第63話
食器をそれぞれの店舗の返却口に置き、ショッピングを再開した。とは言え、残りは俺よりも美沙や月島君に任せた方がいい物ばかりだ。
夏物ともうすぐ来る秋冬用の服、下着や小物類なんかの買い物に男の俺が居た所で役に立つとは思えない。……月島君は特別だ、彼は女物に慣れている。
梨々香の買い物は二人に任せて、俺はエスカレーターの近くにあるベンチに腰を下ろし、琉輝彌君が言っていたヒロシマピースレイドについてスマホで調べた。
シーカーズのSNS機能で探索者協会広島支部のアカウントを見てみると、ちょうど半日前に簡単な勧誘の文句と共に外部リンクと画像が貼られていた。
ヒロシマピースレイドの募集要項を見るに、どうやら探索者側からの申し出がない限り運営がパーティを編成し、それぞれに役割を与える形らしい。
原爆ドームダンジョンは地下十階が最高到達点だが、その記録を塗り替え……あわよくばダンジョンを制覇して消滅させるのがこのレイドの目的のようだ。
俺達丁種……ダンジョン警備員は基本的に探索者扱いされないので関係はないはずだが、広島の警備会社の名前も何社か運営側の欄に書かれている。
ダンジョン警備員が運営側としてポジションを受け持つとすれば恐らく、ダンジョンゲート外で一般人による会場内への侵入を防ぐ役割だろう。
こういう大きな探索者系のイベントには乱入者が付き物だ。動物保護団体や人型魔物の人権を訴求する団体、目立ちたいだけの調子乗りの襲撃なんかもあり得る。
少なくとも、いつものようにダンジョン内の詰所で暇を潰すだけの楽な仕事にはならないはずだ。
原爆ドームダンジョンの一階層にも受付や詰所はあるが、警備員ではなく自衛隊員が受け持っている。
一階層から出る敵は他のダンジョンと比べてもレベルが高く、下手に警備員に任せると死傷者が出るからだ。討伐巡回も命懸けなので、上等な装備と人材を充てている。
……まあ、そうは言っても人間相手の警備も楽かと言われると、そうでもない。過去には刃傷沙汰も起こっている。
ダンジョン関連のイベントにおける一般人の乱入で最も大変な事態に陥ったのは、兵庫県明石市の明南ダンジョンでのレイド壮行会だ。
探索者パーティ十四組がレイドを組み、最下層を目指してダンジョンアタックする事になったが、出発直前の壮行会に地元のヤンキーが徒党を組んでなだれ込んで来た。
会場警備を任されていた地元の警備会社の新人隊員が完全にパニックに陥り、ヤンキーの隊列に向けてファイアボールを連発。
特攻服に身を包んだヤンキーとフルカウルの族車が大爆発と共に宙を舞った。その結果、三十名弱の重軽傷、二人の死傷者を発生させた。
折りしもダンジョン関連のトラブルが頻発しており、当時の総理大臣・蘆名妙蔵が言い放った「文句言うならお前らがどうにかしてみろ」という内容の蘆名談話が既定路線となりつつあった時代だ。
面白半分で探索者の集まりにカチコミをかけるような自殺志願者としか思えないヤンキーの失われた命は、紙切れよりも軽く扱われた。
しかしダンジョン警備員が引き起こした大惨事として毎年行われる現任教育に悪しき事例として頻出するようになった。
口さがない警備員は明石市で開催していた花火大会で起こった将棋倒しの雑踏事故をもじって「明石の汚ねえ花火事故」などと言う始末だ。
そのせいでと言うべきか、お陰でと言うべきか……最近ではダンジョン関連の行事に一般人が無闇矢鱈と絡んでくる事は少なくなった。
それでも全く居ない訳ではないので、探索者協会の運営は俺達ダンジョン警備員をわざと見える位置に配置して「あの時の不幸と踊っちまったヤンキーのようにお前らも爆散したいか?」と言わんばかりの示威的な運用をする。
本来であればそんな圧力のかけ方は警備員の用法としては間違っているのだが、命のやり取りを行う場所なんだからしょうがない。蘆名談話を蘇らせてはならないのだ。
《管理者:高坂渉におかれましては、一般人相手の心配は不要でしょう。以前個体名:霧ヶ峰静香が言及していたように、特例甲種探索者には適切なタスクが振られると思われます。つまり、運営側として雑踏警備を行うのではなく、奥方様とご一緒に探索者として迷宮の攻略に加わる公算が高いでしょう》
脳内でトーカが推理を発表する。やめてくれ、もし本当にそうなったらどうするつもりだ? 絶対にめんどくさい事になるに決まっている。
《面倒事を解決するためにユーバーセンスを身につけたのでは? 今なら余程の事が起こらない限り迷宮内で負ける事はないはずです》
(だからそうやってフラグを立てるのを止めろって言ってるんだ、そんな事を言ってると余程の事が起こるから怖いんだよ)
《身も蓋もない事を申し上げますと、どうせロクでもない事に巻き込まれるのは既定路線でしょうから、無駄な抵抗をせずに備えておいた方がいいのではありませんか?》
実際、俺も何かしらの形でヒロシマピースレイドのダンジョンアタック側に組み込まれそうな気はしている。
情報を握っていそうなあかりか、我らが栄光警備のカシラになるであろう静香に話が出来れば少しは状況把握が出来そうな物だが……今日は帰ってくるんだろうか?
シーカーズの機能をチャットモードに切り替えてて、俺達の連絡用に作ったチャットルームに入り、「ヒロシマピースレイドについて詳細を知りたい、後で連絡してくれ」とあかりと静香に宛ててメッセージを投げ込んでおいた。
すぐに既読が付き、あかりからはOKのハンドサインをしているSDイラストの幸村灯里の横に「了解!」と書かれたスタンプが送られて来た。
自分をモチーフにしたスタンプを自分で使うのってどんな気分なんだろうな? いつか心境を尋ねてみたい所だ。
静香からは何も返事が返ってこない所を見るに、スタンプを送る暇すらない状況って事だろうか? しばらく様子を見る事にしよう。
その後はしばらくSNSでヒロシマピースレイド関連の投稿を検索して、参加を表明している探索者やパーティのアカウントを探して情報収集をして時間を潰していた。
広島での大規模なレイドの呼びかけは初めてという事もあり、物見遊山気分で参加する探索者も結構いるようだ。
先程話した琉輝彌君の所属する配信者グループ・ガリンペイロも参戦する旨を告知している。
思ったよりフォロワーが多くてびっくりした、グループの広報用アカウントとは言え、フォロワーが五十万人もいるのは大したモンだ。初見の警備員にイキり散らかしたくなる気持ちも分からんでもない。
そういえば以前マリンフォートレス坂の控室で美沙のお姉さんである坂本万沙さんが言っていた、俺と同じ「湯の花」をアカウント名にしている岐阜在住でサムライの女性も広島まで遠征するようだ。
なんとも縁を感じる。もしかしたら何かの折にばったり出会って、温泉話に花が咲いたりして……妙な寒気がするが美沙のせいか? 離れてるのに考えを読んで俺を威圧するのはやめて欲しい。人間離れしすぎじゃないか?
一通り調べ終わった頃に梨々香達と合流した。
梨々香の荷物が結構な量になっていたので、重たそうな袋をいくつか持ってやる事にした。説明が大変なのでカード化はしない。
食材のストックを補充する為に食品売り場をうろついていると、梨々香が夕飯にオムライスが食べたいと言い出した。
美沙がやる気になっている所申し訳無いが、多分梨々香が求めてるのはちゃんとしたチキンライスを使った奴ではないと思う。うちにはうちのオムライスってのがある。
だから美沙と月島君は俺がオムライスと聞いてウィンナーの袋を真っ先に手に取った事に対して首を傾げてヒソヒソ声で話し合わないで欲しい。
必要な物を買い揃えた俺達は月島君の運転で家に帰り……月島君は美沙に連れられてどこかへ行ってしまった。
美沙からはスマホに「明朝には帰ります」とだけ連絡があった。なるほど、早速組み手か。月島君と次会った時には一皮剥けた彼と相まみえる事が出来るだろう……多分。
§ § §
それから休みの日に親父がごく稀に振る舞ってくれた輪切りのウィンナーとみじん切りの玉ねぎが入ったケチャップライスに薄焼き卵を乗せただけのオムライスを作って、梨々香に食わせた。
二口、三口と食べ進めた所で「おとうさんのオムライスと同じ味だぁ」とべそべそ泣き始めた。食べるのか泣くのかどちらかにしなさい。
具材も米も、調味料も家で使っていた物と同じ奴。食えるように仕立てれば大体親父が作っていた味と似たり寄ったりになるのは当たり前だ。
……しかし、お袋の味や親父の味はどれだけ金を詰んだとて、もう二度と味わえない。
俺に作れるのはオムライスと、あとはせいぜいそうめんくらいだが、梨々香が喜んでくれそうな物が俺の中に残っていて良かったと心から思える。
今日一日で色々ありすぎてくたびれた梨々香に俺は風呂に入るよう勧め、ほっかほかになった梨々香は眠気に抗えずにすぐ眠ってしまった。
俺のベッドなんだけどな、そこ。今日はリビングのソファで寝るとしよう。
梨々香を病院に迎えに行く前に一旦テイムモンスターを全員送還しているので、久しぶりにこの広い家に一人きりだ。
テレビでお笑い番組を見ていたが……ダメだ、最近のお笑いはどうにも笑いのツボが分からない。これが歳を食うって事だろうか、嫌なモンだなぁ。
チャンネルを変えてニュースを聴きながらスマホで情報収集をしていると、玄関から鍵を開ける音がした。
美沙は月島君をドツき回して……いや、愛ある修行を施している最中だ。一体誰だ?
「高坂さーん、おじゃましまーす。ご希望の情報をお持ちしましたよー」
「ついでに栄光警備の今後の話も用意してきましたぞー」
聞き覚えのある声が玄関から聞こえる。あかりと静香だ。どちらも声から疲れを感じる。お仕事ご苦労様だ。
俺は麦茶のピッチャーを冷蔵庫から出し、あかりと静香のコップと共にリビングに準備しておく。
やがて二人が廊下から現れた。てっきり仕事終わりのまま来たんだと思っていたが、二人とも風呂なり何なり済ませてから来たようでラフな格好をしていた。
あかりはダボっとした水色で無地のTシャツに黒いスパッツだ。このままダンスレッスンを始めたとしても何の違和感もない。
静香は耳の部分がキノコの傘のようになっている犬のキャラが大きく描かれたTシャツに短パンだ。漫画かアニメのグッズだろうか?
本題に入る前に、あかりに今日の梨々香の様子を簡単に伝えておく。現代知識が全く無いのは流石に危ういどころの話じゃない。
「なるほど……では教育にうってつけの者が『氷』に居ますので、明日の昼から来させます。梨々香さんは特に用事ありませんよね?」
「ああ、当面必要になる物は昼に買ったからな。特に連れ回す予定は無いぞ」
「分かりました。では連絡を取って段取りを決めますので、その間に霧ヶ峰さんの方のお話を進めて下さい」
スマホ片手にリビングを出るあかりを見送った後、入れ替わるように静香が報告を始めた。
「あまり褒められた話ではないのですが……実は水面下では話がかなり進んでおりましてな。十月一日付けで栄光警備の株式を全取得する予定ですぞ。そして三日に広島本社の全社員を中区のアステールプラザに招集して説明会を開催、その様子は各支社にもネットで映像を回して共有する予定になっておりますぞ」
「完全に既定路線じゃないか……営業停止中なのに、そういう根回しとかしていいのかよ」
「だから最初に申し上げた通り褒められた話では無いんですぞ。とは言え、パチンコ屋の横にたまたま古物商が買取店を開いていたり、客と嬢が恋に落ちてサービスが過剰になる風俗店があるように、暇してる栄光警備のお偉方を夕飯に誘った時についつい仕事の話が出るのも人情って物でございましょう」
そんな三店方式やソープランドみたいな詭弁を商売事に持ち込んでいいんだろうか? いやよくない……はずだ。
「とにかく、三日に説明会がありますからな。月ヶ瀬氏にもお伝え願えますかな?」
「分かった、今日は帰ってこないから明日伝えておこう。他に何かあるか?」
「ヒロシマピースレイドにおける弊社や栄光警備の動き……については雪ヶ原氏が帰ってからにしましょうか。栄光警備の重役勢ですが、新庄社長は書類送検となりますぞ。人が死んでるので致し方無しでござるな。とりあえず世間が忘れた頃合いに有耶無耶にして雪ヶ原パワーで不起訴、しれっと適当なポストを与える予定ですぞ」
「そうか……春川さんはどうなる?」
「春川氏に責任が全くないのかと問われると当然そんな訳は無いんですが、栄光警備のコアはあの人ですからな。居ないと困るのはこちらとしても同じでして……労基法を足蹴にして隊員をアホみたいに使い潰した責任はミンチよりひでぇや状態になってしまった木下専務におっ被せる事にしましたぞ。春川氏は二階級ダウン、次長として頑張って貰いましょう」
そんなんで本当に良いのか? ……とは思うが、正直言ってクセモノ揃いの栄光警備の隊員達を口八丁手八丁で丸め込めるのは常務……いや、次長になるのか? 春川さんくらいしか居ない。
クライアントとの折衝をほとんど受け持っているのは春川さんだし、恐らく広島の警備業界を一番理解しているのも春川さんだろう。
栄光警備を存続させるにあたって、中核となる人物は何だかんだ言って春川さん以外に考えられない。
春川さんを霧ヶ峰の人間にすげ替えたとて、栄光警備はすぐに瓦解するだろう。静香が社員の総入れ替えを選択しなかった以上、これは必要な措置なんだろう。
「静香が考えた事なら、それが最善なんだろうな。とりあえず了解した、その辺りの話も?」
「三日にやりますぞ。その為の全店中継ですな」
「当日はみんな大混乱だろうな……」
「だから春川氏を生かしといた訳でござるよ。オールドタイプの業界にどっぷり浸かった従業員は、我々のようなぽっと出の話なんてマトモに聞きゃしないでしょうからな。体の良い人質兼通訳みたいな扱いですぞ」
うんうんと頷き、一通り話終えた静香が麦茶の入ったコップを飲み干す。そのタイミングであかりが帰って来た。
あかりはスマホをテーブルの上に置き、椅子に座って麦茶に手をつける。俺は静香のコップにおかわりの麦茶を注いでやった。
「明日の朝十時に氷谷と言う女性が来ます。元々七階は会議室として使う予定だったので、特殊な仕様にしてあるんですが……レイアウトを少し変えて勉強しやすい内装にしますので、梨々香さんにお伝え下さい。それと、出来れば高坂さんのテイムモンスター達に協力をお願いしたいのですが……」
「そりゃあ構わないが……どうして?」
俺は首を傾げた。
最初は「こんにちは」とか「いたい」くらいしか喋れなかった一桜達ヒロシマ・レッドキャップだが、カオスドラゴンのラピスがコミュニケーション能力を鍛えたお陰で全員基礎的な会話が出来るようになっている。
最近ではテレビや本を勝手に視聴し、気になる事はラピスやトーカだけでなく俺達に何度も尋ね、結果的に学習意欲と知識量が増している。
……だが、梨々香に学ばせたいのはこれまで蓄積出来なかった現代日本の生活に基づく基礎知識だ。
あいつらには梨々香に教えられるような知識は無さそうに思えるが、一体何を手伝わせるつもりなんだ?
「にぎやかし要員が欲しいんですよね。うちの氷谷と梨々香さんのマンツーマンでも良いんですが、一緒に授業を受ける人がいる方が気を張らずに済むんじゃないかなと……何なら全員に制服でも着せて学校ごっこにした方が梨々香さんも楽しめると思いますし」
「やろう。梨々香の為になるなら協力しよう。他に何か出来る事はあるか?」
梨々香への教育をいっそ学校のようにしてしまう、その発想は無かった。
梨々香は義務教育真っ只中でぶっ倒れ、それからずっと病院暮らしだ。中学校は単位不足で留年なんて事はなく、時期が来たら授業の進行度合いと関係なく勝手に卒業となる。
梨々香は学歴的には中卒だが、実質的には中学中退みたいな物だ。
そもそも梨々香は学校が嫌いではなく、勉強するのが好きな子だったので、入院当初は早く治して学校に行きたいと言っていた。
ちゃんとした学校ではないが、それでも学校のように学べるのであれば、梨々香も喜んでくれるかも知れない。
そして制服姿の梨々香は絶対に可愛い。ちゃんと写真に残してやらないとな。
「本当高坂氏は梨々香嬢の事になると親バカみたいな目になりますなー、そのうちお兄ちゃんの洗濯物は分けて入れてよねとか言われてショックを受ける日が来るのではありませんかな?」
「そもそも梨々香さんの部屋は六階ですから、洗濯物が一緒になる事はないですけどね。霧ヶ峰さん、もう家具は入れてあるんですよね?」
「当然ですぞ、高坂氏達がお買い物に出かけている頃にウチの社員がセットアップしております。今日からでも住めますぞ……まあ、梨々香嬢が高坂氏のベッドで寝てるんじゃどうしようもないですな」
静香の発言を聞いたあかりが目を輝かせながらこちらを見ている。ウチ部屋のベッド空いてるんだけど泊まってかない? とか考えてそうだ。
俺は先手を打って、リビングの片隅にあるソファを指差した。
「しょうがないから今日はそこのソファで寝るつもりだ。別に肌掛け布団もいらないしな」
「あの、高坂さん! うちの部屋のベッドちょっと大きめなんで二人入れるんですけど!」
あかりがガタリと音を立てて立ち上がり、前のめりで俺に近付いて提案する。
あまり前傾姿勢を取られると、緩めのTシャツの襟首から豊かな中身が見えてしまうので勘弁して欲しい。
俺はあかりの額を人差し指で強めに押して着席を促した。
「入りません。朝には美沙が帰るってのに一緒に寝てたら殺されるだろ……そもそもスキャンダルが怖い仕事してるんだから、あんまり男にベタベタするモンじゃないぞ」
「スキャンダル? どうやって露見するんですか? 情報を掴んだ記者は速攻で捕まえて片っ端から埋めてって『命が惜しければVoyageRだけは探るな』って暗黙の了解を業界内にそれとなく植え付けてるのに?」
……そうだった。情報の管理で右に出る者がいない家の人間だったな、この子。そりゃあスキャンダルが出ようはずがない。
それでも浮気は駄目だ、美沙に対する裏切りになってしまう……それに俺だってまだ死にたくない。
「……どちらにしても、今日はソファで寝るからな」
「むーーー、ガードが固いなぁ……これまでの情報料や梨々香さんのお世話頑張ったって事で一回くらい一緒に寝てくださってもいいじゃないですか、減る物じゃないんですから……」
減るに決まってるだろう、美沙からの信頼度や俺の安全性が激減するぞ。
不服そうな顔でなおも俺に一夜の添い寝をねだろうとするあかりを静香が横から制する。
「雪ヶ原氏、拙者は友人が月ヶ瀬氏の一撃で真っ二つにされる所を見たくはありませんし、そもそも話が凄まじい勢いで脱線しておりますぞ。そろそろヒロシマピースレイドの話に移ってはいかがですかな?」
「そうでした。ではヒロシマピースレイドについての説明に入りましょう。……とは言え、そこまで詳細な情報が集まった訳ではないんですが……」
あかりが何やらスマホを操作すると、俺と静香のスマホが鳴動した。シーカーズ経由で電子文書ファイルが送付されたようだ。
届いたファイルを開くと、「ヒロシマピースレイドに関する調査報告書」と書かれた表紙が出て来た。
報告書を読み進めながらあかりの説明を聞くと、大体こんな感じだ。
原爆ドームダンジョンは、ダンジョンの発生が確認された最初期から今まで討伐されずに残っている。
広島のシンボルとも言える原爆ドームの真ん前にダンジョンゲートがそびえ立っているのは邪魔だったが、その討伐は非常に難航していた。
一階層からそこそこの難敵が現れる事からダンジョン発生当初はなかなか手がつけられなかった。
各所のダンジョンでレベルを上げた警察官や自衛隊員から精鋭を揃えて、どうにか浅い階層の確保に成功。
橋頭堡とも言える警備詰所と受付を設けて、迷宮漏逸を防げるだけの最低限の維持活動が出来るようになった。
しかし世間はそんな大変な事になっているとはつゆ知らず、原爆ドームダンジョンが残っているのは自衛隊や警察、探索者協会の不手際であると糾弾した。
蘆名談話が色濃く残っていた時代とは言え、ここは広島だ。こと原爆や平和が関わると、価値観とパワーバランスが大きく歪む特異な地だ。
本来なら「そんなに言うならお前らでどうにかしろよ」で片付けられてしまう話も、平和の名の下に早急に解決しなければならない喫緊の課題となってしまう。
これまではどうにか世論を押さえてきたが、潮目が大きく変わったのが半年前。
旧北朝鮮エリアから広島に飛来したドラゴンを実質三名で討伐してしまったり、呉に現れた巨大なゴーレムを自衛隊員と普通の探索者が討伐してしまった。
そのせいもあって「そんな凄い事が出来る探索者が現れるようになったのなら、そろそろ原爆ドームをどうにかして貰えないですかね?」との突き上げが激しくなった。
……いや待った、もしかして今回のヒロシマピースレイドが企画されたのって俺達のせいなのか?
「ああ、高坂さんが気に病む必要はないですよ。ラピスちゃんの件やダンジョン・ゴーレムの件があろうとなかろうと、遅かれ早かれこうなったはずです。探索者協会は一般人のガス抜きが滅法下手なんです、探索者とダンジョンの事にかかりっきりですから」
「それに高坂氏や月ヶ瀬氏の甲種資格は特例故、今回のレイドには招集もされなければ出欠も自由だと思いますぞ。甲種としての恩恵もろくすっぽ受けてないのに義務だけ負わせる訳にもいかんでしょう」
二人はフォローを入れてくれるが、俺は別にあの時の判断を後悔している訳じゃない。
ラピスの時も呉のゴーレムの時も、広島城の魔物出現や迷救会の時だって、俺には守りたい人がいて、逃げられない理由があった。
後々面倒事に巻き込まれるから無関係を決め込もうなんて考えられる状況じゃなかった。俺が命を張る事で大切な何かを守れるなら、これからもきっとそんな戦いが続くだろう。
原爆ドームの正面にダンジョンゲートがあろうと別に困りはしないし、ヒロシマピースレイド自体も回避したいくらいには面倒だが、参加する事で俺にとって大事な何かを守れるのであれば話は別だ。
……これが、以前中本社長が言っていた「ナイトと言う生き様」なんだろうか?
何にせよ、誰が参加するのか、一体何をするつもりなのか……そこをしっかり見極めて、身の振り方を決めたい。
「とりあえず、続きを聞こうか。参加するかしないかは置いとくとして、情報が欲しい」
「はい、承知しました。では次のページに進んで下さい。今回のレイドに参加を表明している著名な探索者と企業をまとめておきました」
スマホの画面をスワイプすると、広島県内・県外を問わずレイドへの参加を表明している名の知れた探索者がリストアップされていた。
その中にはガリンペイロや琉輝彌君も入っている。あかりから著名扱いされる程度には有名だったんだな。
他にも東京や大阪といった大都市圏からも著名人が参戦するようだ。
俺は探索者界隈に疎いので、よっぽどテレビに出ていて名が売れている探索者でなければ、名前を挙げられても分からない。
協賛企業は俺にも聞き馴染みのある社名が並んでいた。探索者用装備や通信機器のメーカーや販売店、医療関係や食料品等の製造販売業者、マスコミや出版社といったメディア関連、その他小売業やサービス業と様々だ。
霧ヶ峰ホールディングスや東洋鉱業の名も入っている。静香が言うには各ダンジョンゲートへの実戦配備が決まった貯留型魔素収集装置「ナオビ」を大量投入して、殲滅した階層での魔物のリポップを阻害出来るか試すつもりらしい。
このように、自社の製品や技術、物資等を積極的に供出する企業が大半を占めており、ジョイントベンチャーを組む程ではないにせよ企業間で綿密な協力体制を築くそうだ。
スポンサー以上JV未満……つまり企業間アライアンスだ。探索者と同じように、企業にとってもこれは一つの目的の為に参集するレイドなのだ。
「魔物と戦わされる探索者からしたらハタ迷惑でしょうが、企業側はお祭りムードが漂っておりますぞ。良くも悪くも広島は探索者関連のイベントが少ないですからな、いい宣伝になると思っているようでござるよ」
「ダンジョン慣れしている著名探索者も同様ですね。メディアの参加が多いので、名前を売るにはうってつけですからね……目立ちたくない高坂さんからしたら邪魔以外の何者でもないでしょうけど」
「そうだなぁ……アノニマス・フォックスの格好で行くとさらに目立つだろうから変装は出来ないとして、もし行くならどうにかしてメディア露出は避けたい所だな……」
それから俺達は夜遅くまで話し合い、ヒロシマピースレイドについて現時点で判明している計画内容や原爆ドームダンジョンに出現する魔物の種類について話が及んだ。
半分眠りかけている静香を見送り、ソファに転がり込もうとしてきたあかりを追い出し、ようやく寝れそうだと思い時計を見れば午前二時、草木も眠る丑三つ時だった。
俺は月島君の無事を祈りつつ、体が深く沈み込む感覚がどうも慣れない上等なソファの上で目を閉じた。
浅い眠りと覚醒を繰り返して、しっかりと寝付けたのはそれから一時間半後の事だった。




