第59話
帰宅直後メシも食わずに倒れ込むようにベッドで熟睡し、翌朝。
誰かが音頭を取った訳でもないのに、俺の部屋のダイニングに全員集合していた。
あかりは明朝に静岡県で収録があるようで、現地のホテルに泊まる必要があるため昼過ぎには出発するとの事で、少ない時間をやりくりしつつ現状の確認と今後の方針を話し合う為に来たそうだ。
荷物の整理はマネージャーの雪沢さんが絶賛大活躍中との事だ。昨日も大変だったのに、えらくコキ使われているようで不憫だ。
……それもまた、「雪」の名の下に生まれた宿命なのかも知れないが。
修行中に食べる予定だった菓子パンを朝飯として腹に流し込みつつ皆の話を聞いていると、テレビのニュースの話になった。
報道によれば、迷救会の本部が家宅捜査を受け、抵抗した教団員と警官・嘱託探索者間で戦闘が発生。
催眠状態にあった教団員に犠牲者は出たものの、迷救会教主・求道聖蘭および教団幹部数名を逮捕するに至り、現在は広島拘置所で取り調べを行なっているとの事だ。
恐らく、まともな裁判は行われないだろう。諜報の名家の惣領が「証拠とかわいいはいくらでも作れるんですよっ?」とドヤ顔でのたまうくらいだ。極刑か無期懲役は既定路線だろう。
求道聖蘭の逮捕を受け、日本全国の迷救会支部も強制捜査に踏み切る事になった。
だが、こちらは警察の「やってるアピール」で、どうせ何も出てこないだろうとの事だった。
「求道聖蘭の力は月ヶ瀬さんが簒奪しましたし、主要幹部も捕まりましたし、警戒すべきメズマライザーももう居ませんから、どちらにせよ迷救会はもう終わりでしょう」
「左様でござるな。細々とした問題は残るでしょうが、後は関係各所が駆けずり回って解決する領分ですからな。それよりも、目下心配すべきは……」
「梨々香か……」
廿日市市の総合病院に担ぎ込まれた梨々香だったが、容態はあまり思わしくない。
身体的な面においては落ち着いているのだが、精神的に深い傷を負ってしまっているようだ。
元々変わり映えのしない病室から長年出られず、決まった人間としか交流出来なかったこともあり、梨々香は精神的に成長出来なかった。
梨々香は実年齢こそ三十路半ばではあるが、外見的な成長は病気のせいで止まっている。
高校生相当の見た目同様に、メンタルも子供のままで停滞していると病院から報告を受けていた。
それが実の母親から酷い言葉を投げかけられて、殺人未遂に等しい扱いを受けたのだ。未成熟な心は容易く傷ついてしまうだろう。
「うーん……何とかしてあげたいけど、根本的な原因になってる病気を取り除けない事にはどう慰めたって意味ないもんなぁ」
綾乃がでっかいプリンを一人でもぐもぐやりつつ唸った。
長期外出から帰って来たばかりのうちの冷蔵庫は空っぽだ。綾乃のプリンは自腹で買ってきた物らしい。
これまでうちの冷蔵庫やストックから勝手に飲み食いしていたくせに、こういう時に自分の分しか買ってこないあたりに人間性が垣間見える。
「それなんスけど、ちょっと思った事があるんスよね」
美沙が軽く挙手して発言する。
「求道も言ってましたけど、妹さんに魔力を注ぎ込んだらダンジョンになるって話っスよね?」
「そうだな、そんな事を言っていた」
「私も梨々香さんから直接聞きました。……それが何か?」
あかりに続きを促された美沙は、腕組みしながらそこらをウロウロと歩き始めた。
「んで、妹さんは何でか分かんないけど成長が止まったんスよね? 病院の診断ではどうなってるんスか? はい霧ヶ峰さん」
唐突に指を差されて指名された静香が若干狼狽えながらスマホを取り出した。
「拙者でござるか!? えーとえーと、少々お待ちを……恐らく魔力の影響ではないかとの事でしたぞ、症例が圧倒的に少ないので何とも言えませんが……」
「妹さんと同じ病気の人はみんな成長が止まるんスか?」
「ちょっと待ってくだされ……いえ、どうやら人によって違うようですぞ。不明熱や意識障害、極度の倦怠感や魔力アレルギーといった症状は共通しているようですが、差異のある症例も確認されておりますぞ。一人は身体の極端な硬質化、もう一人は日に日に体重が増していき収容が不可能になったとか……」
静香の報告を聞いていた美沙が顎に手をやりしばし潜考する。やがて美沙がおもむろに顔を上げた。何らかの結論が出たようだ。
「ちょっと気になる事があるんで、妹さんのお見舞いに行きません?」
美沙の唐突な提案に誰もが首をかしげていたが、皆梨々香の様子が気になるのか、賛同した。
ちょうど荷物を車に積み終えた雪沢さんが病院までの送迎を買って出たので、ご厚意に甘えて皆で梨々香の様子を見に行く事になった。
§ § §
梨々香は病院の個室に収容されていた。
探索者と接触するとアレルギー反応が出るが、この病院には隔離室が無い。そのため、面会謝絶状態で個室に押し込めるしかなかったようだ。
急場凌ぎで設けられた透明のアクリル板の間仕切りの向こうで、梨々香はベッドに寝かされていた。
梨々香が病院暮らしになって、こんなに近くで梨々香の姿を見たのはいつぶりだろうか。
後ろめたさと罪悪感のせいで、いつしか見舞いに来ることもなかった。
ずっと梨々香に付き添っていた看護師が言うには、搬送された時から錯乱状態が続き、夜中もずっと泣いていたらしい。
明け方頃、泣き疲れたのか気絶する様に寝たとの事で、起きるとまた泣き出すかも知れないので病室内ではお静かにと念を押された。
「で、気になることなんスけど……あかりさんとトーカちゃんに意見を聞きたいんスよね」
梨々香をぼんやりと眺めていた俺の意識が、美沙の一言で急浮上する。俺の中からトーカが抜け出て、美沙の横に現れた。
「奥方様、お呼びですか?」
「はい、ちょっと待っててくださいね。あかりさん、ソウル・リンカーで妹さんをチェックしてくれませんか? あたしのユザーパーが反応してるんスけど、妹さんの中に原初の種子、ありませんか?」
「え、本当ですか? ちょっと待っ……嘘でしょ、確かにある! 原初の種子と同じ反応の何かが梨々香さんの魂と絡み合っています!」
俺もユーバーセンスを目に集中し、梨々香を見た。……梨々香の体の奥底に、混ざり合ってまだら模様のようになっている光の玉が見えた。
あれが梨々香の魂なんだろうか? ダンジョンと無縁の生活を営んでいたはずの梨々香が原初の種子を取り込んでいるんだ?
「ユザーパーでアレを回収出来るとは思うんですが、あんな感じですから……変に手出しをしたら妹さんの方に影響出たりしないかなって思うんスけど……トーカちゃん、どうっスかね?」
「……不明です。そもそもこれは我々の想定していない事象です。我々が宿主を選ぶ時、必ず種子として顕現します。しかし……これはどういう状況でしょうか? 当個体にも分かりません。申し訳ございません」
普段から飄々としているトーカの顔に焦りと戸惑いが滲み出ている。
トーカはこれまで感情を顔に出したりしなかった。梨々香の状態はトーカにすら予測できなかった事なんだろう。
「何かこう、キノコみたいな感じっスかね? 普段は椎茸とか松茸みたいなキノコとしてコロッと出てくるけど、胞子を吸い込んだ結果妹さんを苗床にしてキノコが生えちゃった……みたいな」
「菌類と同等の扱いをされるのは甚だ遺憾ですが、奥方様の例示には同意を示さざるを得ません。他のレーフクヴィスト症候群の罹患者を調査しなければ断定は出来ませんが……少なくとも個体名:高坂梨々香の成長の停止に関しては、何らかの原因で未成熟の原初の種子を取り込んだ事による限定的な能力の発現と見て良いでしょう」
……梨々香が若々しい姿のままなのは原初の種子の能力だったのか。
言ってしまえば俺達のアビリティみたいな物が勝手に発動して、今まで解除されていなかったって事か?
だが、梨々香はステータスがない。
もしかして、アビリティとしてステータスに寄生出来なかったから梨々香に直接食い込んで誤作動を起こしていた……?
「……なるほど、管理者:高坂渉の考察には検討の余地があります。我々を取り込む第一条件にステータスの付与が挙げられます。これは我々の能力をアビリティとして紐付けする為の物ですが……ステータスを持たない人間個体が我々を取り込むと、このようにレーフクヴィスト症候群と呼ばれる一連の症状が発生する可能性は大いにあり得ます」
「んー……そうなると、妹さんが治るかも知れない方法の心当たりが三つくらいあるんスけど」
「三つもあるのか!?」
堪えきれずに出てしまった大声のせいか、さっきまでよく寝ていたのに身じろぎをし始めた梨々香を見て、俺は慌てて口に手を当てた。
梨々香に覚醒の兆候が見えた瞬間、トーカの姿が消えていた。あまり人数が多すぎても梨々香のストレスになるだろうと察しての自主的な送還らしい。ナイス空気読みだ。
「はい。一つ目はユザーパーで原初の種子を回収する方法っス。でも、ここまで一体化しているのを無理矢理ひっぺがしたら妹さんにどんな影響が出るか分かりません」
美沙が指を一本立てて説明を始めた。
確かに、俺が見ても分かるくらい原初の種子と入り混じっている。いくら美沙でも原初の種子のみを取り除くのは難しいだろう。
それに、残された魂の方もどうなるか分からない。彼岸の神棚で魂が抜けた俺の抜け殻のように、植物人間や仮死状態が続いたりしたら元の木阿弥だ。
さらに美沙は二本目の指を立てて、話を続ける。
「二つ目はアンドゥアーの力で原初の種子を『なかった』事にします。この場合も何が起こるか分かりません。能力の影響が無くなるので急激な老化現象が起こったりするかも知れないっス。リスクはユザーパーと同程度って所っスかね。最後、三つ目は……」
「……おにい、ちゃん……?」
久しく聞かなかった梨々香の声がして、俺はベッドの方を見た。
ゆっくりと起き上がり、こちらを向いている梨々香の目は真っ赤に腫れていた。ずっと泣き続けていたとの事だから、無理もない。
「梨々香、久しぶりだな」
「うん……久しぶり」
工場勤務時代でも面会や電話でのやりとりは時々行なっていたが、入院中に変わった事が何もなければ報告する近況もないためか、梨々香も段々と話すネタに苦慮するようになったので手紙のやりとりにシフトしていったのが大体十年前だ。……久しぶりなんてレベルではない。
「お兄ちゃん、すっかりおじさんになっちゃったね」
「ああ、いつの間にかな。梨々香は……変わらないな」
「うん、そういう病気だからね」
……どうも会話が続かない。
顔を合わせるのも久しぶりな上、再開に至った経緯が経緯だ。宗教に狂った実母の乱心のせいだなんて、一体何から話していいのか……
俺と梨々香が困惑していると、あかりと静香が助け舟を出すように梨々香に話しかけた。
「梨々香さん、おはようございます」
「元気そうで何よりですぞ」
「あ……あかりさん、静香さん、おはようございます。綾乃さんもお久しぶりです、転院した時にお話したっきりでしたけど」
梨々香があかり達にぺこりと頭を下げた。
綾乃とも面識があるのは、福岡県の医療施設に移送された時に顔合わせしたからだったのか。
……静香は結構な頻度で様子を見に行っていたようだが、綾乃は多分暇だから興味本位で付いて行っただけだと思うけどな。
「お身体の具合はいかがですか?」
「ちょっと疲れてますけど、おかげさまで……えっと、お二人もお見舞いに来てもらっちゃって、ありがとうございます」
「気にする必要はありませんぞ、もはや知らぬ仲ではありませんからな」
「うんうん、福岡で会った時からお友達みたいな物だしねー。元気になったら遊ぼうねー」
にっこりと微笑む静香と綾乃だが……ダメだ、静香は芝居が出来ていない。目が泳いでいるし笑顔がぎこちない。
昨日梨々香の身に降り注いだ災難を思い出しているのがバレバレだ。
「静香さん、大丈夫です。私……大丈夫ですから」
「しかし……その、気にする必要はありませんからな」
「いえ……お母さんが言った事、間違ってませんから」
痛々しい笑顔を俺達に向ける梨々香の姿に、皆一様に言葉を失くす。実際、何を言っても慰めにもならない。
「お父さんやお兄ちゃんの働いてきたお金で生きてきて、私自身は何も出来ないお荷物で……お母さんもきっとそれが辛くて、変な宗教にハマっちゃったんです。全部私のせいなんです」
「梨々香さん……」
あかりが手を差し伸べようとして、その手を止めた。梨々香が笑顔を浮かべたまま、涙を流しているのが見えたからだ。
「私がこんなに長く生きちゃったから……もっと早くに死んでたら、お父さんも、お兄ちゃんも……きっと、お母さんも……苦しまなくて済んだのに……!」
重苦しい沈黙が病室に立ち込めた。ただ、梨々香の泣きじゃくる声だけが響いていた。
「それで?」
その沈黙を打ち破ったのは美沙だった。何の感慨もなく平然と言葉を投げつける美沙に皆がぎょっとした視線を投げかける。
「それで、どうしたいんですか?」
「……もう、家族はお兄ちゃんしかいないんです……お兄ちゃんにこれ以上、迷惑かけたくない……死にたい、です……死んだら、もう誰も苦労しなくて済むから──」
「甘ったれた事言ってんじゃないっスよ!」
美沙が近くの壁を平手で叩く。バン、と大きな音が鳴り響き、梨々香の体がビクッと震える。
「渉さんが苦労した? そりゃそうでしょうよ、バチボコ狭いアパートに荒んだ食生活、仕事は激務で貰いは少ない、いい歳したオッサンがロクに遊びもせずアンタの為に金をやりくりしてたんスよ!? 苦労したに決まってるでしょうが!」
「やっぱり迷惑かけてたんじゃないですか! 私が生きてたせいで! あたしなんか死んでた方が良かったんです!」
美沙につられて梨々香もヒートアップし始める。
しかし、せっかく……と言うと少し語弊があるが、せっかく助けた妹に死にたがられるというのも、結構堪える物がある。
「問題はそこじゃないでしょうが! 迷惑なんて生きてりゃ大なり小なりかけるモンっスよ! こいつの面倒見るの嫌だなと思ったらしれっとフェードアウトするのが処世術っスよ! それなのに何で渉さんは逃げずにアンタのかける迷惑を真正面から受け止めてると思ってるんスか! アンタが渉さんの大事な家族だからに決まってんでしょうが!」
美沙はひとしきり怒鳴り散らすと、肩で息をした。平常心はどこいった……などと無粋なツッコミをしてはいけない。
梨々香のためにここまで怒ってくれるのは、とてもありがたい。
俺はどうしても梨々香のことを「かわいそう」と思ってしまう節があるので、怒鳴ったり出来ない。
「迷惑かけるのは負債みたいなモンっスよ! アンタはもう、一度や二度死んだくらいじゃ返せないくらい渉さんに迷惑かけてるんスよ!」
「じゃあどうしろって言うんですか!? 私だって好きで病院にいる訳じゃないです! 病院にいるだけでお金が掛かるし、何もさせてもらえないんです! こんな私に何ができるって言うんですか!」
「生きりゃあいいじゃないっスか! 話すネタが無くても渉さんに電話して声を聴かせりゃあいいじゃないっスか! アンタ知らないかも知れないっスけどね! この人アンタの事話す時そりゃあもう嬉しそうに話すんスよ!」
恥ずかしい話をしないで欲しい。確かに美沙に梨々香の話をした事がある。御山で修行を始めて数日経ったくらいの時だ。
真っ暗闇の中で目を瞑れば大抵すぐに眠れたが、どうしても寝付けない日があった。ちょうど美沙も眠れなかったらしく、眠気が訪れるまで色々雑談をしていた。
その時、梨々香の話もした。子供の頃の話や入院が決まってからの話、警備員の仕事に変わってから逆に見舞いに行くのが難しくなり、やや疎遠になってしまった話……
美沙からは「辛いと思ったりしないんスか?」と尋ねられたが……不思議な物だ。これまでの人生、大変だと思った事はあっても、辛いと思った事はなかった。
俺は「お兄ちゃんは妹を守る為に生きられるように出来ているのかもな」と冗談めかして笑ったが、どことなく羨ましそうな顔をしていた美沙が印象的だった。
「あたしじゃダメなんスよ! あたしは渉さんの彼女であっても家族じゃないから! あんな幸せそうな笑顔であたしの事を誰かに話してくれやしないんスよ! あたしがどれだけ望んでも手に入らない物をアンタはもう持ってるんスよ! それを握ったままあの世にトンズラとか、死んでも許しませんからね!」
美沙が一気にまくしたてると、梨々香は美沙の顔を見てしばし口を開けて惚けていた。やがて梨々香はハッと正気に戻り、震える指で美沙を指した。
「ちょ、ちょっと待ってください……お兄ちゃんの……彼女さん……?」
「そっスよ。何ならうちの父上に認められた親公認のお付き合いっスよ」
美沙の返答に口を開けたまま、梨々香の顔がぐりんとこちらを向き、驚愕の表情を浮かべて叫んだ。
「お兄ちゃん彼女出来たの!? 中学の頃同じクラスの水島さんから罰ゲームで告白されて『もう女なんて信じない』って落ち込んでたお兄ちゃんが!?」
「その話はやめろォ!」
俺は頭を抱えた。せっかく忘れようとしてたのに何で思い出したくもない過去を掘り返すんだ!?
§ § §
その後、シリアスな雰囲気は完全に吹き飛んでしまった。
何も情報が無いのに勢いだけで病室を飛び出そうとする狂犬モードの美沙をなだめすかし、今はもう何をしているか分からない水島さんの所在を雪ヶ原の情報網を駆使して探ろうとするあかりやビジョンで水島さんの居所を突き止めようとする綾乃を止めた。
君ら今更水島さんを捕まえてどうするつもりなんだ? 俺の心の傷が押し広げられるだけなのでそっとしておいて欲しい。
やけに静香がおとなしいと思ったら、病室の隅で座り込んでのの字を書いていた。もしかしてお前も同じ境遇の持ち主だったのか? 強く生きていこうな。
「でも、えーと……その、お名前……何でしたっけ」
「美沙っスよ、月ヶ瀬美沙っス」
「月ヶ瀬さんが彼女さんだとして、あかりさんや静香さんや綾乃さんはお兄ちゃんの何なんですか? ただのお友達がこんなに良くしてくれるとは思えません」
ああ、やっぱり気になるよな。そしてあかりがどう答えるかも想像が付く。
どうせ誤解を生むような答えをぶちまけて、そのせいで一波乱あるんだろう? 手に取るように分かる。
俺にもビジョンが見えるようになったんだろうか? やったな、一端のフォーチュンテラーだ。
そして案の定と言うか、想像した通り、あかりが梨々香の問いに答えた。
「妾です」
「めかけ……? って、何ですか?」
「月ヶ瀬さんが本妻で、私が側室……そうですね、愛人みたいな物でしょうか?」
「ちょっと、お兄ちゃんどういう事!? つまり二股だよね!? 不倫は悪い事だってお父さんも言ってたのに何でそういう事するの!? 月ヶ瀬さんにもあかりさんにも悪いと思わないの!? あと静香さんと綾乃さんは何なの!? まさか二人とも愛人なの!? 四股!?」
ほら、こうなるだろうと思ってた。あかりも「確信犯です」と言わんばかりにニッコニコだ。最近美沙ばかり構っているからその意趣返しだろう。
「梨々香、落ち着きなさい。お前の兄はそんなスットコドッコイではないぞ。美沙は俺の彼女だけどあかりは違う、ちょっと仲がいい仕事仲間みたいなモンだ。静香と綾乃も似たような感じの関係だ」
「でもお兄ちゃん、女の人が苦手なはずなのに名前で呼んでる……四股じゃないの? ほんとに?」
さっきまであかりの尻馬に乗って話の流れを引っかき回す気マンマンだった綾乃だったが、美沙からの凍りつくような殺気を多分に帯びた視線を投げかけられ、滝のように冷や汗を流しながらカクカクと首を縦に振っている。
静香はまだ復帰しない。床にのの字を書いている。そんなトラウマが激発されるくらいに手酷い仕打ちを受けたのか?
「で、どうするんスか?」
美沙は殺気を引っ込めたものの、それでも冷ややかなままの目つきで梨々香を見つめる。
梨々香は頭を垂れ、微かに震えながら静かに答えた。
「……どうしようも、ないですよ。だって私は、ダンジョンになるか、病院から出られずに生きていくか、死ぬしかないんですから」
「じゃあ……もし四つ目の選択肢があるとしたら、どうです? ただし、死ぬほど痛い思いをする事になるかも知れませんけど」
美沙の提案に梨々香は答えを出せずに布団のシーツをぎゅっと握ったままだ。
美沙も無理に答えを引き出そうとせず、ただただ梨々香を見つめている。
そんな二人の空気にお構いなしの人間がいた。綾乃だ。
「そういやみさっち、さっきりりぴょんが起きる前に言ってた三つの方法の三つ目って何だったん?」
「原初の種子とステータスがワンセットなら、ステータスを取らせりゃいいんスよ。あたしも気絶しましたし、渉さんも激烈に痛い思いはしましたから、きっと同様に痛い目は見るでしょうが……ユザーパーやアンドゥアーで無理矢理こじって致命傷にしたり酷い後遺症を残したりするよかマシでしょう?」
美沙は質問してきた綾乃の方を見る事なく、呟くように答える。
……いや待った、りりぴょんって何だ? いつあだ名を付けたんだ?
「それは……いや、どうなんだろ……りりぴょん魔力アレルギーなんでしょ? 魔力まみれのダンジョンに連れてって無事でいられる方法ってあるの?」
「方法はありますが、恐らくあたしがいないと出来ないでしょうね。……さて。妹さん、どうします? 多分めっちゃ痛いですし、学歴も職歴も社会人スキルも持たずに社会に放り出されますけど、それでも少なくとも渉さんと普通に生きられるようになります。受け入れる度胸、ありますか?」
美沙が梨々香に再び尋ねたタイミングで、ドアからノックの音がした。
「すみません、雪沢です。あかりさん、そろそろ出発の時間です」
もうそんな時間か、今日はここまでのようだ。
あかりは梨々香に一礼して「また来ますね」と言い残して去っていった。
俺達も結構長居している事だし、梨々香にも考える時間が必要だろう。俺達も梨々香に一言二言声をかけて部屋を出た。
……梨々香は返事をする事なく、俯いたまま瞳を潤ませていた。




