第62話
ダンジョンが出現し、結構な年数が経った今、ダンジョンのある生活がすっかり馴染んできたと思わされる。
テレビや週刊誌で普通にダンジョンや探索者の話題を取り上げたりするのもそうだが、それよりももっと実感するタイミングがある。
商工センターにあるショッピングモール「レスト」内の携帯電話ショップで梨々香用のスマホを吟味しているちょうど今、実際に思い知らされている所だ。
「申し訳ございません、ドラゴンレッドは売り切れとなっておりまして……ミスリルブルーも売り切れておりますので、こちらの『ヘルメスG4』ですと……オリハルコンメタリックかエルフグリーンでしたら在庫がありますので、すぐにご用意出来るんですが……」
「うーん、どっちもなんかちょっとケバいっスよね……スマホは普段使いの物ですんで個人の趣味によるとは思いますけど……妹さん、どうします?」
「うーん、やっぱり広島県民と言えば赤だから、赤い奴が欲しかったなぁ……他の機種で赤いのって無いんですか? このカタログの……えーと、てん……はねはね……?」
梨々香がカタログをめくり、ダイナミックな毛筆体で「天羽々斬」と書かれたスマホの写真を指差した。
探索者向けのハイエンド機なので一括で買おうとすると結構なお値段になるのだが、最近のスマホは三年だか四年だかのローンを組んで二年で機種変更すれば残りの月賦金が免除される特約がある。
それを差し置いてもなかなかに高価だが、家関係の出費が皆無な上、梨々香の入院費用も無くなったので余裕がある。
収入面も警備員の給料だけでなくダンジョン警備時のドロップ品やアノニマス・フォックス関連の権利使用料が入っている。
支出が減り収入が増えているので、梨々香のスマホが多少高価でも全く問題無い。
しかしそのスマホの名前を梨々香は読めずにいる。気持ちは分かる、こんなのを普通に読めるのは学者かオタクだ。
「アメノハバキリっスね。スサノオがヤマタノオロチを退治した時に使った剣っスけど、たかだかスマホに随分と奢った名前を付けたモンっスね。メーカーは一体どこの……ああ、東洋鉱業っスか。納得しました」
ヤマタノオロチと聞いたら草薙の剣を思い出すが、あっちは討伐後に尻尾からドロップした品であって、討伐に使われたのは天羽々斬だ。
……そうそう、ウィズダンジョン時代を最も強く実感するのは、様々な名称にファンタジー由来の固有名詞が採用されている事だ。
テレビを見ていても魔物や魔法の物品等ファンタジー由来の単語が混ざったCMなんかをよく目にする。
恐らくダンジョンが生活に完全に浸透している理由は各種メディアによる報道や広告に依存している所が大きいと思うが、企業側もノリノリでダンジョン社会を活用しているのも一因となっている。
逆に、これまでは使えていたがダンジョン発生後に使えなくなった単語もある。
例えばエリクサーやそれに類する薬品の名前は医薬品や化粧品に使えなくなった。実際にエリクサーが存在する以上、消費者への重大な事実誤認が発生する可能性があるからだ。
梨々香がめくっている携帯電話ショップのカタログを見ても、グングニルだのヘルメスだのルキフグスだのと御大層な名前のスマホが勢揃いだ。
一般向けのスマホはまだ多少影響を受けている程度で大人しめだが、探索者向けの高耐久スマホはもはや中二病の宴と化している。
俺と美沙の装備を用立ててくれている東洋鉱業もそんな企業の一つだ。あそこは日本固有の単語や神話から引っ張って来る事が多々ある。
俺達が使っている最新鋭装備群「八重垣」だって、その由来はスサノオが詠んだとされる八重垣の歌が元になっている。
……まさかその東洋鉱業がスマホを作っているとは思わなかったが。少なくとも前回機種変した時には無かったはずだ。
「少々お待ち下さい……はい、天羽々斬でしたら緋緋色金カラー……赤いスマホの在庫がございますのでご用意が可能です」
「じゃあそれでお願いします!」
「かしこまりました、ご一緒にカバーや保護フィルムはいかがですか?」
「かばー……? ほごふぃるむ……?」
梨々香は「何でわざわざカバーなんかするの?」とでも言いたげなアホの子のような顔をして困惑する。
「ああ、そうか。ガラケーやPHSにはカバーなんて無かったから……うっかり落として画面のガラスを割ったり本体を傷つけたりしない為に付けるんだ」
「ふーん……正直よく分かんないからなぁ……月島さん、良さそうな物を選んでもらえませんか?」
顔面蒼白に付け加えて心ここに在らずといった表情の月島君が、急に話を振られてあたふたしている。
いくら美沙とマンツーマンのドキドキ♡八時間ノンストップ組み手デスマッチが確定したからと言って放心し過ぎだ。
梨々香は生気の抜けた月島君に連れられて店の奥に並べられたカバーやアクセサリ類を見ていたが、特に何も選ばずに戻って来た。
「せっかく真っ赤なケータイなのに、何か被せちゃったら意味ないなと思って……透明な奴があれば良かったんだけどねー」
「透明な奴か……百均に行けばあるかもな。後で行ってみよう」
結局追加で標準的なガラス面保護フィルムのみを買うことにした。
契約プランも含めて全て決まり、店員がタブレットで確認しながら俺に尋ねる。
「では、ご契約者様はお父様の名義でよろしいですか?」
何気ない店員の一言が俺を傷つける。お父様……お父様か。まあでも仕方ない。
もうじき四十のオッサンが高校生の見た目の女の子にスマホを買うのだ、親子に見られるのは当然だろう。そこを訂正するのも面倒だ。
「親子って訳じゃないが……まあ、保護者かな。俺名義で頼む」
「ではご契約者様の身分証明書をご提示頂けますか? 免許証やマイナンバーカード、保険証や探索者証でも構いません」
スマホでも探索者証を表示出来るが、この場合はコピーを取って控えを残す為に提示を求められたのだろう。
スマホの画面をコピーする訳にもいかないだろうからカードを渡すしかない。
俺は財布から探索者証カードを取り出して、店員が差し出したトレイに置いた。……あ、間違えた。丁種じゃなくて特例甲種の方を出してしまった。
出したカードを引っ込めようと手を伸ばしたが遅かった。店員さんがトレイを引き寄せ、黒い探索者証を手に取って確認を始めてしまった。
「はい、お預かり致します。特例甲種の……高坂渉様……ここここここ高坂様!?」
俺の差し出したカードを受け取った店員の顔がみるみるうちにこわばる。
「そうですが……何かマズい事でもありましたか?」
「いえ、すみません! 事あるごとにお名前とご活躍を聞かされていた物で……申し訳ありません、しばらくお待ちください!」
ガタリと立ち上がった店員が頭を下げて背後のドアに駆け込んだ。
俺と美沙は一体何なんだと顔を見合わせては首を傾げていたが、程なくして俺より年上と思われるスーツの男性が現れた。
スーツの男性カウンターから出て、俺のすぐそばまでやってきて恭しくお辞儀をした。左胸に「店長 笹村」と書かれた名札を付けている。
何だ? 俺、なんかやっちゃいましたか? ……いや、心当たりが多すぎる。マジでどのやらかしだ?
「まさか高坂様が当店にお越しになられるとは思っておりませんでした。そちらにいらっしゃるのは月ヶ瀬様と月島様ではございませんか? ようこそおいでくださいました。私、店長の笹村と申します」
「え、ええ……俺達をご存知なんですか?」
「存じておりますとも! それどころか皆様方は命の恩人のような物ですから!」
笹村さんは俺の手を取ってぶんぶんと上下に振った。
待った待った、俺はこんなおじさんを助けた記憶はない。当然ながら初対面だ。
美沙も腕組みをしながらさらに深く首をかしげているが……美沙は俺以外の事象に対して潔いくらいに無関心なのでマジで覚えていない可能性がある。アテには出来ない。
「えーと……初対面ですよね? どこかでお会いしましたか?」
「おお、私としたことが! 高坂様のおっしゃる通り、私達は初対面です。……ですが、お三方には私の愛娘の命を救って頂きました」
女の話題が出た途端に俺を見ていた美沙の目つきが鋭くなる。お前、まだその独占欲強めのヤンデレキャラで押し通そうとしてるのか?
俺は美沙の目を見て首をブンブンと横に振った。
浮気なんてしてないです。初耳です。美沙一筋に決まってるじゃないですか……そんな想いをふんだんに込めた渾身の首振りは美沙に通じたようで、ひとまず殺気はおさまった。
「私の娘も探索者をしておりまして……半年ほど前のドラゴン襲来の時、現場にいたんですよ。ヘビーウォリアーなんですが、覚えていらっしゃるかどうか……」
「ヘビーウォリアー……? ああ、両手剣の子がいましたね。俺達が来るまで、たった一人で攻撃を引き受けていました」
あの時、路傍に転がっていた盾持ちの探索者以外でタンク役が可能だったのは両手剣の女性だけだ。他は侍と魔法使いの女性と弓使いの男性だったか。
俺達の情報を外部に漏らさないように探索者達にも釘を刺したと美沙は言っていたが、当事者の親ならそりゃあ知っていて当然か。
「もはや剣を振り上げる力もなく、ドラゴンに焼き殺されるのを覚悟していた所に颯爽と現れた皆様方に命を救われたと聞かされ、出来る事ならいつか直接感謝を伝えたいと思っておりました……高坂様と月ヶ瀬様、月島様のおかげで私の娘は死地より生還出来ました。本当に、ありがとうございました……!」
俺の手を握ったまま男泣きに泣いている笹村さんと俺達のもとに数人の野次馬が集まってくる。
ここが平日の人通りのない区画で助かった。通行人が多かったらもっと酷い騒ぎになっていたかも知れない。
「あー……その、あまり目立ちたくないんですが」
俺が笹村さんに声をかけると、笹村さんはハッと正気に戻り、ポケットから高そうなハンカチを取り出して顔を拭いた。
「これは失礼致しました、つい興奮してしまって……ところで、本日はどんなご用件でお越しになられたんでしょう?」
「俺名義で妹のスマホを契約しに来たんです。身分証明書の提示を求められたので応じたらこんな事になってしまいまして」
「なるほど……承知致しました、広島の英雄とも言える高坂様のご家族の為、私の裁量で行える最大限の優遇措置をご用意しましょうとも!」
笹村さんが張り切ってカウンターの向こう側に戻り、俺達が座っていたブースに付いた。さっきまで対応してくれていた店員のお姉さんが若干引き気味に笹村さんを見ている。
……笹村さんが頑張りに頑張った結果、本体価格が店頭小売希望価格の半額に、使い放題+動画・電子書籍見放題プランが通常の最安プランと同額に、さらにはスマホとほぼ同額のワイヤレスイヤホンとスマートウォッチまでおまけに付いてきた。
さすがに悪いので断ろうとしたが、笹村さんが是非にとの事だったので受け入れた。
元々探索者のランクによって月々の使用料金の割引制度があるらしく、ついでに俺達の料金プランの見直しもしてくれた。
ただただハイテンションな笹村さんと、それを冷ややかに見つめる店員のお姉さんの温度差が印象的だった。
良くしてもらった代わりと言っては何だが、笹村さんから差し出された色紙に俺と美沙と月島君のサインを書く事になった。
ただ名前を書いただけの俺のサインと達筆な美沙のサイン、それから芸能人が書くような何を書いているのかイマイチ分からない月島君のサインが詰め込まれた色紙はすぐにビニール袋に入れられて、店のよく見える所に飾られた。
野球選手やローカル放送局のアナウンサーのサイン色紙と一緒に並べられると場違い感が半端ない。
たかだか警備員のサインなんかをもらって喜んでいる笹村さんの気が知れないし、俺自身偉くなったつもりは全くないので正直言って困惑している。
……だが、俺達が命を懸けて戦った事で守られた物があり、それをこうして目に見える形で感じられたのは悪い気はしなかった。
梨々香はずっと「えーゆー……おにーちゃんがひろしまのえーゆー……?」と呆けていた。
今日一日で梨々香に相当なストレスをかけてしまって申し訳ないと思っている。不可抗力なんだ、信じて欲しい。
§ § §
高級感溢れるスマホの箱やおまけの品、説明書の類がぎっしり入った紙袋を手にあちこち見て回っていた梨々香だったが、少し疲れた様子を見せ始めたのでフードコートで遅めの昼食を取る事にした。
美沙はラーメン、月島君はネギトロ丼、梨々香は親子丼と皆バラバラだ。俺は百時間かけて仕込んだという触れ込みのカレーを注文した。
各々の呼び出しベルが鳴り、注文した品を受け取って席に戻って食事を始める。
梨々香は病院を退院して初めての外食という事もあってか、大喜びで親子丼に舌鼓を打っていた。
俺が頼んだカレーも百時間かけて仕込んだと言うだけあってうまい。
舌触りも良くまろやかで、それでいて鮮烈な辛味がしっかり立っている。どことなく感じる甘味は野菜由来だろうか。
美沙の作る家庭的なカレーも良いが、こういった外食のカレーもまた捨てがたい。大量に仕込むカレーにしか出せない味ってのもあるからな。
梨々香が物欲しそうにこちらを見ていたので、美沙からラーメン用のレンゲをもらって一口だけ分けてやると、とても幸せそうな顔をしていた。
好みが変わっていなければ、子供の頃の梨々香の好物はカレーと唐揚げとわかめご飯のおにぎりだったはずだ。梨々香自身も久方ぶりにカレーを食べられて嬉しいと喜んでいる。
退院した今となっては犯罪以外なら何をしてもいいんだから、食に限らず人生を謳歌して欲しい。
その為ならどんなサポートもしてやるつもりだ。それが長年梨々香を放ったらかしにしてきた俺の贖罪だ。
皆が食事を堪能し、買い物を再開しようと席を立った時……
「アニキーーーーーーーー!!」
フードコート中に若い男性の声が響いた。平日とは言え昼のフードコートはそこそこ人がおり、少しだけざわついた。
皆キョロキョロとあたりを見渡して声の主と「アニキ」を探している。梨々香もその一人だ。
大体こういう時は面倒事に巻き込まれる物だ。俺は聞こえなかったフリをして空の皿が乗った盆に手を掛けたが……ダメだった、少し遅かった。
「アニキ! こんな所でお会い出来るとは思いませんでした!」
声の主が俺の所まで小走りで駆け寄ってきた。半月前に一度会っただけだが、その風貌には見覚えがあった。
「えーと……ああ、矢野ダンジョンで俺に突っかかって来た……待て美沙、ステイ。大丈夫だから」
殺気が噴出する気配を察知して、先んじて美沙を制する。パブリックなスペースで狂犬モードに入るのはやめなさい、みんなビビるから。
そんな危険物の取扱で大変なこっちの心境などつゆ知らず、矢野ダンジョンで俺に喧嘩を売って返り討ちに遭い、探索者協会にドナドナされていった過去を持つルキヤ君が膝に手を当てながら頭を下げて仁義を切る。
「はい! 虎に林でトラバヤシ! 琉球の琉に輝きの輝、あとなんか難しい漢字でルキヤ! 虎林 琉輝彌と申します! あの時はイキってご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした! 仲間内で喧嘩しててイラついてて八つ当たりしてしまって……車に乗せられてすぐにアニキはスゲー人だと朝倉支部長から教わりまして!」
なんか難しい奴……一体どんな字なんだ? と思っていたら、ルキヤ君は名刺を一枚取り出して俺に差し出した。
名刺には「探索者配信グループ・ガリンペイロ 炎の斬り込み隊長 虎林 琉輝彌」と書かれていた。
あー……これは確かに「なんか難しい奴」としか言いようが無い。公的書類やテストなんかで名前を書く時嫌になりそうだ。
と言うか、琉輝彌君は探索者配信グループの一員だったのか。ガリンペイロというグループ名は聞いた事は無いが、ダンジョンでの活動を撮影して動画サイトに配信する探索者はそこそこいる。
権利関係のトラブルや一部の迷惑系配信者の悪ふざけのせいもあって一般の探索者はダンジョン内での無断配信活動にあまりいい顔をしておらず、他者への配慮に欠けるダンジョン系の配信や動画は結構早めのうちに削除されてしまう事が多い。
アカウントのBANを恐れて過激な事が出来ず、ありがちな内容ばかりになって視聴者数を稼ぎにくくなってしまった事もあり、最盛期に比べて探索者兼配信者は少なくなった。
しかし少なくなったのは迷惑系配信者を中心としたならず者達で、きちんと筋を通して撮影を行う配信者は多くいる。
琉輝彌君の所属するガリンペイロも生き残れたグループの一つであるなら、多分まともな所なんだろう……と思う。
……それはそれとして、琉輝彌君が大声で喋るモンだからフードコート中の視線がこっちに集まっている。俺は悪目立ちしたくないんだから勘弁して欲しい。
美沙は「渉さんの価値が分かるなんてこいつ見所あるじゃねーか」みたいなしたり顔で腕組みしながら頷くんじゃない。月島君はどさくさに紛れて逃げようとするな、絶対逃がさんぞ。
「他のお客さんの迷惑になるから、あんまり大声で騒がないようにな」
「ああ、すんませんアニキ! 気が利きませんで! ……そういやアニキはヒロシマピースレイドには参加されるんですか?」
「ヒロシマ……何だって?」
「ヒロシマピースレイドですよ! いつまでも原爆ドームにダンジョンゲートがあるのは困るから何とかしろって色んな人に突っ込まれたらしくて、大規模なレイドを組んで今年度内の攻略を目標にアタックするとか何とか……一昨日くらいから探索者協会のSNSアカウントに宣伝のポストが出てますよ」
全く聞いたことのないイベントの話題を出され、俺も美沙も月島君も首をかしげた。
広島は太平洋戦争末期にアメリカに落とされた原子爆弾によって焼け野原になった過去がある。
愚かしい戦争を再び起こさぬよう、人々の記憶と土地に深く教訓を刻み込む為、広島平和記念都市建設法に基づいて平和を標榜する都市計画が進められた。
その賜物とも言える平和公園や平和大通りを擁する広島は、何かにつけて平和を意味する「ピース」を多用する傾向にある。
ピースナイター、ピースコンサート、ピースマラソン……と言った感じだ。
しかしレイドは徒党を組んだ上での襲撃や強襲を意味する言葉だ。探索者業界でも大人数で部隊を編成し、事前に決めた目標を達成する為にダンジョンアタックを行なう攻略形態をレイドと呼ぶ。
そんな平和とは真反対の殺伐とした単語が隣り合って並んでいる事に少しモヤっとするのは俺だけだろうか。
「いや、俺は警備員だからな。丁種探索者は会社に依頼が入ったダンジョンにしか入れないルールだ。行く機会は恐らく無いかも知れないな」
俺は琉輝彌君にそう告げたが、当然嘘である。
いや、丁種探索者は業務でしかダンジョンに入れないのはその通りだが、俺と美沙は特例甲種探索者……日本に存在する全てのダンジョンに制限無しで入れる。
とは言え、それをわざわざ琉輝彌君に伝える必要もないし、しばらくは栄光警備の新体制や梨々香のあれこれで忙しくなるのが目に見えており、余計な案件を抱えたくない。
俺や美沙が出張る必要がなければ、そのヒロシマピースレイドとやらは回避したい。
「そうですか……アニキが来れば百人力だと思ったんですが……それじゃあしょうがないですね。俺、来月頭で懲罰明けるんで、もしかしたらご一緒出来るかと思ったんですが……」
「まあ、こればかりはどうしようもないからな。参加するんなら十分気をつけるんだぞ。懲罰明けてすぐに病院送りや火葬場送りなんて嫌だろう?」
原爆ドームダンジョンは強力な魔物が出現する事もあり、入場に制限がかかっている。
ソロでの入場は原則禁止、団体であれば丙種は入場禁止で、なおかつ入場する探索者の過半数が甲種探索者である必要がある。
そんな厳格な制限を設けても大怪我を負ったり死んだりする可能性が非常に高いのが原爆ドームダンジョンだ。大規模なレイドを組んだとて、その難易度がどれほど緩和されるか分からない。
見ず知らずの人間が怪我するくらいなら特に思う所はないが……琉輝彌君とはこうして顔見知りになってしまった訳だし、死なれでもしたら寝覚めが悪くなる。
忠告する事しか出来ないが、何もしないよりは良い。少なくとも、俺の精神衛生には。
「ご心配頂きましてありがとうございます、十分注意して事に当たります! アニキもお仕事頑張ってください! では!」
軽く頭を下げて、琉輝彌君はフードコートの外に向かって小走りで去っていった。
俺に突っかかって来た時とは正反対の媚びの売りようはまさに三下のチンピラムーブだ。いくらデコピン一発で吹き飛ばしたり朝倉支部長から説明を受けたからっていきなりあんな低姿勢になるモンだろうか?
やかましいのが居なくなったので、食器の片付けを再開しようとしたが、梨々香は去っていく琉輝彌君を興味津々で見つめていた。
「わー……チーマーだぁ……久しぶりに見たぁ……ねぇねぇお兄ちゃん、さっきの人チーマーだよね!? お兄ちゃんチーマーを子分にしてんの!?」
「いや、アレは子分じゃなくて勝手に改心しただけだな。しかしチーマーとか久しぶりに聞いたなぁ……最近はもうチーマーって呼ばないんだよ。今だと何だろうな、ヤンキーか?」
「えー? ヤンキーはお父さんが若い頃やってた奴でしょ? パンチパーマ当てて短ラン着てボンタン履いて鞄の持ち手に赤テープ巻いてたって言ってたじゃん」
……何だか混乱してきた。美沙が感じていたジェネレーションギャップが俺にも牙を剥いて襲いかかってくる。
これは早急に何とかした方がいい。梨々香の教師役を誰にするか、俺は頭を悩ませていた。




