表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【コミカライズ始動】アラフォー警備員の迷宮警備 ~【アビリティ】の力でウィズダンジョン時代を生き抜く~  作者: 日南 佳
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/122

第43話

 病院を出ると、外は雨だった。

 広島城近辺で魔物の対処をしていた時から微妙に雲が立ち込めていたが、よもや降り出すとは思っていなかった。

 雲を虹色に輝かせていた魔素が雨に混じっていたりしないだろうかと心配になったが、それ以上に気になる事がある。美沙の状況だ。



 俺の意識が途切れる寸前、見たこともない人形の魔物が現れていた。

 トーカが戦闘を避けろと警告していた所から推測すると、とんでもなく強い魔物なんだろう。もしかしたら怪我をしているかも知れない。

 俺が行った所で手助けが出来るとは思えないが、あかりのスキル……いや、アビリティによって再びバフが掛かっている状態だ。ステータスを確認したら魔力がS、魔技がBになっていた。

 これならエリクシック・ヒールが使えるかも知れないし、難しいなら使い勝手の良さそうな回復スキルをトーカに作ってもらってもいい。

 だが、それもまずは美沙がどうなっているか確認する所からだ。大きな怪我もなく無事でいてくれたらそれに越した事はない。



 生物と機械からの認識を阻害するハイド・プレゼンスを使用してから、ラピッドフライトを使用する。

 ……そう言えばこのスキルは目的地の指定が必要だが、人物でもいけるんだろうか? 美沙の顔を強く脳裏に思い描きながらラピッドフライトを行使した。

 体がふわりと浮かび上がり、上空に向かって飛翔を開始した。しかし向かう方向が広島城方面ではない。

 オートパイロットで向かった先は広島城よりもずっと東側……京橋川の川縁だった。

 京橋川の河岸は遊歩道とちょっとした公園として整備されている。ベンチがいくつか置かれているが、唐突な魔物の出現と大雨で人通りは全く無い。

 そんなベンチに腰掛けて、雨粒に弾ける川面をぼんやり見つめながらずぶ濡れになっている黒髪の女性がいた。美沙だ。



 美沙は体のあちこちに擦り傷を作っており、左肩のアーマーが損壊していた。

 今まで美沙が被弾している姿を見た事が無かったし、美沙の無類の強さを目の当たりにしていただけに、怪我を負っている事実を信じられない気持ちはある。

 俺はゆっくりとベンチに近づき、エリクシック・ヒールの行使を試みた。体内の活力のような物がごっそりと抜けた感覚はあったが、先程のようにへろへろになって膝をつくような無様な姿を晒しはしなかった。

 俺の手に光が集い、美沙へと飛んでいく。光を受けた美沙は輝きを放ち、傷は跡形もなく消滅した。

 これがステータスの補正の力か。後付けの魔素が無くても発動出来るとは……あまり過信しずきても良くないな、これは。



「渉、さん……?」



 こちらを振り向いた美沙の顔を見て、俺はギョッとした。

 目はどんよりと濁っており、虚ろな顔つきはいつもの快活さを全く感じさせない。……明らかに変だ。



「美沙、どうしたんだ? 傘も差さずにこんな所で」


「……何でもないです」



 俺は視線を外す美沙の隣に座った。

 当然のことながらベンチは雨でびしょびしょになっており、装備をつけていなければズボンに雨水が染み込んでいただろう。パンツまでずぶ濡れになるのは仕事の時だけで十分だ。



「大丈夫な訳がないだろ、あんなに傷だらけで、アーマーまで破損して……あの白い人型の魔物はそんなに強かったのか? よく勝てたな」


「勝ってないです……負けました」



 美沙はぎゅっと拳を握り、俯いた。瞳の濁りが一層増した気がする。



「負けた……って、ちゃんと生きてるじゃないか」



 相手は知能のない魔物であり、スポーツのように両者生存した上で勝ち負けが分かれるような戦いにはならない。

 殺し合いの勝負はどちらかの死によって決する訳で、怪我はあれど五体満足でここにいるのだから、少なくとも負けた訳ではないだろう。



「ちー姉様が……姉が、駆けつけたんです」


「姉? ああ、坂本さんじゃない方……とんでもなくやべー長女の方か」



 以前、マリンフォートレス坂から帰る際に美沙に聞いた事がある。俺の命を狙う可能性がある月ヶ瀬家の長女の話だ。

 曰く、月ヶ瀬家の家長である父親に次ぐ強さを誇る超人。

 修行に明け暮れて留守にしがちな父親に代わって人間社会の為にならない魔の者をのべつまくなし討ち滅ぼす、出ずっぱりの人型決戦兵器。

 感情の欠落した冷血漢で、魔を滅する事が最優先。月ヶ瀬を名乗る者はとにかく強くあらねばならないと主張する戦闘力原理主義者。

 三十五歳とアラフォーに片足を突っ込んでいる年齢であるにもかかわらず、見た目は二十歳程の若々しさと絶世の美貌を保っている。

 しかし余りにも強すぎる覇者のオーラと魔物すら萎縮する眼力のせいで誰も近寄れず、本人も自ら他人と交わる事を良しとしなかったせいで今では孤高の一匹狼。

 そんなヤバい姉さんが駆けつけたんであれば、恐らく魔物は討伐されたはずだ。……何で美沙はこんなに落ち込んでるんだ?



「あたしはあの魔物に手傷一つ与えられませんでした。何度斬りかかっても掠りもしませんでした。大事な刀もへし折られて……何も出来ずに一撃もらって、死を覚悟した時……姉が戦闘に割り込んだんです」



 こちらを見る事もなく、つぶやくように淡々と告げる美沙の様子に俺は声も出せなかった。



「姉と白い魔物は、あたしには目で追えないスピードで戦闘を開始しました。……あいつ、あたし相手に手を抜いていたんです。それでも姉には敵わないようでしたけど」



 不意に美沙の体がぶるりと震えたのは、雨に濡れた体の冷えではない。美沙の虚ろな瞳が強い怯えの光を宿す。



「姉に……言われたんです。美沙は弱いって。半人前は戦場から去れって」



 美沙の目からぽたりぽたりと雫が落ちる。降りしきる雨のせいで、それが涙だと気付くのに少し時間がかかってしまった。



「あかりさん達を半人前と罵ったあたしも半人前だったんです。笑える話ですよね、ちょっと強くなったからっていい気になって……渉さんどころか自分の身も守れない……あた、あたし……なんて……」



 口調が辿々しくなり、やがて美沙は顔をくしゃりと歪ませた。手で顔を覆い、俯いてヒックヒックと嗚咽を漏らしている美沙の肩に手をやり、撫でさすってやる。



「強く……強くならなきゃ……弱いあたしに……価値なんて……何もない……!」



 弱い女の子はドラゴンを蹴飛ばしたりソロで圧倒したりしないし、シャーク・ウォリアーを一撃で切り裂いたりはしないんだが?

 美沙の悲しむポイントがイマイチピンと来ない。もしかしたら俺が一般人だから理解が及ばないだけかも知れない。

 月ヶ瀬家には月ヶ瀬家の基準があるのだろうか? 気になった俺は美沙に尋ねた。



「なあ、美沙……何で強くならないといけないんだ?」


「え……だって、あたし、月ヶ瀬、だから」


「あのホテルの会議室でも言ってたが、月ヶ瀬の仕事は最悪バーサーカーじみたお前の姉さんがどうにかしてくれるんだろ? 別にお前が強くならなくてもいいんじゃないのか?」



 美沙は月ヶ瀬家の三女、末っ子だ。家督を継いだり家業に責任のある長子ではない。

 今は坂本と名乗っている次女は家に嫌気が差して出奔するフリーダムっぷりだ。次女がアレなのに三女が真面目にやる必要性は果たしてあるのだろうか?



「だって……もしちー姉様が来なかったら、あたしは死んでて……もし渉さんの移動が数分遅れたら、渉さんを守れなかったから……」



 たられば話にはなるが、確かにそうなる。あの状況では美沙しか戦える人間が居なかった。

 テイムモンスターの中で一番強いラピスは満足に戦闘をこなせるだけの魔素が無く、他の子はラピスより弱く瞬殺されてしまうだろう。

 戦闘区域内の探索者も美沙より数段腕が落ち、俺はバフが剥がれている上戦闘不可能だ。

 状況で見れば間違いなく美沙が倒されてしまえば皆……と言うよりも、俺が命を落としていただろう。



「家の事はどうでもいいんです! でも、あたしは! 渉さんの事だけは守りたかったんです! 月ヶ瀬の力も! 積んできた鍛錬も! 全部渉さんを守るためだったのに!」



 美沙がしがみつくように俺に抱きついた。アーマー同士がぶつかる金属音が響く。俺は美沙の後頭部を軽く撫でた。

 美沙がこんなにも俺を守ることに執着しているのは……おそらく、俺のせいだ。

 美沙が俺と再会するまでの長い間、美沙にとっての俺のイメージは、ゴブリンに一撃で半死半生に追い込まれる貧弱な警備員のあんちゃんだったのだろう。

 美沙が月ヶ瀬の力を開花させた要素の一つが俺の負傷だったと聞く。しかし、余りにも強烈な出来事だったせいで、美沙の心に深いトラウマを植え付けてしまった。



 ステータスを得て、原初の種子の力を得て、あかりのバフによってちょっとやそっとでやられる事もなくなった今の俺を前にしても、美沙から見れば俺は守らなければ死んでしまう弱い男なのかも知れない。

 しかし、それは二人の関係性を鑑みると、認知が歪んでしまっている。



「美沙……これまでずっと俺の事を考えて、必死で守ってくれてありがとうな。でもな……もう、俺を守ろうとするのはやめてくれ」



 美沙の体がびくりと跳ねた。俺の腕に美沙の震えが伝わる。俺にしがみついていた美沙が俺を見上げ、怯えと悲しみに歪んだ顔を向けた。



「何で……何でそんな事言うの……? よ、弱いあたしなんか、もういらないって事ですか!?」



 俺にしがみつく美沙の腕に力が加わる……いや待った、アーマーが若干たわみながら軋みを上げてるんだが? どこが弱いんだお前、普通に強えよ!

 美沙の強烈なベアバッグによって体を守るアーマーがゴシャッと潰れてしまわないように祈りながら、俺は美沙の頭を撫でた。



「違う違う。美沙、お前にとって、俺は何だ?」


「あたしにとっての渉さん……それはもちろん、大好きな人で……先輩で……」


「じゃあ、質問を変えよう。何で美沙は俺を守らなきゃいけないんだ?」


「それは……もう二度と、失いたくないからです」



 どこかぼんやりとしていた美沙の目に意思の光が戻ってきた。



「昔、渉さんがあたしを庇って大怪我しましたよね? あの時の光景が目に焼きついたように離れないんです。再会出来るまで、渉さんが傷付く夢や死んでしまう夢を何度も見ました。……もう二度と、あんな思いはしたくないんです」



 美沙が俺と離れていた間、ずっと自殺スレスレの非常に危険な修練を自らに課していたと月島君が言っていた。

 分家衆もさんざっぱら付き合わされたと苦情混じりに告げられたが、全ては俺のせいだ。

 あの時俺が一撃で倒れてなかったら。何年も待たせずにすぐに再会出来ていたら。ステータスを得てから一度でも面目躍如できるような活躍が出来ていたら……

 もしかしたら、こんな歪な形で依存する関係にはならなかったかも知れない。



「美沙、ごめんな。お前がそんなに俺を守る事に執着してるのは間違いなく俺のせいだ。俺が弱くなかったら、きっと俺の事を気にせずに生きられただろうに」


「違います! あたしが渉さんが居ない世界に耐えられないから! あたしが弱いせいです! 謝らないでください!」



 美沙がかぶりを振って俺の言葉を否定する。

 お互い自分の弱さに非があると主張するなんて、俺達は案外似たもの同士なのかも知れない。



「俺は美沙に危険な目に遭って欲しくない。そこまでの強さを得る為に相当無茶したって月島君から聞いたぞ」


「ちっひーめ、余計な事を……あたしは月ヶ瀬の中では無能の部類だから、人一倍頑張らないと強くなれなかったんです。それでも足りませんでした……あたしじゃ太刀打ち出来ませんでしたから、アイツに」



 あの白い人型の魔物に手傷を負わされた時の事を思い出しているのか、美沙の表情が曇る。



「俺もさっき、人一倍無茶してきた。恐らく、俺がエリクシック・ヒールの為に貯めた魔素はトーカが言っていた人間が貯留出来るギリギリだったんじゃないかと思う。めちゃくちゃキツかったよ、死ぬんじゃないかと思った」



 気を失う寸前の苦痛は比喩抜きで本当に死ぬかと思った。二度とやりたくないと思うが、もし美沙に危機が迫っていたらまた同じような無茶をすると思う。

 多分これは、美沙も同じ気持ちだろう。



「だからこそ言うが、俺は美沙に無茶をして欲しくない。こんな辛い思いをして欲しくない。美沙も同じ気持ちだからこそ、自分一人で抱え込んで強くなったんだろ?」


「あたしも渉さんが苦しい思いをするのは嫌です……でもどうしたらいいんですか? あたしはもう、自分の体を張る以外の方法が分かりません……」



 あかりもある種のコミュニケーションの稚拙さを抱えていたが、美沙も同じような物を感じる。

 どちらも孤立しやすい立場で、気軽に相談出来る人が居ない状況だからだろうか。人を頼る事に考えが向かないようになってしまっている。



「約束しよう。俺は無茶しないようにする。なるべく美沙に相談する。だから美沙も無茶しないでくれ」


「でもそうしたら、何かあった時に対処出来なくなりますよ? あたしが頑張れば済む話だと思いますけど……」


「……もし、越えられなさそうな壁があった時は、一緒に対処しよう。苦しい事や困難を一緒に抱えて、二人で頑張ろう。多少苦しんででも片方が抱え込むって関係は健全じゃない」



 俺は美沙の手を取り、しっかりと目を見つめながら提案した。

 美沙には守る対象としてではなく、一緒に困難に立ち向かう仲間として俺を見ていて欲しい。

 ……そう言う意図で告げたつもりだったが、美沙の様子がおかしい。

 先程まで寒々しさを感じるくらいに正気が抜けていた真っ白な頬を紅潮させ、目をこれでもかと泳がせている。



「そ、そそそそれはアレですか? 病める時も健やかなる時も喜びの時も悲しみの時も富める時も貧しい時も愛し敬い慰め助け合い命ある限り真心を尽くすヤツですかっ!? まだ親にも紹介してないのにそんな大胆なお誘いするなんて何考えてるんですか!? まずは渉さんを実家にご招待するイベントは必須だとは思いますけどどうせ両親はウェルカムだと思うんで大事にはならないのでご安心ください! 多分家族は神前式を推してくると思うんですがあたしは純白のウェディングドレスとかもちょっと憧れててどっちがいいかなーって悩んじゃう所ですけど!」



 さっきまでべそべそ泣いていたのが嘘だったかのように美沙が早口でまくしたてる。

 ……ちょっと待って欲しい。俺はプロポーズをした覚えは一切無い。俺の発言のどこを切り取ればそう解釈出来るんだ?

 もしかして戦闘集団である月ヶ瀬家にとって足並みを揃えての共闘を提案するのは求婚と同意義だったりするのか? ラノベや漫画に出てくる未開の集落か何かだろうか?

 あかりにしてもそうだが、俺の周囲の女性は何故こんなにも恋愛や結婚に直結したがるのだろうか。少しは節度を持って欲しい。

 俺は美沙の額にデコピンを食らわせた。



「あいたー! 何するんスか!」


「少しは落ち着け、俺はただ守る対象でなく並び立つ仲間になろうって言ってるだけで、別に求婚してる訳じゃないぞ」


「ウチではプロポーズ扱いなんですー! お前の味噌汁を毎日飲みたいとかと同じなんですー! 父上が母上に結婚を申し込んだ時のセリフと同じだったからキュンキュン来たんですからね! 責任取って下さいよ!」



 美沙が頬をぷくーっと膨らませて抗議する。少し前の陰鬱とした雰囲気は雲散霧消しており、いつもの美沙に戻ったようで何よりだ。



「責任を取るつもりはないが、ご機嫌は取れたようだな。少しは元気が出たか?」


「……はい、ごめんなさい。ありがとうございます。魔物との実力差をまざまざと見せつけられた上、ちー姉様から半人前って言われたのがかなり堪えてしまって、パニックになっちゃいました」



 憑き物が落ちたようにさっぱりとしたいつもの笑顔を浮かべて、美沙は頭を下げた。



「そもそも美沙が……と言うか、月ヶ瀬家が異常なんであって、普通に強い部類に入るからな? お前が弱かったら世界の人間の大半はミジンコかオキアミだぞ」


「あうぅ……でも本当に強かったんスよ、アイツ……あんなのがゴロゴロ出てきたら探索者なんて皆殺しっスよ。マジで世界が滅亡しますよ」



 世界滅亡。

 先程、あかりが担ぎ込まれた病院で、闇ヶ淵から聞かされた言葉だ。

 今回の迷宮漏逸ではない魔物の出現は、地上に溜まった魔素が一定の濃度を超えたから起こった。

 トーカが中本社長に対処法を教えた事もあり、ダンジョンから漏れ出る魔素は抑えられるだろう。

 しかし、今この瞬間にも地上で魔素をばら撒いている場所がある。全国的な迷宮漏逸でこの世の地獄と化している北朝鮮だ。

 彼の地のチャンバラが終幕を迎え、地上に平穏が訪れない限り、地上での魔物出現の機会は再び訪れるだろう。

 もしそうなった時に、再び美沙でも対処できない魔物が現れたらと考えると……ぞっとしない話だ。今のうちに対策を考える必要がある。



 たかだか広島の一警備員が世界の趨勢に関与するなんてラノベや漫画の話としか思えないが、ここまで来たらしょうがない。

 みんなで相談して、俺に出来る事をするだけだ。



「あ、そうだ。病院であの三人組には伝えてあるんだが、情報を包み隠さず白状してきちんと皆で相談するって条件で協力する事に決めたよ」


「……大丈夫なんスか? あいつら、また渉さんを変な事に巻き込むんじゃないスか? 渉さんに無茶させようとするんじゃないスか?」



 事後報告になるが、あかり達の処遇を美沙に伝えると、美沙は怪訝そうな表情を浮かべた。

 そう言いたくなる気持ちも分からないでもない。美沙はあの三人の秘密主義的な暗躍を半人前の児戯と切り捨てた張本人だ。



「そこは俺の彼女さんがしっかり見ててくれるんだろ? 頼りにしてるぞ、相棒」



 俺は先程デコピンを食らわせた美沙の額に人差し指を当てて、つんつんと突っつく。

 呆気に取られていた美沙だったが、やにわに立ち上がり、胸を張った。



「もーーー! しょーがないっスねー! 大事な彼氏さんに関わる重要案件なんで、あの三馬鹿はきっちり見張っておきますからね! その代わり、彼氏さんもあたしの事もちゃーんと捕まえてて下さいね!」



 歯を見せて笑う美沙は、いつの間にか雨を降らせるのに飽きた分厚い雲の切れ間から差し込む陽光を浴びて、キラキラと輝いていた。



 § § §



 雨雲が去り、夏の日差しが戻った事で気温が再び上がり始めた。戦闘用の装備をつけっぱなしにしていたせいもあり、周囲の湿度も相まって不快指数が急上昇中だ。

 俺達は出番が無くなった装備を外してカード化させ、お互いの格好を見て笑った。

 美沙のよそ行きのワンピースも、俺のワイシャツとスラックスも、装備の下に着ていたせいでヨレヨレになっている。

 ジャケット類は邪魔になるのでカード化しておいたが、それ以外は雨と汗で全身ずぶ濡れだ。

 こんな有様ではバスや電車なんて乗れないし、歩いて帰りたくもない。空を飛ぶという新たな交通手段が手に入ったのは僥倖だ。



「こりゃもう、さっさと帰ってお風呂に入るっきゃないっスね」


「服をクリーニングに出すのも忘れないようにしないとな……まーた出費が嵩む……」



 俺は美沙の手を握って、ハイド・プレゼンスとラピッドフライトを行使した。

 ふわりと浮かび上がった俺達は、西の空にかかる虹を追いかけるように、広島の夏空へと飛び込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ