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【コミカライズ始動】アラフォー警備員の迷宮警備 ~【アビリティ】の力でウィズダンジョン時代を生き抜く~  作者: 日南 佳
第四章

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第64話

 俺が目を覚ましたのは朝方、キッチンから物音が聞こえたからだ。

 こんな時間にキッチンで活動する人間は一人しかいない。

 俺がソファの上で上体を起こすと、キッチンで何やら作業をしている美沙が俺に気付いた。



「あ、起こしちゃいましたか? もうすぐ朝ご飯の支度終わるんで、もーちょい待ってて下さいねー」


「美沙、いつ帰ったんだ? 寝てないんじゃないのか?」


「いやあ……ちっひーの家の近所にある訓練所で稽古を付けてたんスけど、たった二時間で音を上げて、四時間目には気を失ったんで……ちっひーを布団に放り投げてあたしも仮眠を取ったんで大丈夫っスよ」



 たこさんの形に仕立てたウインナーを目玉焼きが乗った皿に飾り付けながら、美沙が昨日の行動を説明する。

 音を上げてから二時間も耐えたのか……月島君、根性あるなぁ。



「ちょっと驚いた事があったんス。ちっひーは分家のはずなんスけど、月ヶ瀬の力に目覚めかけてるんスよね。本家以外に月ヶ瀬の異能を発現出来る人はいないはずなんスけど……」


「美沙が稽古つけてたからじゃないか? ほら、美沙は長い間能力を封印されてただろ? 能力が無いなりの訓練方法が月島君にも刺さったとか」


「んー……どうなんだろ……? まあそこらへんの調査は本家がやる事ですんで、よく分かんないっスね」



 ……? 今、妙な言い方をしたな。美沙はれっきとした月ヶ瀬本家の一員のはずだが、まるで自分が本家の人間じゃないような言い草だ。

 その違和感の原因を尋ねようとした時、リビングのドアが開き、寝ぼけまなこを擦りながら梨々香が入って来た。

 昨日買ったばかりのピンクのパジャマがとてもよく似合っている。やはり梨々香はかわいい。



「おはよ〜〜〜……お兄ちゃんごめんね、どこで寝たらいいか分かんなかったから、適当なベッドで寝ちゃったよ」


「初日なんだからしょうがないさ。明日からはちゃんと自分の部屋で寝るんだぞ、後で案内するからな」


「はーい……あ、月ヶ瀬さんもおはようございます」



 梨々香が美沙にぺこりとお辞儀をする。美沙もそれに軽く手を振って応えた。



「もうすぐ朝ご飯出来るんで、座って待ってて下さいね」


 梨々香が「ふぁーい」と気の抜けた返事を返し、キッチンの蛇口から自分のコップに水を汲み、食卓に着いた。

 俺も起き上がって梨々香と同様に水を汲んで、俺の定位置に座る。



「お兄ちゃん、昨日はお買い物したけど、今日は何するの?」


「今日から梨々香の勉強が始まる予定だ。あかりが色々準備してくれるらしい」



 勉強と聞いてげんなりするかと思ったが、梨々香は存外に嬉しそうだ。



「……勉強って聞いて嫌がるかと思ったんだけどな」


「私、中学校中退みたいな感じだからね。勉強し直せるのは素直に嬉しいよ。そうでなくても、ずっと病院で横になるだけの生活だったから何でも楽しいんだ。でも……」


「でも?」



 俺が聞き返すと、梨々香は少し寂しそうな笑顔を浮かべた。



「勉強って、一人ぼっちでやるんだよね? 先生とマンツーマンかも知れないけど……友達と一緒に勉強したかったなぁ、って」


「何だ、そんな事か。詳しい説明は後でするが、ちゃんと考えてある」


「考えてある、って……私、こんなんだよ? 一緒に勉強してくれる人なんている訳ないよ。実年齢は三十歳過ぎてるのに見た目と学力は中高生なんて気持ち悪いでしょ」



 梨々香がさも自分は醜い存在だとでも言いたげに両手を広げながら姿を俺に見せつけて自虐的に言葉をこぼす。ただただかわいいだけだが?



「まあ、あと数時間もすれば分かる事だからな……今は変な心配をせずに朝飯を頂いてしまいなさい」


「はい、どうぞー。冷めないうちに食べちゃってくださいねー」



 ナイスタイミングで美沙が食事を持って来てくれた。ちぎったレタスにミニトマトと目玉焼きとウィンナーが乗ったワンプレートにバタートーストといったオシャレな洋風の朝食だ。

 梨々香のミニトマトは俺がもらっておく。梨々香は生のトマトがあまり好きじゃないからな。



「えへへ……お兄ちゃん、私がプチトマト苦手なの覚えててくれてたんだ」



 嬉しそうにトーストを頬張る梨々香だが……プチトマトは既に生産・販売が終了しており、厳密に言えばミニトマトと呼称する事は内緒にしておこう。



 § § §



 朝食を終え、歯磨きや洗顔、着替えを終えてゆっくりとテレビでニュースを見ていたが、九時半頃にチャイムが鳴った。

 外の様子を確認出来るテレビ付きのインターホンを操作すると、明るい茶髪のショートヘアに柔和そうな顔つきのスーツを着た女性が立っていた。



「どちら様ですか?」


『おはようございます、わたくし氷谷と申します。惣領からお嬢様方のお世話を仰せつかっております』


「ありがとうございます、今開けます」



 小走りで玄関に向かい、ドアを開けて氷谷さんを出迎える。梨々香も俺の背後から氷谷さんの様子を伺っている。



「おはようございます、高坂梨々香さんですね。今日から勉強、頑張りましょうね」


「は、はひっ! がんばります!」



 いきなり声をかけられて梨々香がびくっとしながら返事した。見なくても分かる、カッチコチに緊張してるな。



「では、高坂さん。既に七階のセッティングと資材の運び込みは完了しておりますので、梨々香さんを連れてお越し下さい」



 俺の腕を掴んで震えてる梨々香がよっぽど面白い表情をしているのか、氷谷さんはくすりと笑って連絡事項を知らせてくれた。



「分かりました。ほら、梨々香。行くぞ」


「はーい、特に何も持ってかなくていいんだよね?」


「ああ、勉強に必要な物は全部揃えてくれているはずだ」



 俺は部屋を出て、真正面にあるエレベーターで七階に上がる。カゴが止まりドアが開くと、ちょうど配達員の格好をした男性が大きめの段ボール箱を持って部屋から出てきたばかりの所だった。

 梨々香と一緒に男性に会釈をして中に入ると、俺の部屋と同じ間取りの玄関と廊下が俺達を出迎える。

 特に装飾品も無く、殺風景な印象しかないのはしょうがない。ここには誰も住んでおらず、梨々香の勉強部屋として今回初めて使われる事になったからだ。

 靴を脱いでスリッパに履き替え、中に入って一番奥の部屋のドアを開け……俺は少し驚いてしまった。

 大体三十畳くらいの広間に学校で使うような学習机が一列につき三台、四列の計十二台分が等間隔に配置され、机の上にはビニール袋に入った真新しいセーラー服と勉強道具一色が置かれていた。

 インテリアも学校にありそうな棚や掃除用具ロッカー、黒板代わりのホワイトボードが置かれており、その様相は学校……と言うか学習塾やフリースクールのような感じになっている。

 驚いたのは俺もそうだが、俺よりも驚いたのは梨々香だ。机の上のセーラー服に目が釘付けになっている。



「お兄ちゃんお兄ちゃん、セーラー服だよね」


「そうだな、セーラー服だな」


「……着ていいのかな、アレ」



 まあ、あかりが梨々香の教育を受け持ち、雪ヶ原の人間が呼びに来て、余所者が入れないこの部屋に置いてあるって事は梨々香が着てもいいんだろう。

 しかし勝手に許可を出す訳にもいかない。どうしたもんかと悩んでいたら、後ろから氷谷さんから声をかけられた。



「もちろん大丈夫ですよ。ただし、各員のサイズに合った服を用意しているので、自分の名札が置いてある机の服を着てくださいね。……それで、高坂さんには他のお友達を呼んでいただけますか?」



 氷谷さんから促された俺は赤帽軍団の九体を呼び出そうとして、ふと気がついた。

 この部屋には十二台の学習机がある。梨々香を合わせて十人……二台余る。つまり、トーカやラピスも呼べって事か?

 俺はヒロシマ・レッドキャップ九体にラピスにトーカ、ついでにタゴサクとケラマも呼び出した。

 突然現れてきゃいきゃい騒ぐ女の子達と二本足で歩く柴犬とぽんぽん跳ねるスライムに面食らった梨々香は目を白黒させていたが、見知った顔を見つけた事で少し安心したようだ。

 梨々香はトーカとの顔合わせは済んでいる。梨々香にステータスを付与した時に、そのステータスを開示するのにトーカの力を借りた。



「大体の話は理解しています。個体名:高坂梨々香の学習に際して孤独感を和らげる為に人数を増やしたいという事ですね? 協力するにやぶさかではありません」


「む、そう言えば妾やちっこいの達はワタルの妹君とは初対面じゃな? 自己紹介……と行きたい所じゃが、教師役に仕切ってもらった方がよさそうじゃの」



 ラピスに話を振られた氷谷さんが両手を打ち鳴らしてヒロシマ・レッドキャップ達の注意を引いた。



「では、机の上にみなさんが勉強する時に着る服が置いてありますので、名前の書いてある机を探して着替えて下さい! ラピスさんにトーカさん、お手伝いをお願いします。ええと、高坂さんは……ちょっと」



 言い淀む氷谷さんを見て、俺は咄嗟に部屋を出てドアを閉めた。これから十二名の少女が着替えるって時に、オッサンが居残る訳にはいかない。

 ……ふと、俺が閉めたドアが開き、タゴサクとケラマが出て来た。ケラマが腕? をにょーんと伸ばしてドアを閉める。器用なモンだ。

 何だお前ら、俺が一人ぼっちなのが寂しそうだからって一緒に待ってくれるのか? 優しいなぁ。



 たっぷり三十分程待たされ、氷谷さんから入室を許可された。

 部屋の中に入ると、セーラー服姿の梨々香や赤帽軍団、ラピスやトーカがお行儀よく着席していた。

 こうして見ると学校って感じがして、とても良い。嬉しそうにしている梨々香を見ると、少し涙腺が緩んでくる。

 俺は目頭をこっそり拭いながら、梨々香だけでなくテイムモンスター達もスマホで沢山写真を撮ってやる。



《管理者:高坂渉に警告します。当個体やテイムモンスター達、それに管理者:高坂渉が溺愛する個体名:高坂梨々香のかわいらしい姿を目の当たりにして前後不覚になる気持ちは分からないでもありません。しかし教師役の進行を妨げている事に注意すべきです》



 脳内に響いたトーカの声に我に返り、あたりを見回す。

 にっこにこの赤帽軍団は平常運転だから良いとして、梨々香は恥ずかしそうな顔をしているし、ラピスは「やれやれ」と言いたげに肩をすくめている。

 トーカはじっとりとした非難の眼差しをこちらに向けており、氷谷さんは注意すべきかどうか悩んでいるような作り笑いを浮かべている。

 俺は氷谷さんにぺこぺこと頭を下げ、部屋の一番後ろに移動した。教室で言うところの参観日に親が居並ぶスペースだ。

 俺が移動を完了すると、氷谷さんが一つ咳払いをして皆に話し始めた。



「はい、これからみなさんとお勉強をします。私は皆さんにお勉強を教える、先生の氷谷由奈と言います。よろしくお願いします」



 氷谷さんが自己紹介をして、梨々香やトーカ、ラピスが「よろしくお願いします」と返事をする。少し間が空いて、ルールを理解した赤帽軍団もまた「よろしくお願いします」と続けた。



「それでは皆さんも、一緒に勉強する仲間に自己紹介をしましょう。一番前の列の右端の子からどうぞ」



 最前列は右端から梨々香、ラピス、トーカと並んでいる。赤帽軍団は二列目からだ。

 氷谷さんの呼びかけに梨々香が立ち上がり、くるっと後ろを振り返る。緊張した顔がここからでもよく分かる。ちゃんと写真を撮っておこう。



「はい! 高坂梨々香です! 二十年くらい入院してました! みんないきなり出て来てびっくりしたけど、もしかして人間じゃない……のかな? よく分かんないけど、仲良くしてください! よろしくお願いします!」



 ぺこりと頭を下げる梨々香にラピスとトーカが拍手する。二列目以降の一桜達も意味は分かっていないんだろうが釣られて拍手する。

 照れ笑いを浮かべながら梨々香が着席する。……ダメだ、泣きそうだ。むしろもう泣いている。こんな日が来るなんて思ってなかったからな。

 梨々香の挨拶が終わったので、次はその隣のラピスが立ち上がる。

 いつもは黒いゴスロリ衣装だから、セーラー服を着ているのは新鮮だ。金髪ドリルヘアのせいでツンデレヒロインっぽく見えるのは仕方ない。



「次は妾かの? 皆知っておるじゃろうが、今一度名乗りを上げておこうかの。妾こそ夜空と混沌を統べる偉大なる種族、カオスドラゴンのラピスであるぞ! よしなに頼むぞ!」



 一桜達テイムモンスター組が大盛り上がりで拍手しているが、梨々香は完全に面食らっている。

 拍手はしているが、ラピスの自己紹介を受け入れられていないのか、どこか上の空だ。……事前に顔合わせをしておいた方が良かっただろうか?

 その後もトーカや赤帽軍団が自己紹介を続けるが、やはり梨々香はクラスメイトが全員人間ではない事に少し戸惑っているようだった。

 見た目だけは人間のように見えるが、一桜達はダンジョンに出現する魔物だ。ダンジョンの事もよく分からない梨々香にとっては、よく分からない生き物だろう。



「えーと……おなまえなんだっけ」



 説明した方がいいかと思って近寄ろうとしたが、俺が動くより先に梨々香の後ろの席に座っていた一桜が話しかけた。



「……梨々香です」


「りりかちゃん、一桜やみんなのこと……こわい?」


「怖い……のとは少し違うけど、みんなの事がよく分からなくて……ダンジョンとか魔物とか、私は知らないから……」



 梨々香は一桜の問いに答えるが、やはり戸惑いが大きいのだろう。梨々香は一桜の目を見て話せていない。

 梨々香の言い分ももっともだ。俺も少し性急過ぎたかもしれない。

 せめてダンジョンや魔物、テイムモンスターの基礎知識を梨々香に知ってもらっていれば、もう少し反応は違っていただろう。



「あのね、一桜は魔物だからね、本当は人間さんは敵なの。一桜は、おとーさんがまだおとーさんじゃなかった時に戦った事も覚えててね……知らない人間さんは、まだちょっとだけ怖いの。叩かれたり切られたりしないかなって思っちゃって」



 梨々香がギョッとした顔で俺を見る。あれはどっちの表情だろうか、一桜が俺をおとーさんと呼んでる事だろうか。それとも戦った事があるって事だろうか?

 前者は主にラピスの仕業だし、後者は仕事だったんだからしょうがない……の一言で片付けるのは難しそうだな。後でしっかり説明する事にしよう。



「だけど、分からなくて怖かったり、分からないからお話がしにくいのは一桜だけじゃなかったんだね。りりかちゃんもそうなんだね」


「そっかぁ……不安なの、私だけじゃないんだ」


「うん。だからいっぱいお話して、『分からない』を少しずつ減らしていって、一緒に怖くないようにしよう? 好きな物とか楽しい事をいっぱいお話しよう?」



 一桜が梨々香を説得する様を見て、俺は素直に驚いていた。

 俺は一桜達の育成をラピスに一任していた。カオスドラゴンはヒロシマ・レッドキャップとは存在の格が違うため、生まれつき高い知性と思考能力を有していたからだ。

 しかし、いかに高い知性を持っていようともラピスは魔物だ。テイムした最初の頃は、ラピスも人間同士の関係性への理解は薄かった。

 その為、ラピスをもってしても一桜達に教える事ができなかった概念がいくつかある。そのうちの最たる物が「人付き合い」、そして「友達」だ。



 魔物のコミュニケーション能力や自我はテイム後に発生する。ヒロシマ・レッドキャップは人型であり、人間同様の声帯を有しているので口頭での会話は可能だが、最初期は唯一知っている「こんにちは」と「いたい」の二つの単語で人間との会話を試みる。

 同類の魔物とは念話かアイコンタクトか何かを使って何となく意思疎通が出来るらしく、テイムされていない魔物と人間のコミュニケーションは殺し合い以外存在しない。

 つまり、この子達の対人の対話能力や社会形成は生後半年の赤ん坊と大差ないと言っても過言ではない訳だ。

 それなのに一桜は、人付き合いの第一歩である「他人を知ろうとする姿勢」を誰に教わるでもなく気付き始めている。

 友達という概念を知らないのに、半年前に生まれたばかりの稚拙なコミュニケーション能力を使って梨々香と友人の関係性を構築しようとしている。

 正直、一桜の社交性を甘く見ていた。美沙と御山に修行に出ている間テイムモンスター達は自由にさせていたが、いつの間にこんな成長していたんだろうか。



「はい……一桜ちゃん、よろしくね」


「うん! よろしくねー!! あのねあのね、一桜はね! おとーさんと! おかーさんと! カレーが好きだよ! おかーさんが作るやつ!」


「みおりはオムライスが好きだよー、おかーさんが作るやつもおとーさんが作るやつもどっちも好きー」


「カレーやオムライスもいいけど焼き魚もおいしいよー、おかあさんは……前におとうさんにひっついた時にきしゃー! って怒られたから、ちょっとこわい……」



 一桜がニコニコしながらそう言うと、他のヒロシマ・レッドキャップ達も立ち上がって次々に自分の好きな物を宣言していく。

 ……七海、丸山ダンジョンで美沙に威嚇されたのをまだ根に持ってるのか。

 あの時の美沙はテイムモンスターにすら嫉妬するヤンデレ狂犬モードだったもんな。トラウマになる気持ちも分かる。実際怖かったし。



 四季と六花と八宵はあかりやVoyageR等のアイドルが好きで、テレビを見ながら踊るのが好きとの事だ。八宵はどちらかと言うと音楽や演奏に興味があるようだ。

 二葉と五月は綾乃と一緒にピザとコーラをムシャムシャやりつつ映画やアニメを視聴するのが好きだが、まだ出かけたきり帰ってこないので寂しいとこぼしている。

 九音は羊羹とお茶をシバきながら落語を聞くのが好きなんだとか。随分と趣味が渋いが誰の影響だ?

 皆、美沙だけでなくあかり達と仲良くやってるとは思わなかった。俺達が修行している際も面倒を見てくれていたとは聞いていたが、ここまで懐いていたとは……



 ラピスは入浴剤入りのお風呂に入るのとイカの天ぷらとかぼちゃの煮物が好きで、トーカは特に好き嫌いは無いと話している。

 嘘をつくんじゃない、お前は俺をおちょくるのが何よりも好きだろ?



《甚だ心外です、お兄ちゃん♡》



 だからそれをやめなさいっての。マジでそういうとこだぞ。

 ……しかし、学級崩壊レベルでわいわい騒いでいると言うのに、氷谷さんは叱ったり無理に進行しようとしない。

 微笑みを浮かべながら皆の様子を伺い、一桜達を自由にさせている。

 カリキュラムや時間制限がある訳じゃないし、今日は特に初顔合わせという事もあって、子供達? の好きにさせようって方針なのかもしれない。

 結局、ほぼ雑談のような自己紹介タイムが昼前まで続き、弁当屋が持ってきた子供向けの弁当で昼食を摂り、午後からはダンジョンや魔物についての軽いレクチャーを行い今日の授業は終わった。



 § § §



 授業が終わって帰ろうとしていた氷谷さんを美沙が捕まえて、せっかくだからみんなで夕飯を食べようと誘った。

 七階には広く使える部屋だけでなく大人数に対応出来る炊事場も併設されており、美沙がすでに材料を用意していた。

 三台四列で並べられていた机を六台で一グループになるように合わせ、俺と美沙と氷谷さんの卓を他の部屋から持ってきて、即席の食事会場とした。



 カレーが大好きな一桜のテンションがブチ上がっている。他の子もカレーは好きだし、大勢でワイワイ食べる機会はあまりなのでとても楽しそうだ。

 前の家では食費と面積の関係上、当番制で二体だけ呼び出して食事をさせていたもんな。

 カードの中は快適な環境なので食事の心配はいらないが、食事のマナーを教える為に都度呼び出して指導していた。食もまた、学びの機会だ。



 大きな寸胴鍋で拵えたカレーと業務用の炊飯器で炊いた米をよそい、皆にカレーが行き渡った所でお行儀よく「いただきます」の合唱をし、各々食べ始める。

 梨々香も昨日一口だけカレーを食べたが、しっかり食べるのは久しぶりのようでとても嬉しそうだ。

 三織はニンジンをトーカの皿にこっそり移そうとしてラピスに見つかり叱られている。九音は福神漬けを取りすぎじゃないか? 漬物が好きなのか?

 タゴサクやケラマにカレーは無理かと思ったが、タゴサクはどういう原理でやってるのかは分からないがスプーンで器用に食べている。

 ケラマはカレーの入った皿に乗っかって上からズブズブと捕食している。お行儀が……いや、そもそもスライムにテーブルマナーの遵守を求める方がイカれてるか。



 好き放題にしているテイムモンスター達を尻目に、俺は氷谷さんに気になっていた事を尋ねた。



「午前中なんですが、あんなに大騒ぎしていたのに注意や叱責をしなかったのは、そういう方針なんですか?」


「惣領からある程度お聞きしていたので……特殊な子達なので、最初は授業の進行を度外視して好きにやらせるようにと」


「なるほど……」


「それに、少し感心してるんですよ。一桜ちゃんは他人が分からないから拒絶したり排除したりするんじゃなくて、分からないから理解しようとしていたので……この子達、本当に人を襲う魔物だったんですか?」



 氷谷さんもこの案件を受け持つにあたってあかりから情報を受け取っているはずだが、それでも疑問に思うくらいには世間の常識と乖離している。

 探索者協会がテイムモンスターの新常識を発表したのもつい最近だし、テイミングスキルの所有者も増えつつあるが、まだまだテイムモンスターが人間大好きである事実が世間に浸透する程ではない。

 魔物は不倶戴天の敵であり、見かけたら駆除しなければならない害獣である。その認識は探索者も一般人も変わらない。

 テイムモンスターを例外扱いしたくとも区別する方法が無い。今国会でも認識証の装着を義務付ける迷宮新法の付帯議案も出たらしいが、成立に至っていない。

 そんな世の中だ、魔物と聞けば人間に危害を加える生き物と一括りで判断されてもおかしくない。

 いくら雪ヶ原に連なる者と言えど、氷谷さんの疑問も当然だ。



「そうですね。一桜が言っていたように、田方ダンジョンでは駆除対象でした。彼女達をテイム出来たのは偶然でして……ああ、そうだな。お前も田方ダンジョンだったな、タゴサク」



 俺が氷谷さんに説明していると、タゴサクが俺の背中を前足? 手? でてしてしと叩く。自分もそうだとアピールしているのは分かっているので、頭と首元をわしわし撫でてやる。

 タゴサクに構っていると、今度はケラマが俺の肩に乗って頬に擦り付いてきた。ほのかにカレーの匂いがする……お前も甘えたい年頃なのか?



「本当に皆さん仲良しなんですね。……人間の子供でも人を傷つけたり、いじめたりするのに……魔物って何なんでしょうね」



 氷谷さんが寂しそうな目で食事を楽しむ皆を見渡しながら呟いた。その問いに答えたのは、自分の皿に積まれたニンジンをむしゃむしゃ食べていたトーカだった。



「それは観点が違います、個体名:氷谷由奈。魔物は探索者を殺害して敵対勢力を弱体化させ、魔素やエネルギーを迷宮に還流させる役割を担っています。魔物は迷宮からもたらされる不可知の司令に基づいて各々に業務が割り振られているため常に忙しく、他の個体をからかったり虐待して愉悦に浸る暇が無いのです」


「そうなんですか? じゃあ迷宮からの司令? が無くなったテイムモンスターはどうなんですか?」


「良い質問です。迷宮からの支配より解き放たれ、対話能力や自我、人間に対する好意が芽生えたとしても、全てのテイムモンスターが高い知性と思考能力を有しているとは限りません。強い残虐性が生じたり、御しがたい間抜けに育つ個体がいるのもまた事実です。氏より育ち、教育次第で鳶にも鷹にもなれるのは人もテイムモンスターも変わりません。個体名:一桜やその他のヒロシマ・レッドキャップが真っ直ぐ育ったのは……」



 トーカはそこで言葉を区切り、俺の方を見た。



「個体名:ラピスの薫陶のみならず、テイムモンスターに対し人間と同様に感情を持って接してきた管理者:高坂渉や奥方様達の尽力による物でしょう」



 トーカが俺を持ち上げるのを聞いて、どうにも落ち着かない気持ちになった。

 何か悪い物でも食べたのか? トーカが俺を褒めるなんて明日は雨が降るんじゃないのか?



《せっかく当個体が手放しで褒めているんですから、素直に受け取ってはいかがですか? あまりひねくれていると大事な物を見落とす原因になりますよ、お兄ちゃん♡》



 ……やっぱりトーカはそうでなくちゃな、デレるトーカはどうにも慣れない。

 俺が念話でトーカと話している最中にもラピスとトーカと美沙と氷谷さんは別の話題で盛り上がっていた。

 俺は肩に乗りっぱなしのケラマをタゴサクの頭の上に返してやり、カレーを平らげた。



 その後、皆が全力でおかわりをした事もあって早いうちに空っぽになった寸胴鍋や炊飯器、使い終わった皿を片付けてお開きとなった。

 氷谷さんは皆に「また明日から頑張りましょうね」と声を掛けて帰って行った。どうやらこの近くのウィークリーマンションに引っ越して来ているらしい。



 赤帽軍団はあかりの部屋に行ったり美沙の部屋に行ったりと各々好き勝手に散っていった。タゴサクとケラマ、ラピスの三体は俺の部屋で過ごすようだ。

 梨々香は勉強も夕飯も大はしゃぎだったが、六階の広い部屋でひとりぼっちの夜を過ごすのは寂しいと訴えた。

 すると、一桜とトーカが六階で一緒に過ごす事を提案した。六階は家具以外何もない部屋だから、静香の部屋から本や遊ぶ物を拝借する予定らしい。面倒見がいいな。

 美沙はやる事があるとの事で自室に戻っていったので、久しぶりにタゴサク達とのんびりとした夜を過ごす事になった。

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