第57話
今回の作戦は三班……厳密に言えば四班に分かれて行われる。
求道聖蘭との直接対決を任された俺と美沙の第一班、梨々香の確保を行う為に裏口から侵入する第二班、正面から派手に突入して陽動を行う第三班。
そして情報分析と各班の連絡を主業務とする作戦本部……この四つのグループで構成されている。
俺と美沙は第三班が突入した後、前庭の片隅にある東屋を目指す手筈になっている。
実は東屋の地下にがエレベーターが設置されていて、教団の最深部に繋がっている。
俺達はそのエレベーターから地下へ降り、地下シェルターを兼ねている巨大な空間……普段は教団員もあまり立ち入れない謎の広間を強襲する。
あかりが取り扱えるようになった原初の種子の能力のおかげで、求道聖蘭の居所はそこで間違いないと判明している。俺のユーバーセンスも少し離れた地下から禍々しい何かを感じている。
どうやらそこで何かの儀式の準備をしているようで、結構な人数の教団員……特に求道聖蘭の親衛隊のような戦闘力に秀でたグループがそちらにいるとの事だった。
地下の広間へのアクセスは東屋のエレベーターを除けば廿日市方面に伸びている下水道のみで、実質的に広間は袋小路の状態となる。
つまり、俺達は求道聖蘭と不愉快な仲間達とのエンカウント及び戦闘は不可避だ。
正直に言うと、俺だけでなく美沙がいるので、そうそう簡単にピンチに陥る事はないだろう。
しかし、逆に不安な部分もある。今の俺の力が分からない事だ。
先程、久々に確認してみようと思ってステータスを開こうとしたが、文字化けに次ぐ文字化けで読めなかった。
一旦送還しておいたトーカが言うには、俺がユーバーセンスと名付けた超感覚のせいで、ステータス関連の一部システムが機能していないとの事だった。
悪い事ではないのでは? とトーカは話半分だったが、俺にとっては死活問題だ。無論、俺の話ではない。敵の生命の話だ。
以前、越智が手引きした半グレ集団をやっつけた時、かなり手加減が難しかった。何人かは生命の危機に陥りそうな大怪我を負わせてしまった。
あれから何も言ってこないという事はきちんと治療されたか、はたまた死んでしまったのをあかりが隠蔽したかのどちらかだろうと思うが……今回は特に手加減が難しい。
あかりのバフが判明した時とは比べ物にならない程の力が湧いていて、そこらの一般人なら撫でただけで首がもげるんじゃないかと思われるくらいだ。
どうしたものかと思案していると、同じく突入の準備をしていた美沙がこちらにやって来た。
「どしたんスか、深刻そうな顔して」
「いや、さっきステータス開こうとしたらバグっててな……自分の強さが分からんから、どう手加減をしたもんかな、と」
「あー、そういう事っスか。さっき事前に聞いておいたんスけど、今回は手加減しなくていいっスよ」
「手加減しなくていいって……死ぬぞ? いいのか? 非探索者がいるかも知れないんだぞ?」
「それも含めて問題ないそうですよ。今回は結構上の方から潰してヨシとのお墨付きが出ているそうですから」
美沙があかりから聞いた話では、こうだ。
求道聖蘭が龍心会を受け継ぎ、迷救会を立ち上げたが、そのやり口は先代よりも露骨で過激な物になっていった。
非合法なステータスの取得や催眠スキルを用いた布教活動等、枚挙に暇がない程だった。
当然、警察が家宅捜査を行うが、その捜査は全て空振りに終わっていた。
迷救会の支部には目ぼしい情報は無く、広島本部へのガサ入れの報告書は「捜索対象となる物は見つからなかった」と、まるで判を押したように同じ物ばかりが提出された。
これが一度や二度ではなく、何度も起こっていた。そんな違和感しかない家宅捜査が行われている間にも、迷救会の過激な活動は止まらない。
当時の警察はそのタネが全く分からなかったが、俺達には察しがついている。ガサ入れを行った警察や特捜部に対して原初の種子の力を使って「何もなかった」という事にしたんだろう。
今回雪ヶ原が捜査を主導するにあたりお偉いさんへの根回しを行ったそうだが、どうやら迷救会に対して何も出来ない警視庁や検察庁に対するクレームが慢性的に押し寄せており、恨み骨髄といった感じだったそうだ。
「だもんで、第二班も第三班も皆殺しにする想定で作戦にあたるはずなんで、手加減については考えなくていいっスよ」
「いや、しかしな……」
いくらダンジョン警備で魔物の命を刈り取る仕事をしているからと言って、気軽に人殺しが出来るのかと言われたら話は別だ。
求道聖蘭はしょうがない。アレは生かしておいてはいけない人間だし、梨々香を拉致された恨みもある。
しかし、他の信者まで皆殺しと言うのはどうだろうか。出来る出来ないの話でなく、メンタルがそれを受け止め切れていない。
「渉さん。今回の作戦は、全ての班が最短最速で動く事で機能するよう組まれています」
「と言うと?」
「あたし達が求道聖蘭の対処に回れば、第二班が妹さんを確保しやすくなります。その為には第三班が可及的速やかに前庭を制圧しなければならない……そこに手加減なんて舐めプを挟む余地は無いっスよ」
「そうだな……そうだよな」
今回、みんなの手助けを求めたのは俺だ。それに応じて作戦を組んでくれたのはあかりだし、実働部隊はあかりの部下だ。
ステータスを得たばかりの静香や綾乃も協力してくれるし、美沙も俺と一緒に突入してくれる。
もはや俺一人の問題では無くなっている。わがままを言っていられる場合じゃないのは分かっているのだが……
「まあでも、気持ちは分かるっスよ。ただの警備員が殺しをやるんスから。経験だってないでしょうし、普通に考えたら非倫理的ですし……本来であれば警察に捕まったら良くて永年ブタ箱送り、最悪死刑の重罪ですからね。アレだったら道中の露払いはあたしがやりましょうか?」
「いや、大丈夫だ。みんなにやらせて俺だけ手を汚さず……なんて言ってる場合じゃないだろ」
俺は観念して、あかりから渡された装備を着込んだ。
今回、俺達は東洋鉱業から貸与された装備を使うつもりはない。あれには東洋鉱業のロゴがしっかりと入っている。
これから宗教団体に殴り込みをかけて大虐殺を行おうとしている所にスポンサー企業を巻き込む訳にはいかない。
そもそもオーバースペックだという理由もある。素の能力値だけでも木刀で人体を文字通り一刀両断出来るくらいなのに、高ランクのダンジョンで使うような装備を使ったらどうなってしまうのか。
あかりが持って来たのはメイドインチャイナのバルクオーダー品で、肩当てと胸当てが一体になっているだけの粗末な革鎧だ。
どう見ても防御力があるようには見えない、「当たらなければどうと言う事はない」を地で行くような軽装だが、無いよりマシだろう。
剣も「とりあえず刃を付けました」といった感じの骨董品のようなショートソードで、ゴブリンを五〜六匹倒したあたりで切れ味が悪くなりそうなチャチな代物だ。
美沙は俺とお揃いの防具と、御山でご先祖様から貰ったという刀だ。まだ抜いた所は見ていないが、鞘からして特別な逸品である事を感じる。
「お二人とも、準備は出来ましたか? そろそろ突入を開始しますので、こちらへどうぞ」
あかりのマネージャーである雪沢さんが俺達を呼びに来た。俺達は互いに装備をチェックし、雪沢さんについていった。
ちなみに雪沢さんは俺達を作戦開始地点に案内した後、あかりと一緒に内部に突入して梨々香を確保する予定らしい。
俺は雪沢さんに「梨々香の事をよろしくお願いします」と頭を下げて頼み、雪沢さんは人好きのする笑顔で「任せてください」と応えた。
§ § §
予定時刻になり、作戦が始まった。
門扉が粉々に弾け飛び、第三班がなだれ込んでいく。俺達はその勢いに紛れ込み、片隅にひっそりと建っている東屋に駆け込んだ。
三名の信者が防備を固めていたが、俺が一人の胴を横薙ぎにしている間に美沙が残り二人の首を飛ばしていた。
俺が斬りかかった信者は仕留め損なったのか、まだ生きていた。息も絶え絶えにこちらを虚ろな目で見ていた信者の首を、美沙が刎ね飛ばした。
「ダメっスよ、渉さん。殺すなら殺す、生かすなら生かす。中途半端が一番残酷なんスから」
「あ、ああ……すまない」
「でも初めてなんですからそんなモンっスよ、これから徐々に慣れ……ない方がいいんスけどね、こんな事」
美沙が信者から奪ったカードキーを巧妙に隠されていたカードリーダー端末に差し込むと、地面が開いて地下に降りる階段が現れた。
そこを降りると無骨で大きなエレベーター用の扉が鎮座していた。
中に入って「シェルター」と書かれたボタンを押すと、グランドピアノでも載せられそうなくらいの大きさのカゴ室がゆっくりと下降を始めた。
「……渉さん、昔、一度だけ父上から教わった事がありまして……せっかくですから、渉さんにもお伝えしときます」
エレベーターが下層に到着するまでの間、まだ少し時間がかかることもあり、美沙が口を開いた。
「人間、戦う時は選べません。戦いに際していつもメンタルが整っているとは限りません。そんな時の対処法です。……多分、実生活でも使えるから教えてくれたんでしょうね」
「……そうか、武術は教えてくれなかったんだったな」
「そっス。……父上が言うには『戦いの邪魔になる感情は頭から遠ざけなさい。悲しみは背負いなさい、怒りは腹に抱えなさい、恐怖は足で踏みつけなさい』……との事でした」
「その心は?」
「悲しみは激しくないけど重い感情っスから、背負えばおのずと後ろから引っ張られて前を向けます。怒りは堪忍袋にしまうモノ、堪忍袋とは結局の所胃袋っス。恐怖は手や足を止める一番邪魔な物なので、頭から一番遠い所に置きます……すると踏みつける形になっちゃいますね」
俺は空也さんの姿を思い出していた。飄々と……と言うよりのほほんとした空也さんからは想像出来ない言葉だが、あの人にも悲しみを背負って、怒りを腹で抱えて、怯えを踏みつけて戦った事があるんだろうか。
「そうやって悪い感情を追い出して、空っぽになった頭の事を平常心っていいます。殺し屋稼業の第一歩は、いかにこの平常心の状態を素早く作り出せるかにかかってます」
ピンポン、と間の抜けた電子音の後に地面が軽く揺れ、正面のドアが開いた。
ゆっくりと開いたドアの向こうには、白装束を着た信者達が二十人ほど待ち構えていた。いきなりだったので俺は少し慌てて剣を構えたが……横からチン、と小さな金属音が鳴った。
美沙を見ると、自然体で刀の柄に手を触れていた。これから抜くのか? と思っていたら、待ち構えていた信者達がコマ切れの肉塊に姿を変じながら吹き飛んでいく。……斬ったのか? あの一瞬で?
「平常って事は、練習と同じって事っス。練習と同じって事は、これまで培った練度が如実に出るって事っス。練習するのは皆同じ……メンタルを持ち崩して練習で出来た事が本番で出来なくなるのは、つまりプロではないって事っスから」
「美沙……その、ありがたい話なのは分かるが……いつ斬った? 全然見えなかったぞ」
「あいつらの姿を視界に入れてすぐっス。これも第三相の練習のおかげっスね。平常心、平常心っと」
真顔で俺にピースしながらエレベーターを降りる美沙に呆気にとられながら、俺も急いでエレベーターを降りた。
俺が傷付いたからと容易くブチ切れたり、一緒に戦えないと言われただけでギャンギャン泣いたりする奴が平常心を語るのか……? と思ったが、それを口に出そう物ならしばらくメシ抜きが言い渡されそうなので黙っておく。沈黙は金だ。
§ § §
小走りで地下施設を駆け抜けていく。途中でエンカウントした信者は美沙と一緒に切り捨て御免で処理していく。
そんな暴走機関車状態の俺達は一切立ち止まらず、一本道を突き進んでいる。
ここの教会は元々シェルターとして活用される予定だった物件の真上に建てられたようで、所々に倉庫然とした空き部屋があったり、生活が出来そうな区画があったりと今にも住めそうな環境となっている。
……しかし、もしここを実際に使おうとするなら大規模な清掃が必要だ。
俺達が出会い頭に信者を斬り伏せていくので、特殊な清掃業者にいろいろ撤去して貰わなければならない。
どこの部位か分からない肉片や骨片、鮮血なんかが壁や床に飛び散っているからだ。
ユーバーセンスを視覚に集中させる事で、ようやく美沙の刀や動きを捉える事ができた。
美沙の持つ刀は、オパールのように虹色に煌めく透明な刀身を持ち、宿らせた力によって赤紫や青白い光を放つ。
月ヶ瀬のご先祖には悪いが、「ゲーミングポン刀」と呼ぶに相応しい物だった。
美沙は刀を抜き放ちながら刀身に魔力や魔力ではない力……恐らく月ヶ瀬の力と思われる物を宿らせ、普通では知覚出来ないスピードで立ち塞がる人間をこれでもかと切り刻んでいる。
中途半端に生かすのが一番残酷だとは美沙の談だが……俺からしたらこっちの方がよっぽど残酷に見える。
「結構潰してるはずですけど、全然減りませんねぇ」
美沙が首をかしげながら呟く。それでも手を止めないのは流石というべきか。
「そうだな、ここまで施設を汚しまくったが、まだ残存兵力に余裕があるのか……?」
「ま、下っ端をどれだけ片付けた所で関係ないっス、あたし達のマトはこいつらのカシラっスからね……と、噂をすればって訳じゃないですけど、着きましたかね」
俺達の小走りが止まる。目の前には十メートル程の高さの鋼鉄製シャッターが地面まで降りていた。
これが第二班や第三班なら律儀にシャッターを上げるんだろうが、残念ながら俺達は原初の種子持ちのツートップだ。真面目に付き合ってやる必要は無い。
「俺がやろうか? ここまで美沙に任せっきりだったし」
「いや、せっかくですからあたしがやりますよ。敵の力量が分からない以上、渉さんの力を温存しておきたいですし」
ひゅん、と風切り音がしたかと思うと、眼前のシャッターがバラバラと細切れになって崩れていく。今回は少し手を抜いているな、風切り音がするくらい遅いもんな。
「さ、お先にどうぞ」
美沙に促されて入った先は天井がとても高く、開けた空間だった。
恐らくメインの倉庫、もしくは輸送ターミナルとしての運用を想定して作られたんじゃないかと予想出来るくらいの大広間だ。
しかし部屋の広さや壁に並んだシャッターよりも目を引く物があった。豪奢な祭壇だ。
白と金をふんだんにあしらった、「我々の神は神聖かつ絶対的に正しい」とでも言いたそうな煌びやかで意匠的な祭壇の前に、これまた二段階くらい変身しそうな格好の女がいる。
その横には剣や槍、弓等を持っている真っ白な甲冑の戦士達が左右四体ずつ控えている。……あれは置物なんだろうか?
「来ましたか、迷宮の愛し子よ」
ラスボス女が祭壇前の緩い階段を降りながら俺達に声をかけてきた。
少し遠いが、あの顔は間違いない。以前、あかりが迷救会のホームページを見せてくれた時、ごあいさつ的なページに載っていた顔だ。こいつが求道聖蘭か。
俺は剣を抜き、美沙は刀の柄に手を掛けて、いつでも戦闘に入れる構えを取った。
「生憎、そんな不気味なモンになった覚えは無いな」
「あなた方のその特異な力は、まさしく迷宮の愛し子そのもの……あなた方も迷宮からの贈り物を宿しているのでしょう?」
俺と美沙は顔を見合わせた。多分、こいつが言っているのは原初の種子の事だろう。
つまり、こいつは自分の能力と俺達の力は同じ物だと理解しているのか……困ったな。
いっそ俺達を侮ってくれてたら、つけ込む隙があったかも知れないが……
「やはり迷宮は神の恵みに他なりません。これはそう、アセンション……人類が人類という種を超越せんが為に神より授けられた慈悲なのです」
求道が俺達が通ってきた入り口に右手をかざすと、美沙が小さく切り揃えた鋼鉄製のシャッターが逆再生のように直っていく。
あかりが見せてくれた映像で知ってはいたが、これが求道が取り込んだ原初の種子、アンドゥアーの能力か。
(しかし、こんなスキルで再現出来ない神業を見せられたら普通の奴なら騙されてしまうかもな……トーカ、実際どうなんだ? ダンジョンって人類の敵って事でいいのか?)
作戦開始前に俺の中に帰ってきたトーカに脳内で問いを投げかけてみた。念の為の認識の擦り合わせだ。
《はい。ダンジョンはこの世界を併呑する為に現れた物であり、原初の種子は人類にダンジョンを滅ぼす力を与える為に存在します。人類の視点から見ればダンジョンは敵、原初の種子は人類に肩入れしている「敵の敵」といった所です》
(じゃあ求道が言ってるのは何なんだ、ただのペテンか?)
《極めて不愉快且つ荒唐無稽な風説の流布と言わざるを得ません。管理者:高坂渉が優秀なのは迷救会にその御身をもって信心の限りを尽くしているご立派な御母堂様のお陰だと言われたらいかがでしょうか? 当個体の苛立ちを断片的にでも理解出来るかと思います》
脳裏に響いているのは涼しい声色だが、その物言いのせいでビキビキに青筋を立てているトーカの姿が目に見えるようだ。
俺もそんな事を言われたらブチ切れるだろう。気持ちはとてもよく分かる。
「神の慈悲に欲する為には、やはり迷宮を増やさなくては……迷宮の種をあなた方に渡す訳には参りません」
「迷宮の種……だって?」
「あなた方が霧宮先端医療センターに匿っていた娘です。元々、あれは我が迷救会の敬虔なる信徒が見つけ出した種……私達の崇高な目的に殉じ、迷宮にその体と魂を捧げる為に生かされていたのですから」
求道の言葉に、俺の頭が瞬間的に沸騰した。
ええと、何だったか。美沙が言っていた奴。そうだ、怒りは腹に抱えろだったか? 胃袋どころかはらわた全部が怒りで詰まってるんだが、どうすればいい?
「美沙」
「……何スか?」
「悪い、もう抱えられない」
俺は全身を焼き尽くさん限りの憤怒をユーバーセンスに変換し、俺の中に流れる時間を加速させた。
俺は完全に停止した世界をゆっくりと大股で歩き、求道の目の前で立ち止まり、強く握った拳を大振りなモーションで求道の鼻っ柱に叩きつけた。
殴りつけた瞬間は何も変化が無かったが、止まった時が緩やかに進み始めると様相が変わっていく。
美魔女とでも呼ばれそうな求道の美貌が化け物のように歪み、時の流れが完全に戻ると求道は後方に聳え立っていた祭壇を巻き込んで破壊しながら吹っ飛び、コンクリート壁に突き刺さった。
部屋どころか建物全体に大きな衝撃と爆音が轟き渡る。人一人ぶん殴った程度で崩落の危機は無いと思いたい……が、天井から埃やコンクリート片がパラパラと落ちて来ているのを見ると、少しやり過ぎたかもしれない。
「……うちの大事な妹を変な事に使おうとしてんじゃねえよ」
聞こえているかどうか分からないが、一言だけ求道に釘を刺した。
すると先程まで降り注いでいたコンクリートの粉や埃が天井に吸い込まれていき、壁にめり込んでいた求道が逆再生のように戻って来た。ぶっ壊れた祭壇も壁の亀裂も全てが元通りになっていく。
「神の代弁者たる私に、このような真似をするなど……不遜です」
「殴ろうと思えばすぐに殴れる程度の奴に不遜もクソもある訳がねえだろ、もう一発ブチ込んだらそのイカれたオツムも治るんじゃねえか!?」
俺が再び拳を求道に叩きつけようとした瞬間、とんでもなく嫌な予感が体の奥底から湧き上がった。
本能的に体をよじって迫り来る何かを避けると、俺の真後ろにあった甲冑姿の戦士像が一体消滅した。
まるでそこには元々何もなかったかのように、鉄屑一つ、塵芥すら残さず消え失せていた。これも求道のアンドゥアーの力なのか?
《管理者:高坂渉、注意して下さい。先程の攻撃は原初の種子の能力による物です。存在し「なかった」事にされてしまいます》
脳内にトーカの警告が響く。俺は視覚にユーバーセンスを集中させる……と、求道の周囲に三つほど黒いモヤモヤの集合体が浮いており、そのうちの二つが俺に、残る一つが美沙へと飛んで行った。
飛んでくる速度自体は歩く速度くらいなので避けようと思えばいくらでも避けられるが、当たったらどうなるか分かったモンじゃない。
「美沙!」
「大丈夫っス、見えてます!」
俺は横っ飛びでモヤモヤを回避し、美沙はバックステップで下がりながら落ちていた石を投げつけた。
俺に当たらなかったモヤモヤは残りの甲冑像の数を二つ減らし、美沙に飛んで行ったモヤモヤは美沙が投げた石と共に消えた。
なるほど、代替品を存在しなかった事にするって事か。そういう相殺方法もあるのか。
「私の不可視の力を感知するとは……やはりあなた方は生かしておく訳にはいきません」
穏やかではあるが、明らかに敵意の籠った声で求道がそう宣言した。
恐らく、これまで求道の力は誰にも見られていなかったのだろう。
だからこそ回復魔法と偽って傷をなかった事にしたり、ガサ入れで不利な証拠が出なかった事にしたり、敵対者を存在しなかった事にして亡き者にしたのだろう。
言ってしまえば絶対にタネが見えない手品だ。しかし、俺と美沙は違う。
俺は修行で得たユーバーセンスで、美沙は覚醒した月ヶ瀬の力で原初の種子の力を完全に知覚出来る。
世界規模で見たら分からないが、今この場において求道に立ち向かえるのは俺達二人しかいないし、求道からしたら自分を脅かす存在が二人もいる事になる。
俺達をおめおめと生かしておいたら、求道も枕を高くして眠れないだろう。
「そうだろうな、俺達はお前にとっての天敵だからな! だが、こっちだってお前を生かしておくつもりは無いぞ!」
俺は求道の放つモヤモヤを避けつつ、剣で斬りつけたり拳で殴ったり、蹴りを入れてみたりと攻撃を加えてみた。
だが、攻撃は当たりはするし傷も付いているが、すぐさま復元していく。まるで瞬間的に攻撃された事実を無かった事にしているような挙動だが……そんな事が可能なのか?
俺は一旦距離を取り、今度は美沙が攻撃に転じる。その間に俺は求道の回復の仕組みを探るべく観察に回った。
よくよく見てみると、俺達に向けて飛ばすモヤモヤとは質の違う膜のような原初の種子の力が求道を包み込んでいる。
美沙の抜き放った透明な刀による斬撃を受けて胴体が泣き別れになる求道だったが、力の膜が瞬間的に輝きを放ったかと思うと、すぐに傷の修復が始まった。
思い切り振りかぶった美沙のフルスイング峰打ちで求道の頭部がグシャリと潰れた時には流石に死んだだろうと思ったが、これもダメ。潰れる瞬間もグロいが、それが逆再生で戻っていく様は輪をかけてグロい。
……もしかしたら、あの膜が求道の周囲に存在する限り、求道への攻撃は全て無効化されてしまうんじゃないか?
俺達は求道の攻撃を避けられる。だが、殺せない。
求道は俺達の攻撃を無効化できる。だが、攻撃を当てられない。
お互いに決め手にかける泥試合予感に、冷や汗が俺の背中に一筋流れた。




