第46話
討伐巡回が終わってから、田島さんが口を開く事はなかった。眠っている訳ではなく、心と体のストレスが極限に達しているようだ。
念の為、管制室に交代要員を寄越してもらえないか打診してみたが、やはり「人が居ない」の一言で片付けられてしまった。
管制室が代わりを探すのを面倒くさがっているって事も当然あるが、そもそも警備業界は万年人不足だ。就職フェアでブースを設置したって新入社員なんてそうそう来ない。
普通の警備業務も一般人からのヘイトを稼いでしまう仕事だ。人のやりたい事を規制し、楽が出来る道を塞ぎ、遠回りを強いるのが警備員だ。
暇そうに突っ立ってるように見えて、暇な時は一瞬たりとて存在しない。いつ何時人や車が出て来るか分からない交通誘導では、一瞬のミスが事故に直結する。
そんな警備員の給料水準は驚く程に低い。バブル崩壊後に起こったダンピングの影響が長きに亘って残っており、クライアントに足元を見られている現状だ。
嫌われ役でキツくて危険で金にならない……そんな事だから底辺職などと呼ばれるのだ。職業に貴賎が無いのならまずはペイを見直すべきだ。結局の所、全ては金だ。
「栄光さん、時間になりますので引き継ぎよろしいですか?」
俺がぼんやりと警備業界の窮状を憂いていると、声をかけられた。そちらを見やると、翠優セキュリティの警備員が二名、装備を着込んだ状態で到着していた。
時計を確認すると午後三時五十五分、交代の時間の五分前だ。
ここ宮島ダンジョンの警備は午前八時から午後四時まで、午後四時から午前零時まで、午前零時から午前八時までの三交代制となっている。
俺は立ち上がって翠優セキュリティの二名に向き直り、お辞儀をした。
「引き継ぎを行います。現在入場者は十六名、四パーティです。探索者協会からの特別注意事項はありません。討伐巡回中の異変もありません。業務中の異常についてはこれを認めず。以上です」
「了解しました、お疲れ様です。……その、あんまり込み入った事を聞くつもりは無いんですが……そちらの相勤者の方、大丈夫ですか?」
翠優セキュリティの老年の警備員が、俺の後ろを手のひらで差す。振り返ると、ベーリング海のカニ漁船の甲板に立っているんじゃないかと疑うくらい、ぐらんぐらんと揺れている田島さんが居た。……限界だな、これは。
「……すみません、ちょっとスケジュールの兼ね合いで無理が祟っているようでして……」
「心中お察しします……どこも司令室なんてのはロクなモンじゃないですよね、ハハハ」
乾いた笑いで同調してくれるのが痛ましい。違うんだ、そちらの予想してる数倍はヤバいんだ、ウチは……!
「後の事は任せて、お二人とも上がって下さい。お疲れ様でした、お気をつけて」
「ありがとうございます、お疲れ様でした。……田島さん、帰りましょう。大丈夫ですか?」
俺の呼びかけを受けて意識を取り戻したようにビクッとなった田島さんはぺこりと頭を下げて、ふらふらとした足取りでロッカールームへと向かう。
俺は大野町側の駐輪場にバイクを停めているが、田島さんは乗船場から少し歩いた前空駅から電車に乗って帰らなければならない。
少し心配だ。田島さんも俺と同じマンション……いや、ファーマメント南観音の方ではなく、元々俺が住んでいた方のマンションに住んでいる。
西広島の駅に自転車を置いて電車に乗って来ているはずなので、寝過ごすと面倒な事になる。
ついていくのが一番いいんだろうが、俺にも予定がある。
今日は美沙と夕飯を食べに行く事になっている。船の時間を考えても通勤に一時間近く掛かってしまうから余計な事に時間が使えない。
俺も田島さんを追ってロッカールームに入り、さっさと着替えて宮島ダンジョンを後にした。
§ § §
「なるほどねぇ……確かに田島さんの扱いはちょっと酷いっスよね」
美沙がお好み焼きにヘラを突き立て、ぐりぐりと押し付けて端っこを切り取り、そのままヘラで掬って口へと運ぶ。
今日の夕飯は近所のお好み焼き屋だ。結局船の発着時間に間に合わなかったり渋滞に巻き込まれたりで帰宅が遅くなってしまったので、簡単に食べられるお好み焼きにしようという運びになった。
広島に住んで長いかどうかを判断する基準の一つに「お好み焼きをヘラで食べられるかどうか」が挙げられる。
慣れていない人は鉄板の上で切り分けた後、小皿に取ってから箸で食べる。だが、お好み焼きを食べ慣れた広島の人間は箸に持ち替えたりせずヘラで食べる。
言うまでもないが、このお好み焼きは関西風ではなく、いわゆる広島風だ。使うのもヘラであってコテではない。
間違っても広島焼きなどと呼んではいけない。そう呼んだ瞬間、仁義なき戦いが勃発する事だろう。
「木下さんもそうですけど、春川さんを含めてシフトの決定権を持ってる人達って田島さんの事を体の良い奴隷か何かと勘違いしてる節がありますからねぇ」
「やっぱそう思うよな……いくら言う事聞くからって日勤夜勤日勤はクレイジー通り越して違法だからなぁ」
俺も自分のお好み焼きをつつく。俺のお好み焼きは肉玉そばダブル麺パリイカ天もちトッピング、美沙は肉玉ミックスイカ天チーズ大葉生イカトッピングだ。
麺パリとは麺がパリパリになるまでしっかり焼く指示、ミックスはうどんと焼きそばを半玉ずつ使う指示だ。チャンポンとも言う。
コーヒー屋の細かいカスタムは覚えられなくとも、自分の食べたいお好み焼きの注文方法は普通に覚えているのが広島県民だ。
「多分そこら辺も改善されるんじゃないかと思いますけどね……霧ヶ峰も買収を企んでる訳ですし、ガバナンスがガバガバナンスではシャレにならんでしょ」
「そうかなぁ……もし親会社が出来たとしても、結局社長は新庄さんだし、専務は木下さんだし、常務は春川さんだろ? 隊員をコキ使う人間が変わらないんじゃ同じだと思うけどな」
「渉さん、霧ヶ峰主導ってのを忘れちゃダメっスよ。あんなのでも天地六家、やる時はスパッとやる奴っス。マンションの前で栄光警備のTOBの話をしていた時の霧ヶ峰を見てたんだから分かるでしょ? あたしもあかりさんも霧ヶ峰も、自分の領分では容赦しないのが天地六家っスから」
そう……なんだろうか? 確かにあの時の静香の冷たい視線には背筋が寒くなったが、俺の中ではどうしようもないオタクで固定されてしまっているのでよく分からない。
引越しする際に勝手に押しかけて来ては俺の手持ちのオタクグッズをキラキラおめめで物色しており、俺はオタク系残念王子様女子という新しいジャンルの誕生を目の当たりにする事になった。
「まあ、こればかりはなる様にしかならんからな……上の方がどうなるかは分からんが、俺達の待遇が良くなる事を祈るとしよう」
俺はそう結論付けて、お好み焼きと一緒に頼んでいたバターコーンを掬って食べる。うまい。これをお好み焼きと一緒に食べてもうまいので、俺は必ず注文するようにしている。
「そっすね。……で、何でさっきから黙ったままなのかな、ちっひー?」
美沙が顔を向けて声を掛けた先には、肉玉そば半玉トッピング無しをちまちま頬張っている小動物のような女の子……いや、女装男子がいた。月島千紘君だ。
顔や声はまるっきり女の子だが、月島君はれっきとした男だ。月ヶ瀬家の分家で、美沙とは幼い頃からの付き合いだそうな。
ラピス来襲事件、マリンフォートレス坂でのタッグマッチと縁のある探索者だが、それからなかなか会う事がなかった。
シーカーズのSNS機能にて相互フォロー状態ではあったが、俺はなかなか投稿しない為月島君の方から絡む事が難しく、俺は俺で月島君の露出度の高い写真の投稿にコメントを付けるのが憚られた為、なかなか交流を持てなかった。
今回、美沙が気まぐれに呼んだことで久方ぶりの再会と相成った訳だ。
「いや、だってこれ夕飯デートじゃないんですかー? ボクがいていいのかなーって」
「良くなかったら呼んでないって。聞きたい事もあったから気にしないで」
美沙の言葉を聞いて少しだけ表情を緩めた月島君が両手でコップを持ってこくこくと水を飲み干す。
動作がいちいち可愛らしいのはそういう性質だからなのか、それとも作っているのか……
「そう言えば、聞きたい事って何ですか?」
月島君がお好み焼きを小さく切り分けながら美沙に尋ねる。念入りに切った後は箸で小皿に取っている。
口が小さい月島君は、どうやらヘラで直接食べるのが苦手なようだ。広島の人間でも、こういう人も中には居る。
「ちー姉様の事なんだけど……」
「千沙さん……ですか?」
「うん。こないだの広島城での魔物騒ぎの時に、ちー姉様から『お前を泣いたり笑ったり出来なくするような再教育の刑に処す』的な事を言われたんだけど、その割には本家にいないみたいなんだよね……何か聞いてない?」
月島君は顎に指を当てて目を閉じ、しばらく何かを思い出そうとしていたが、首を横に振って否定した。
「いえ、分家の方では何も聞いてませんねー。でも新潟だか石川だかでダンジョンの外に魔物が出たって聞きましたから、そういうイレギュラーの対応に回ってるんじゃないですかねー……?」
「そっかー……また何か分かったら連絡してね、あたしも心の準備があるから」
「美沙ねぇが別の意味で心の準備をするべき情報なら入ってますよー」
スマホをいじりながら告げた月島君の言葉に美沙が首を傾げる。心当たりが全くないといった表情だ。
「お父上、山から帰ってくるみたいですよー」
「え、マジで!? いつ!?」
美沙が鉄板付きテーブルの淵に手をついて立ち上がり、毎度お馴染みの残念Tシャツが現れる。
今日のTシャツはご祝儀袋のようなプリントされているご祝儀Tシャツだ。豪華な水引と熨斗まできちんと描かれている。
熨斗の部分にはご祝儀と書かれているが、一体何に対するご祝儀なんだ……?
「同行していた月宮さんが一昨日先触れで帰って来た所だから、最短で明後日ですかねー……まあでも、ご存知の通り放浪癖のある方ですからー」
「うーん……それだと帰ってくるの一ヶ月後とか平気でありそうだなぁ……分かった、いつ帰って来ても対処出来るようにしとくね。かず姉様はその事を知ってるの?」
かず姉様とは、美沙の姉であり月島君のモンスターテイマーの師匠である坂本万沙さん、旧姓月ヶ瀬万沙さんの事だ。なかなかに型破りで、何をしでかすか分からないエネルギッシュな女性だ。
「もちろんですー。昨日から旦那さんと一緒にアフリカのザンビアへダンジョン巡りの旅に行ってますー」
「まーた逃げやがったな、かず姉様ァ! ちっひーも何で逃しちゃうのさー!」
美沙がどっかりと椅子に座り直して天を仰いだ。
「だって今はあの人月ヶ瀬じゃなくて坂本ですし、ボクの師匠なんで強く言えませんし、何ならあの人の方が美沙ねぇよりお姉さんなので指揮命令系統としては上ですからー」
「ぐぬぬ……それ言われると何も言い返せない……しょうがないかぁ……」
「一緒にザンビアに高跳び……いえ、旅行に行かないかと誘われましたけど、きっちり断ったのは美沙ねぇに対する忠誠心の表れですからー」
「しっかり高跳びっつってんじゃない! あーもー、本当にかず姉様だけは……帰って来たら居所を母上にバラしてやる……」
美沙が不満そうな顔でお好み焼きをむしゃむしゃ食べ始めた。どうやら話に一区切りついたようなので、俺は気になった事を月島君に聞く事にした。
「美沙のお父さんってのは、坂本さんが逃げ出すくらい怖い人なのか?」
「いいえー? 師匠がトンズラこいたのは家を出て行って勝手に結婚して、一度も実家に報告してない負い目からですよー。空也さん……ああ、えーと、美沙ねぇのお父上は空也さんってお名前なんですけど、気さくで良い人で分家衆にも優しい人ですよー。戦いが絡むと人が変わって恐怖の化身になりますけど」
自分のお好み焼きをひと足先に平らげた月島君が説明してくれる。
「強くなりすぎたせいで相対的に全世界の生き物が空也さんより弱くなったので、『か弱い生き物には優しくしましょう』精神で慈しみの心が沸いちゃったタイプの善人ですよー。例によって人間辞めてるびっくり超人ですー」
「何かこう……天地六家の関係者ってどこかネジが外れてるのばっかだなぁ」
「ボクは割と常識人だと思うんですがー」
常識人は下着姿で煽情的なポーズで写真を撮ってSNSに投稿しない。覚えておくといい。
「しかし高坂さんも美沙ねぇのお父上は気になりますか? ご挨拶しなきゃですからねー」
「そうなんだよなぁ……お前のようなどこの馬の骨とも知れない男に娘はやれん! とか言われたらどうしようかと……」
「空也さんに限ってはそれはないですよー、あの人は美沙ねぇの気持ちを理解した上でその幸せを一番に願ってる人ですからー」
ほんとぉ? 人間辞めてる超人なのに? と思ったが、美沙が月島君の話を聞いて嬉しそうにニコニコしているのを見て無粋な事を言うのをやめた。
あれだけ嬉しそうにしてるんだから、おそらく月島君の言葉は真実だろう。
俺達はしっかり食べてしっかり話し、とても楽しく食事を終えることが出来た。
§ § §
「あ、やべ」
財布を開いた時に俺は思わず声を漏らした。中身が少ないせいでヤバいのは今に始まった話ではないので触れないで欲しい。
つい声が出たのは、先週行った現場の業務日報がレシートの間から顔を出していたのを見つけたからだ。
納品業者が納品書にサインを貰うように、警備員は働いた証明としてクライアントに業務日報にサインをしてもらう。
これが無いと経理部もクライアントに請求書を送れずに業務が滞る。なので早めの提出が求められている。
今握っているこの日報は締日が明日……まだ多少は余裕はあるが、なるべく早く持って行かなくてはならない。
美沙が俺の財布を覗き込みながら尋ねる。
「どしたんスか? 確かにヤバそうな中身ですけど……今月まだもーちょいありますよ?」
「中身はこれが平常運転だ、全然ヤバくない。……いや、日報出すの忘れててな。会社行って提出してこないと……」
「あー、それならボクが送りましょうか? どうせ今日はもうやる事ないですしー」
月島君が名乗り出てくれたので、俺は彼の車で栄光警備の事務所まで乗せて行ってもらう事にした。美沙は明日の仕事が早朝からなので、早めに帰って寝支度をするそうだ。
テイムモンスターにカード化が使える事が判明するまで、月島君は無骨で大きなバンに乗っていた。リビングアーマーのマックスくんの輸送手段が無かったからだ。
しかし今はどんな車にも乗れるようになったので、ピンク色の可愛らしい軽自動車に乗り換えたようだ。
内装もゆめかわいい感じにコーディネートされていて同乗するのが少し恥ずかしい。
いい匂いのする車内で揺られる事数分、俺達は事務所の前にたどり着いた。
「どうせすぐ戻って来ますよねー? ここで待ってましょうかー?」
「ああ、日報を置き場に放り投げてくるだけだからな。すまない、助かるよ」
「いいって事ですー、もしかしたら美沙ねぇの旦那さんになるかも知れない方ですからねー。点数稼いでおいたら美沙ねぇの無茶振りを止めてくれるかもーって魂胆ですー」
手のひらをひらひら振っている月島君に軽く頭を下げて、ビルに入ろうとした瞬間……女性の叫び声が聞こえた。
声の発生源はちょうど真上……うちの事務所から?
「何だ……? 叫び声?」
「強盗の類でしょうか……? ボクも一緒に行きますよ」
月島君がスマートキーのボタンを押して車に鍵をかけ、バッグからカードケースを取り出し、何枚か抜き出した後そのうちの一枚を俺に渡して来た。
俺がカードを受け取ると、それはいつぞや月島君に渡した事があるゴブリンの棍棒だった。
ありがたい、東洋鉱業から装備品の提供を受けてからゴブリンの棍棒やヒロシマ・レッドキャップのバットを持ち歩かなくなってしまっていた。
あの装備品は高性能だが、高性能すぎるが故に殺傷能力が高い。人間相手の制圧は非殺傷性の打撃武器を使うに限る。
俺達は互いに頷き合って、栄光警備ビルへと駆け込み、階段で二階を目指す。
管制室と経理部のオフィスを合体させた広い一室に飛び込むと、そこには惨状が広がっていた。
整列していたオフィスデスクはその上の書類ごと散らばり、部屋の一角に集まっている社員は皆顔面蒼白で、ある一点を見つめていた。
俺もそちらに目をやると……木下専務の定位置にある机と壁が血に染まっている。
白い骨やピンクの肉塊が散らばっており、ここで一体何が起こったのか判断するのを脳が拒否している。
物言わぬ肉の塊と化した何者かのそばには幽鬼のように佇む細身の男性……田島さんが血に濡れて揺れていた。
田島さんはニタニタと笑っており、落ち窪んだ目には煌々と殺意が宿っている。
「田島さん……アンタ、一体何を……?」
俺が声をかけると、田島さんはゆらりとこちらに顔を向けた。
蛍光灯の明かりを受けてぬらぬらと照らされた血まみれの顔は狂気を大いに孕んでいた。
遅れようやくむせ返る血の匂いに俺は顔をしかめる。
「高坂くん……ヒヒッ、分かった、分かったんだよ僕は……教えられた通りだったんだよ……」
「分かった……? 教えられた? 一体、何を……?」
俺が尋ねると、田島さんは足元に転がる肉を掴み上げて俺に見せつけた。部屋の反対側に逃げていた事務員の合田さんが悲鳴を上げる。
「こいつらさァ! 弱いんだよねェ! こんな弱いんだよ! 僕がちょーっとスキル使ってブン殴ったらさァ! こーんな簡単に壊れちゃったんだよ! あんだけ偉そうな事言ってたのにさァ!」
「……田島さん、もしかして……それは……」
田島さんはニイッと歯を見せ、目を見開いて笑う。
「そうだよ! 木下だよ! もう限界だからって! 休ませてくれって言ったのに! 明日も夜勤が人が居ないから現場出ろってさァ! だから殺しちゃいましたー! 春川も居たらまとめて始末出来たってのに今日ゴルフに行ってるんだってさァー! 残念だよねェー!」
田島さんはケタケタ笑いながら持ち上げた肉片を放り投げ、大振りのフックを叩き込んだ。
水風船が破裂するような大きな水音を立てて弾け飛んだ肉片と血が事務所を朱色に染め上げる。
その狂気的な光景を目の当たりにして、この間クビになった三浦さんの代わりに入った女性の新入社員……名前はまだ覚えていないが、その子と合田さんがあまりの恐怖に絶叫する。
「チクショウ……チクショウ! 僕はこんな弱い奴の言いなりになってたのかよ! こんな! 小突いただけで死ぬような奴らに! 何の権利があって僕に無理をさせたんだ! ……お前らが! お前ら管制室がこのクズをのさばらせておいたから! 僕がこんな目にあったんだ!」
それまでの笑いが消え、憤怒の表情を滲ませて今日の管制担当社員……吉崎さんを睨みつける。
しかしその威圧は吉崎さんだけでなく、固まって逃げていた他の社員にも波及し、皆一斉にパニックになる。合田さんにいたってはへたり込んでボロボロ泣いている。
「殺してやる……殺してやる!」
拳を振り上げて吉崎さんに襲い掛かろうとする田島さんが横っ飛びに吹き飛んだ。月島君が召喚したダイアーウルフのジローによる体当たりを受けたからだ。
ジローはそのまま田島さんの襟首を噛んで引きずって吉崎さんから引き離す。しかし田島さんの抵抗が強く、ジローは田島さんに引き剥がされて壁に叩きつけられた。
「邪魔すんな、犬ッコロォ! そんなに死にたいならお前から殺してやる!」
ジローに向かって拳を振り上げる田島さんを止めるべく、俺はカバーリング・ムーブでジローの前に瞬間移動する。
一瞬怯んだ田島さんの腹部にスタン・コンカッションを乗せた棍棒の一撃を叩き込む。
違法カスタムステータスで強化された半グレ集団を意識不明に陥れたスタン(大)と手加減攻撃が田島さんの意識を刈り取った。
裏切られたとでも言わんばかりの悲しそうな表情を最後に、田島さんは白目を剥いてその場で倒れ込んだ。
「田島さん……何でこんな真似を……」
俺は田島さんへ返ってこない問いをつぶやいた。ジローが俺の手を舐めているのは慰めのつもりだろうか。
遠くからサイレンの音が聞こえてきた。誰かが通報したのだろう。ビルの前で止まったかと思うと、バタバタと警官が駆け込んで来た。
「警察です! 探索者による傷害事件と聞いて来ました!」
「手を挙げて後ろを向け! ……あれ? 高坂さんじゃないですか」
駆けつけた警官のうちの一人は、越智が主導した半グレ集団による襲撃事件の際、助けに来てくれた警官だった。確か飯島さんだったか?
俺は飯島さんに向き直り、頭を下げた。
「その節はどうも、ええと……飯島さんでしたか。犯人は気絶させています。寝転がっている彼がそうです」
「ああ、こちらの……高坂さんはお怪我もなさそうですね。この間の襲撃を返り討ちにした手腕もそうですが、何とも鮮やかなお点前で……」
飯島さんは田島さんに手錠を嵌めて、一礼してから田島さんを連れて出て行った。残りの三人が現場を調べたり社員や月島君から話を聞いている。
俺は窓の側に行き、パトカーに担ぎ込まれる田島さんをやるせない思いで見つめていた。




