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【コミカライズ始動】アラフォー警備員の迷宮警備 ~【アビリティ】の力でウィズダンジョン時代を生き抜く~  作者: 日南 佳
第二章

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閑話10 月ヶ瀬美沙は弱い

【Side:月ヶ瀬 美沙】



「よーし! 牛鬼やっつけたっスよ! ……お、牛肉かなコレ、サシが入ってて随分とおいしそうな……今日はステーキっスよー!」


『やったー!』



 あたしが両手で抱えるほどに大きなドロップ品の赤身肉を掲げてヒロシマ・レッドキャップのみんなに見せつけると歓声が上がった。

 皆互いにハイタッチして喜んでいるが、特に肉が大好物である五月が狂喜乱舞している。ヒロシマ・レッドキャップは皆個性豊かだ。

 スライムの表情は分からないがケラマもぴょんぴょん跳ねてるので多分喜んでいるし、タゴサクはよだれを垂らしている。まだだよ?

 ラピスはトーカと名乗る渉さんのアビリティから生えた幻体? 分身? ……よく分からない人ならざる者と話し合いをしていてこっちを見ていない。



 そんなテイムモンスター達に囲まれている渉さんは、今にも死にそうな顔をしている。

 これまで三年間ずっと監視……もとい見守ってきたが、ここまで体調が悪そうな渉さんは初めて見た。具合が悪そうな渉さんも陰があって良い。しゅき。守護りたい。

 しかしこの体調不良があたしの為じゃなく、雪ヶ原のメス豚の為と思うとイラッとする。あたしも勝手に死なれたら困ると言ってしまったせいでこうなったから怒りのぶつけ先が無い。

 もし雪ヶ原が復活したらデコピンの一発や二発叩き込んでも許されるはずだ。ちー姉様直伝の脳を揺らすデコピンを堪能するがいい。

 ……おっと、それどころではない。今は渉さんの確認が先決だ。

 あたしは手元のでっかい牛肉をカードにしてケースに放り込み、本当に辛そうにしている渉さんに声をかけた。



「……渉さん、大丈夫っスか……? 何かもう、見てられないくらい辛そうっスけど……」


「ああ、まだどうにかな……だが悪い、もう戦うのは無理そうだ」



 息も絶え絶えな渉さんに無理はさせられない。あたしは首肯で返事をした。

 空の雲が虹色に輝くようになってから、出現するモンスターが変わった。

 ボス枠が一戸建てサイズのバーバリアンと言った風体のティターンに、飛行枠が巨躯で空を駆けるロックバードに、さらにオークやオーガ、あたしがさっき倒した牛鬼なんかもワラワラと出て来ている。歩兵枠だろうか?



 とは言え、魔物発生の第一報から少し時間が経った事もあり、戦力が集結しつつある。警察のみならず自衛隊、そして探索者が続々戦闘エリアに駆けつけている。

 腕のいいアーチャーがいるのか、一桜達が頑張らなくてもロックバードを落とせているし、近接戦闘職も歩兵枠のオークやオーガに一気呵成に襲いかかっている。

 魔物のランクとしては非常に高く、少なくとも五号警備員がどうにか出来るレベルではない。これがもしダンジョンなら最低でも乙種探索者でなければ進入が許可されないだろう。

 平時の渉さんならともかく、今の弱りきった渉さんに戦わせるのは無理だろう。本人もそれを分かっているようなので、休んでもらおう。

 ……しかし、本当に辛そうだ。凄まじい回復魔法を魔力でゴリ押す為に魔素を貯める必要があるとの事だったが、まだかかるのだろうか?

 渉さんも同じ疑問を抱いたのか、トーカに尋ねた。



「トーカ、今の状態で魔素は何割くらい溜まったんだ? めちゃくちゃキツいんだが」


「現状で八割です。しかしこの地点に集まっている魔素が多い為、あと十分程で必要分の貯留が完了します。」



 まだあと二割……残り十分を渉さんは耐えられるのだろうか? 今でもいつ倒れてもおかしくない顔色をしている。真っ青通り越して土気色だ。

 少なくとも、最前線に出る必要はもうないし、出す訳にはいかない。あたしは渉さんの手を取り、顔を覗き込んで進言する。



「渉さん、ここも人が増えてきて対処出来てるみたいですし、後はもう現場に任せて少し休みませんか? ケラマちゃん達も帰って来た事っスし」



 飛行型の魔物も数が落ち着き、ヒロシマ・レッドキャップ達も手持ち無沙汰になっている。

 一桜や二葉、五月といったやる気一杯な子は鳥の撃墜に励んでいるが、それ以外の子は手遊びに興じたり、魔力球でキャッチボールをして遊んだりと注意力が散漫になっている。

 アルプス一万尺の手遊びを歌いながらやっている姿はまさしく小学生だ。後で混ぜてね、久しぶりにやりたい。



 ラピスは魔素を消費したくないのか、戦闘を行う事もせず、渉さんの側から離れずにずっと深呼吸している。空気中の魔素を少しでも多く取り込みたいんだとか。

 実際「危機的状況に陥らん限り、妾は傍観に回るからの」と宣言しており、その通り全く働いていない。

 そんなに渉さんのスキルを借りたのはしんどかったのだろうか? 正直その辺りはわたしには知り得ない領域だ。

 


 仕事が終わったケラマとタゴサク、手持ち無沙汰な赤帽軍団、動く気が無いラピス、体調不良で動けない渉さん、そして万全に動けるけど渉さんが心配なあたし……現状、戦力を持て余している。



「そうだなぁ……よし、それじゃあみんな、一旦休憩しよう! 移動開始!」



 渉さんの呼びかけにテイムモンスターの皆が返事をして、渉さんの周りを警戒しながら移動を開始した。

 あたし達がいるのはちょうど戦闘エリアの真ん中近く、広島城のあった所から少し離れてしまっている。

 必要分の魔素が溜まり次第、このエリアを離脱してハタ迷惑なメス豚が担ぎ込まれた病院まで行かなくてはならない。なるべくエリアの際まで退避しておきたい。

 そして著しくやる気が失われているテイムモンスターを遊ばせておくのは、あたしたち以外の探索者達の士気に影響が出そうだ。

 本来なら迷惑がかからないようにカードに戻しておくべきなのかも知れないが、渉さんがグロッキーである以上、戦力は残しておいた方が安全だ。



「おとーさん、だいじょーぶ? いたい?」


「……ああ、痛くない。大丈夫だ」


「……はい」



 三織が渉さんの背中をさすりながら体調を尋ねるが、明らかに大丈夫そうではない声色と姿に一同沈痛な面持ちになる。

 気持ちは分かる。みんな渉さんが大好きで心配なんだ。こんな姿は見たくないに決まっている。

 ……額に汗が浮いて苦痛に歪んだ表情も好きだなんて思っている事に罪悪感は多少なりとも感じている。罪深いカノジョで申し訳ない。



「管理者:高坂渉の魔素が目標貯留量の九十パーセントまで到達しました。あと少しで完了します」



 トーカの広報に皆が沸き立つ。あとちょっとだ。あたしたちももう少しで入場地点の合同庁舎前まで帰って来れる。

 皆少しだけ弛緩した空気を醸し出しているが、あたしはどうにも違和感を覚えていた。

 空が虹色に染まってから妙に禍々しい雰囲気を感じていたが、もしそれが高い魔素濃度由来の魔物の発生する気配だったとして、一向に収まる気配がない。

 もしかしたらもう一波乱来るかも知れない。これはどちらかと言うと探索者ではなく魔を討つ者である月ヶ瀬としての直感だ。



 あたしが周囲を警戒していると、どさりと音がした。渉さんが立つ事も出来なくなり、地面にへたり込んだ音だった。

 渉さんの傍に駆け寄ろうとした瞬間、背筋にビリッと嫌な感覚が走った。

 これはマズい、あたしでも対処が難しいくらい強い魔物が現れた時に感じる虫の知らせのような物だ。父上と修行していた時にしょっちゅうビリビリ来てたのを思い出す。



 辺りを見渡していると、あたしたちの一団から百メートル程離れた所に白い人型の何かが現れた。

 毛も生えておらず着衣も無く、性差を表すような身体的特徴も無く、ややもすればマネキンのように見えるその魔物は、明らかに異質な雰囲気を発していた。

 あたしは反射的に使い慣れた月ヶ瀬家の伝家の宝刀「徒花」を抜き放ち、皆を庇うように前に出る。

 白い人形の外見はあたしより少し小さいくらいだが、その恐ろしさは見かけによらない。



「奥方様に警告します。只今発生した魔物との戦闘は避けて下さい。種別・種族共にデータに無い個体です。簡易的な魔素計測でも百レベルを超えているとの結果が出ています」



 トーカが警告しているが、冗談じゃない。

 戦闘を避けたくても向こうがこちらに意識を向けている。そしておそらく、あの白マネキンの狙いは頭のてっぺんからつま先まで魔素がたっぷり詰まった渉さんだ。

 今の戦力で白マネキンと比肩し得るメンツはいない。当然の事ながら、野良の探索者なんて紙屑のように軽く蹴散らされてしまうだろう。

 あたしが命懸けでようやく足止め出来るかどうかだ。そうなると戦闘を避けるとか言っていられない。



「トーカさん、渉さんはあと何パーで貯まりますか?」


「あと五パーセント、約三分です」


「……分かりました。あたしがその三分、稼ぎます。貯まったらその子達を連れてあかりさんの所へ飛んで下さい」


「奥方様、無茶です。戦闘能力に大きな開きがあります」



 無茶なのは百も承知だ。あたしだって武門の子、彼此の戦力差は肌感覚で理解している。しかし、あたし以外にまともな戦力が無いのもまた事実だ。

 渉さんだって襲われたらあっさり死ぬだろう。ここに残られても全員討ち死にの未来しかない。

 かと言ってあたしも一緒にここから撤退すると、このエリアの探索者どころか規制外で野次馬と化している一般人も含めて凄惨な殺戮ショーの参加者になってしまう。



「むしろ今、アレを止められそうなのはあたししか居ませんからね……渉さんが大丈夫そうなら、あかりさんの治療が終わった後になるべく早く戻って来て欲しい所です」


「……承知しました。あまり無理をなされませんよう」



 トーカが渉さんを介抱しながら遠ざかるのを背中で感じながら、あたしは目の前の敵に集中する。

 ゾンビのようにだらりと垂らした腕や目鼻や口といったパーツが何もないつるつるの顔からは動きの起こりも感情も何も読めない。

 あたしの本能が逃げろと叫んでいる。背中は汗でびっしょりだ。気を抜けない。気を抜いた瞬間死んでしまいそうだ。



 息を整えてながら、敵の動きに対応出来るように前方を注視していると……白マネキンの姿が掻き消えた。それと同時に右側方から強烈な殺意を感じた。

 殺意を感じた空間に刀を合わせると、甲高い金属音と共に刀に衝撃が走り、白マネキンが残像を伴って現れる。……視覚で捉えきれなかった? あたしが?

 刀と拳の鍔迫り合いのような状態がしばし続き、白マネキンが距離を取る。あたしは刀を構え直しながら、深く息を吸う。



 凄まじく素早い相手と戦った事は今回が初めてではないし、そういった手合いへの対処法も月ヶ瀬家の奥義の一つとして伝わっている。

 一子相伝の技もあるが、今回使うのは本家筋の必修科目とも言える基本技だ。

 特殊な呼吸法で脳を活性化し、知覚神経の処理速度を上げた状態で敵に対応するもので……特に名前のない技だ。

 父上からやり方を叩き込まれた後は「合わせろ」と指示が飛ぶだけだったので、強いて名前を付けるなら「合わせ」だろうか。今度名前を聞いておこう。



 段々と世界がスローモーションになっていき、自分の心臓の音と血管を通る血液音がノイズのように聞こえる。

 今度は白マネキンの動きが見えた。爆発的な脚力で地面を蹴り、フェイントをかけるように横に飛んだ。

 そこからあたし目掛けて真っ直ぐに突撃してきた。これなら受けられる。あたしは白マネキンに横薙ぎの斬撃を放った。

 ジャストミートで当たったはずなのに、切り裂いた手応えがない。どうやら当たる直前で後ろに逃げたようで、ギリギリで回避されてしまった。

 白マネキンは再び撹乱するように辺りを跳ね回り、あたしに拳を叩きつけようと姿勢を低くして飛び掛かってきた。

 今度こそは一太刀浴びせようと刀を振るが、これもすんでのところでかわされる。



 それから何度も攻撃のチャンスを見出すも、あたしの斬撃は全て空振りに終わってしまう。

 白マネキンは常人には追えない程の目にも止まらぬ超スピードで飛び回っているにもかかわらず、スタミナが切れる兆候を全く見せない。

 あたしの方は合わせの呼吸が乱れ、白マネキンの攻撃を刀で受けてしまう失態を演じてしまう回数が増えていた。

 勝てる見込みは薄く、時間稼ぎがやっとだと思っていたが、よもやここまでの戦力差があるとは思わなかった。まるでゲームの負けイベントのように敵に攻撃がかすりもしない。



 ふと空気を裂く音が聞こえた。視界の端で何かが空を飛んだ。渉さんとトーカだ。あれからもう三分経ったのか。やはり合わせている間は時間の感覚にズレが生じる。

 渉さんがここから飛び立ったという事は、魔素の貯留が終わり、雪ヶ原の治療に向かったのだろう。あたしの役割の半分は終わった。

 しかし攻め手に欠けるあたしでは白マネキンは倒せない。適当な所で逃げたいが、逃げたら今度は探索者や民間人に甚大な被害が出る。



 逃げられない。振った刀が当たらない。これでは勝てない。白マネキンが飛び回る。あたしは今日、ここで死ぬのか。高速で迫る拳を避ける。やだなぁ、せっかく渉さんの彼女になれたのに。渾身の袈裟斬りを避けられた。死にたくないなぁ。白マネキンの蹴りを横っ飛びで回避する。死にたく……あ。

 考え事をしながら白マネキンの攻撃を捌いていたバチが当たったんだろう。あたしが回避した先に合わせるように白マネキンの回し蹴りが飛んできた。対処が間に合わない。

 ちょうど蹴りの軌道上にあったあたしの刀に白マネキンの足が当たり……それが致命的な一撃になってしまった。

 月ヶ瀬の血に目覚めた事を認められ、父上から与えられてからずっと大切にしていた先祖伝来の刀、徒花が真ん中から砕けるように折れた。



「嘘……」



 徒花と一緒にあたしの心も砕けてしまったかのように、一瞬呼吸を忘れてしまった。白マネキンがその隙を見逃すはずがない。鋭い突きがあたしに叩き込まれた。

 爆ぜるような衝撃が肩口を襲う。その一撃であたしが着用しているアーマーの肩部分が砕け散り、勢いを殺しきれなかったあたしはそのままアスファルトの上を跳ねるように吹き飛ばされ、十メートルは転がった。

 痛みを堪えながら立ち上がるが、白マネキンの姿は見えない。既に超スピードで撹乱する動きに入ったのだろう。

 唯一の頼みの綱だった徒花は砕けてしまって使い物にならない。細剣を使ったステータス頼りの戦い方では勝てない。認めたくはないが、詰んでいる。

 せめて白マネキンの攻撃を素手で凌ごうと試みたが、合わせの呼吸がうまくいかない。焦りと混乱から意識を集中させられない。

 ようやく合わせが成功した時……白マネキンは既に攻撃体制に入っていた。ダメだ、間に合わない。



 あたしは思わず目を瞑ってしまった。月ヶ瀬にあるまじき醜態だ。我ら魔を討つ者、命奪われるその時を迎えようとも魔に臆してはならない……そう教わったはずなのに。

 ここ最近遠ざかっていた死の恐怖が身体を締め上げる。……だがしかし、なかなか衝撃が訪れない。

 恐る恐る目を開くと、白マネキンの拳があと五センチで届く所で止まっている。一体何が起こったのだほう?

 あたしが不思議に思っていると、チリンと涼やかな鈴の音と透き通るような女の声が、あたしの真後ろから聞こえた。



「何という体たらくでしょう」



 間違いない。この凛とした声、騒がしい戦場にあっても耳に残る鈴の音。聞き間違えるはずがない。

 恐る恐る振り返ると、あたしのよく見知った……三十路半ばとは到底思えない若々しい美貌の女性がいた。

 銀色の長髪に深い紅の瞳。純白の二尺紬に紺袴。鍔のない白鞘の刀に結ばれた根付けの鈴……やっぱりそうか。来てしまったのか、ここに。



「……ちー姉様」



 月ヶ瀬家の長い歴史の中で最強との呼び声高い父上に最も近いとされる強者。魔を屠る為に生まれたような才能の塊。あたしやかず姉様では遠く及ばない、討魔の血の最終到達点。

 月ヶ瀬家長女、月ヶ瀬千沙。……出来ればこんな形で会いたくはなかった。



「魔を相手に刀を折られるどころか、あまつさえ負けを認めて目を瞑る始末……父上も私も、貴女をそんな風に鍛えた覚えはありませんよ」



 ちー姉様はあたしの横に並ぶように立ち、あたしを一瞥した。その目は久方ぶりの再会を喜ぶ暖かい物ではなく、軽蔑の念を多く含んでいた。



「余りにも軟弱。余りにも惰弱。猛省なさい、美沙さん」


「はい、申し訳ありません。姉様」


「とは言え、情状酌量の余地はあります。この魔は明らかに格上、人々を守る為にその弱い身でありながら留まったのでしょう。その覚悟は買いましょう」



 あたしとちー姉様が話しているのを好機と捉えたのか、完全に存在を忘れていた白マネキンの姿がブレるように掻き消えたが……すぐに現れ、真っ赤な鮮血を撒き散らしながら苦しんでいる。

 ちー姉様の手には血に濡れた刀が握られている。いつ抜刀したのか全く見えない斬撃によって、白マネキンの右腕は肩から切り取られていた。



「しかし力無き覚悟は、ただの自殺と変わりません。帰ったら父様に貴女の再教育を進言します。心の準備をしておきなさい」


「……はい、姉様」



 ちー姉様の言う再教育は大体ロクな物じゃない。月ヶ瀬家で管理している魔物がワンサカ出てくる「御山」に長期間放り込んで、ずっと死ぬ手前まで追い込む類のしごきだ。

 あたしががっくりと項垂れていると、白マネキンの肩の断面がボコボコと盛り上がり、赤黒い液体を撒き散らしながら腕が生えた。こいつ、自己再生タイプの魔物だったのか。



「美沙さん。貴女はここを離れなさい」



 ちー姉様が刀についた血を振るいながら、あたしの方をちらりとも見ずに告げた。



「で、でも……姉様」


「分かりませんか? 半人前風情に軍場をうろつかれるのは甚だ迷惑だと言っているのです」



 半人前。雪ヶ原達に吐いた言葉がこんな形で帰ってくるとは思わなかった。胸がズキリと痛んだ気がした。

 ちー姉様の姿が白マネキンと共に消え、アスファルトや周囲の建物の壁面に埃が舞う。一拍遅れて鉄板を電動コンクリートハンマーで叩いたような激しい金属音がそこかしこから響く。

 しかしその音の出処が見えない。合わせを試みるが、どれだけ神経を加速してもちー姉様はおろか、白マネキンの動きすら視認できなかった。

 ……まさかあの白マネキン、あたしと戦っていた時は手加減していた……?



 再びちー姉様と白マネキンが姿を現した時、白マネキンの体には無数の切り傷が付けられていた。対するちー姉様は息一つ乱していない。

 そして白マネキンの傷は高速自己再生のせいで煙を上げながら治っていく。顔が無いのでその表情は伺えないが、あたしに向けたことのない緊張感を漂わせている。

 こいつは今、ちー姉様を敵と認めた。では、今までのあたしとの戦いは一体何だったのか。

 

 

「聞こえませんでしたか。去りなさい」



 ちー姉様の声が再びあたしに撤退を促す。もうこの戦場にあたしの居場所は無いという事実を短い言葉で突きつけた。

 あたしはちー姉様と白マネキンを置き去りにして、戦線を離脱した。あたしが離れた瞬間、再び少年漫画のようなバトルが再開されたようで、地面や壁を蹴る音と金属音があちこちで弾けた。



 規制エリアから出て走り出したあたしは、もう何も考えられなくなっていた。

 ちー姉様と顔を合わせる機会がなかったが、あたしは強くなった気でいた。実家での修行もしっかりしていたし、いろんなトラブルを渉さんと乗り越えてきた自負もある。

 他人を半人前と判じた自分自身も、ちー姉様から見れば半人前でしかなかった事実に恥ずかしさと無力さを覚える。

 結局あたしはイキっているだけだったんだろうか。渉さんに選んでもらえた事に気を良くしただけの弱い女だったんだろうか。



 駆け出す足が止まってしまった。雪ヶ原が運び込まれた病院は分かっている。広島駅北口の道路を挟んだ反対側にある鉄道病院だ。きっと闇ヶ淵や霧ヶ峰もいる事だろう。

 ……そんな所に、今のあたしが行って何になる? 強い敵からは逃げ出してしまった。尻拭いをしているちー姉様からは半人前の烙印を押されてしまった。

 一体どの面を下げて雪ヶ原達に……渉さんに会おうと言うのか。



「あたしは弱い……弱いんだ」



 悔しさと恥ずかしさと悲しさが胸の中をぐるぐると掻き回し、目から涙がこぼれ落ちる。



「あたし……あたしは、どうしたらいいの……?」



 助けて、渉さん。……そんな一言も言えない身の上に、また涙が込み上げてくる。

 あたしは両手で顔を覆い、嗚咽を漏らす事しか出来なかった。

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