第55話
翌日、俺が目覚める前に美沙は寝袋を抜け出していた。一人分空いた隙間から入り込む冷気のせいで目が覚めてしまった。
ほのかな美沙の残り香と消えてしまった温もりが少し物悲しい……と言うより、少し寒い。晩夏とは言え、山の朝は冷える。ダンジョンは気温が変わらないはずじゃなかったのか?
俺はいそいそと着替え、空也さんが待っているであろう外へと飛び出した。
空也さんはとっくに支度を終えて柔軟体操をしていた。挨拶がてら話をすると、美沙は俺が起きてくる一時間前には出発したとの事だった。
流石に美沙も食事を用意する暇はなかったらしく、テーブルに置かれたアンパンとパック牛乳一つが本日の朝食のようだった。まるで張り込み中の探偵のようなメニューだ。
しかし、毎日忘れず何かしら用意してくれるのはありがたい。俺は今流行りの食い尽くし系と言う訳ではないが、どの食材をどのタイミングで消費するかを管理するのは不得意だ。
俺が料理出来れば良かったんだが、いつも美沙が「あたしがやった方が早いんで」と先に動くので台所に立たせてもらえず、練習するタイミングも無かった。
つい半年前までは完全な一人暮らしだったのに、なんとも情けない話だ。……とは言え、その当時もスーパーやコンビニのお世話になりっぱなしではあったが。
半額シールが貼られている事を期待して、スーパーの閉店間際に買い物に行ったりしてたなぁ。
やはり炊事くらいは出来るようになっておくべきだろうか……などと役体も無い事をぼんやりと考えていると、空也さんに早く準備を済ませるようせっつかれた。
「ほらほら、早く準備して! みーちゃんも頑張ってる事だし、渉君も頑張ろうね!」
まるで弟か息子くらいの見た目のお義父さんににっこり笑顔で励まされるとどうにも落ち着かない。俺は急いでアンパンと牛乳を胃に流し込み、手に残ったゴミに目を落とす。
ここはダンジョンと同じような物なので、ゴミの類はその辺に放ったらかしにしておけば勝手に消えるのだが、山にポイ捨てするのは罪悪感が半端無い。
俺は残ったビニール袋と牛乳パックを適当なレジ袋に入れてカード化する。自分で出したゴミは自分で処理するのが一番精神衛生に影響を及ぼさずに済む。マナーや環境問題どうこうと言うより、気持ちの問題だ。
俺は空也さんのもとに向かい、彼岸の神棚への道を駆け出した。
今日も体を溶かす黒い水から逃げる一日が始まる。……憂鬱だ。
§ § §
昨日美沙から「登って間に合わないのなら崖を走ればいいじゃない」とのアントワネット構文のありがたいアドバイスを受け、現在黒い水から逃げる修行の七トライ目だ。何度やっても一向にうまくいかない。
やはり結構な角度の崖が急接近すると、いくら仮想空間のような物だと分かっていてもビビる。
ビターンと崖にへばりついて黒い水に溶かされるルーチンを繰り返してばかりだ。
こうして失敗を繰り返していると、子供の頃を思い出す。俺は昔から要領の悪い子供だった、体育の授業なんかは特にだ。
俺は逆上がりの出来ない子供だった。腕を引き寄せて! とかお尻をしっかり上げて! と指示されてもそれを実現出来なかった。
手を借りてどうにか逆上がりが出来ても、その体験を活かす事が出来ず、人生で一度も自力で逆上がりが出来ないまま義務教育を卒業してしまった。
多分、コツを掴むのが苦手な性分なんだろう。一度出来たら多少はコツが分かるんだろうが、出来るまでに時間がかかる。
その要領の悪さを二十年以上経った今、思いもよらない形で再び思い知らされている。
こんな事なら小利口な早期熟成タイプに生まれたかった、大器晩成は完成しなければただの欠陥品でしかない。
「ほら渉くん、ぼーっとしない! どんどん行くよー!」
どこかから空也さんの声が響く。鬼だあの人、今日は特に厳しい気がする。美沙と一緒の寝袋に入ったのがいけなかったのか?
いや、アレはしょうがなくないか? こちらには断る権利すらないような強引さだったぞ。
根に持つなら俺のテントへの美沙の侵入を許したお父上にも落ち度があると思う。
……修行中にそんな事をぼんやり考えていた事にバチが当たったのか、俺は壁のように反り立つ急斜面を前にして足元に飛び出していた根っこに蹴っ躓いた。
「おわっと!」
反射的に足を出し、前にそびえる崖を踏みしめる。全力ダッシュによって生み出されていた体を前方に押し出そうとする運動エネルギーが、俺の重力に対する感覚を錯覚させた。
二歩目を踏み出そうとした時、俺は崖に対して垂直に立っていた。
内心は驚愕でいっぱいいっぱいだったが、止まった瞬間落ちてしまうのではないか? という危惧から足が止まってくれない。俺は崖だった地面を蹴り飛ばすように走った。
やがて山頂に辿り着いてしまったのか、地面が途切れてしまった。山頂は長野県の槍ヶ岳のように尖った岩山で出来ており、ここからではまるで飛び込み台のように見える。
俺は後ろを振り返った。これまで駆け抜けてきた崖は既に黒い水が飲み込み、なおも俺を追うように水位を上げてきている。
「まさか空でも飛べってんじゃないだろうな!?」
俺は誰に言うでもなく叫んだ。……ところがどっこい。どうやら空を飛ぶしかないらしい。
黒い水の水位は依然止まらないし、空也さんから終了のお知らせも無い。つまり、山頂まで逃げたら終わりではないのだ。
「……ええい、クソッタレ!」
南無三、ヤケクソ、どうにでもなれ……そんな心持ちで俺はこの世界に唯一残残された足場から飛び降りた。
さて、横向きの重力というトンチキな物に支配されていた俺が足場から飛んだら一体どうなるだろうか?
横方向に落ちる? それとも重力が元通りになって下に落ちる? はたまた空中でくるくると回転したりするのか?
「……落ちない?」
正解はこの通り、空中に浮きっぱなしになる。分かるかこんなモン。しかし何故か、何となくではあるが空の飛び方に察しがついていた。
と言うよりも、壁を駆け登ったあたりから説明が難しい謎の感覚が俺の中に芽生えていて、それが切り立った崖を走るのにも空を飛ぶのにも使える事が理解出来てしまっている。なんだかとても不思議だ。
まるで俺の頭から紐が生えていて、それを引っ張るような……いや、それも正確じゃないな。どう説明すれば伝わるだろうか。
とにかく、不思議な感覚を頼りに俺の体をコントロールすると……ほらこの通り。ぎこちないが上下左右前後へ自在に移動する事が出来る。
「やっぱり飛んでる……」
まるでアニメキャラのように自在に空を飛んでいる事実に対して、俺自身が一番「そんなバカな」と思っている所だ。
ここは肉体のない世界であり、言わばVR空間のような物だ。よしんばここで現実離れした挙動を身につけたとしても、現実との互換性がどこまであるか分かったものではない。
俺の意識改革としてここに連れて来られた訳だから、リアルで空は飛べずとも原初の種子を多少なりとも上手く扱えるようになれれば御の字だ。
そんな事を考えていると、空間全体に空也さんの声が響いた。
《はーい、そこまでー。やったね、初めて生き残れたね! 黒波の試練、合格だよ!》
その声と共に俺の眼前が真っ白な閃光で満たされ、思わず瞼を閉じてしまう。
次に目を開いた時、俺は水墨画の世界ではなく、色彩豊かな現実世界で宙に浮いていた。
見下ろすと、俺と空也さんが彼岸の神棚で座禅を組んでいる。これではまるで幽体離脱だ。……いや、まるでと言うよりまさしくその通りではあるのだが。
「鏡やカメラを使わずに自分の姿を見るなんて初めてでしょ? どんな気分?」
空也さんに後ろから声をかけられたので振り返ると、そこにいたのは二十歳過ぎくらいの好青年だった。
彼岸の神棚には俺と空也さんしかいない。つまり、この引き締まった肉体のイケメンは空也さんと言う事になるが……なんでこんな姿になってるんだ?
「確かに自分をこうやって見るのは少し変な感じですが……それより空也さん、その格好は?」
「ああ、これ? 第二段階で必要だろうな思ってね。いくら月ヶ瀬筆頭の僕とは言え、ちっちゃい姿のままで殴り合いをするとか渉君が気兼ねしちゃうかなって」
……今聞き捨てならない話をしていなかったか? 俺が殴り合う? びっくり超人の空也さんと?
「あの、聞き間違いかも知れませんが、殴り合うって……」
「んーん、聞き間違いじゃないよ? 第二段階は僕との組み手だよ。空中で姿勢制御と移動をこなしながら僕の攻撃を避けつつ僕に一発入れられたら合格って感じだね」
空也さんが俺に歯を見せて笑いながら告げる。冗談じゃない、武道の達人と組み手とか死ぬ未来しか見えない。
……いや、肉体はあっちにあるから死ぬわけではないか。それでも心は死にそうだ。
とにかく、黒い水の時の様な痛い思いをしたくない。
「すごく嫌そうな顔してるけど大丈夫だよ、黒波程痛くないはずだし、僕も手加減するからねー」
痛い思いをするのも明らかにボコボコにされると分かってる戦いに挑戦するのも嫌だが、修行の本来の目的を考えると尻込みしていられない。
もはやたった一人の身内である梨々香は今も迷救会に狙われており、その迷救会のトップの求道聖蘭は原初の種子持ち……しかも想定では俺より練度が高いと来ている。
この期に及んで怖いだの何だの言っていられない、俺は梨々香の兄ちゃんだ。
これまで金だけ出していればいいとばかりに妹を放置してきたツケを多少なりとも清算しなければならない。
俺は戦いの素人だ。この構えが正しいかどうかなんて知らないし、分からない。
それでも、立ち向かわなくては始まらない。俺は空也さんに向きなおり、半身の姿勢で拳を構えた。
「……分かりました、よろしくお願いします」
「目の色が変わったね。よろしい、もうすぐお昼だからそんなに数はこなせないけど、実りある組み手にしようじゃないか」
空也さんの周囲に金色のオーラの奔流が巻き起こり、その瞳に獰猛な獣のようなギラギラとした光が宿る。
……これ、本当に手加減してくれるのか? 手加減を間違えて殺してしまいそうな表情なんだが?
構えた両手がガタガタ震えてるのは美沙の殺意とは別ベクトルの威圧を受けているせいだと思いたい。ビビってなんかないと思ってないとやってられない。
結論から言うと、生身だったら余裕で数百回は死んでいたと思う。それくらい完膚なきまでに叩きのめされてしまった。
行動の起こりが全く読めない無拍子攻撃に高機動の一言では片付けられないレベルの三次元的な変態高速移動、さらには瞬間移動のように姿が消えたりとやりたい放題だ。
穏やかな心を持ちながら激しい怒りによって目覚めた伝説の戦士じゃないんだから、もっと自重して欲しい。まさかここまで酷いとは思わなかった。
とは言え、俺に勝ち目が全く無いのかと言われるとそうでもない。
あれだけの猛攻に晒されながら、自分が何をされているのか、空也さんが何をしているのかを認識出来ていたからだ。
ただ、認識出来ていたからと言って反応して回避や反撃が出来るかと問われれば話は別だ。能動的な速さを高めなければならない。
空也さんの挙動を認識出来たのも、俺の速度を引き上げる要素も、崖登りの時に生えた新しい感覚が鍵を握っている事は何となく理解している。
あまり謎の感覚だの不思議な感覚だのと呼んでいては、あやふやなままになりそうだ。仮にでも名前を付けておきたい。
第六感の先の第七感……いや、それは星座の守護を受けてる某バトル漫画で既出か。
どちらにせよ、今の俺では空也さんに拳を叩き込む事は出来ない。修練あるのみだ。
……でないと今度は、美沙から置いてけぼりを食らいそうだからな。
§ § §
「無いっスね」
「無いねえ」
お昼時にあの不思議な感覚に名前があるのか美沙と空也さんに聞いてみたが、その返答がこれだ。
「月ヶ瀬にとっちゃ普通の事なのでわざわざ名前付けたりしないんスよ。コップで水を汲んだり足でリモコンのボタンを押す行為に名前付けたりしませんよね? 一般の方に伝授する事もないんで、わざわざ名前を付ける意味がないんス」
ミートソーススパゲッティをフォークでくるくる巻き取りながら美沙が説明する。
朝早く出たとは言え、美沙がベースキャンプに戻って来たのは俺達と同じタイミングだった事もあり、昼食はレトルトソースの時短メニューだ。
「そうだね。僕らは名前をつけないけど、渉君は好きにしたらいいと思うよ。何だろうね、普通の感覚を超えてるから超感覚とかかな?」
先程までスパゲッティをズルズルと啜っていた空也さんが口の周りをオレンジ色に染めながら会話に混ざる。何なら白い道着にもソースが散っており、美沙が眉根を寄せている。
この場にイタリア人やマナー講師が居なくて良かった、あんな食べ方をしていてはヌーハラだのなんだと責められていたに違いない。
それはそれとして、結構な時間青年モードの空也さんを見ていただけに、ちっちゃい空也さんの違和感が半端ない。これで俺より年上だなんて信じたくない。
「超感覚って演劇のキャッチコピーで安易に使われてる感じでやだなぁ……いっそ英語にしてユーバーセンスとかでいいんじゃないスか?」
「何でもかんでも横文字にするの、お父さんよくないと思うなぁ……ま、でも渉君が決める事だしね。好きに呼んでいいんじゃない? 自分が納得出来る呼び方なら釜飯でもいかめしでも焼売弁当でも誰も文句言わないでしょ」
ユーバーセンスか……それもどっかで聞いた事があるが、第七感よりはマシだろう。中年男性の小宇宙はさほど燃えていないのだ。
徐々に駅弁食べたい欲に汚染されていく空也さんを脇に置いておくとして、美沙の状況を確認する事にした。
「美沙の方はどうだったんだ? 不思議な御山のダンジョンは」
「拍子抜けっスよ、ご先祖様ブレードが強すぎてマジでヌルゲーでした。最後のボスみたいなのはまあまあ骨があるかなー程度で、道中はマラソンしながら魔物シバいてましたよ」
「第四層だとか何とかの古文書はあったのか?」
「正直サッパリでした。あたしデジタルネイティブな活字ガールなもんで、行書体だの草書体だのみたいなミミズがのたくったような字は読めませんからね。だもんで書物の類を全部まとめてビニール袋に突っ込んで持って来ました」
美沙が親指で指し示した先には、広島市事業用可燃ゴミ袋にごちゃっと突っ込まれた古そうな本の集合体があった。空也さんの顔色が一瞬にして真っ青になる。
「あああああー! うちに代々伝わる大事な古文書がー! ダメだよみーちゃん大事に扱わないと!」
「カード化出来たら良かったんですけど、魔力が籠ってなかったんでこうするしかなかったんですよ。袋に入れる時はちゃんと入れてたんですけど、山頂からここまで戻る過程でこうなっちゃいました」
空也さんは急いでゴミ袋に駆け寄り、書物を大事そうに取り出しては具合を確かめている。
どうやらバラバラになったり酷く傷んでいる物はなさそうだが、今にも泣きそうな顔でチェックしている様はまるで奥さんにプラモデルを捨てられそうになった旦那さんのそれだ。
「戻ってくる過程って、不思議なダンジョンを逆に戻って来たのか? 結構時間がかかったんじゃないか?」
「いいえ? そんな面倒な事しませんよ。ほら、あそこから──」
美沙が御山の山頂を指差した。ここからでは先程俺が彼岸の神棚での修行中に飛び降りた水墨画の山頂のように、切り立った小槍のようにも見える。
……マジであんな所に祠が建ってるのか?
「あそこから?」
「飛び降りて来ました」
さらに美沙が指差したベースキャンプの地面には、クレーター状の陥没とひび割れが発生していた。
そういや空也さんはスルーしていたが俺はずっと気になってたんだ、このひび割れ。そういう経緯で出来たのか。
ダンジョンと同じ修復力が働いている事もあり、こうしている間にも段々隆起している。……美沙の方が俺達よりも先に戻って来ていたが、そうなるとこのクレーター、もっと酷かったのか……?
破砕の中心地はちょうど空也さんがいつも寝ているあたりだが、空也さんのボンサックは無事なようだ。
……空也さんから不遇な扱いを受けてた恨みがあったんじゃないかと疑いたくなるような偶然の重なり方だ。
「いやー、封印解除様様っスね。あんな高さから飛び降りても地面をブチ砕くだけで済むんスから。以前のままだったら古文書が紙クズになってた上あたしも複雑骨折してた所っス」
それでも骨折だけで済むのか、どう考えてもミンチになるレベルの高高度落下なのに……?
やっぱり美沙もまたトンデモ集団の一員だ。みそっかす扱いとは言え、日本最古の武闘派集団の本家の血筋は伊達ではない。
まるで玄関で転んだ事を報告するような気軽さで語る美沙に恐怖を感じていたが、当の本人はケロッとしたツラで話を続ける。
「そういや山頂アタック中にどこまで血の力を解放出来るか試してみたんスけど……あんまり第四相は使いたくないっスね」
「何か副作用でもあったのか?」
「副作用って程でもないんスけど……第四相になると心と言うか魂と言うか、人間性を失ってる気がするんスよね。力を発揮するたびに神でも魔物でもない、かといって人でもない何かになってる気がします。普段は第三相で戦うのがちょうどいい感じっスかね」
美沙はゲームの攻略法を語るようにあっさりと話を流したが、俺は少しだけ不穏なものを感じた。
もし美沙や空也さんが言う第四層が、俺が求めている「原初の種子の練度」と同じ物だとしたら?
もし求道聖蘭が原初の種子の練度を高めた結果美沙の言う「人間性」を失い、迷救会を急激に成長させ、梨々香を狙ったのだとしたら?
練度を上げようとしている俺もこの先、人間性を失ってしまうのではないか? 容易く人を傷つける魔物のような存在になってしまう可能性があるんじゃないのか?
そんな疑問が俺の心を渦のようにぐるぐると掻き乱し、俺はこのまま修行を続けていいのかと悩み始めていた。
俺の反応が薄かった事を疑問に思ったのか、美沙が俺の顔を覗き込んだ。
「渉さん? どうかしましたか?」
「いや……俺もこのまま修行を続けて、原初の種子の練度が高まったら……美沙の言う所の人間性が無くなってしまうんじゃないかって思ってな」
「あたしは渉さんが人間じゃなくなっても多分好きなまんまだと思うんでどっちでも良いっスけど……うーん……そっスね……」
美沙は腕を組んで空を見上げて唸っていたが、こちらに向き直った。
「あたしが感じたのは、第四層はオーバードライブ専用だなって事っス。確かにデメリットがある能力っスけど、必要な時に必要な分だけ使えば切り札になります。もし原初の種子の力を全力で使ったら人間性を失う類の異能だったとしても、トーカちゃんは渉さんに廃人になったり大怪我して欲しくて練度上昇を指示したんじゃないと思います」
「だが、美沙は……第四相の力をこれからも使うつもりなのか? 何か犠牲にする力を使う事に抵抗は無いのか?」
「捨てたくない物の為に捨てられる物の選択肢が増えただけっスから。これまでは命しか捨てる物が無かったんスから、それに比べたら御の字っス」
美沙は微笑んで俺の手を握り、自分の額を俺の額にくっつける。
「もし、原初の種子のせいで渉さんの心が壊れたりしたら……あたしが頑張って、どうにかします。だから、あたしの心が壊れた時は渉さんが助けて下さいね」
「ああ、分かった。お互いに助け合おう。……あかりももしかしたらその領域に辿り着くかも知れないが」
「……このタイミングで他の女の話するの、ナシじゃないっスか?」
美沙が頬を思い切り膨らませたのがおかしくて、つい笑ってしまった。美沙もつられて笑い出すが、直後俺達の側で咳払いか聞こえた。
「真っ昼間からイチャつくのまで許可した覚えはないんだけどなー?」
まだ拭いていなかったのか、口の周りをオレンジ色にしたままの空也さんが、手を腰に当てて怒っていた。




