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第208話 三女神の報告書:前編


 私が魔術国家インティアルで防衛戦を行っていたように――。

 各地では女神達が創造神として、大陸を守護。

 敵の侵入経路を全て遮断していた。


 戦いもひとまずは終わったのだろう。


 続々と帰還する彼女達はニッコニコ。

 褒められ待ちの女神達が、ひとりひとり、研究室に報告書をもってくるのだが。

 女神アシュトレトの報告書に目を通す私の瞳は、いつも作りがちなジト目。


『ふふ、どうした我が夫よ。さてはわらわの活躍に声も出ぬか?』

「確認したいのですが……この、大陸の人類すべてに魅了の魔術をかけたと読み取れる一文ですが……」

『ん? 魅了の魔術をかけたわけではなく、ほんのすこしそなたらの力も貸して欲しいと微笑みかけただけじゃ。妾はあくまでも一時的に、彼ら人類の力を借りただけであるぞ?』


 アシュトレトにしてみれば、協力せよと微笑みかけただけ。

 だが、彼女は本物の美の女神。

 最も美しいと自称し、そして実際に神々しい美貌を持つ神からの微笑。


 歴史書に刻まれるのならば、それはさぞや壮大な絵画として描かれる場面。

 創造神が世界の危機に降臨し、協力し、悪しき者から大陸を守ろうぞと語り掛ける神話の一節。

 神々しくも美しき女神の慈悲は、昼の陽射しと共に広がった事だろう。


 それはいっそ魅了の魔術よりも質の悪い祝福のろいとなって、彼らの心を縛り付けた筈。

 ……。

 確認はしておくべきか。


「ちなみに、どれほどの期間の魅了を掛けたのですか」

『分からぬ男じゃのう、魅了ではなく妾はお願いをしただけじゃ。そなたが人類に広めている集団スキルの実験も兼ねてな。あやつら人類はやはり群れとなって初めて強大な力を発揮する種族なのであろうて、ふふ、大陸全てのモノが同時に使用する支援魔術は妾とて感心するほどの効果であった』

「あなたが褒めるほどの集団スキルでの支援魔術ですか」


 それにはとても興味があるが。


「それで、魅了の期間は?」

『……はて、妾を美しいと思う限りであろうか』

「永続の祝福ではありませんか」

『それの何が問題であろうか?』

「つまり一生ではありませんか」


 それの何が……と、繰り返す彼女をスルーし。

 私は魔術を展開。

 念のために彼女が救った大陸を、遠見の魔術で眺めてみると――。


 既にその大陸全土がアシュトレトの信徒だらけ。

 勝利を歌う吟遊詩人が美しき女神の伝説を朗々と語り、街の中央には、彫金職人たちが生み出した黄金の女神像。

 もう既に、美の女神を讃える宗教が発生しているようだ。


『ふふ、このような形で民に感謝されるという感覚も久しぶりじゃのう』

「……責めにくいことを言わないでください」


 異教徒に迫害されるまでは、彼女もそうやって民に感謝されていた。

 少なくとも、そういう存在であると本人の記憶にはあったはず。

 その日常を変えてしまったのは――。


 複雑な心境な私に気付いているかどうかは分からないが、アシュトレトはきょとんと首を横に倒し。


『どうしたのだ? ほれ、はよう妾を褒めぬか』


 いつもの様子で褒められ待ちをしていた。

 まあ……救ったのは事実だ。

 集団スキルの実戦使用も確認できた。


 創造神としても及第点以上の働きと言えるだろう。

 それになにより。

 へそを曲げられても困るかと、私は口を開き始めた。


 ◇


 アシュトレトを時間いっぱい褒めた数時間後。

 私は暗号化された書に魔術を展開――次の報告書に目を通していたのだ。


 整理された内容と、効率の良い手段。

 戦術書に昇華できそうなほどの報告書なので、スラスラと目が進む。

 その報告を持って帰ってきたのは、女神ダゴンである。


 女神の中では最もまともと言っていいダゴンなので、報告書も安心して読める。

 ……。

 筈だったのだが。


 報告書を持参した本人を呼び出し。

 ぎしり。

 姿勢を変え、椅子を鳴らして私は言う。


「ありがとうございます、ダゴン。順調に魔王聖典による脅威の排除は完了したようですね――しかし」

『あら? 旦那様、なにか問題がおありで?』

「このレイド魔王様を讃える……讃美歌についてという項目についてお聞きしたいのですが」


 そう。

 彼女は全てを的確に処理し、大陸の被害も完全にゼロ。

 人も死なず、街も壊れず、資源の消費もほぼ皆無。

 大陸に散っていた女神の中でも突出した成果を上げているのだ。


 何一つ文句のつけようのない。

 この讃美歌の辺りがなければの話だが。

 細めた瞳の隙間から、うじゅりぐじゅりと夢世界の力を覗かせるダゴンが言う。


『文字通り、旦那様を讃える讃美歌を布教しただけでございますが……あの、それが何か』

「アシュトレトと違い、あなたの場合は確信犯でしょう。とりあえず、言い訳を聞いておきたいのですが?」


 ダゴンは清楚な顔立ちに、一切の曇りのない微笑みを浮かべ。

 頬に手を添え、服の隙間から触手を再度……ぐじゅぐじゅぐがががじゅり。


『ふふふふ――せっかくですので旦那様のすばらしさを皆様にお伝えしただけですのよ』

「私がそのような布教を好かぬとあなたならば」

『ええ、存じております。けれどこれは必要な事。未来を眺めるムルジル=ガダンガダン大王が、そうせよとあたくしに伝えてきたのでございます』


 彼女はさほど嘘をつかない。

 だからこれも嘘ではない。

 けれど、言葉通りの真実とは限らない。


 ほぼ真相を掴んでいる私が、ジト目で言う。


「それでムルジル大王に幾らほど積んで、その言葉を言わせたのですか」

『まあ! さすがですわ、旦那様。あたくしが海洋資源と引き換えに、少々望む方向の答えを貰っていた事を把握なさっているのですね!』

「大王は基本、金さえ積めばどんな願いでも叶える魔猫。願いを叶える神、四星獣。そして彼の性質はどちらかと言えば悪。あくまでもステータス情報として、善性悪性カルマ値が悪に分類されるあなたと相性もいい。仲が良いことは宜しいのですが、程ほどに頼みますよ」


 まともに見えて、まともではない部分もあるのがダゴン。

 それでも、私が本気で苦言を呈するラインは絶対に超えてこないという確信もあるが……。

 それも彼女の計算の内なのだろう。


「だからこそ、こちらも苦言を漏らしにくいのでしょうね――」

『分は弁えてございますので、ところでバアルゼブブちゃんはいま何処に?』

「空中庭園には戻っているそうです。魔猫を通じ報告書だけは既に受け取ってありますが、後で説明に来ると……――なにか気になる点でも?」


 ダゴンと私は思考の方向性が近い。

 彼女が気にする事ならば、そこには私も気にする何かがある筈。


『大したことではないのですが、あの娘が担当した大陸で大きな魔力波動ともいうべき力を感じましたので……少々気になってしまって。無事ならばいいのです』

「まあ、バアルゼブブが無事でも大陸の方が無事とは限りませんが」

『まあ旦那様ったら、ふふふふふふ』


 私とダゴンは二人同時に笑い。

 ……。

 二人同時に頬に汗を浮かべ。


 がば!


 二人同時に、バアルゼブブの報告書を探し机に索敵魔術を発動。

 彼女が記した報告書を目にし、二人同時に眉間に手を当て。

 はぁ……。


 大きな溜息をついたのだった。

 私は急遽、バアルゼブブを呼び出した。


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