閑話8【Master Scene】ダンジョン・ゴーレム発生
【Master scene】
広島県呉市、休山中腹の管理されていないダンジョン、その第二十三階層。
まるで神殿を思わせるような荘厳な細工で彩られた二十メートル四方の玄室には、虹色に輝く水晶玉が安置されている。
探索者協会がダンジョン・コアと名付けた虹色に輝く水晶玉は黒い霧を纏っていた。水晶玉がまるで深呼吸をするように一際濃い黒霧を吹き出したかと思うと、玄室が大きく揺れた。
揺れは一向に収まることはなく、やがて部屋の端が階段に向けて押し出される。
第二十三階層だった部屋が階段を登り、第二十二階層だった迷宮をぐにゃりと歪ませ、そこに存在していた魔物を壁ごと巻き込み、階段を目指していく。
その形容しがたい活動を例えるならば靴下を裏返すような物で、地中に埋没しているはずの構造物が取り得るような動きではなかった。
しかし、迷宮は物理法則など存在しないかのように第一階層の出入口めがけて縮こまっていき……とうとう、ダンジョンゲートを突き破った。
窮屈な扉を突き破って出てきたダンジョン・コアを取り込んだ第二十三階層だった部屋はゲートからにょっきりと飛び出し、続々とゲートから出てくる迷宮だった物を取り込んでいく。
やがてゲートから全て吐き出されて一塊になったダンジョンは、ぐねぐねと脈打ちながら百メートルを大幅に超える巨人を象った。その額にはダンジョン・コアが嵌っており、禍々しい光を放っていた。
ダンジョンで出来た巨人……ダンジョン・ゴーレムは口を大きく開けて一声吼えると沈みゆく太陽を追いかけるように、眼前に広がる海に向かって歩き始めた。
踏み出した一歩で、明かりの灯る民家や車通りのある道路を踏み砕きながら。
§ § §
人はまだ、何も知らなかった。
ダンジョンが発生して十数年経った今でさえ、対処法や素材の利用方法の研究開発は進みはしたものの、ダンジョン発生の機序や根本的な発生原因には辿り着けずにいた。
時折現れるイレギュラーの要素に定説が覆され、研究者達は翻弄され、それでも新たな仮説を手がかりに再び研究を始める様は荒れ狂う大海に挑む小舟のようであった。
生活の営みに強制的に組み込まれたダンジョンという異物……それを理解するのに、時間はいくらあっても足りなかった。
広島県呉市、休山の中腹。
半グレ集団「リヴァイアサン」が根城にしていた、十年前に廃業した建設会社の資材置き場に小さなダンジョンゲートが発生したのは数年前の事だ。
ステータス解放条件が既に広く知れ渡った昨今、探索者協会の管理に置かれていないダンジョンはほぼ無いに等しかった。
リヴァイアサンのリーダー、須磨隆史はこれ幸いとダンジョンゲートを鉄板やベニヤ板で偽装工作を行い、ダンジョンを秘密裏に占拠。
メンバーは全員ステータス持ちとなり、同地域の不良グループの中でとりわけ力を持つ集団となった。
彼らはレベル上げの為にダンジョン内で魔物を狩ってはいたもののその頻度は不定期。管理されているダンジョンと違い、迷宮漏逸の可能性を大いに孕んでいた。
そして、須磨の親友である越智祐介の頼みにより越智の想い人を取り返すべく、手持ちの駒を全て月ヶ瀬美沙の掠取と高坂渉の打倒に割り当ててしまった。
その結果、ダンジョン内での討伐が完全に滞り、魔素がダンジョン全体に行き渡り……迷宮漏逸の条件を完全に満たしてしまった。
何故探索者協会の発注のもと、警備員による全てのダンジョンで討伐巡回が実施されているのか。
ダンジョンの討伐を怠るとどのような事態が発生するのか。
教育も受けず、資格も持たない彼らには知りようのない事だった。
ダンジョンを放置すると、迷宮漏逸が起こる。
しかし、市井の者達もその機序を完全には把握していなかった。せいぜい「定期的に魔物を間引かないと、中にいる魔物が表に出てくる」程度の認識であった。
故に、呉市でその現象を目の当たりにした者達は、山の中腹から立ち上がった岩で構成された巨大なゴーレム……それを迷宮漏逸の産物であると認識出来なかった。
それはダンジョン・ゴーレムの進行方向に居並ぶ工業地帯の一画に居を構える探索者用装備メーカー、東洋鉱業で働く面々にしても同じであった。
§ § §
東洋鉱業第一製作室から出て来た製造部門責任者である大河内泰虎は、社長の中本隆一と鉢合わせになった。大きな体躯を曲げて会釈をする大河内に、中本は片手を挙げて声を掛ける。
「おうヤス、今日はもう上がりか?」
「大将、お疲れ様です。納期が近めの仕掛品にようやっと目処が付きそうなんで、残りは明日にしようかと」
「そうかそうか、そいつぁ結構……ところでヤス、あのデータ見たか?」
「高坂さんの奴ですよね、ありゃあどうなっとるんですかね……? 解析班もありえん挙動しとる言うて今朝から大騒ぎですわ。結局バグ扱いでフィードバックがオミットされたみたいですけど」
高坂渉に渡された東洋鉱業製の次世代フラグシップモデル装備群「八重垣」は、これまでにない新機能として戦闘データの収集、及び各種モジュールへのフィードバックを実装していた。
八重垣の筐体に蓄積された運用データは多少のタイムラグを伴ってデータセンターのある東洋鉱業広島本社に転送される仕様になっているが、昼過ぎに受信した高坂の戦闘データはソフトウェア開発部門を大いに困惑させた。
江田島ダンジョン第十階層のエリアボス、シャーク・ソルジャーとの一戦はたった二撃分の攻撃データしか残っていなかった。
しかし、それこそが通常ではあり得ないデータだった。使用者の推定能力値と実測値の開きがあまりにも大きすぎた。
送られて来たデータを鵜呑みにすると、高坂の筋力と敏捷と能力値が低く見積もってもSクラスの化け物だという事になってしまう。
時期を同じくして八重垣を預けた月ヶ瀬家の末妹ならともかく、常識的なナイトである高坂が超人的な能力値を瞬間的に叩き出せる訳がないし、違法カスタムステータスのブースト機能でもここまでの強化は不可能だ。
東洋鉱業お抱えのデータサイエンティスト達はそう結論付けた。
かくしてシャーク・ソルジャーの腕と足を斬り飛ばしたクリティカルヒットのデータは不具合として片付けられた。
誤ったデータを元に誤動作が起きる危険性を鑑み、八重垣の戦闘データフィードバック機能は遠隔で無効化され、しかし念の為にデータの収集機能は稼働を続けるように設定されている。
「俺ァ存外、実数値なんじゃアないかと思ってるんだが……アイツは何かやらかしそうな気がしてな」
「組んどるのが魔を討つ者の家じゃけぇ、まあ……分からんでは無いですが……」
「情報屋のお嬢さんもいる事、忘れちゃアおらんか? あの巻き込まれ体質は大したモンだよ」
「そうでした……どちらにせよ、今月中にもう一回お呼びして話を聞かんと……」
大河内がズボンの尻ポケットからメモ帳を取り出し、何やら確認しようとした瞬間、凄まじい地響きと共に社屋が揺れた。
「何じゃア!? 地震か!?」
「いえ、地震にしては断続的な……大将! アレ! アレ見てください!」
大河内が窓の外を指差し、中本に向かって叫んだ。
二人が揺れに耐えながら廊下の窓にしがみつくようにして外を覗き込むと、眼前にそびえる休山の中腹から岩肌の巨人が麓に降りようとしている所だった。
二人とも探索者向け装備メーカーの責任者であり、魔物に対する知識は備わっていた。それでも、ゴーレムの常識外の大きさに危機意識がすぐには働かなかった。
「あれはゴーレム……じゃろうか……? 迷宮漏逸にしちゃあ何のアラームも無いし、あの辺にダンジョンありましたっけ……?」
「確かに……いや待った、どうなってんだありゃア!? 怪獣映画に出て来そうなデカさだぞ!?」
「大将……アレ、こっちに来てませんか……?」
ダンジョン・ゴーレムの一歩が居並ぶ家屋を生活道路や電線もろとも踏み砕き、自分達のいる方向に迫っている事に遅まきながら気付いた大河内は、震える指でゴーレムを指した。
ゴーレムの進路、都市ガス由来と思われる爆発、そして間も無く訪れる東洋鉱業の未来……脳裏に浮かんだ最悪の光景に、中本は弾かれるように走り出した。
行き先は防災センター。施設の損壊は免れられないにしても、そこで働く従業員達に危険を知らせて避難させなくては。
§ § §
避難した従業員でひしめき合う東洋鉱業の第二駐車場は混乱の只中にあった。
防災センターからの全館放送で、ダンジョン・ゴーレムの進路上から少し離れている第二駐車場への避難が促された。
「嘘でしょ、何あれ……聞いてないよこんなの」
「あー! マズい! 昨日届いたばかりのヒバリウムインゴット持って出るの忘れた! 俺ちょっとひとっ走り取ってきます!」
「馬鹿野郎! 素材なんざ後からいくらでも買える! 動くんじゃねぇ!」
「もしもし! リエか!? 今どこだ? 今すぐ避難しろ! 島根のばーちゃんちなら安心だから!」
迫りくるゴーレムのあまりの大きさに恐慌状態に陥る事務員の女性、高価な資材を保護しに戻ろうとする年若い工員を止めるベテラン職人、家族の安否を心配する巻き込まれた搬入業者……皆浮足立っていた。
普段は朝礼用のお立ち台として使われているトラック用のプラットフォームに登った中本は、トランジスターメガホンの電源を入れ、ざわめく人々に号令をかけた。
「注目!」
中本のよく通る声が第二駐車場に響くと、収拾がつきそうになかった喧騒がピタッと止んだ。
「防災総括責任者の中本だ! 現状の報告をするからよく聞けよ! 休山から歩いて来とてゴーレムの発生状況は不明! やっこさんはどうにもフラフラしとるように見えるが、現在の進路を見るに精錬所と第二製作所、廃棄物貯留所は諦めるしかない!」
中本から発表された見立てに、従業員達はまたぞろ騒ぎ出す。しかし中本の話はまだ終わっていない。
「静粛に!」
ハウリングを伴う中本の喝破に、皆に再び静寂が取り戻された。
「今回の件を探索者協会の定める迷宮漏逸と判断し、これより我々は自衛隊に保護を求める為に避難を開始する! 各班は所在の確認できない者はいないか確認し、上長へ報告! 整列を保ったまま北門より自衛隊広島地本呉事務所へ向かう事! 押さない、駆けない、喋らない! あとここに戻ってきたり危ない物に近付かない事! これらを徹底して迅速に行動されたし! 以上、避難開始!」
中本の指示を受け、参集した避難者は各班ごとに分かれて確認を開始した。その様子を見る事もなく中本はゴーレムの進路上にある施設へと駆け出した。
東洋鉱業は鉄工業、その作業は騒音を伴う。もしかしたら避難放送を聞き逃した従業員がいるかも知れない。
中本は社員の生活を預かる社長として、その後ろを大河内が追従した。
「お前はいい! 残留確認は俺がやる! お前は避難者と一緒に行け!」
「何言うとるんですか、大将! 俺だって製造部門の責任者ですよ! 部下の確認は俺の仕事でもあるんですから!」
「仕方ねェ……じゃアお前は第二製作所見て来い! 俺は精錬所を見てくる!」
第一製作所のトタン壁の丁字路を中本は右、大河内は左に駆け出す。中本には、先程まで遠くに見えていたゴーレムがやけに近くまで出張って来ているように見えた。
地面に散乱している防具の部品を飛び越し、中途半端な位置に放置されたフォークリフトを避け、中本は精錬所へと辿り着いた。
開け放たれたままの巨大なドアの中では、定年間近のベテラン工員が未だ作業を行っていた。
「稲島さん! アンタ何やってんだ! 避難放送が聞こえて無かったのか!?」
「ありゃあ? 中本社長じゃあないですか。まだ帰っとられんかったんで? ……避難放送? そんなんありましたかいね?」
「今ビルくらいのデケぇゴーレムがこっちに向かって来てるんだよ! 逃げてないのはアンタくらいだ! 早く避難してくれ!」
「ありゃあ……ワシゃあ耳が遠ゆうてのう……聞こえとらんかったんじゃろうなぁ……もう少し作業したら終わりますけぇ」
「いいから! 作業は中止! 本当にそこまで来てるんだよ、魔物が!」
中本が稲島と呼ばれた老工の腕を引き、どうにか精錬所から連れ出した直後、精錬所の壁が弾け飛び、ゴーレムの拳がにょっきりと突き出された。
その岩石で出来た手は赫赫と燃え上がる鉱物を掴むと、無造作に壁から引き抜かれた。
どこかに引っかかったのか、その衝撃で精錬所の建屋が崩壊した。ゴーレムが精錬中の鉱石をその口に放り込み、咀嚼する様子がよく見えた。
稲島はゴーレムの大きさと強力な魔物特有の威圧感に恐怖を覚え、ようやく事の重大性を思い知る事となり、腰が砕けたように地面にへたりこんだ。
中本もあまりの光景に空いた口が塞がらず、逃げる事を一瞬忘れてしまった。
中本と稲島は、額に埋まったダンジョン・コアと口しかないゴーレムの顔が自分達の方を向いたように思えた。二人は動かない足に鞭打って、少しでも離れようと試みる。
ゴーレムは口腔内で未だ燃えている鉱石を見せつけるように口を開き、吼えた。その大音声に稲島は気を失い、中本もついに膝をついてしまう。
「クソッ……」
拳を振りかぶるゴーレムの姿に、間も無く訪れる身の破滅を否応無く想像させられた中本は、ほんの少しだけ後悔した。
残留者確認をしなければ、自身の命は助かっただろう。しかし、社員を預かる身である中本は真っ先に逃げるつもりはなかった。
祖父の代から社員と共に成長していった東洋鉱業……その社訓である「社員は宝」はただのお題目や伊達ではないのだ。
東洋鉱業の社長としての生き様が、中本をここへ連れて来た。そして、その生き様のせいで魔物に殺されるのだ。
中本の胸中に去来するのは、恐怖でも後悔でもなかった。高坂に対し、ドラゴンに挑むなんて真似をした理由を聞いた、あの日のリフレインだった。
何故命を捨てるような真似をした? と中本は問うた。
命を繋ぎ止めるのが自分の仕事だから、と高坂は答えた。
中本はそこに彼の生き様を見た気がした。だが、今の自分を振り返るとどうだ。自分の生き様の為に……大事な社員の為に、命を無駄にしようとしている。
「今にして思えば、高坂も俺もとんだ大馬鹿野郎だ……だが、それがいい、それでいいんだ」
中本は込み上げる笑いを堪えきれずに、ニイッと口の端を歪めた。
「ヘッ……自分の生き様を張るってなァ、しんどいモンだよなア……でもしゃアねぇ、それが生き様ってモンだからなァ……!」
中本は稲島から離れ、両手を広げた。ゴーレムの目のない顔が中本を追う。ターゲットはやはり、中本に定められたようだった。
人は死を目前にすると走馬灯を見ると言う。中本が見たのは、これまで関わって来た社員、家族、そして自分が拾い上げて育てた大事な弟子とも言える片腕、大河内泰虎……そんな皆の顔だった。
「生きろやァ! 社員の皆ァ! 生きろやァ! 俺の家族ゥ! 生きろやァ! ヤスゥ!」
中本はゴーレムに向かって腹の底からの雄叫びを上げた。それは祈りにも似た咆哮だった。
最後に中本が走馬灯に見たのは、少し頼りない……それでいて、何かとんでもない事をやらかしてくれそうな中年のナイトの照れ笑いだった。
「生きろやァ! 高坂ァーーー!!」
ゴーレムが拳の溜めを解放する。精錬所の瓦礫や周囲の空気を巻き込み、轟音を立てながら質量任せの一撃が中本に迫った。
中本は全身を強張らせ、目をぎゅっと強く瞑り……そして、死を覚悟した。
【おしらせ】
毎度ご愛読頂きましてありがとうございます。
この小説は基本的に一人称で進行しますが、
説明等の為に三人称で進行する必要が稀に出て来ます。
この場合どのように称するのがいいか調べてみた所
ピンと来る俗称がありませんでしたので、
TRPGのプレイヤーの出てこない「マスターシーン」に準えて
【Master Scene】と表記させていただく事にしました。
読者の皆様方におかれましてはご承知おきの程よろしくお願いします。




