第211話 其れは炎熱と共に
多くの世界を内包する三千世界。
宇宙ともいうべき場所から次々に戦力が集う今、その影響は少しずつ出始めていた。
魔王聖典の解析を進め、魔力の揺らぎともいえる波動を把握。
どこの世界の、どの場所に敵が顕現しているのかをモニターできるようにしたのだが。
フレークシルバー王国の研究室にて。
魔術明かりの前で、私の唇は動いていた。
「この世界への干渉が減って、外の世界への干渉が増えている。これは……こちらからの突破を諦め外から魔猫陛下を回収しようとしているのでしょうが……どう思われますか?」
問いかけた相手は四星獣。
いつのまにかフレークシルバー王国に勝手にパンダの館を作り出し、勝手に国民登録を済ませていたやりたい放題の巨大熊猫ナウナウである。
ナウナウはふわふわなパンダ獣毛を膨らませ、えへへへへへ~!
フガフガふごふご!
パンダの鼻をスンスンさせながら、くわっと口を開き。
嬉しそうに、丸い耳をモフモフ!
『あっれー? どうして~、僕がここにいるってわかったの~?』
僕、気配を遮断して盗み見してたのに~、と全く悪びれる様子もなくナウナウはエヘヘヘヘ!
「あくまでもこの混沌世界の法則ですが――完璧に気配を消しているからこそ、空間には揺らぎが発生しますからね。ここは女神達が生み出した不安定な世界、安定している場所には違和感があるのですよ」
『なるほどね~、あ! じゃあ! やり直していいかな~?』
「……後でお付き合いいたしますので、質問に答えていただけると助かるのですが」
この世界でぐっすりと眠る三毛猫、魔猫陛下。
今は彼の妻である元勇者や大魔帝ケトスの眷属猫達が、その祭壇を守り目覚めを待っている状態にある。
さすがにそろそろ起きるはずなのだが――。
ナウナウは私の頭の上に顎を乗せ、上半身をキャッキャ♪ と振り。
『その間に~、外の世界で~、魔王聖典が暴れ回って戦力を増やすのも困るって話だね~』
「心を読むのは止めて欲しいのですが、まあその通りです」
『僕はね~、僕のことをかわいいって思ってくれる存在の意識をね~、ある程度操作できるからね~!』
それが心を読んでいた原理なのだろうが……。
魔王である私の心を読む能力となると、かなりの高ランク。
本当に、このパンダはなんというか――やりたい放題である。
しばし考え、ナウナウの頭を撫でながら私が言う。
「生憎と私は外の戦力までは把握できておりません、月影君が向かっているので無事だとは知っているのですが……実際どうなのですか?」
『どうって~?』
「今、この三千世界の魔猫の多くがこの世界に集中していますからね。そして魔王聖典は魔猫相手には弱いですが、そうでない存在になら最低でも大陸神レベルの力を持った存在。あくまでも最低ラインがそこなので、世界によっては主神以上の力を持つ書もあるでしょう。どこか負ける場所も現れるのではないか多少の危惧がありますので」
ごく普通の問いかけの筈なのだが。
ナウナウはパンダの顔に苦い笑顔を浮かべ。
『まあね~……でも、大丈夫だよ。外の世界は大魔帝ケトスくんの~、身内がいるからね~』
「月影君以外の戦力ですか」
『そもそも~、大魔帝ケトスくんの方の~、魔王軍はいまだに健在だからね~。地獄帝王で悪魔執事のサバスくんとかぁ、精霊国の炎帝女王で~ケトスくんの奥さんのジャハルさんとか~、あの大魔帝すらドン引きするくらいやばいマッドサイエンティストのファリアルっていう英雄もいるみたいだし~』
魔王軍に在籍していたサバスの名はもちろん知っている。
私がかつていた世界の方ではおそらく、世界の崩壊とともに……。
そして、魔王として君臨していた時代に精霊国の名も聞いたことがあった。
記憶に残っている単語だ。
しかしファリアルといえば。
「人間の英雄の名ですね、なぜ大魔帝の世界では魔王軍に入っているのか些か疑問ですが」
『なんか~、熱狂的なケトスくん信者になってるらしいよ』
「まあ、あちらのケトスがなにかをしたのでしょうね――その辺りの物語も、今度拝見したい所ではありますが。魔王軍が戦っているので問題ないと」
魔王軍が世界平和のために戦っている。
なんとも皮肉な話だが。
そもそも魔王軍といっても、始まりは魔術を手にした人類に追い詰められていた種族を集め、救い、群れとしたことにある。
魔王軍と聞くと悪のイメージがあるが、実際は悪に染まっているわけではなかった。
『昔を、思い出している感じかな~?』
「そうですね、とはいえ昔ではなく前世の更に前世の話。今現在、私はハーフエルフですが――人間として生まれ変わる更に前ですから、やはり古い映画が脳内で流れているようなもの。実感はあまりないのです」
『そうなの? じゃあ、なんでそんな顔をするのかな~?』
「おや、そんな顔と言われるような顔をしている自覚はないのですが」
研究室の魔力鏡に映る私の顔は平常だ。
何一つ、歪んでもいない。
そんな私の顔をみて、まるで地上を見下ろす神の顔でナウナウが言う。
『かつての部下を思い出して、けれどもう……あの世界は無くなっていて。それが大魔王ケトスの涙によって洗い流されたと知ったのに、君は、普通の顔をしている。きっと、心では悲しんでいるんだよね。きっと、本当は痛いと思っているんだよね。けれど、君は顔色を一つも変えていない。ああ、それってね、僕はね、とっても悲しいことだとそう思うんだよ』
「顔色を変えていないからこそ、そんな顔ですか。あなたは詩人ですね、ナウナウさん」
『あれれれ? おかしいな~。僕、詩人の駒職業は習得してないけどなあ~』
でも、詩人もいいよね~♪
と、ナウナウは天井を見上げムフフフフ。
吟遊詩人装備を亜空間から取り出し、似合うかな~? と、お供の獣神にチェックさせご満悦。
一瞬だけ見せた神の顔は、既に消えている。
ナウナウが真面目になる瞬間はとても珍しく、短いのだろう。
しかし、確かに私は悲しいと思っているのに泣いてはいない。
顔色一つ変えていない今の状況は、まるでかつて楽園にいた頃を思い出してしまう。
私という存在が神の性質に近づいているのだろう。
ナウナウの供として召喚された獣神、朱雀シャシャと鑑定名が表示される火の鳥が嘴を開き。
恭しく礼。
『外の世界はご安心ください。大魔帝ケトス様のご子息とご息女が転移を繰り返し、全ての現場を瞬殺して回っているとの事なので』
「瞬殺ですか」
まあ確かに月影君はかなり、というかおそらくこの三千世界でもトップクラスの実力だろうが。
「ちなみに、ご息女という方は」
『アカリ様という方で、なんでも母君の正式な勇者の力と父君の魔導書を正式に継承なさった、天才だとか』
「一度逢ってみたいですね」
『いつかは逢う事も叶うかと存じます、それともう一人炎帝ジャハル様とケトス様のご子息も――』
朱雀シャシャが丁寧に説明しようとした。
その時だった。
モニターに映していた空間に、焔の揺らぎが発生し。
それは力となって――この世界に降り注ぎ始めた。
「緊急夢結界魔術:【夢神々の雪息吹】」
私は瞬時に氷と風の結界を展開。
炎属性の魔術を防ぐため、雪山から吹き荒ぶ風の守りを張っていたのだ。
ナウナウもまた、吟遊詩人姿のまま天井を見上げ魔力で獣毛を逆立て。
『敵、かな~?』
「さて、どちらにしても緊急事態でしょうね」
『僕のジョブチェンジを邪魔するなんて~、プンプンなんだよ~? って、あれれ~。こっちをジト目で見て、なにか僕にあるの~?』
「いえ――」
なんとなく、今のなんだよ~の口調がバアルゼブブに似ていたのだが、それが少し気になってしまったのだ。
バアルゼブブにナウナウ。
どちらも口調が混じりだしているのだろう。
影響を受けやすいバアルゼブブにはあまり、変な言葉を覚えて欲しくないのだが。
ともあれ。
氷と風の結界を張ったフレークシルバー王国の上空に。
ナニカが――。
降り注ぐ。




