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【コミカライズ始動】アラフォー警備員の迷宮警備 ~【アビリティ】の力でウィズダンジョン時代を生き抜く~  作者: 日南 佳
第二章

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第30話

 俺は人生初の女性からの告白に頭が真っ白になっていた。

 いや、厳密に言えば一度だけある。中学生の頃にクラスの女子から罰ゲームで……いや、この話はやめよう。ダメージが大きすぎる。

 そもそも俺の聞き間違いかも知れない。こんなオッサンに告白する女子なんてファンタジーの産物だ。

 ネット小説や漫画じゃないんだぞ、ここは現実の世界だ。



「……すまん、もしかしたら俺の聞き間違いかも知れん。経緯を含めてもう一回いいか?」


「高坂さんもなかなかいけずな方ですね、乙女の一世一代の告白をリプレイさせるなんて……でもいいです、許します。惚れた弱みって奴ですね」



 雪ヶ原はやれやれと肩を竦めた。やれやれなのはこっちの方だ。

 いきなり呼び出され、ギスギスを味わわされ、命を狙われ、挙げ句の果てに美少女アイドル兼日本最強のスパイ集団のドンから告白されるなんて、あまりにも盛り過ぎだ。



「あの時……ミニライブの時に助けて頂いてからずっと、高坂さんの事が忘れられませんでした。月ヶ瀬さんからドラゴン襲撃事件の情報操作を依頼された時、これで高坂さんに会う口実を作れるって思いました」


「いや、アリオンモールでの動線確保はただの仕事だっただろ。成り行きで守る羽目になったが、それ以上でも以下でもない。何故俺なんだ? 探索者ならタンクと組む事くらい普通にあるだろ?」



 俺の指摘に雪ヶ原はかぶりを振って否定する。



「いいえ、あなただけなんです。あなたが、生まれて初めて私を守ってくれた騎士様なんです」


「騎士様って大袈裟な……これまでVoyageRだけでパーティを組んでいた訳じゃないだろう? バッファーだけのパーティなんて成立するのか?」


「動画のパーティなんて見せかけだけでいいんです。スタッフさんによる先行部隊が強めの魔物を狩り、私達が後から収録しながら弱い魔物を倒す……所詮はエンターテイメントですから、リアリティは必要ないんです。スタッフさん部隊との面識もないですし」



 俺も一応視聴者なのだから、迂闊に裏側を暴露しないで欲しい。いや、しかしそんな所だろうなとは思っていた。

 動画を見ているとロケ地が平穏過ぎるのだ。ダンジョン常駐警備員が討伐巡回に出ているにしても、あまりにも閑散としている。

 何らかの方法で安全を確保するのは当然だろう。探索者と言えどもアイドル、万が一にでも傷が付いたら取り返しが付かない。

 俺がどうにか納得しようと頭の中で勘案している間にも、雪ヶ原の独白は進んでいく。



「幼少の頃から、みのり……えっと、氷川にお目付け役として見張られていたんです。友達なんて一人もおらず、仲良くなれそうだなって思った子はいつの間にか疎遠になり……」



 雪ヶ原はだんだんと俯き加減になり、声から快活さが抜けていく。

 歳を食えば食う程ガキの頃の記憶なんて思い出せなくなる。俺なんて先週食った飯も怪しいくらいだ。

 しかし雪ヶ原はまだ十八歳、子供の頃の記憶は最近の事のように思い出せてしまうのだろう。



「後で聞いたんですが、どうやら私の両親から氷川に悪い虫を近づけないよう言いつけてあったようで……酷い話ですよね、私だって普通に友達が欲しかった。生まれを呪った事もありました」


「まるでドラマに出て来る名家のお嬢さんみたいな……いや、正真正銘の名家のお嬢さんだったな」


「ふふ……そんな名家のお嬢さんだって、自分の為に身を挺してくれる騎士様の夢くらい見ます。でも、この歳になっても人付き合いは身内か親戚、仕事仲間くらいでした」



 雪ヶ原は後ろで手を組み、大理石のステージの端までとぼとぼと歩いていく。俺は何も言わずにその後を追う。



「広島のライブの時……あの時初めて、氷川が私の傍から外れたんです。そして、あなたは私を守ってくれた……運命ってあるんだなって、そう思いました」


「そんな大層なモンじゃない、偶然だ。君くらいの歳なら偶然を運命だと誤解すると思う物だと思うが……」



 若さ故の勘違いに陥っている雪ヶ原の言葉を否定した瞬間、雪ヶ原の顔付きが変わった。



「高坂さん、運命はあります。あるんです」


 

 怒っているでもなく、悲しんでいるでもない。感情が全く乗っていない視線が俺を貫く。

 まるで聞き分けのない子供を諭すような声色にも違和感を覚えてしまう。カルト宗教の狂信者にも似た言いようのない異質さに身震いがする。

 一体何なんだ? 俺は何の地雷を踏んだんだ?



「まあ、それはいいんです。高坂さんに救われたのがきっかけで好きになったのは変わらない事実ですから」


「……やっぱり分からん、よりにもよってこんなオッサンに惚れなくてもいいだろうに」


「私からしたら、好きになった人が既に《天地六家》の関係者と仲良しだった事の方が『よりにもよって』なんですけどね」



 雪ヶ原は大理石のステージ端に腰掛け、足をぶらぶらさせながら隣をぽんぽんと叩いてみせた。こっちゃ来いと言う事だろう。

 俺は少し距離をとって雪ヶ原の隣に腰を下ろした。何が気に食わないのか雪ヶ原は頬をぷくーっと膨らませながら、ぴったりくっつくくらいまでにじり寄ってきた。せっかく距離をとったのに台無しだ。

 ボスを倒し、何の魔物も出現せず静寂に包まれたままの十階層は、この決戦場と下に続く階段以外何もない。

 しばらく二人で、どこまでも続く水平線を眺めていた。



「……好きなんですか、月ヶ瀬さんのこと」



 不意に、雪ヶ原がそんな事を聞いてきた。ちらりと横を見ると、雪ヶ原の視線は水平線の方をずっと見つめていた。



「月ヶ瀬……か」



 実際の所、どうなんだろう。

 肩肘張らずに済む、少し抜けた所のある後輩……それがダンジョン警備を始めるまでの月ヶ瀬の印象だ。

 それが徐々に接する機会が増え、面倒事の相談相手として話す事が増え、十年前に因縁のあった中学生だった事が判明して……

 月ヶ瀬にとっては栄光警備に入ったのも、俺のアビリティに関する相談に乗ってくれたのも、色々世話を焼いてくれるのも、全て俺の事が好きだからなのだろう。

 だが、俺にとっての月ヶ瀬は「好き」と言うよりは「一緒に居ても違和感の無い関係」と言った方がいいかも知れない。

 そう考えると、まるで俺が月ヶ瀬の想いを利用しているような気がして罪悪感が芽生えてくる。



「好きかどうかは……正直言って分からない」



 そもそも、俺は誰かを好きになった事なんてあっただろうか。もしかしたら無かったかも知れない。

 小学生の頃はイジメに遭い、中学生で引っ越して友達も無く、高校生は男子校だ。女性との付き合いは皆無だった。

 大学にも行かずに高卒で社会に出て、とにかく何でもいいからと仕事を探すも世は就職氷河期。まともな仕事に就けずに派遣やアルバイトで糊口を凌ぐ日々だった。合コンなんて行ったことも無い。

 諸事情で家を飛び出た俺を拾ってくれたのが栄光警備だった。ちょうど古い訳アリマンションを買った所だからと住む場所も用意してくれた。

 だが警備は低収入の代名詞、結婚はおろか恋人を作るのも難易度が高い。そんな環境では周囲に浮いた話も無ければ俺自身のワンチャンもありえるはずがない。



 そんな人生だからだろうか。俺は他人の好意に実感が持てないように思える。

 事実、雪ヶ原から告白されても当惑こそすれども喜びやときめきを感じたりはしなかった。これは、もし月ヶ瀬から告白されたとしても同じだろう。

 この歳まで自分一人で生きてきたから、他人の感情が俺の独り身生活に何者かが介入してくる可能性をリアルに捉えられない。

 俺はアラフォーまで独身だったし、明日からも一人だし、死ぬ時もどうせ孤独死だ。

 これまでそういう生き方をしてきたから、恋愛脳へのスイッチが正常に作動しないのは致し方のないことだとは思う。



「そもそも好きって感情が良く分からん……今まで人を好きになった記憶が無いな」


「えー……嘘でしょ、その年で……? 何かこう、無いんですか? 胸がきゅーっと締め付けられるような感じとか……ドキドキが止まらないとか……」


「この歳になるとその症状は心筋梗塞や心不全や狭心症を疑わないといけない奴だからな……」


「……病気の症状と恋の区別が付けられないなんて、非モテの中年男性って存外に脆い生き物なんですね……でもいいです、その程度で嫌いなったりしませんし。あばたもえくぼです」



 いっそ気持ち良くなるくらいにメッタメタにディスられた気がするが、変にフォローを入れられるよりはマシだ。



「月ヶ瀬の事が好きかどうかは分からんが……一緒に居ても居心地がいいし、出来ればずっと今の関係性を保てたらとは思う……かな」


「うーん……普通に考えたらお友達でいましょう案件ですけど、あれだけ押せ押せの月ヶ瀬さん相手にずっと今の関係性を保っていたいって、それはほぼ事実婚では……?」


「いや、それはないだろ。俺自身月ヶ瀬の事を好きかどうかも分からん訳だし」


「……高坂さん、もし月ヶ瀬さんがある日を境に全く話しかけて来なくなったらどう思いますか?」



 雪ヶ原が急にこちらに真剣な顔を向けて俺に質問した。いきなり変な仮定の話を持ち出されても困る。

 だが、もしそうなったらどうだろうか。テイムモンスターも寂しがるし、俺も張り合いが無くなるだろう。つまり……



「寂しいと思う、多分」


「では、休みの日に出かけた時に、男と一緒に出歩いてる月ヶ瀬さんを見かけたらどうです?」



 今までの俺以外の男への塩対応っぷりからあり得る話ではないが、月ヶ瀬も大人の女性なんだから、そういう事もあるだろう。

 しかしもし、そうだな……それが越智君だったらどうか。何かの奇跡が起こって、彼と月ヶ瀬が懇ろな仲になっていたとしたら……?

 もちろん、月ヶ瀬だって自分の意思のある女性だ。誰を選んだっていい。だが……



「……良い気分はしないな、何となく」


「じゃあ最後に、月ヶ瀬さんと一緒に居た男が『月ヶ瀬さんとお付き合いさせてもらってますー』とか言ってしゃしゃり出てきて、月ヶ瀬さんもまんざらじゃなさそうな顔してたらどうです?」



 何度でも言うが、月ヶ瀬は自立した一人の人間だ。何をしたっていいし、どう生きたっていい。

 好きな男が出来ようと、誰と付き合おうと俺が介入していい問題ではない。そうしたいのならそうすればいい。全ては月ヶ瀬の自由だ。

 だが、そうだな。もしそんな事になったら……

 


「過去一番ヘコむと思う」


「それって、月ヶ瀬さんが好きだからでは?」


「うーん……別に好きだからって訳じゃあないだろう。胸部の閉塞感も不整脈もない訳だし」


「好きだからですよそれは! 好きでもない女の子が他の男と一緒にいたって普通何とも思いませんし、彼氏連れてきてもだからどうしたってなりますよ! ヘコむのは好きだからに決まってるじゃないですか! 何で恋愛の一番楽しい部分スキップして成熟期に入ってるんですか!!」



 頭を抱えて静かな海に嘆きの声をぶつける雪ヶ原を見ていると、逆に冷静になってくる。

 そうか、俺は月ヶ瀬が好きだったのか。確かにそう言われると妙にしっくり来る。

 近くに誰かがいるとどうにも落ち着かない陰キャであるにもかかわらず、俺は月ヶ瀬の接近を許している。

 今まで友人しか居たことがないから、この心地良さを友人としての物と考えていたが、もしこれが「異性を好きになる」という事だったとしたら……?



「……そうか、俺は月ヶ瀬が好きだったのか……?」


「そうですよ! でなければそんなに悩んだりしませんよ! 何で私が敵に塩を送るような真似をしなきゃならないんですか!」


「いや、もしそうだったとしても本人に言える訳がない。俺はアラフォーのオッサンだからな」



 結局そこに帰結する。俺と月ヶ瀬では年が離れすぎている。もし月ヶ瀬が許したとしても世間が許さないだろう。



「年齢差とか世間体とか気にしてるって顔してますね? 本人が好き合ってるなら、常識や世間なんて別にどうでも良いんじゃないですか?」


「随分と奔放な物言いだなあ、良家のお嬢様なのに」


「良家のお嬢様である前に雪ヶ原の惣領ですから。世間は迎合する物じゃなくて都合のいい方に転がす物ですし」



 随分な物言いだが、一人一人の情報の集合体を世間、その方向性を世論と呼ぶのなら、この少女にとって世間とは随意的に操作可能な事象なのだろう。恐ろしい事に。



「好きに生きればいいんです、今の時代はそれが許されています。家の格がどうとか、年齢差がどうとか、果ては性別もヘテロセクシャルでなくてもパートナーになれる時代です」



 まあ、それはそうだ。今はLGBTを始めとする多様性の時代、世界の転換期だ。

 でなければ月島君みたいな女装癖も奇人扱いされていただろうし、存在自体が否定されているだろう。



「だから今までの常識なんて明日にはアップデートされているかも知れないんです。ですから高坂さん、私のことも好きになってみませんか? 一人の女性しか好きになっちゃいけない道理もないはずです!」


「いや、それは駄目だろ。十年間待ってくれた月ヶ瀬に不誠実だし、浮気、二股、不倫は昔から男女関係の禍根の代名詞だろ」


「内縁の妻って単語、ご存知ありませんか?」


「事実婚でも不貞は犯罪だぞ」


「くっ……説得力でゴリ押せると思ったのにっ!」



 悔しそうに両手で膝を叩いている雪ヶ原に乾いた笑いが出てしまう。押せてない押せてない。全然ゴリ押せてない。

 それに俺が許したとしても、他人にはそっけなく俺に近づく女を見ると威嚇する月ヶ瀬が許さないだろう。

 俺としても、いかに時代が変わろうとも一人の女性と添い遂げたいという価値観はそうそう変わる物でもない。



「あと十年早く出会っていたら、私にもワンチャンあったのになぁ」


「その頃雪ヶ原は八歳だろ? 少女趣味は今も昔も無いよ」


「……あかり」


「ん?」



 俺の手に雪ヶ原が手を重ね、俺の顔を覗き込んできた。その目は潤んでおり、頬もやや紅潮していた。急接近にドキッとさせられる。違う、これは恋のドッキリではない。びっくりしただけだ。



「あかりと呼んでください。お付き合いして下さいとか、好きになって欲しいなんて言いません。ただ、私が高坂さんの事を好きでいる許可と、私をあかりと……そう呼んで下さい」


「……もし断ったら?」


「VoyageRのメンバーになるのとどちらがいいか、選んで頂きます」



 雑なドア・イン・ザ・フェイスとフット・イン・ザ・ドアの合わせ技は勘弁して頂きたい。まさかVoyageRメンバー入りの話を再び蒸し返して来るとは予想していなかった。

 ……よくよく考えれば、雪ヶ原……いや、あかりは関東をメインに全国各地を飛び回るアイドルだ。どうせ顔を合わせる事なんて年に一回も無いだろう。満足に名前呼びをする機会がないはずだ。

 もし今回のような依頼を持って来られたとしても、ここ数ヶ月のあれやこれやで消えていった有給の残り日数が心許ないので受けられない。いやあ残念だ。

 好きでいる許可なんてのも、俺にどうこう出来る義理はない。日本国憲法で思想及び良心の自由は保証されている。

 そこはあかりの好きにしたらいい。応える事は出来ないが。



「……俺は多分、月ヶ瀬が好きだぞ」


「存じております。月ヶ瀬さんも高坂さんが好きですよ」


「俺は雪ヶ原の……ええと、あかりの気持ちには応えられないと思う」


「問題ありません。高坂さんを十年も待った女性が恋敵ですから、一度や二度のお断りくらいで諦めるつもりはありませんよ」



 本当に肝が据わっている。普通こういう話はフラれたら終わりなんじゃないのか? 何度もアタックするなんて聞いた事がない。

 ……いや、越智君は全く望みがない月ヶ瀬へのアプローチを何度も行っていた。それを考えると無い話ではないのか。これも多様性の時代……なのか?



「……好きにしたらいい」


「ありがとうございます、嬉しいです」



 俺はあかりの顔を直視できなかった。その表情はフラれた直後とは思えない、それどころか告白を受け入れて貰えたかのような、とびっきりの笑顔だった。



 § § §



「厚かましいお願いがもう一つだけあるんですが……今日の記念に、何か頂けませんか?」



 話が終わり、階段を登ろうとした俺にあかりが唐突にお土産? を要求してきた。



「何か……とは?」


「はい、私は職業柄、高坂さんになかなか会えません。でも、今日のことを思い出せる物を頂けたら、これからも頑張っていけそうな気がして……駄目ですか?」



 あかりの上目遣いのお願いに、俺は考えを巡らせる。

 その程度の要求なら問題ないとは思うが、渡せそうな物なんてあっただろうか?

 装備関連は確実に駄目、余分な持ち物は持って来てない、ドロップ品は魚やタコや貝の可食部ばかり……いや、一個だけあった。道中で拾ったアクアマリンだ。

 しかしこれは魔力タンクとして利用出来る宝石だ。売ってもいいかと思ったが、出来れば月ヶ瀬に使って貰いたい。

 そうなると本当に海産物を押し付ける事になってしまうが、俺との思い出が磯臭さで支配されてしまうのは、付き合う気が無いとはいえ流石に忍びない。



 何かないかとカードケースを探っていると、見覚えのないカードが一枚入っていた。月ヶ瀬が一刀のもとに切り伏せたシャーク・ウォリアーからドロップした物だろうか。

 見た目は虹色に輝く星型のペンダントのようだ。カード化から解除すると、見た目ほどには重量を感じない。

 メッキ加工されたプラスチックかと思ったが、チェーンも鉄の感触があるし、何より硬い、少し力を入れて引っ張ってもびくともしない。

 俺にはアプライズ……いわゆる「鑑定スキル」が無いので、その材質や装備時の効能は分からない。エクスプローラーなら持っていたはずだが、氷川さんは狂犬に首根っこを引っ掴まれて連れ出されてしまった。

 こういった正体不明のアイテムは探索者協会で調べて貰うのが定石だが、ここ江田島には探索者協会は出張所しかない。鑑定持ちはいないはずだ。



 このペンダントが呪いのアイテムの可能性もあるので、俺はペンダントに対してライト・エンチャントの行使を試みた。

 呪いをのアイテムは光属性のエンチャントを受けると生き物のように悶えると聞いた事があるからだ。

 動的反応ナシ。ペンダントトップの虹色の星が輝きはしたが、禍々しい雰囲気は感じられない。

 とりあえず、光属性に反応する類の呪いのアイテムではなさそうだ。俺はこの謎ペンダントをあかりに贈呈する事にした。



「……じゃあ、これを。これが何なのか分からんからアプライズ持ちか探索者協会に鑑定して貰うように」



 あかりはなかなか受け取らない。どうしたのかと顔を覗き込んでみると、目に涙を浮かべていた。

 心なしか震えており、俺が思った以上にこのペンダントに対して強い思い入れのような物を感じさせた。



「い……いいんですか……!? 本当に頂いても構わないんですか!?」


「あ、ああ。持って行くといい。ドロップ情報に載ってないアイテムだから、俺には用途が分からんからな」


「ありがとうございます……ありがとうございます! 一生大事にします!」



 想像していたよりも十倍以上のリアクションに当惑しつつも、俺は謎ペンダントをあかりに渡した。

 あかりは両手で包み込むようにペンダントを持ち、震える手で首に掛けて、くるりと一回転した。



「えへへ……似合いますか?」


「ああ、うん……似合ってると思う……喜んでもらえたようで何よりだ」



 用途の分からないアイテムを押し付けるような形になってしまったが、この喜びようを見るに、実はとんでもない高価な物だったりしないだろうか。

 別に勿体無いとか返して欲しいなどと思ったりはしないが、若干気になる。一体何なんだ、あの虹色ペンダント……?



「あ……ちょっとやる事が残ってますので、高坂さんは皆さんと合流なさってください。後で追いかけますので」


「いいのか? ボスは再出現しないはずだが、完全に安全とは言い難いぞ?」


「雪ヶ原関連のメールチェックと関係各所への連絡で、なるべく見られたくなくて……しゅ、祝言を上げて雪ヶ原のお婿さんになっていただけるのでしたらお見せする事もやぶさかではないのですがっ!」


「上で待ってるから、早く来るようにな」



 真っ赤な顔でロクでもない提案をしているあかりからセンス・エネミーで感知出来るものとは異質な危険を察知し、俺は階段を登って入り口へと戻った。

 ただのダンジョン探索のはずが、やけに疲れてしまった。早く家に帰りたい……

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