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第9話 青田買い


 時刻は昼を過ぎていた。

 ギルドの慰問と言う名の異様な光景は続いている。


 既に多くの施設は巡り終わっていた。

 今はダンジョンから発見された書物が所蔵されてある、ギルド保管庫への道を進んでいる真っ最中。

 高貴なる美青年と美少年が、昼下がりの明かりを受けた廊下を進む。


 王子と平民。

 王子と従業員。

 王子と子供。


 本来なら誰しもが王子を見て――。


 ああ、何と美しい貴公子だ。

 あれこそまさに神の血筋の黄金。

 あれこそまさに神に愛されたブルーアイ。

 そう、言葉を漏らしていた筈。

 今までの街ではそうだった。誰もが王子に憧れ、天寿の終わりも近い老婆ですら見惚れたモノだ。


 けれど、この空間だけは違う。


 解体されたドラゴンで作られた料理を振舞われた、第一王子マルダー=フォン=カルバニアは既に悟っていたようだった。

 王族という地位にあっても冷静に状況判断のできる彼は、頬に球の汗を浮かべていた。

 こう――思ったのだろう。


 この施設は既にあの少年に掌握されていると。


 事実。

 無垢そうな銀髪の少年、見習いの従業員はギルド施設のどこに行っても人気者だった。

 神といってもいいほどに愛されていた。


 特に女性からの信頼は絶大。

 たしかに、あと二、三年もすればさぞや立派な青年に育つとは分かり切っていた。彼は十二歳でありながら、既に背も高く、手も足も大きい。

 顔立ちにあどけなさが残っているが、そのあどけなさが抜けた時には――多くの女性を虜にするだろうとは目利きの奴隷商でなくとも分かる。

 だがなによりも愛される理由は、その技能だろう。


 解体場に行けば、ドラゴンを巧みな腕で捌き。

 調理場に行けば見たことも聞いたこともない料理を披露し。

 ギルド受付に行けば、見習いだということで無償で鑑定アイテムを発動させている。


 特に問題なのはその鑑定だろう。

 本来ならばギルドに対し商品価値に見合った鑑定費用を手数料として支払い、その一部が国へと納められることになる。

 けれど、新人の仕事ならばそうもいかない。

 あくまでも徒弟とてい

 住み込みで働く少年の、勉強の一つだからと無償での奉仕が認められているのだ。


 無償の中から一部を納めろと言われても、不可能。

 そもそも素人同然の徒弟の仕事だ、普通ならば初級の鑑定しかできない。

 ただ駆け出し冒険者が手に入れるアイテムなどほとんどが、初級。

 これは初心者冒険者支援の一環――救済処置ともなっていたのだが。


 今回ばかりは事情が違う。

 少年は――どんな武器でもどんな防具でも、どんなアイテムでさえも鑑定してしまうのだ。


 魔道具と呼ばれる、魔力の込められたアイテムを使用した鑑定に対し。

 恵まれた資質を持っているのだろう。

 問題は国への納金が減るという現実的な事情もあるが、もっと大きな問題がある。

 なのに、誰も気付いていない。


 これほどの鑑定の腕は異常だ。

 なのに、この冒険者ギルドの人間は、誰も、何も、疑問を抱いていない。

 坊主だからそれくらいできるだろうと、価値観が狂い始めている。


 それともう一つ。

 マルダー=フォン=カルバニアはこの見習いの少年に対して、最も懸念を抱いている点があった。


 それは、異様に女性に愛されること。


 一種の危機感が第一王子を焦燥させていた。

 少年は性格も良い、人当たりも良い、空気も読める将来有望な人材だ。

 けれど、どうしても不安が襲う。

 王族の衣装を纏うその胸に、一抹以上の、得も言われぬ恐怖を抱かせていた事だろう。


 女性に好かれるという事は、魔術師を多く味方にできるという事だからである。


 この大陸で伝わる魔術は神から授かる奇跡の力。

 そして神は基本的に女性しか愛さない。

 この大陸の主神とされる男神マルキシコスは特に顕著で、男相手には一切の魔術を授けないのだ。

 この大陸で魔術を扱える男はごく少数。

 英雄や、聖者。勇者といった選ばれた人材のみ。

 なので、大規模戦闘が起こった際の戦力は、女性の魔術師が中心。


 だからこそ、この大陸で女性に愛されるという事実は、一種の才能となっていた。

 だからこそ、マルダーの父もその美貌で多くの女性宮廷魔術師を抱え、今の地位に長く座っている。

 王子の父たるカルバニア国王が今の地位にあるのは、稀代の魔術師であるその妻の影響が最も大きい。


 マルダー=フォン=カルバニアの母である王妃の名は、アナスターシャ。

 マルダーの母はとても嫉妬深い。

 夫の愛妾であり、第二王子の母であったライバル魔術師を特に忌み嫌っていて――息子ともども、離宮へと追放したという過去がある程に、苛烈な女性でもあった。

 マルダー王子にとっては五歳離れた弟を失った、痛ましい事件を思い出してしまう一件でもある。


「もう、六年……か」

「殿下?」

「すまない、少し考え事をしてしまっていたようだ」


 神の血とされる金髪碧眼の貴公子は、おずおずと問う。


「君は、その、とても人気者のようだね」

「どうでしょうか……僕はまだ新人ですからね、皆さんが気を使ってくださっているのは確かでしょうが」

「いや、とても人気だよ。私なんかより、よほどね」


 貴公子はすっかり自信を無くしている様子で、呟いていた。

 母アナスターシャは自分を次の王にしたいと画策しているようだが、マルダー王子本人はその束縛と圧力に耐えきれず――この国に帰ってくるのも一年に一度程度となってしまっている。

 滞在期間も極めて短いせいか、マルダー本人にとってもこの国はとても居心地が悪い。まるでこの国の王子としてではなく、賓客、異邦人のような扱いを民から受けているとさえ感じていたのだ。


「ご謙遜ですね、殿下が次期国王になられることはほぼ確実だと聞いております。……あ、す、すみません。その、弟殿下の件を失念しておりました……どうか、ご無礼をお許しください」

「い、いや! いいんだ! どうか頭を下げないでくれ!」


 悲鳴のような叫びの理由はもちろん、周囲の目だ。

 マルダー王子は既に悟っていたのだろう。

 このギルド内に限っては、この十二歳の少年が自分よりも大事にされている。実質的に、立場が上ともいえる存在感を示している。


「顔色が優れないようですが……ヒーラーをお呼びしましょうか」

「構わないでくれ。先日の式典の疲れが少し出ているだけだろう」

「そう――ですか。大切なお体です、どうかご自愛ください」

「君は、その、十二歳にしてはとても落ち着いているね」

「冒険者ギルドで働く子供たちはそれぞれが訳ありです。二つ年下のマルシェルなどは、僕よりよほど落ち着いていますので、殿下がお会いされたら驚いてしまうかもしれませんね。……と、そろそろ着きますよ」


 銀髪の少年は物腰丁寧に会話を続け、第一王子を書庫に通す。


「ありがとう、えーと……司書殿はおられるだろうか」

「申し訳ありません、先週寿退社……いえ、恋人と結婚し家庭に入るそうで。せっかくの魔術の才もこの本の整理も放り投げて、すっかり男の方に入れ込んでしまいまして……今は不在となっているのです」

「不在、か。参ったな……」

「どのような本をお探しなのですか?」

「勇者についての文献を」


 少年は言う。


「そういえば今、光の勇者様がこの王都にお見えになられているんでしたね」

「あったことはあるのかい?」

「いえ、朝から晩まで仕事をしていますので」

「学院には通っていないのか」

「殿下、きちんとした教育を受けられる権利を有するのは、ある程度地位のある親をもつか、莫大な入学金を用意できる特殊な子供だけ。そのように、安易に仰るところを他の者に聞かれてしまったら、あらぬ誤解や嫉妬を受けますよ」


 かくいう僕も、学校に通うお金を稼いでいるところでして、と少年は苦笑してみせていた。


 ギルドで朝昼晩ずっと働いている。

 深夜も下宿先の酒場で働いていると、ギルドの皆は言っていた。

 寝る間も惜しんで働いているのは、学校に通いたいから。

 それは完璧な少年が不意に見せた弱みだった。


 だからだろう。

 貴公子は、ごくりと息を飲んでいた。


 この弱みを使えば、この少年を自分の所有物にできるのではないかと。


 確かに天才の片鱗を見せているが、所詮は子ども。

 早熟なだけかもしれない。

 だが十二歳前後の子どもが通う貴族の中等部で、三年間ほど成長すれば――その結果が分かる。

 早熟ならば早熟で、それなりの腕の臣下ができる。

 いざとなったらこの容姿だ、勢力に入れたい女魔術師への手向けにもできる。

 本当の天才ならば、大きな利となるだろう。

 教育に失敗したとしても多大な恩を売れる。


 なによりギルド内への太いパイプを作ることができる。

 どう転ぼうとも優秀な駒なのだ。


 それになにより。

 これくらいの才能の先物買いができなくて、何が王族だ。

 何が次期国王だ。

 自分はいずれ王となる男だと。


 そして王となったその横に、この美しい銀髪の男が横にいれば。

 それは非常に頼もしい側近になるだろう、と。


 神の血筋の貴公子は、普段は抱かぬ大きな欲を抱いた。

 溺れてしまう程の、大きな大きな野心を自覚したのだろう。

 欲は人を狂わせる。

 善良な人間であったとしても、その奥底にある黒い部分を呼び起こしてしまう。


 王子の青い瞳には、書庫内の鏡が見えていた筈だ。

 それは自身を照らし反射させることで、書物の中に入っていた思考に語り掛け、現実へと引き戻し……冷静さを取り戻させるための鏡。

 自分の顔を見れば、現実を強く意識するのは必然の道理。


 けれど。

 今の王子は違った。

 鏡の中の自分が、興奮している事に気が付いたのだろう。

 欲を抱き、まるで父や母のような黒い欲望を滾らせながら。

 ケモノのように肩を揺らす自身が見えていたのだろう。


 それは肉欲よりも甘い欲。初めて女性を抱いたその日より強い、自らの内にある獣性を、強く意識させられたのではないだろうか。


 欲を――抱いたのだと自覚をした男は少年をじっと見た。

 貴公子は自分を奮い立たせたのだろう。


 その時すでに、マルダー=フォン=カルバニア第一王子は、クモの巣の中。

 銀髪の少年に思考を狂わされていたのだろう。

 勇者に関する書物を探す少年の肩を抱き――美麗な王子は言った。


「一つ、提案があるのだが――真面目で大事な話だ。少し、時間を貰えるだろうか?」


 その当時の私は確か、何の話か分からぬといった表情で。

 こくりと小首をかしげたのだと記憶していた。

 少年わたしはこの世界において初めて、学び舎と呼ばれる場所へと通えることになった。


 少しだけ傾き始めた昼の日差しが。

 まるで女神のように微笑んでいた。


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