第210話 賢者の弟子 ~大王が導く1%~
魔王聖典による襲撃、その対策もひとまずは安定している。
だからこそ、こちらも次に備えて動き続ける時間が作れていた。
魔王聖典を止められている理由。
その最も大きな要因はモフモフの力。
空中庭園だけではなく、多くの地域に魔猫が棲息するようになった影響だろう。
各国、各組織の代表が進めた急速なグルメの発展により、外世界の魔猫が混沌世界ツアーを組み始めていたのだ。
まあ、そのツアーを組んでいる魔狐、フォックスエイルという魔女もなかなかどうして商魂たくましい存在のようだが。
彼女も彼女で四星獣のような存在。
ちゃんと契約を交わすまでは油断できない相手だろう。
そんなこちらの警戒を知っていながらも気にせず、フレークシルバー王国に侵入。
案内せずともこちらの研究所の、本来なら秘匿されているエリアまで勝手に入り込み。
ココン、コン♪
それがこの女性狐。
ツアーの許可を取りに来た怪しげなキツネ。
目の前の狐、鑑定名は”色欲の魔性フォックスエイル”である。
狐は焦げパン色のグラデーションカラーの手で口元を抑え、ふふふふふっと魔女の笑み。
『あら? ふふふ、どうかしたのかしら異界の魔王陛下』
「どうかしたのかしらじゃありませんよ、あなた、謁見の許可を取ったのですか? これでも一応、私は一国の王なのですが」
大魔帝ケトスの同類……というか仲間の狐は、やはり大魔帝ケトスのように愛らしいが図々しい笑み。
見た目は本当に美しい狐である。
九尾ではないがモフモフな多重尻尾が、ふわりふわりと揺れている。
『そう硬いことは言わないでくださいな。これでもアタシはれっきとした商人。商売チャンスは逃す気はありませんし、それになにより世界の危機。お客様が絶滅したんじゃあ商売あがったりですもの。格安で協力をさせていただきたいのですわ、陛下』
「お金はとるのですね」
『当然です。契約されていない仕事は、いつでも辞めることができてしまいますもの。そしてアタシはお金がなくては契約しない。なら、多少は頂いた方がお互いに安心できるでしょう。どうです?』
狐は無数の尻尾をくるくると回し、妖艶な笑み。
間違ったことは言っていない。
だが。
申請書の欄を眺め、私は呆れを隠さず声を出す。
「死の商人と書いてあるのですが?」
『ええ、アタシの本来の仕事は戦争地帯に介入する魔の狐。呪い~、呪い~、呪いと絶命、魔女の店~♪ なーんて、テーマソングご存じありません?』
「あいにくと、あなたは私が楽園にいた時代にはいなかった大物。いわば楽園崩壊後に育ったアニマル勢力の一角。あなたのことは逸話魔導書で知っている程度なのですよ」
『まあ大物と評価いただけるのですのね、ふふふふ、うれしゅうございますわ♪』
魔狐は焦げパン色のキツネ手を口元に添えて、うふふふ。
その魔力は妖しく煌めき、周囲に色欲の気配を放っている。
そもそも女神達の目を掻い潜りここに顕現できている時点で、一線を画す強者、油断できぬ相手なのは確定。
姿勢を変えた私は言う。
「本題に入りましょうか。目的を聞かせていただいても?」
『あら、商売がしたいというのと魔猫達に頼まれて、この世界へのツアーを組みたいというのは本当の事よ』
「ただし、それが全てではない。嘘を言っていなくとも、真実を全て語っているとは限らない。嘘は言っていないから客は裏切っていないが、聞かれなかったから答えない。それが商人の常套手段でしょう」
魔の狐はココンと苦笑し。
『実はアタシ、あなたと似たような人に育てられた経験があるの。あなたと同じような口調で、少しお道化ていたけれど頼りになって……けれど、最終的には力を失ってしまったみたいで消えてしまったけれど。それでも、今アタシがこうしてあなたの前にいるのも、魔猫達と商売をできているのもその人のおかげ。師匠は、ちょっと胡散臭い賢者だったわ』
それはつまり……。
「魔王聖典……魔導書となり、世界の平和のために魔道具となった私ですか」
『ええ、たぶんね。アタシを成長させ大魔帝ケトスと出逢わせることで、どこかのタイミングで壊れてしまうはずの世界の運命を変えたのでしょうね』
「暴走している魔王聖典ですが、その本質は世界を救う事にある。沈黙の平和を選んだ書だけが全てではない。多くの書はいまだに純粋でまっとうな手段を用い、世界の破壊を防いでいる。その代表例が謎の賢者に育てられ、散歩をしている大魔帝ケトスと出逢う者たち。あなたもその一つということですか」
世界を平和に導いていた、正しい――。
と、表現したらいいかは判断に困るが、ともあれだ……一般的な価値観で平和のために動き続けた魔導書に助けられた者の一匹なのだろう。
フォックスエイルはくるりと回転し、姿を魔女の商人に変え。
『アタシもアタシでこの三千世界が好きなの、良い思い出も嫌な思い出もたくさん……そう、本当にたくさんとある。失いたくないと心から願っているのは本音。だから、協力させてくださいな』
「確認したいのですが、あなたは魔性という事で宜しいのでしょうか」
魔性とは感情を暴走させ、強大な力を得た存在。
それぞれが皆、強者。
魔力とは心からくる力なのだから当然ではあるが。
それ故に、暴走もしやすい。
『ええ、かつて大魔帝ケトスとの戦いに負け、そしてあの方の慈悲によって蘇生された弱き魔性。色欲を司っているわ。魅了系の状態異常が効かない相手には本当に弱いのよ。だから、あまり心配はしないで欲しいのだけれど』
自分を弱いと言い切る魔性。
自分の実力を過信していない――上を知っている者が持つ余裕。つまりはやはり、かなりの強者だろう。
大魔帝ケトスに負けたとて、それが弱者だとは限らない。
「協力してくれるのはありがたいのですが、ならば何故代金の請求を?」
『あら、いやですわ魔王陛下。世界が存続するのでしたらなにかと物入りでございましょう? アタシはただ、陛下がこの事態を終わらせてくれると信じているだけでございますのよ?』
「……まああなたのスタンスは分かりました。現実的な値段であるのならばお支払いをしますので、魔導契約書を用意させていただいても?」
フォックスエイルは頷き、魔女の帽子から契約書を取り出し。
サインを求め、すぅ……っと臣下のポーズを取ってみせる。
『既にこちらに』
「……この項目の、弊社の商品が事件解決に繋がった場合は、今後一生、世界が存続する限り全ての弊社商品に、代金の1%の仲介手数料を発生させるとは?」
『書いてある通りです』
魔女は狐の姿に戻って、ニッコリ。
ふわふわな尻尾を揺らし、魅了の波動を放ちながらコンコンと可愛いアピールである。
「1%ならば本当に通ってしまいそうな点が、なんともあくどいですね……」
『これより上を要求したら断られてしまうと、ムルジル=ガダンガダン大王からご指導を頂きましたの。未来視と願いを叶える力の併用、そのシナジーは凄まじい。大王とはこれからも”良き取引”をさせていただこうかと思っておりますわ』
「大王は……相変わらず金が動くと容赦がありませんね」
私と契約している大王であるが、こういう部分での契約はしていない。
別にこちらが不利益になることを防ぐ義務が大王にはないのである。
まあ不利益と言っても、世界が終ってしまえば意味がない事なのだが……。
大王は今回の案件で未来視と願いを叶える力をうまく使い、ニンマリ。
金の匂いが発生すれば飛んでいき、それぞれに介入し、願いを叶え仲介手数料を貰っているのだろう。その精度はかなりのモノ。
今もまあ1%ならと納得してしまっている私がいる。
実際には、今後全ての取引に影響するので、1%でも凄まじい額に跳ね上がる筈。
それでもこれほどの魔性と魔導契約を結べるのなら、損とは言えない。
今、ヴィルヘルム商会が幽霊海賊たちの装備を整えているが、そこに異世界商人のフォックスエイルの武器も加われば……戦力はかなり拡大されるだろう。
集団スキルの事を考えると、まともな戦力として数えていいランクにはなる筈。
これもムルジル=ガダンガダン大王の采配か。
だからといって、今後永続的な1%……。
とんだコンサルタントであるが、まあ可愛いから許されてしまう。
それが魔猫の性質。
今頃、財宝やコインを磨き、ガハハハハと哄笑を上げているのだろう。
なにはともあれ、また一つ平和への道筋が形となっている。
かつて魔王聖典によって導かれた者。
賢者の弟子たちが、この世界に集まりつつあったのだ。




