あゆみ
玄関先が騒がしい。
外の聞き込みから帰ってきた和泉は、県警本部ビルの入り口で一人の女性が警備の警官と何やら揉めているのを見た。
「どうしたの?」
制服警官は困った顔で和泉に答えた。
「それが……この女性が、流川のホスト殺し事件を扱っている刑事に会わせろって」
背が高く、すらりとした女性が立っていた。顔色が良くない。頬にうっすらと傷跡のようなものがある。
今は必死の形相をしているが、それでも顔立ちそのものは美しい。
「お名前は?」
「あゆみです。萩野あゆみ」
「あゆみ……?」
「弘樹が殺されたって、本当なんですか?!」
和泉はちらりと辺りを見回した。
マスコミ関係者がいないことを確認してから、こちらへどうぞ、と彼女を会議室へ案内した。それから聡介を会議室に呼ぶ。
最初に改めて氏名、住所など身元を確認する。
荻野あゆみは広島市内在住。勤務先も広島市内だ。
被害者である水島弘樹の恋人だと名乗った。
その彼女が今まで捜査線上に浮かんでこなかったのは、被害者が巧みに彼女の存在を隠していたことと、彼女自身が渡米していたことによる。
渡航の理由は手術の為だ。彼女は心臓に重い持病を抱えていた。
無事に手術を終え、帰国した彼女は、ニュースで恋人の死を知った。
そこで警察に出向いてきたという訳である。
初めは気が張っていたのか、刑事達の話を熱心に聞いていたあゆみだが、被害者が刺殺により殺害された事実を知ると、ぽろりと涙をこぼした。
「お葬式も……終わったんですよね……?」
「残念ながら」
胸が痛んだ。刑事の仕事で一番辛いのは、遺族に事実を伝えることだ。
息子さん、娘さん、奥さん、旦那さんが亡くなりました……。
あゆみがひとしきり涙を流すのを見守って、それから聡介が口を開いた。
「水島弘樹さんとは、いつお知り合いになったのですか?」
「高校生の頃です……私は、近くの別の高校に通っていたのですが、彼の学校で文化祭があって、その時バンド活動をしていた彼を見ました。すっかり心を奪われて、私から一生懸命アプローチしました。初めは少し迷惑がられていましたけど、その内私のことを受け入れてくれました」
和泉はお茶に手をつけるよう彼女に勧めてから言った。
「女性にこんなことを訊ねるのは大変遺憾ですが……その頬の傷跡は……?」
あゆみは頬の傷跡を手で触れて、それから苦笑して答えた。
「弘樹の妹さんは彼のことを本気で好きだったみたいです。私が彼と付き合うようになってから……親の仇みたいに恨まれていました。この頬の傷は……ご存知かもしれませんが、その当時、彼女につけられたものです。弘樹はその責任も感じたんでしょうね。高校を卒業した後もずっと、連絡を絶えないでいてくれました」
あゆみはお茶を一口飲んで続ける。
「大学に進学したばかりの頃、私の心臓に異常があることがわかりました。弘樹は私の為に……治療費だといって、働いて稼いだお金を渡してくれました。でも……」
「でも?」
「その金額が、学生のアルバイト料にしては高額だと思ったんです。何か不法なことでもしているのではないかと心配していたんですが、まさか弘樹がホストの仕事をしていたなんて……」
彼女は顔を曇らせた。自分の為だったとはいえ、彼が多くの女性を相手にし、その上身体の関係も持っていたのではないだろうかと悩んだに違いない。
「弘樹さんは、身持ちの固いホストだと評判だったそうですよ。それこそ、ゲイの噂まで流れるほどにね」
思わず和泉は言った。
俯いていたあゆみはぱっと顔を上げ、顔を輝かせた。
しかし、
「誰が……それなら誰が、弘樹を殺したっていうんですか?!」
「それは、もう間もなく判明します。だからもう少しお待ちください」
聡介が言う。
「だからくれぐれも、あなたは自分自身の身体を大切にすることだけ考えてください。決して、復讐など考えないように……」




