第11話 ロジカル
あれからひと月ほどが過ぎていた。
金髪碧眼ではない者は貴族ではない者。銀髪赤目の私は差別対象内。
さすがに露骨な嫌がらせはされてはいないが、私はいわゆる派閥に属することなく勉学に勤しんでいた。
今は貴族学生どもは昼食の時間。
昼といえば、あの女神の時間でもある。
食事の時間も無駄にできぬと、私は許可を得て、学内の図書館で飲食をしながら書物を捲る。
知恵や知識。
知らないものへの興味はどうしても止むことがない。
これは私の悪癖であるともいえるだろうが。
孤独を愛する私には、当然、いつもの邪魔ものがいる。
窓から入り込んでくる日差しを浴び、長い髪を風に揺らす女神はふっと威厳ある神の顔で。
告げる――。
『おぬし、これがぼっち飯というやつじゃな? 全然友達ができないのじゃな?』
いかに本物の神で、本物の女神で。
見た目に威厳も威光もあろうと、これである。
「必要としていないだけですよ」
『そうか? 生前のおぬしもやれ文献、やれ研究、やれ学説と、ロジカルで不器用で、見た目は良かったのに不愛想。演技の一つでもすれば神さえ魅了できたというのに、つまらなそうな顔で四角い箱の前で演算演算。いったい、何が楽しいのかと妾たちは呆れたモノじゃが』
今と前世とは状況が違う。
そもそも、この女神は自分で殺しておいて気にせず前世を語るのもどうかしている。
当時の私も、それを些か不愉快に感じてもいいはずだったが、既に興味はこの世界の知識へと移っていたのだろう。
図書館の香り。
インクの香りがあるという事は活版印刷や、それと類似する魔術があることは確実。
しかし触れる紙の材質は、あまり上等とは言えない。
この書が印刷されたのは昨年……。
近代史の書物なのだが、このままだとやはり――アントロワイズ家は反逆者の一族として歴史に名を残すことになりそうである。
本を読みながらも複数の知識を吸収する私を前に、女神はだらんと窓から足を投げ出し。
『ここはつまらんのう……のう、友達をつくれ? 妾、またメス子供の胸をもんだり、オス子供の胸をまさぐったりしたいのじゃが?』
女神でなければただの犯罪者だろうと、強く思うが。
これが女神の価値観なので、いちいち構っていられない。
「必要とあらば友達も作りますよ、十人でも百人でも。ですが、ここにいる貴族どもは信用も信頼もしていません。ギルドでなら……まあ考えてもいいですが」
『ま、おぬしの家族だったモノたちを謀殺した連中の、愛する息子や娘かもしれぬしな』
実際どうなのじゃ、ここの連中と。
女神はさしたる興味もなさそうに言う。
世間話感覚なのだろう。
「わざわざ殺したり魔術の実験台にしたいとは思いませんが、なにかあったとしても私は彼らを見捨てるでしょう。第二王子が解毒され生きていた……その事実を知るアントロワイズ家を滅ぼし、噂を畏れ、あの街さえ殺戮の対象とした者たちはもちろん愚です。いくらアントロワイズ家が第二王子を暗殺したにしても、街の者達に罪はない。その意図は口封じ……。誰でもわかる答えです、なのに貴族たちは街の殺戮を止めなかった……誰一人としてです。それと同じことですよ」
『あの街、滅んでおったのか?』
「前に説明したと思いますが」
些事など覚えていないと女神は思っていそうであるが。
一応気を使ったのか……そうか、と一言だけ返していた。だが、やはりあまり興味がないようだ。
なにやら思いついたのだろう。
『無辜なる街まで滅ぼした貴族連中の、こせがれどもか。ふふふふ、ならば遠慮要らんのじゃな! 食べてしまってもよいのじゃな!』
「私に害が及ばず、その相手が食べられても仕方のない人間だったとしたら、私は止めませんよ」
『食うと言っても、そういう意味じゃなくてじゃな?』
「性的に食うにしても、女神たるあなたと性交を交わせば、大抵の人間は正気を失い発狂すると私は予想しております。どちらにしても待っているのは死、結果が同じならば分けて考える必要もないでしょう」
『ロジカルじゃのう……』
そもそもロジカルってなんじゃったっけ?
と、女神は頭を悩ませ、すぐに考えることに飽きたのか話題を変える。
『しかしレイドよ。妾の姿はほぼすべての者が見えぬ、にもかかわらずこうして会話をしているというのは、些か新たな誤解を生むのではあるまいか?』
孤独な美少年がついに狂ったか!
と、女神アシュトレトは三文記事を一秒で作り出し、あはははは!
「あなたは他者が来ると姿を消す。つまりあなたがいる時は」
『なるほど、他に人がいないという事か。妾は炭鉱のカナリアではないのだが』
「意味が少々異なるでしょうが、あなたの価値観に突っ込んでいると無駄な時間が増えるだけ。それで構いませんよ」
実際、価値観が異なると厄介なことが多く存在する。
昼の女神アシュトレト。
ずぼらで大雑把な彼女の語る話が、いかにいい加減だったのか。
私はこの大陸での学問を学び、それをよく理解し始めていた。
私は女神から多くを学んだが――この大陸、この国家での認識と女神の認識の差は大きい。
初めに驚いたのは、神の力を借りる以外の、魔術に近い技術の存在だろう。
神に愛される者が扱える特別な力こそが、魔術。
神から愛された者ならば魔術書や魔導書といったアイテムを読み解くことができ、力を習得。世界の法則を捻じ曲げ書き換えることができる。
それらの総称が魔術。
それは私の知識と女神の知識、そして学び舎で確認できる知識と一致している。
もっとも女神は魔導書がなくとも、それが可能。
知識という形でそれを私に伝えることで、どんな魔術さえも私に指導する事ができている。実際、私は多くの魔術を女神アシュトレトから学んでいる。
が、それは例外だろう。
そのような文献や記載は王都一と言われているこの書庫でも、確認できない。
ダンジョンから流れてくる書物にも、貴族どもが通う由緒正しき学内の書物にもない。
あとは、王家が秘蔵していそうな書物ぐらいなものだが……。
だがそれ以外にスキルや武技といった存在があるということを、私は正しくは理解できていなかった。
たとえば斧戦士の偉丈夫ガノッサが男でありながら、魔術が扱えないにもかかわらず、一流。魔術が使えるとされる勇者の仲間として冒険をしているのも、スキルや武技を会得している点が大きいといえるのだろう。
思えば義父ヨーゼフも男でありながら魔術に似た力を発動させていた。
剣に魔力を通すことには成功していたのだ。
もっとも、神の力を借りた魔術と比べるとその火力や効果範囲、規模と言った部分で大きく劣るのだろうが――。
「この世界……いや、この大陸ではまだ技術体系化されていない、ということでしょうね」
『何の話じゃ?』
「女神よ――魔術の他にある法則を捻じ曲げる現象。スキルや、武技。或いは戦技などといった力がこの世界にあるということはご存じなのですよね」
『変な奴じゃのう、それは魔術じゃろう?』
女神の思考パターンは理解できていた。
「なるほど、全ては同じ。根源や原初を何と呼ぶのかは知りませんが、結局は同じ始まりへとたどり着く。全ては一つということですか」
『そう、妾はそれが言いたかったのじゃ! スキルも、武技も戦技もどれも結局は魔力をどう弄るか。それだけの差であるぞ? なぜ人間はわざわざ難しく複雑に分類わけしようとするのか、妾には理解できぬ。全部が魔術。そもそもじゃ、神に愛されることで心の力が強くなる、そこで初めて魔導書を読み解けるほどの強大な魔力が発生する。ただ結局のところは魔力とは心の力なのじゃ。神に愛されずとも心が強いものならば、魔力の概念はあるわけじゃから。それをスキルや武技といった形で、魔導書がなくとも発揮することはできる。自らの内にある心の力を、どう使い分けるかの差でしかないぞ?』
でしかないぞ? ぞ?
と。
大事な事なので二回も言ってやったのだと、女神はふふんと胸を張っている。
薄い布と大蛇を纏う豊穣の肉体。
魅力的であると言える女神の玉体ではあるのだが、毎日見ていれば慣れもする。
「あなたにはいつか服をプレゼントした方がいいのでしょうね」
『おう! 奉納か! 今すぐにしても良いぞ?』
「神に捧げる衣となると、おいそれと安物を渡すわけにはいかないでしょう。形式や格式がすべてとは言いませんが、ある程度の価値があるものではないと……女神よ、あなた自身への侮辱になるのでは?」
女神は考え。
ペカァァァっと満面の笑みである。
何かを言おうと口を開くも、その姿が突如黒い平面となり、ザァァッァっと昼の日差しの中に消えてしまう。
カナリアが鳴いたという事だろう。
気配がある。
私は女神への辛辣さを捨て、優等生の仮面をかぶり始めた。




