の一の欠片である事もまた事実。ならばこそ――滅ぼしてしまう前に試してみたいことがあると』
言われて私は考えた。
……。
なるほど、と口を開きかけた私に代わり答えたのは、いつのまにか観戦していた女神アシュトレト。
あたかも最初からいましたと言わんばかりの顔で。
会話に堂々と割り込み、女神は言う。
『妾たちが、レイドを通じ歪められた心を取り戻したように……魔王聖典もあるいは、在りし日のまともな状態を取り戻すかもしれぬ……と、そういうことであろうな』
女神アシュトレトに皇族の礼をし、炎舞くんが皇族の口調で息を吐く。
『その通りに御座います、いと慈悲深き豊穣の女神よ』
『ふふ、妾は今やレイドの妻。斯様な硬い呼び名で語りかけずともよい――炎舞といったか、そなたが我が夫に傷の一つでもつけておったならば、妾も違った対応をしたであろうがのぅ』
しかし分からない。
「どうやって魔王聖典の歪められた状態を治すつもりなのでしょうか。この戦いの意図も、やはり私にはあまり……」
悩み呟く私に、炎舞くんと女神アシュトレトは顔を見合わせ。
アシュトレトが言う。
『なんじゃ我が夫よ、気付いておらぬのか?』
「なにがでしょうか」
『そなた――大魔帝ケトスが来てからというもの、よく笑うようになっておるではないか。この世界も、いや、三千世界も捨てたものではないと、そう思い始めておるのであろう?』
確かに、私はよく笑うようになった。
それは微笑と言えるほどの、小さな微笑みだが。
それでも、楽しいと、そう感じる機会が確かに増えていた。
今の戦いもそうだ。
殺し合いではない、互いの技術を探るようなぶつかり合いだった。
ああ、そうか。
と、私は納得した。
大魔帝ケトスは私と接触した時すでに、ここまでを読んでいたのだろう。
浮かんだ名は、神鶏ロックウェル卿……。
魔猫には私よりも未来が見える、全てを見通す者が友にいる。
だから――本当に。
かつて私が魔猫に手を伸ばしたように。
魔猫もまた、道を迷っている魔導書となった私に手を伸ばしている。
世界の美しさや楽しさを感じ始めた私を通じ。
魔王聖典に世界の楽しさを教えている。
生き物もまだ、捨てたものではない……と、私がそう、感じているように。
同じ感覚を、最後の欠片に――。
あの魔猫は――。
魔王聖典をも救おうとしているのだ。




